第4話 曹操軍の軍議
(視点は夏侯惇です)
翌早朝。曹操軍の軍議用の天幕に己も含めた諸将がそろう。時折、敵の城塞から強く吹き降ろす風が天幕の布をバタバタと揺らしておった。
声を出すたびに火煙でやられたノドが痛むが、そんなことは気にしていられぬ。
「孟徳よ。我は正直軍略のことはよく分からん。それゆえ、今回の城塞攻めについて意見を言うは控えておった。ただ、軍師の程昱に加え、猛将たる于禁と李典を失い、更には兵にも多数の犠牲が出ておる。なので、言わせてもらおう。城塞攻めは止めぬか」
軍議に参加しておる面々にざわつきが広がる。
「元譲殿(夏侯惇の字)。よもや、怖じ気づかれたのですか」
と許攸。確か、この者は袁紹亡き後、その陣営からこちらに鞍替えして来た新参者。それゆえ、自らの存在を際立たせたい、その想いあっての発言であろうか。我はそちらをにらみつける。
「否。撤退も戦略の一つ。元譲よ。続けてくれ」と孟徳。
「意見を言わなかった理由がもう一つある。これはそもそも郭嘉の策であり、それゆえ、孟徳にも郭嘉の方から伝わっておるであろうと考えたゆえ。それでも、なお、敵の軍師が欲しいとの想いで、侵攻を決断したのであろう。そうだな。孟徳」
「そうだ。あの者を手に入れれば、我が軍はより一層強力となろう」
「ただ、子供でも分かろう。既に三人の将が戦死しておる。新たに迎え入れられたとして、失ったものの方が大きい。しかも、敵は当初考えられた如くのただの幻術使いではない。実際に我らを殺せる術を用いるのだ。本物の黄天様か否かにかかわらずな」
「黄天様。そのように言われておるのですか?」と楽進。
敵に黄天様の加護があるかもしれぬというのは、己と郭嘉、孟徳以外には伏せられておった。下手に将兵が動揺してはいけないと考えてのことであった。ただ、こうなった現状では、いっそ、かような心情を利用してさえ、侵攻を止めたい、というのが我の想いであった。
孟徳が口を開く。
「僭称であると、我は想うておる。ただ、敵が強力なのは確か。元譲の言うことは間違うておらぬ。どうするか? 皆の者。我も無理な攻めを続行する気は無い。有効な対抗策がなければ、退こうと想うが、如何?」
それに答えたのは、あの郭嘉であった。
「まだそう断じられるのは、早計かと存じます。それに策はあります。私自身は、残念ながら、というか、幸運にも殿からの伝令が至り、敵の攻撃を受けませんでした。残念ながら、というのは私自身が目撃できなかったということですが。その目撃情報を総合しますと、敵は初回のときと異なり、不意に現れたのではないとのこと。そして、城塞群の外におる者たちは、敵が城塞の上に飛来して降りたのを目撃しております。前回はずっと高空に浮いておりました。つまり、我らを害する術を使うには、敵はその身をもって、近付かねばならぬということです。とすれば、それを阻めば、良いかと」
「具体的に申せ」と孟徳。
「各城塞の上にこちらが立てこもれる防空陣地を築きます。そこから矢にて迎撃するならば、敵の接近は封じられるかと」
「なるほど。さすが、郭嘉よ」孟徳が喜喜として応じる。「どうだ。皆の者」
他の者は賛成する。我一人のみが沈黙する。
「元譲はどうなのだ。まだ退くべきとの主張は変えぬか」
我のみ反対しても、孟徳は受け入れまい。
「策があるなら、試みれば良い」
そこまで言い、黙り込む。その心中はといえば、
(孟徳の妄執は如何ともしがたい。あの女はまさに獅子心中の虫となりかねぬ。ここは我が何とかせねばならぬか)




