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ツミザのカリノ巡幸

 今、カリノ村が熱い。


 どこの宣伝文句かと言うような煽りだが、数居る文官組の中の若い奴、これが中々優秀でな。

 そ奴がワシの執務室でふと漏らした言葉だった。


 カリノと言えばイエルトードのやらかし。

 今思い出しても腹が立つ。

 あの時は投獄まで考えたものだが、阿呆は迷惑ではあっても罪とまでは言えない。


 だがそんな鬱憤を吹き飛ばすかのように、数々の報告が帝宮に舞い込むのだ。


 『イブちゃんタクシー』が彼の地の赴いてから、まだ半年は経っていないと言うのに。


 ここはワシ自らがこの目で見て来ねばなるまい。


   ・   ・   ・


 2月ぶりの巡幸である。

 馬車10数台を連ね5日掛けて目指すはカリノ村だ。

 今回も常時の護衛騎士は14人と少ないが、共周りの文官は30名以上、加えて一般にトリ騎士と呼ばれる急使も、常時1騎が従っている。

 ここには居ないが、先触れに何台かの馬車が、訪問先で道の整備や歩行路の赤絨毯などの手配をしに出ていたはずだ。


 大所帯だがワシは所詮代皇である。

 そこまでの威儀など不要。


 先代皇帝の巡幸であれば、車列の前後が一望できなかったと伝えられるのだ。

 ささやかなものである。


 帝都テオドンより西へ、セイレント街道からの分岐。

 まず見えて来たのは新たに開いたと報告にあった、村への街道であった。


 幅は馬車5台並んでも余裕であろう。

 灰色の路面中央に何やら黄色の印が、点々と遥か向こうまで続くのは往路復路の境目か。


 テオドンの街路同様、緊急と貴族以上は中央寄りを通行すると言うことであろう。

 そこまでの配慮をするとは。

 主街道であるセイレント街道が見劣りするほどの平坦で広い立派な道だ。


 右前方にちらりと青い光が走ったと御者から報告が上がるので、急使の(トリ)騎士に見に行かせた。

 しばらくして急使は戻ったが、やや離れた場所に壊れた古い石碑のようなものがあっただけだと答えた。


 ふむ、どうするか。

 そのような天変の兆候があるのであれば、ここは慎重を期すべきか?


 御者台脇に控えるサイオウム(取次文官)が小窓を開け、

「公王閣下。

 先ほどの発光現象については、25日ほど前にここを通った商人達から2、3報告が上がっております。

 特に害もなく通ったとのことでした」


「それほど前からの現象であるのか?

 事故などの報告はないのだな?

 ならば調査はさせるとして、ここは先へ進むこととする」


 むう。このような異変があろうとは。

 しかもサイオウムが承知であったとは、叱責で済まされる事ではない。

 やはり代皇であるワシが皇帝の威儀を翳すを嫌う故の緩みであろう。


 皇宮に戻ってから、あらためて綱紀粛正の対策を考えねばなるまい。


 そこからは半日ほどの行程で岩が目立つ割に緑のない荒野を抜け、サイオウムが小窓の向こうから言った。


「カリノ村の役場らしい四角い建物が見えて参りました」


 ワシは執務を止め、小窓から外を覗く。

 疲れが溜まってきているので丁度いい。

 遠目にも黒く四角い建物が中央に、低いが同じような色の建物が広がる。


 カリノか。ここも荒野であったと聞く。

 周囲の僅かな緑は畑であろうか?

 帝国の町と言えば城塞であるのだが、平坦な土地に変わった形の建物があるのみ。

 上に見える小さな屋根も傾斜の付いた見たことのないものだ。


 興味深く見るうちに村の中へ入ったようで、広い街道は十字路に突き当たった。

 ここ以降は道が半分の幅になっている。


 右奥の大きな建物が「役場」であろう。

 左右には宿屋、雑貨屋、食料を売っているらしい店。

 他は宿舎らしい2階建に小さな扉がいくつも並ぶ建物、小綺麗な家々が並ぶ。

 いずれも建物の間隔は広く取っているようだ。


 車列は右へと曲がり役場周りの駐車場へと入って行く。

 この馬車は小屋根のついた車寄せに停まり、護衛や文官どもが集まるのを待つ。


 急使による先触れをさせているので、『イブちゃんタクシー』の主立つ面々は顔を揃えているようだった。


「公王閣下。

 到着致しました」


 サイオウムがこう言う。

 それは護衛の配置が終わったと言う意味だ。

 降りてみると入り口まで赤い絨毯が敷かれている。

 これは先行する者の準備だと分かる。

 その分ここの者達に不自由をかけた印でもあるのだが。


 異国の出、もちろん貴族ではない一冒険者パーティである。


「サイオウム。

 無礼の段があったとて一切の咎め立てはなるまいぞ」


「は!」

 こやつは返事は良いのだがな…


「カリノ村まで遠路、ようこそいらっしゃいました」


 むう。

 若いとは聞いていたがまるで子供ではないか。

 多少落ち着きを見せてはいるが……


 いかん!

 あの驚愕の報告どもはこの者達の手になるのだ。

 決して粗略な扱いはするまいぞ。


 ワシが自分にそう言い聞かせていると言うのにサイオウム。

 頬をヒクつかせ肩を振るわせ……

 生憎手元にあるのは儀礼用の扇子一本。


 ワシはサイオウムの肩を扇子でパシリと叩く。

 軽い音が響き、サイオウムがピクリ肩を跳ね上げる。

 目が合った。


 そしてサイオウムは目を伏せる。

 ワシの叱責は伝わっていようか?


「うむ。

 世話を掛ける」


 そこからは報告書で受けた驚きが何だったのか。

 次から次へと……


 鉱山で作ったと言う聖水は、ここでも作っていて移送は始まっている。


 高台にあるカリノ村から海へと降りる道が出来ており、通行が増えれば観光の収入が見込めそうである。


 クロスロード砦から相当数の人員を雇用し、人員不足を補っている。


 港を整備し獲った魚を近隣城塞都市に卸しているとまでは聞いていたが、干した小魚を肥料に、外海で海棲の魔魚を狩り漁のできる範囲を広げている。


 離島で海鳥由来の良質肥料を発見した。


 同じく、石造りの古い遺跡を幾つか発見した。


 センバーツル諸島の交易船と外洋で接触を果たした。


 そして高価なサンゴイシの販売である。

 カリノ村へ至る広い道で見た青い閃光の目撃報告は、サンゴイシの仕入れに赴いた商人どもからのものであったのだ。

 閃光の件を村長に確認するとあの場所は『ナイケックトの餌場』と言う場所で、青い光はあの場所に湧く魔物を捕食しているのだと言う。

 心配ないと言われたが、これは要調査の案件であろう。


 ワシはカリノ村に3日のあいだ滞在し、これらの変革について(つぶさ)に視察したのである。


 明日は帝都テオドンに向け帰還するという夕餉の後であった。


 タケオ殿がメグ殿、クレア殿そしてメアリ殿を伴い、部屋へ尋ねて参った。


 用件はイエルトードがこの村を褒賞とした件であった。


 元は一介の行商人、冒険者であり、旅暮らしが本領である、同じ場所に止まるなど性に合わない、村長の職を辞すると言うのだ。


 主張はいちいち尤もであるし、ワシとしても、表には出さずともどう収めたものかと落とし所を探っておった事案である。


「貴殿の希望は拝聴致した。

 全て言われるようにしようと思う。

 だが村長が辞職となれば、村を引き続き治める者が必要である。

 イエルトードの領主職を解き、この村の村長に任ずることになろう」


 うむ、我ながら完璧と言っていい采配である。

 タケオ殿の希望を叶え、イエルトードの降格、そしてこの村に施されたさまざまな展望があれば、短期に行き詰まることもあるまい。


 だがあろうことか、ワシの言葉に『イブちゃんタクシー』の一同は絶句してしまった。


 護衛もサイオウムも排してごく内輪に止めたので良いのだが、しばしの沈黙ののちに、

「村が行き詰まるって分かっててそれを言います?」

「ウチらが掛けた手間を何や(おも)とるんや。

 横暴ちゅうもんや!」

「帝国にはまともな統治者は居ないのか?」

「村の人たちがみんな困っちゃいます!」

 などと雑言が飛び交う始末であった。


 イエルトードの信用のなさよ!


 この村は引き続きタケオ殿率いる『イブちゃんタクシー』に任せ置くことに相なったのである。


 うーむ。何か穴埋めをせねばなるまいな。


    ・   ・   ・


 さて出立の朝のことである。

 昨夜の会談で、クレア殿の首元に下がる銀細工が気になっておった。

 帝宮の宝物庫で同じ形の物を見た記憶がある。

 まさかなと思いつつもワシはサイオウムに言い付け、帝宮付きの鑑定官を呼んでおいた。


 ワシは代皇であるから、皇帝たる(あかし)の帝笏を扱える者を探すのも役目の一つであるのだ。

 故にその用意を欠かすような事はしない。


 朝食で集まったことを良い事に、銀細工を借り鑑定させたところ、驚きの結果が出たのである。

 それは何と先帝の忘れ形見、エルザスターニャ殿の名が隠された銀細工であった。


 それを確かめられたは僥倖であったが如何にも間が悪い。

 村長の続投と言う、彼らの希望通りとは言え半ば押し付けに等しい結果があったのだ。

 この上さらに負担を強いるなど出来ることではなかろう。


 当面はワシの胸にしまって、時を待つこととしよう。


 しかしこの頃は体重が落ちてきている。

 食欲はあるので心配あるまいと思うのだが。

 医官にも診せたが疲れが溜まったせいだろうと言う。

 歳の所為であろうかとも思う。


   ・   ・   ・


 帰路である。

 馬車に揺られながら執務は続く。

 ふと休憩に当たって思い出すのは、あの長大な橋の上から見下ろす海の景色である。

 夕景が絶景であると聞き、時間を合わせ赴いたのであったが言葉を失うとはあのようなことか。


 やはりそう頻繁にとは行かずとも、その場へ出てこの目で見ると言うのは大事なことであるな。


 帝宮に帰り着いてツミザは覚悟を決めた。

 これまでは皇帝の血筋ではないばかりに代皇であらんとして来た。

 血筋ではない。

 己が覚悟が無かったのだ。

 テオドラ帝国8千万を治めるならば、苛烈であることも必要であると。


 イエルトード侯爵家に勅命を下す。

 現長男を廃し次男を当主に宛てよ、と。

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