|フォイル《水中翼》
『フォイル』のレバーは、水魔法石の水流推進で速度を稼いでからの起動になると言う。
この図体だ、まずそいつに時間が……
「って速いな、以前の身軽な時と変わらないんじゃないのか?」
「そらそうや、ちいとくらい重なったから言うて、逃げるちゅうとき動き出しが遅なっとったらどないするんや?」
ああ、そうだな。
そろそろか?
俺はレバーを押し込んだ。
水中翼と言っているが本船の真下へ翼型に整形した支柱が前後に2本。
これが浮上航行の時、この大きな3胴船を支えるのだから非常な強度が必要で、その太さから通常航行の時でも水抵抗を強く受ける。
だがこれはどうだ。
体感だから確かではないが先日よりもむしろ動きがいい。
支柱へはフロートから支線が伸びているはず。
それが水中で翼の役目をする。
浮き上がるほどに水中部分は小さくなり航行速度は速くなる。
ってこれは向こうの水中翼船の謳い文句だったか。
メグは一体何をやったんだ?
細かく聞きたいところだが、振り返ると広い帽子の鍔を捲ってこちらを見ている、目の前のドヤ顔がそれを許さない。
また「魔法少女の秘密」とか言うに決まってる。
確かに速い!
車体と船体、大きさがまるで違うし走行感覚も全く違うから、比較はできないがとにかく速い!
「メアリ、近い島まで17ケラルって言ってたな、時間を測ってくれ」
「メグさんに頼まれて、もうやってます」
うほ、先回りされたか!
手回しの良いことで。
速度を落とさずに島の近くを通過するのに、10分掛からなかった。
時速で100キロ以上出ているらしい。
スピードが出ることはわかったが、やは方角を決めるのが難しい。
大体の方向を決めて走り出すと、マップ画面では目的の場所から逸れて行くんだ。
都度修正するんだがこれがまた調整が難しいと来た。
陸ならいろんな目印があるし、走れる場所も限られているからなあ。
どこをどう走ってもいいが、何の目印もないという海上の航海では、スマホのマップ画面は向いていない。
マップを見て都度修正しながら走る他ないか。
「島ってみんなあんな形なの?」
クレアが窓の向こうを指す。
見ると城塞都市と同じような岩が、海面から5メートル程も聳り立っている。
海に沈んだ城塞かと思うような岩壁だが、その上に白い山、あれは何だ?
壁にはその白が流れたような幾筋もの縦縞が見えている。
確かメアリが高さ40メルキとか言ってたが、この白い山はあの上の方だとそのくらいはありそうだ。
「タケオさん、鳥がいます」
白い山に白い鳥で見分け難いが結構な数がいるようだ。
何かに驚いたのか北側の数10羽が一斉に飛び立って、一回りもせず直ぐに戻る。
他にも沢山いるようだがそちらに動きはない。
「壁の下の海は結構深いようやで?
あの白いんは何や気になるでな、タケオ、寄せたって」
そばによるとプンと鼻をつく酸っぱいような、い辛いような臭気、どこかで嗅いだような?
潮の匂いが混じっているが、鶏糞がこんなだったか?
「海鳥のフンじゃないのか?
物凄い量みたいだな」
「鳥のフンやら、こんなに溜まるもんやのん?」
「そりゃあ長い年月、何千何万年掛ければな、これくらいにはなるだろ」
「さよか、大して面白ないもんやったな。
次行こか?」
「まあ待て。
これはいい肥料になるんだ」
「肥料やってん干鰯もあるやんか」
「あれとはまた違った栄養があるんだ。
掘り出して売ればいい値段が付くと思うぞ?」
「タケオがそこまで言うんなら掘ってってみようよ。
クライストに値段つけさせてみよう」
「土魔法は任せるで。
ウチはその間にこの岩にようさん付いとる貝を採ってみよか」
貝と聞いてミトアが目を煌めかせる。
綺麗な貝殻が欲しいらしい。
深さがどれほどか分からないが、浅いところの貝は海藻がまとわりついているものが多い。
広い船の上甲板に上がったメグが、海水に対し水魔法を向ける。
海中に立つ岩に沿って泡が大量に上がってくる。
ゴリゴリと伝わる振動は、岩から貝を引き剥がす音か。
黒い塊が水面を破って上甲板に転がった。
やはり海藻が沢山纏わり付いて……
タコやカニ、海綿の類もいるな?
飛びつこうと言うステス、ミトア、ラトル。
それを押さえてメグが一喝した。
「まだや!
毒持ちやら居ったらどないするんや!」
ふた抱えもあるごちゃ混ぜの塊がバラバラと分解して行く。
小エビやタコ、ナマコらしい軟体がまず分けられた。
ひと剥がしらしいが実にいろんなものがいる。
「名は知らんやってん、毒持ちやらウチには判るんや。
食うて美味いか知らへんけどそっちは大丈夫やで」
水魔法で毒混じりが分かるんだろうか?
次は海藻が幾つか海へと落ちる。
どうやらあれは毒持ちらしい。
そして貝は粒の大きなものが海に戻った。
「毒の無いんもそこそこあるやん。
あとはもう大丈夫やで」
色の綺麗な貝はそこには無かったが、夕飯の材料とばかりに桶に集めて行く。
逃げるエビ、カニをラトルが追いかける。
この広く平らな上甲板は周囲に手摺りもあって、ちょっとのことで落ちる心配がなくていい。
メグは次にかかっている。
今度はかなり集中している様子で、泡が少ないうえに、音も静かだ。
「この岩、自然のもんやないで。
10メルキ超えとるやん」
と呟くように言った。
深さでそれくらいは感知できると言うメグがそう言うんだ。
水中はどうなっているものやら。
今度の獲物は海底のものらしく、平たい魚や根のついた海藻、そして大きな貝。
跳ね回る2匹の大きな魚を水網が甲板に押さえつける。
それをステス、ミトアが締める。
貝が舌のような足を出し移動しようとする。
大きな、帆立のような縦に段が付いた貝殻持ち、それが3つだ。
ひとつ10kgに近い大物を見て皆途方に暮れる。
下手に貝の中に刃物を入れても、大きくて手も一緒に挟まれそうなんだ。
「ちょーっと大きかったかいな、ウチが処理したるわ」
水刃が貝柱を殻から切り離し、バクンと口を開ける大きな貝。
そうなってしまえばもう面倒はない。
身を外されて桶に放り込まれた。
顔よりも大きな貝殻を持ったミトア、ラトルが嬉しそうにする。
「この魚は大きくて食べ応えがありそうです。
夕飯が楽しみですねえ!」
「ええやん、美味いようやったらまた来たらええんや。
場所は分かっとるさかい」
クレアが船尾の方に1トン程も地層の横縞が入った白い塊を置いていた。
・ ・ ・
そうして始まった島巡り。
足が速いせいか、ザイダルシャークも襲って来ない。
その日は昼を挟んでもう3箇所回って、細長い島に辿り付いた。
マップで見ると幅は5〜20kmだが、長さが100km少々あって結構高い山地が3箇所ある。
ぐるり回ってみたが、人が住んで居る形跡はない。
だがそれよりも。
「この島って魔物が結構います。
赤い点が30くらい見えてますよ?」
「大きのも居そうか?」
「はい。2つ見えてます」
こんな陸地から離れた場所にどんなのが棲むって言うんだ?
ガリオン崩れで湧いたのか?
それにしては少ないか?
「上だわ!ほらあそこ!」
やはりクレアが早い。
飛んでいたのは遠目にも分かる、紅い身体白い羽の鳥型の魔物だ。
「オキガルーダって出ています。
小さいのもそうみたいですね」
高空の鳥型と言えば取れる手段はそうない。
と言うかメグの雷魔法一択だけれど。
「海に落としちゃったら回収が大変だよ?」
「なるべく船の近くに落とすよりないやろなあ。
やってみるわ。
大きいのんだけでも回収したいとこや」
東寄りの山地が一番高く、頂上付近にはまだ氷雪が残っているのか白っぽい。
その近くまで船を持って行って、メグが80メルキの高さへクレーンで昇る。
最初の1羽は高空に上げた水球で直ぐに釣れた。
今回は黒雲は出さずに小さな雷球で迎え討つメグだ。
相当に電荷を圧縮しているんだろう、遠目にも青白く光る。
囮の水球は赤い色が付いていてよく目立つ。
若干の魔力も籠っているのかオキガルーダが2羽周囲を回る。
そこへ狙い澄ました雷撃が飛ぶ。
大きい方が船の近くへ落ちた。
そいつが沈まないうちに、回収しようと俺が船を急行させる。
上にはまだメグが居るが、これはメグの指示だ、遠慮はしない。
船の移動の間も、結構振り回されるだろうに平然とクレーンを下ろすメグ。
俺には真似のできない芸当だ。
オキガルーダの落下点まで数分、まだ翼を開いたまま浮いている。
鳥形態のオキガルーダは羽の芯材も中空なようで容易には沈まないらしいと分かった。
船が浮いているオキガルーダに寄ると、直ぐにメグの水網で甲板へと上げられる。
取り囲むメアリたち4人。
だが、
「上にたくさん来てる!
離れてて!」
とクレアの声が飛ぶ。
この時大小30羽近いオキガルーダが、上空を旋回していた。
この辺りに居るはずの魔物全数だった。
メグが背嚢から魔石を取り出し握り込んだ。
クレアは既に愛用の槍を携えている。
俺の槍……あ!タクシーの屋根に括ったままだ!
俺が急いで取りに降りる。
梯子を下り切った時に上で大きな音が立て続けに響く。
槍を手に登ろうとして!
槍が長すぎてどうやっても梯子を登れない!
俺はこの時子供だった俺を恨んだよ!
こんな長い槍なんか!
でもそれきり上は静かだった。
上がってみると甲板には、20数羽のオキガルーダが所狭しと転がっていて。
「逃げられてまったー!」
と大きい1羽を取り逃がし、悔しがるメグたちがそこに居た。




