クレアの受難
それは村長室で俺が、1日の執務に疲れ果ててメアリに頼んだ茶を啜っていた時に起きた。
メアリに持たせていたガラケーがピリリと鳴る。
「メグさん達ですね、こんな時間に何かあったのかな?」
いつもなら17時過ぎに連絡を寄越す。
それは俺たちの仕事時間に合わせてのことだ。
まだ16時を回ったばかりでちょっと早い。
メグ達が出かけて今日で3日か。
メアリが通話ボタンを押すと、耳まで持っていく間に小さなスピーカーから、キイキイと割れた音声が飛び散った。
どうやらメグの声らしいが、何があった?
「メグさん、落ち着いてください!」
メアリが耳には当てず何度かそう繰り返す。
漏れ聞こえる音はまだ甲高い。
やっと落ち着いたのか泣き出したのか、音が小さくなる。
「ステスなの?
何があったの?
………
えっ!なんでそんな!
うん、うん……うん…それで?」
しばらくステスの説明を聞いているメアリ。
段々と顔色が青くなっている。
どうもただ事ではなさそうだ。
「分かった。ポーションは使ったのね?」
メアリが送話口を手で塞いで俺と目を合わせる。
「タケオさん!
クレアさん、右腕が魔物に喰われたそうです!
ポーションをかけたから元気そうらしいですけど、こっちに戻って来させた方が良いですよね?」
「ちょっと代われ。
ステスか?
クレアは話せるのか?」
「今目を開けたよ。
クレア、タケオさん」
手渡すような雑音を挟んでクレアの声。
「タケオ?
ドジったよ。
肘から先を持ってかれちゃってさあ!」
クレアの声は元気そうだ。
腕一本で済んで、命に関わる怪我じゃない。
それだけは良かった……
「他は無事なのか?」
「うん、あたしだけ。
あたしもポーション使ったからもう平気!」
「そんな訳があるか!
メグに言ってすぐに戻って来い!」
「はーい」
「タケオ?
ウチや。
ウチが付いとって怪我さしてもうた。
この間上手くやれたよって舐めとったんや、すんまへんで済むことやないけど!
ううう……」
「メグ!
良いからもうこっちに戻って来い!
みんな無事に連れてくるんだぞ!」
メグはまだグズグズと言っていたが、分かったと一言、通話は切れた。
そのあとはもう仕事になんかならなかった。
悶々と考えているうちに夕飯の時間が来て、砂を噛むような味のしないものをとにかく口に入れて、眠れない一夜が明けた翌日。
俺が朝の空気を浴びに手摺りまで出ると、役場の車寄せに一台の白いタクシーが、荷を積んだ荷車と共に停まっていた。
・ ・ ・
魔物の解体をして暗い中を数時間走って来たんだろう。
皆中で眠りこけていた。
その中でクレア。
革鎧の右腕が無惨にも引き千切られたように裂けていて。
あるべき二の腕が見当たらず。
土で汚れた布の妙に短いものが、その中にぽつねんと見える。
メグはリペアを試したと言う。
かなり前に瀕死になった俺を呼び戻したことがあるからと。
体の欠損は物の修復と違って、戻らないようだった。
本人は割とケロッとした様子だが、ふとしたことで表情に影が差す。
メグはクレアのために魔道具の腕を作ると言って、部屋に篭ってしまった。
ステス達も余程ショックだったのか口数が少ない。
その日は寝るまで何となしに暗い感じで過ごし、夜。
ろくに執務もしていないので眠れない俺は、トイレに行こうをクレアの部屋の前を通る。
聞くとはなしに漏れ聞こえる押さえた声を聞いてしまった。
それはおそらくクレアの嗚咽だろうと予想がつく。
その夜はとても長かった。
・ ・ ・
そんな鬱々とした日が何日も続く。
メグがまずやったのは、土属性のサンゴイシで腕輪を作ることだった。
義手を魔道具で作ろうと言うのだ。
造形の技量を上げたクレアの土魔法が要る。
手の色形はすぐに出来た。
質感は少し苦労したがこれも何とかなった。
だが動きがぎこちない。
その試作品に慣れようとクレアは外歩きに出る。
そうやって20日ほどが過ぎたある日。
午後になってスワランジーの店からネイルがやって来た。
店のサービスだと言って似顔絵を描いてもらったあの若い女性。
今ドリックと一緒に漁師をやってるスクトの嫁さんだったか。
昼過ぎの休憩時間に抜けて来たと言う。
夫婦揃って似顔絵描きとはまたどう言う出会いをしたのか不思議なものだが、一体何の用で来たんだか。
「あの、他言無用でお願いしたいのですが」
と始まったネイルさんと俺の話し合いは、思わぬところから始まった。
それは先日ザイダルシャークに腕を食われたと言う騒ぎがあった、スラットの話だった。
あれはアックスが、先走って勘違いした誤報だと言っていた。
正直俺たちは違和感だらけだったが、現に無くなったと言う腕が付いている。
生活も仕事にも支障がないのだ、認めざるを得ない。
だが何かはあったのだ。
それがどんな事かは分からない。
だからそれ以上の追求は出来なかった。
今、奇くもクレアが、同じように右腕を魔物に喰われた。
喰い切った相手はそう大きくもないキルラビットだったそうだが、メグがそいつを仕留めるまでに集まった蟲どもが、ボロボロに食い荒らしたと言う。
いや、話はスラットのことだった。
ネイルとスクトは北西の小国ネストックの片田舎、スレイという老似顔絵師の弟子だと言う。
そこで二人は秘術をスレイから今際の際に授かった。
その秘術とは巻き戻し。
俺も描いてもらったがネイル達の描く似顔絵は2枚で一組。
普通に見て飾れるものと、お守り代わりに保管しておくものの2枚だ。
そのお守り代わりと言っている方が秘術のタネで、上手くすれば簡単な儀式で描いた時点までその人を戻すことができると言う。
それは必ず出来ると言うわけでもないらしいが、スラットに対しては成功したわけだ。
そんなものが周囲に知れ渡れば平穏な生活など出来るわけもなく、帝国へ逃げるように移住して来たと言うのだ。
漁師仲間のスラットの怪我を放って置けず、スクトがスラットの腕を巻き戻した。
事情はスクトが頼み込んだので漁師達によって秘密とされた。
その流れでアックスは、苦しい言い訳を俺たちにする羽目になったわけだ。
ネイルの話はここまでが前置きだった。
俯いたままネイルは語った。
「わたしもスクトもここの暮らしが気に入っています。
できれば長く住みたい。
ですがこの居心地の良い村を作ったのは、タケオさん達『イブちゃんタクシー』の皆さんです。
本当にわたし達はお世話になっている。
わたしも迷ったんですが、クレアさんの腕のことを聞いてしまったんです。
わたしは居ても立っても居られなかくなって。
スクトもスキットさんに同じことをしてしまった。
これ以上は、知られればどうなるか……
でも、でもやっぱり……」
「一体誰から聞いたんだ?」
ただ首を振るネイル。
よく見ていれば利き腕と言うのにクレアがぎこちないのは分かるか。
俺はそれ以上聞くのをやめた。
「その秘術とやらをクレアに使ってくれると言うんですか?
大変にありがたい話です。
治療したのがあなただと知られないように、ですか……
俺たちにも秘密と言うほどじゃないが、他人にはちょっと真似のできないことがありまして。
流石に腕は戻せないが、ものが壊れたりってのは巻き戻せるんです。
それがたまたま上手く行ったって話にしましょう」
「必ず戻せると言う保証はありませんが、やらせてみてください。
上手く行けば一晩で元通りになると思います」
儀式とはお守り似顔絵を高い場所に置き、膝を突いて額を床につけ、そのあと両の腕を高く上げてパンと手のひらを合わせる。
それだけだった。
俺とクレアとネイルの3人で夕飯のあとクレアの部屋で取り行った。
そして朝がやってくる。
果たしてクレアの腕は元通りとなった。
メグの作る義手の魔道具開発は一旦保留となった。




