出港
船に乗るとクレアはスマホをメアリに預ける。
索敵を任せてしまってるって事らしい。
カーナビは下のタクシーに乗らないと見えないからな。
もう恒例の行事みたいになってるぞ、お前たち。
この操舵室は3畳間ほどの菱形の部屋だ。左右に長く俺が舵輪の前に立つ、その後ろは1人くらいは余裕で通れるか。
正面から後ろに傾いだ左右3メートル程は、湾曲した総ガラス張り。
ここだけ見れば酷く近代的な印象だ。
舵輪を囲むように低い操作テーブルがあって、正面の舳先は1段低く短かく見える。
相変わらず掻き分ける波はごく僅か。
銛撃ち架台がそこに低くあって、他は全て海って感じだ。
まだ左右に陸の木々が見えているが、外洋に出たら海ばかり、頼りないくらいの眺めになりそうだな。
しかし海か。
マップでは、世界地図はずーっと広域にして行けば見られるはずなんだが、何でか半径何千キロだとかで止まるんだよなあ。
アクトベルの国内くらいは見られたはずで、テオドラ帝国に入ると国の全域は見られなくなったんだ。
それだと海の航行には不自由だと思うんだ。
「タケオさん何言ってるんですか?
ほらこの間の湿地の狩り、あの後からですよ、すごく広い範囲まで見えるようになったんです」
え、そうなの?
あれは数を狩ったけど、結界はほとんど使ってないはずだぞ?
まあそれに気がつくのは、例の青い網を広域でチェックしてるメアリくらいだ。
舵輪を握る俺の隣に来て、メアリがスマホ画面を見せてくれる。
今日は休日と言ってあるので、この間ルカサルオドシで買ってやった、薄水色にピンクの帯がアクセントについたワンピース姿だ。
マップはやはり世界地図というところまではいかないし、もちろん地球儀…じゃねえ惑星儀にまではならない。
世界は丸いってことを知られたくないとかか?
でもこれがないと見られないんだから、そんな制限に何の意味があるんだ?
最大の広域図がどのくらいの範囲なのか、目の前の大洋がどうなってるのかまでは分からない。
あ。スクロールはするんだな?
島っぽいのはあるな、対岸、正面の対岸は、と。
丸い世界なら、自分の大陸の反対側かも知れんが、対岸はあるわけで。
距離は、っと。
8690……ケラル?
ダメだなこれ。
遠過ぎて何の情報にもならねえや。
「スマホ返すぞ」
「なんか分かりました?」
「いいや。
これ、近くじゃないと島があっても分からんだろ?
行きたいところが特にあるわけでもないから、別にいいんだけどな」
「島に行きたいんですか?
検索が利くと思います」
メアリは何やらポチポチと文字を打ち込んだが、俺は湾を出るまで舵輪から手を離せない。
「ほら、見てください。近くの島って言うのが出るんです。
これで……
候補がずらっと出ましたね……
あー、名前は未設定になってますけど方角と距離が出ますね。
どこへ行ってみます?」
見せられた画面にはズラズラとリストが並んでいる。
「一番近いのがどんな島か分かるか?」
「見てみますね。
南東に17ケラル、そばを通ったことがありますね、小さい島です。
1周12ケラル、高さ40メルキってあります。
他には書いてないですね、絵が出ました。
上から見たっぽいかな?」
見ると、白い輪郭楕円の中が黄緑色に見える、これが島か?周囲は画面の端まで濃い青だ。
衛星画像か、これ?
他に画像は無いようだ。
南東の沖って言うと、モリウチセンを連れて大物狩りに行った時かな、あれは島どころじゃなかったからなあ。
「メグとクレアに相談してみるか」
「右のドアの向こうが居間ですから、みんなそこに居ると思います。
呼んで来ますね」
スカートを翻すメアリ。
メアリは右と言ったが左右後ろのドアはそれぞれすぐ近く、3歩と離れていない。
「何や用って?
行き先かあ、取り敢えずどっちゃでもええんやけどなあ、クレアどないする?」
ドアを潜りながらのメグの声が正面ガラスに反響した。
「近くの島巡りって良くない?
カリノの縄張りを押さえて置く!みたいな」
「せやな、近所を知らんことにはどないもならんか。
島を皆地図に描き出してみたろうかい」
メグとクレアは普段通り、濃紺の魔女衣裳に革鎧の前衛姿だ。
「ああ、それは助かる。
このままだといつまで経っても、海がどうなってるか分からんからな」
「ああ、せや。
沖に出たら言うてや。
試したいんがあるよって」
船は水の抵抗が大きいから速い船でも時速4、50キロだと聞いている。
海上最速はホバークラフトの時速100キロほどだそうだが、あれは騒々しい上にひどく燃費が悪いそうだ。
この船も速度計が無いから体感になるが、時速で50キロくらいは出ていそう。
だから出港して20分、湾の出口はもうそこに見える。
さっきメアリが言ってた島へも、このくらいで行けるってことだ。
居間のドアは半開き。
「おーい、そろそろ湾の出口だぞ」
「ちょうど東側が描けたとこや。
けどこれどこに置いたらええもんやら」
クレアがメグと運んできたのは、人一人乗せて運べそうな戸板だ。
ご丁寧に木枠までついているが白地に何か緑や茶で模様が……
地図のようだな、右下がこの湾の出口で左へ行くと、下っ側に緑や茶が南東へと連なるのは陸地の縁か。
途中の入江や河口は奥まで描いていないが、白色の海はよく分かる。
そこにはいくつもの島の絵が描き込まれていた。
木枠には目盛が彫ってあって、それで距離がわかるようだ。
「左の端まで行くと何ケラルだ?」
「これで1千ケラルだって。
思ったより広い範囲が描けたよ。
あ、描けたのは陸地でさ、近くは全部描いたけど、遠くの島はまだ増えるよ?」
「これな、魔道具で出来へんやろか思てんねん。
どないなるか、まあださっぱりやけどな」
カーナビマップは衛星画像らしいからな、あの絵を引っ張り出すにはどうしたらいいものか。
確かにこの戸板はただの地図だ、現在位置や船の向きが分かるわけじゃない。
目印になるのは船から見える陸の形だけだ。
沿岸であっても航路を伸ばすのは、容易じゃないってのがよく分かる。
今はカーナビの地形図と見比べて、メアリがシールを現在地に貼ってくれるらしい。
湾の出口という右下の隅に船型のシールがすでに貼ってある。
「タケオ。
そこに『下翼』て書いたレバーがあるやろ。
あれ?この字、イズーラやで、読めへんやった?
じゃあこっちの『下布』はどない……って読めてへんのんか。
あかんなあ、クレア、まあだ教育が必要やで。
って今そんな話ちゃうねん。
イブちゃんは本気で走らせたら、むっちゃ速いんや言う話や」
「メグちゃんそれだと多分分からないよー。
まずやってみたら?
そうね、軽い方から行こうか。
『下布』!
メグちゃん得意の水カーテンを船の縁に張るんだよ。
あっちのモリウチセンには、この間付けてたんだよね。
小物の突っ込んで来る系魔物対策だよ」
「トツゲキウオですね!」メアリが反応した。
確かにあれが当たりどころによっては怪我では済まない。
初撃は仕方ないにしてもこれで止めてしまえば魔石狩りの前半、止め競争みたいなものだ。
「それは分かった。
次は?」
「ウチの番でええか?
もうだいぶ前になるかなあ、むっちゃ速い船の話してくれよったやん?
その中になあ、小さい羽で船飛ばす言うんがあったんや、覚えとる?
その顔は覚えてへんなあ、それはまあええんや。
でなでな!
この船の下にそれ!付いとるんや!」
「昨日だよね!二人で試運転!
凄かったよー!」
「これ、クレア!
まだウチの番やって!
凄かったでえ。
あれは絶対リペア仕立ての道路を本気で走りよるイブちゃんより速いでえ!」
ふふふ。俺のタクシーは改造こそしてないが軽く足回りをいじってるんだ。
こっちじゃ道の事情が悪いんで精々時速120キロしか見せてないが。
それを超えるって?
確か水中翼船は精々時速90キロ。
ふふふ。
見せて貰おうか、メグの本気!




