魔女サナエ
暗闇の中、窓の形に黒い布がぼんやりと光る。
いくつかの月明かりが窓を照らしているのだろう。
ここはアクトベル東部、トーヤマ村近くの山頂に構える古い屋敷の一室。
ローブ姿の老女が紫色の魔法石の弱い光を顎先に浴び、豪奢な椅子に座っている。
魔法石は膝に置いた短杖に嵌め込まれた植物系の石だ。
何やら考え事をしている様で、フードで隠れ見えない口からボソボソと呟き声が漏れ出る。
「どうもテオドラ帝国がきな臭いんや。
ワテはテルクレフト山に巣食う異形どもに関わりがあるて、睨んどるとこなんや。
ここ数年になるやろか、異形どもが、ワテらの手の届かん空の高いとこを流れとる龍脈にや、何やら手出ししとるんは見ておった。
それが原因なんかはっきりせえへんのやけど、関わりがないとも言えへん。
何が起こりそうや言うたら、100年ごとに起こるとされとるクイツクシムシの大繁殖や。
前の2回はワテも直接は関わりないよって、手出しはしとらんやったけど、今回の様に虫使いの魔物が繰り返し現れとるんは、偶然やと思えへん。
しっかしなあ、テルクレフト山やらちいと高すぎるんや。
知っとるか?
シンリンゲンカイ言うてな、ある程度の高さから上は木も草も生えられへんのや。
ワテの得意魔法は植物系やよってなあ、テルクレフトの異形どもをどうにかしよ思たら、木草があらへんさかい、穏やかぁな「荊棘」だの「根搦」なんぞ使えへん。
「流星」やら「陽炎」やら、加減の出来ひんド派手な破壊魔法になってまうんや」
ローブ姿の老女は顎を上げた。
「うーんどないしたろ?
せや、サタス、コケの胞子集めたり」
ヘビ型使い魔が、闇からヌッと鎌首を上げる。
その漆黒のウロコは光を全く反射しない。大きさは人と同じくらい、太く短いヘビだ。
「へえ、師匠はんの仰せですさかい、構いまへんけど何に使わりはりますのん?」
使い魔は実に軽い口調で聞き返す。
けれど師匠と呼ばれた老女は、使い魔の姿が気に入らない。
「サタス、おまはんその体型はないで。
ヘビならヘビらしいて、もっと長なるとかあるやろ?
闇に紛れとる分にはええやって、そないな顔出しよったら興醒めやで」
この詰問には使い魔もカチンと来た様だ。
「お師匠はん、そないなこと言いますのん?
闇の魔女の使い魔らしゅうせい言わはるから、漆黒ウロコに魔力振り向けとるんですわ。
長うだの細うだののヘビらしいんは、堪忍してもらえまへんやろか」
そう、師匠の「闇の魔女」名乗りは思いの外気に入った様で、先日来より未だ続いているのだ。
この使い魔、元は小さなカニなのである。
慣れたとはいえヘビに化けるだけでも容易な事ではない。
使い魔に取り、毎度の師匠とのじゃれ合いに付き合うのも大変なことである。
「それで、コケ、でおますやろか。
胞子言わはりますけど、時期が時期でっせ。
如何ほど集めたらよろしいんですやろか?」
「せやなあ、ギュッと詰めて2メルキ角やろか……」
「2メルキ!
いやいやいや!
それは無理ちゅうもんでっせ。
ワイにはとてもじゃあらへんけど……
そうや!
お師匠はん、ワイが温室作りますさかい、そこでコケ育てはりまへんやろか?
ナンボか早よできる思いますねんけど」
・ ・ ・
相も変わらぬ掛け合いをやっとりますが、コケの胞子やらを一体何に使う思わはります?
あの話から7日ほど、使い魔の建てた大きな温室に一杯のコケが育ちよりました。
コケの成長なんぞ植物魔法随一言う使い手の師匠はんですよって、お茶の子サイサイですわ。
実はまだテルクレフト山に何が巣喰ってとるんやら、ワイも師匠も直接見た訳やおまへん。
空よりも高い場所から、手の届きよらん山の頂上へ、潜り込んだんがある言うんが判っとるだけですよって。
「しゃあないなあ、やると3日は寝込む羽目になるんや、そうかて他にやりようもあらへんよってなあ」
頻りにボヤきよりますが使い魔に手伝わせ、転移魔法陣を組んでいく師匠でおました。
師匠が破壊破壊と言わんようになったんは、訳がおます。
テルクレフト山に降りた何者かぁのことでおますけど。
思とったよりも遥か上空の龍脈(龍は関係あらへんのですけど、そう言う名が付いとります)への干渉が強い。
なにしろ虫使いの魔物が湧くなんぞ、百年置きの虫禍でなければ有り得へんのですわ。
ワイも前回、前々回と見てますよって。
師匠はんはその二つ前くらいのんは見てはるんやないか、思います。
そないな訳でして、干渉されたまんま無理に戻すと、うっかりしとったらこの世界のアレやコレやらがメチャメチャになります。
穏やかぁに戻す、言うか落とし所を探す言うか?
それで結論が転移魔法陣でおまんなあ。
やるんは偵察ですなあ。
ヒヒ、覗き見とも言いますんやけどなあ!
なんせ高っかい山の上ですよって、寒いわ息は苦しいわ、ワイらが行ったかて、役に立つやら立たんやら。
立たへんやろなあ……
送るんは「てくてく目玉」でおます。
師匠はんの目の代わりですなあ。アレはよっぽど遠かっても見えよる様です。
けどアレも寒いんはあきまへんよって、外套代わりのコケ胞子ですわ。
それはようさん要らはりました。
横へも上へも距離のある転送ですよって、陣は複雑になりますなあ。
ワイらはしばらく描いた複雑な紋様と睨めっこしとりました。
「どうや?
サタス、おかしいとこあったか?」
「へえ、ええように思います」
確認が終われば魔力注いで、発動が順ですなあ。
「せや、魔石持たしたらんと」
それもそうですなあ、誰も行ったことのあらへんテルクレフト山頂やよって。
あの山頂には龍脈の足が降りとる言うても、あんじょう使えるんやら分からへんのでした。
コケ胞子の外套に、師匠はんは2セロト魔石を押し込まはります。
「ええな。
サタス、気張れや?
やるで!」
師匠はんが陣に魔力を流しはります。
ワイも師匠はんの使い魔ですよって、一連托生言いますやろか、もう強制みたいなもんですわ。
ゴッソリ魔力を抜かれてまってフラフラでんがな。
これで倒れはるんを分かっとってからに、何の対策もせえへんとか、ホンマ無いで。
それでも使われる身の辛いとこでんなあ、師匠はんを背に乗せて寝室まで移動せんと。
ヘビで良かったわあ、何本の足があったかて立つんもシンドイやろ思たら、胴体に荷がかかるだけやん。
腹のヒダ使て進むんや。寝台まで運んだったら、持ち上げるんがキツイくらいで何とかなったわ。
ああシンド!
・ ・ ・
さすが師匠はんやなあ。
3日寝込む言うとったもんなあ。
ワイは転送魔法陣やら滅多に使わんよって、あない大変なものやなんて知らんやった。
それでもワイが先に起きられるようになったよって、師匠はんの枕元や。
「サタス、おまん、えら顔色ええやないけ。
次やる時はもうちょい絞ったらんとあかんなあ」
「なに言うてはりまんの?
顔色も何もワイは真っ黒ですやん?
そないなことより、食事を摂っとくれなはれ!」
隙あらば、言うやつや。
こうやって訳の分からんボケ・ツッコミが入るよってなあ、油断なんぞしてられへんのや。
師匠はんに何とかものを食べさせてや。
ブツブツ言うとったけど、ヘビに味のこと言われてもなあ、やで。
「てくてく目玉はどないです?」
「待ちいな、まあだ物、喰うとるやろ。
それやったら棚の上の水盤取ったりいな。
この上置いてな?」
ヘビに腕なんぞあらへん!
なんて言うてみても、口で勝てるわけもあらへん。
魔力で臨時の腕、生やしたったわい。
「んぐ、んぐ、待っとき、んぐ」
「そない急いで喰わんやってええですよ。
ちゃんと噛んで食べなはれ」
「うぐぐ、喉……お茶おくれ……」
「忙しないこっちゃで、喉に詰まったんですやろ?
せやから言うとるんに……」
ワイ、聞いただけですのんに。
三つ子の魂百まで、言うらしいけど、優に二百年以上生き取ってからに、このセッカチやら治らへんのはなあ。
まあ、カニやらヘビやらの言うこっちゃあらへんけど。




