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サンゴの島

「なるほどやで、せやからこの航路がこんなに離れとるんやなあ!」


 さっきからメグがネスティーゴから貰った海図を眺めていて、そんな声を漏らす。


「何だ?

 なんか判ったのか?」


「そうや。

 どうやらやけど、ウチらのカリノ港周辺は半島やら入り江がようさんあるやんか。

 あれな、海棲の魔物が集まるらしいて。

 この一帯は危険海域言うて、通ったらあかん事になっとるで」


「そうなのか?

 湾の中なら危ないことはなかったから、外海はみんなザイダルシャークみたいのがウヨウヨ居るのかと思ってたぞ?」


「せやなあ、これによると近所の島近くからもう危険やちうことになっとるなあ。

 他の海図見ても、海岸がこない入り組んどるんはこの辺りだけや。

 他でも遭わんことはないらしいて、あないに頻繁にはなあ」


 島巡りでは、水中翼(フォイル)で高速移動してるから追いつけないってのはその通りなんだと思うが、そうか、この海域は危険海域だったのか。


 そんな海域の真っ只中にある港だからな、今のような迎撃込みの漁ってのも仕方ないんだろう。

 ザイダルシャークなどの大型は、魔石の他にも肉や素材が採れたりするんで実入は悪くない。


 誤報だったとは言え、スラットの件で不意に飛びかかるシャーク対策ってのもやってたからなあ。

 『板子一枚下は地獄』なんてのは、魔物のいない海でも言ってたことだ、万全はないにしろできる対策はやっている。


 それはそうとメアリの『氷弾』魔法紋の改良が進んでいるらしい。

 次の狩りが楽しみだなどと、なぜかクレアとメグがワクワクしている。


「メグさん、水カーテン見せてもらっても良いですか?」


 ほう?あれも行くのか?

 だがあれは範囲の設定がややこしいんじゃないかな?

 漏斗型に誘導したりしてたからなあ。


「ええけど?

 周りをぐるり囲うんでええか?」


 聞こえたのはそこまで、クレアも伴って上甲板へ行ってしまった。

 俺はカリノ漁港目指して舵輪を握ってるからな、あと1時間、交代時間までここを動けない。


 上甲板にはステスたちが遊んでいるはずだ。

 上は賑やかな事になるな。


   ・   ・   ・


 伝話でモリウチセンが、2隻の漁船と共に東沿岸に出ているのは聞いている。


 港には俺たちを2台のトカゲ馬車が待っていた。

 積荷は役場のエンザ(文官)に頼んで手配してもらった食料だ。

 自分の治める村だからな、このくらいのわがままは通るんだ。


 サンゴイシの仕入れの話もしてあるから、ただ遊んでいるんじゃないってアピールも出来ている……はずなんだが。


 当の手配を頼んだエンザが馬車に同行して来ていて、

「珍しい魔物もいたんでしょう?

 それ全部売っちゃって足りなくなったから持って来いですからねえ。

 私らだって味見くらいはしたかったです」


 エンザには次の狩の魔物肉は持ち帰ると、言質を取られてしまった。


   ・   ・   ・


 さて荷積みを終え、夕方と言うのにまた大海原を走るイブちゃんボートの上だ。

 サンゴの島まで交代で走るとメグとクレアが張り切る。

 海図を調べたメグが、予想時間を9時間と言った。

 クレア、俺、メグの順に舵輪持ちを交代で行く事になった。


 海図はそう精巧なものでもないとの予想で、距離も船の方角もおおよそで決めている。

 一応六分儀に似た道具で天空測量をしているらしいが、俺たちには手に入らないしその使い方も聞けなかったしな。


 だがカーナビマップに登録してしまえば、次から位置は分かるようになる。

 まずは行ってみる事だ。



 もうじき夜が明ける。

 東の空が明るくなっている。

 クレアがやって来る音で目が覚めた。


 寝台のそばの小さな窓から海が見える。

 こんな広い海の真ん中でも、凪と言うのか大きなうねりはあるが細波(さざなみ)すらない穏やかさだ。

 ボートは軽い振動と微かな水切り音があるだけで、海面を滑るように進んでいる。


 操舵室には舵輪を握るメグとそれに寄り添うメアリの姿があった。


 カーナビマップでそれらしい島を見つけたのか、メグが舵を左に取る。


「メグ、交代するか?」


「もうちょいらしいで。

 このまま行けるよって大丈夫や」


 居間では起き出したクレアが朝食の用意を始めている。

 俺もあっちを手伝うとしようか。


 食器など配膳を終えてステスを起こし、クレアがミトアたちを起こしに行く。


 メアリを呼ぶと「島が見えるまでここにいます」と返って来た。


 パンのふた切れ目に手をつける頃、速度がぐっと落ちて船体が沈む。

 この沈む感覚は海の上だけに、そのまま沈んでしまうんではと何度目になっても気持ちが悪い。

 停船すると穏やかな海のうねりに揺られようになった。


 メグとメアリが居間に駆け込んでくる。


「島は見えとるでな、まず腹ごしらえや」

「お腹空きましたー」


 メアリにスマホを借りて索敵を見ると、島には白い点がたくさん並んでいる。

 この島の住人って事だろう。


 しかし、この辺りの海は確かに暖かい。

 南からの海流が来てるんだろう。

 それなら珊瑚が成長していてもおかしくはない。

 あれはごく浅い海底に生息している生物だった。


 群生とか言ってたようだが正直どんなものかは知らんのだ。

 その深さがどのくらいだったかも覚えていない。


 だが、沈む島の周りの珊瑚礁が、日の光を求めて同じ速さで上へと成長し、島が沈み切った後も海面近くまで自らの体を、というか死骸なんだそうだが、積み上げたのが環礁だって、テレビやってたよなあ。


 てことはあの環礁の大きさが元の島の大きさなのか?なんて疑問も一緒に思い出したよ。


 ここにもそんなよく分からん生き物がいるんだろうか?

 ザイダルシャークのザラザラした鮫皮の件もあるし、似た生物ってこともあるか。


 向こうの聞き齧りなんで聞かれてもちょって説明は難しいか、なんて考えているうちに朝飯は終わりだ。


「住人が居るっぽいからまず上陸して話を聞いてみようか」


 操舵室へ行って見える島影は右前からの朝陽の中、随分と平たい印象だ。

 メアリによれば、あれでも周囲73ケラル(km)、標高で302メルキ(メートル)あるらしい。


 この距離では人の営みは何も見えない。

 寄せて行くとしようか。


 この辺りの水深は酷く深い。

 島の周囲だけが浅く棚状に囲まれている。

 採取されるサンゴイシはこの棚にあるんだろう。

 地球と同じような成長をするなら、海底へと続く断崖全てがサンゴイシだったりしてな。


 片フロート型のカヌーが浜に並んでいる。

 数艘は早朝の漁をやっていると見え、それぞれ乗っている人影が確認できる。


 こちらに気づいたのか浜に動きがある。

 見ている間に引き返し始めたのだ。

 距離は1ケラルを切ったところ。


 さらに近づくうちに浜は騒然とした様子となり、盾や槍を持ち出して来るものも見える。


 見慣れない船影だからな、警戒もするだろう。

 浜までは喫水下に水中翼があるので寄せることはできない。

 船の全重量にも耐える頑丈なもので、折り畳んだりできるようなものではないのだ。


 船尾上甲板に積まれた手漕ぎボートが降ろされ俺とクレア、メアリが乗った。

 武装はクレアが愛用の槍、他は腰の短剣のみ。

 メアリがそれに加え、果物の入った袋を担ぐ。

 メグは上甲板で睨みを利かすらしい。


 長距離攻撃も可能な魔法職が、高い場所で見ているというのは確かに抑止力になるか。


 盾と槍を持つ上半身裸の男が5人、波打ち際近くまで進み出て、他に見えている住人がその後ろ数十歩に固まる。

 見えるだけで3、40人居るだろうか。

 南の暖かい気候なので浅黒い肌が多く露出した姿だ。


 こう言う南の島などでは原色系の布地を使った派手な衣装のイメージがあるんだが、この島の服装は色が全体に地味めだ。


 前へ出た筋肉鎧の戦士は、俺たちが船を粗末な桟橋に舫うまで待って、

「用向きを伺おう」

 と言って来た。


 俺が一歩進み出て、

「サンゴイシについて聞きたい。

 ここのことはセンバーツルのホーレイに聞いた」


「ホーレイ!

 ホーレイの知り合いか?

 彼は元気か?」


「ああ。昨日洋上で食料などの取引をしたよ。

 元気だった」


 そう答えると戦士は、後ろを振り返り、

「ホーレイの知り合いだ!

 サンゴイシのことを聞きたいそうだ!」

 と叫んだ。


「私はここの戦士を纏めるドワンゴ。

 こちらに来る老人が村長のナギオサだ」


 俺は村長と呼ばれた老人が、女に肘を支えられてそばまで来るのを待って、自己紹介をする。


「北のテオドラ帝国から来たカリノ村村長、タケオだ。

 こっちは前衛職のクレア、秘書のメアリ」


「ナギオサと言う。

 ナベブタトウの村長だ。

 早速だがサンゴイシの何を知りたい?」


「まずサンゴイシを見たことがない。

 見本が欲しいし、どうやって採取しているのか、使い道なども分かるなら知りたいところだ」


「今は採取時期ではない。

 気温が高い時期は採っても腐らせてしまう。

 見本というなら幾つかあるものを進呈しよう。

 見返りに何が出せる?」


 メアリが進み出て袋から朱色拳大の果物を取り出した。

「こういうものは如何でしょう?」


 先日クライストが持ち込んだタンガムと言う柿によく似た果物で、形は先の尖った玉ねぎのよう。

 帝国の西を南に下った山地の特産で冬の果物だと言ってたな。

 かなり甘味が強い。

 これは木箱一つ5、60個入っていて2箱積んで来ているはず。エンザが用意してくれたものだ。


 怪訝な顔で果物を見る戦士ドワンゴだが、俺は失礼と一声掛けてタンガムを腰の短剣で縦に8つに切り分けた。

 果汁で手が汚れるがそのまま逆さに持ってヘタを切り捨てる。

 メアリに果汁まみれの短剣を持ってもらい、切った一切れを口に入れる。


 うん、甘い。正に柿の味がするよ。

 これで毒味と取ってもらいたいんだが、そのままどうぞと手を突き出せば、ドワンゴが一切れを口にした。


 驚いた顔は甘みにだろう。

 この島に甘みのものがあるか知らないが、ここまで甘いとは俺も思ってなかったからな。


「甘くて美味いな。

 毒は無いようだ」


 村長とその手を引く女、戦士の4人がそれぞれ一切れを口にする。


 クレアの顔が、食べられなくてちょっと残念そうなのが面白い。

 昨夜一人で4つも食ってたのになあ。


「これを木箱ひとつ。50個くらいは入っていると思うが」


 ヌヌヌと口惜(くや)しそうなナギオサ老人だったが、甘みには勝てないようだ。

 村に何人いるか知らないがこの小さな島だ、100人まではいないだろう。

 この甘味を全員に分けても何切れかは口にできる。


 因みに仕入れは一箱820ギル、そう高いものではないが、遠方から運ばれるため安定して手に入るとは言い難い。


「大屋根へ案内するように」

 ナギオサがドワンゴにそう言い、背を向ける。

 住人の集団から椅子を持った男たちが走って来て、村長を座らせると二人でそのまま木陰へと走って行く。

 ついて来た女も後を追った。


「ではこちらへ」


 俺はメグにひとつ手を振った。

 メグは木箱をひとつ浮き上げると、水ヘビに乗って波のある海面を滑るようにやって来る。


 魔法職の水ヘビは初めて見るのか、5人の戦士が身構える。

 そこから少し離れた場所に水ヘビを霧散させ、ふわりと降り立つメグはいつもの魔女装束だ。


「ウチはメグ。

 魔法少女を名乗っとる、よろしゅう」


「ドワンゴ、ヌンザ、イスラ、エド、ツンガだ」


 挨拶をする間にメアリが、担いで来た袋の中身を箱のタンガムの上に載せていく。


 ドワンゴの案内で村長が向かった先へ進んで行く。

 幅広の長い葉が天蓋のように日影を作る林。

 一本一本の幹はひと抱えでは届かないくらい太い。

 その天蓋の奥に円卓があった。

 周囲に丸太材だろうか、装飾を施した腰掛け椅子が見えるだけで10個以上並ぶ。


 座れと言われて並んで席に着く。

 程なく女たちがゾロゾロと盆を捧げ持って現れた。

 円卓にところ狭しと置かれた色とりどりの異形の石。


 枝をいろいろに踊らせたような形が多いが、丸いもの輪切りのもの、どこかから剥がしたような薄片。

 色も青赤茶。濃いの薄いの、そして数色斑らのもの。


「見本と言ってもこれくらいの数になるんじゃ。

 この島で採れるものはこの辺り4種類だ。これはあるだけお持ちいただいて構わない。

 他は他所の島の預かり物でな、見るだけで勘弁願いたい」


 この島で採れると言うのは赤系統のサンゴイシらしい。

 表面の色艶はいいが、欠けたりした部分は燻んでいる。

 中までこの色というわけでもなさそうだ。


「まずは約束のタンガムだ。

 これはそちらへお渡しする。

 この赤系統のサンゴイシは頂けるという事なので、メグ、混じらないように見ていってくれよ?」


「誰にいうとるんや、心配せんでええ」


 果たしてサンゴイシというのはどんな特性を持つ素材なのか。

 俺たちには見かけが綺麗とか形が面白いとかくらいの判別しか付かない。


 ここはメグに任せるとしよう。

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