第2話 手毬
(視点は手毬です)
眼下の丘城塞群の向こう側には地を埋め尽くすほどの軍勢がおった。
そして、林立するは『曹』の牙旗。
そこから使者が来て、曹操の文を渡された。降伏勧告であった。ただ、条件があるという。私と白蓮の身柄を引き渡すこと。さすれば、他の者の命は奪わぬと。
黄おじいさんに相談する。
「曹操を信じるんですか」と逆に聞き返される始末。
陸仙姑おばあさんは「気に入らないね」と論ずるまでもないといった感じ。
白蓮には逃げてもらうつもり。身柄の引き渡しに応じるのは私だけと言っても、返事は変わらなかった。
白蓮には聞いていない。反対するに決まっているからだ。
次に黄巾のひとたちに聞く。頭だった者、十名ほどに集まってもらい、尋ねる。ここでの城塞造りを通して、すっかり顔なじみとなった者たちでもあった。
答えは、かんばしいものではなかった。そして、言われてしまう。
「俺たちを見捨てるんですか」
更に次の如く言われては、私も考え込まざるを得ない。
「応じても、結局、私たちは殺されるでしょう。これが初戦ではありませぬ。既に少なからずの曹操の兵を殺しております」
皆して反対であった。
「あれほどの軍勢と戦うのだぞ。守り通せたとしても、犠牲は大きかろう」
そう説いても、答えは変わらなかった。私は「皆の考えは分かった」とのみ伝え、とぼとぼと住居にしておる小屋に戻る。
同席してその様を見ており、今はかたわらを歩く黄おじいさんに
「あの者たちをあのように育てたのはそなた自身。最後まで面倒を見てやるべきです。それが将の務めですぞ」
(私は将になった憶えはない)
心中で、そう一人ごちる。
陸千古おばあさんと白蓮が二人して待っておった。私が皆の反応を伝え、断ることにしたと言うと、抱き合って喜んでおる。まったく、いつもケンカしておるのに。こんなときだけ。
私一人が犠牲になれば、皆が助かる。これのどこが悪いのか。
返答の期日が迫り、使者として私が行こうかと、黄巾の頭の一人が言って来たので、
「いや、応じるなら、まだしも、断るなら殺される可能性がある。矢文にて十分であろう」
そうして、断りの書をしたため、膂力自慢の者に矢をうってもらう。
皆して、その様を見て歓声をあげる。更には嬉しげである。人の気も知らぬげに。
後日。
朝早くから曹操軍に動きがあった。過去二度、破壊され、その度に再建した木柵。それを敵がこわしだしたのであった。
「久しぶりだね。お姉様が化粧してくれるの」
声だけでなく、息吹も感じられるほど、白蓮は近い。小屋の外、手頃な石に腰かけた白蓮の顔は、立って対面する私とほぼ同じ高さにある。隈取は陽光の下でなすのが習いであった。
「というより、こちらに来てからは、初めてね」
透けるような白肌に赤い瞳が灯る普段の白蓮は、神々しい美しさを持つ。ただ、己が隈取りした白蓮は青、黄の色を高ぶらせ、まがまがしさに満ちる。呪われた術だと自嘲する。赤を未だ用いぬには理由があった。
古傷の人差し指の腹が痛むのを感じつつ、絵筆にて化粧を終えた後、
「どう。きれい」と白蓮は尋ねる。
陸おばあさんは
「見違えたね。まさに戦士の顔だ」と言う。
「どう。お姉様」
「ええ。とてもきれいよ」
これから戦う白蓮を勇気づけるために声を絞り出す。心配で胸が張り裂けそうであった。




