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公王ツミザ

 帝国は広い。

 皇帝の権能たる帝笏をもってすれば容易いであろうことも、ワシの持つ王笏ではいかにも力不足というもの。


 毎日毎夜、様々な報告がこの帝都テオドン宮へと集まってくる。

 それを300人からの文官が吟味し仕分けし、更には分析を行った上で問題があらばいくつかの献言まで行ってくれるが、決定を行うのは皇帝の代理たるワシの役目である。


 体制として権限の委譲により10の大臣を置いて、それぞれに(まつり)を敷いて対応させている。


 これが公王による帝政の大要である。


 とは言うものの帝国としての方針、外交といった任せてはいけない物事はあるもので、次々と案件が持ち込まれ執務机の上が片付いたことは今までに一度もない。


 そんな中でも配下の領主イエルトードの一件は、ワシが監視対象に上げたものだ。

 始まりはあの男の短慮であった。


 何を思ってのことか、褒賞と称して住民50名程、不毛の地に細々生きる2つの集落が「村」であるとして管理させたと言うのだ。

 しかも3年の後に金貨で20枚の税を納めよなど、一体何を考えているものやら。


 勅令状を持ち出されては取り消しもままならない。

 この点だけ見れば降格、左遷と言った大失態であるのだが。


 それを引き被った一行は冒険者の1パーティで、名を『イブちゃんタクシー』総勢7名。

 皆年若い。

 だがそこに混じる一人の魔法職にワシは違和感を持った。

 10日に一度の報告を申し付けたが、毎日の様に異常な進捗報告が上がって来る。

 その後行った鉱山の視察でどう言うものか一端を垣間見たものだが、それにしてもだ。


 これの分析担当は信憑性と整合の無さにしばらくの間、頭を抱えておったわ。


 だが二月が経ち、ここへ来て今まで見たことのない様な村の全貌が見えて来る。


 道を創り、産業を興し、人を集める。

 そして飢えと貧困を解決しようとしている。

 物事の手順として正しいがあまりに進行が早い。


 この村の行末に対するワシの興味は尽きないものとなった。


 最近の報告に1点引っかかりを覚えた。

 それはネストック出身の移住者夫婦。

 名をスクトとネイル。

 趣味で似顔を描くと言う。


 似顔絵と言えば20数年前、公王就任前の外交業務でそのネストックを訪れたことがある。

 地元では有名という似顔絵師を紹介されて2枚の絵を得た。

 その1枚が鑑賞用で、額装して居間に飾って久しいが見事な出来の肖像画であった。

 もう一枚も良く描けてはいるが背景に不気味な紋様があって、一部は胸の辺りまで覆っている不思議なもので、高い場所に保管しておく様言われたのを覚えている。


 はてあの似顔絵師、名は何と言ったか。

 老齢であったからもう生きてはいまいと思うが、もしや、つながりがあるのではなどと思ってしまうのだ。


 そして今日の報告には、カリノ産の氷詰め鮮魚が帝都まで運ばれる様になったとある。

 海は近いが高台にあったはずの集落だ。

 これも結びつかない。


 だが急速な発展をしている様で喜ばしいことと言えるだろう。


 その件はこのまま緩い監視といった対応で問題なさそうだ。

 この報告を聞くのはいい息抜きになることでもある。


 先日行った鉱山の視察などは実に珍しい出来事と言えよう。


   ・   ・   ・


 その鉱山は帝国の東寄りにある。

 実に一月もの長きに渡って、ワシは帝宮を離れることができたのだ。


 もちろん決済書類、外交案件は付いて回る。

 馬車2台に分乗した文官団12名もだ。

 そして世間にトリ騎士と呼ばれる急使の往来も。


 ほとんど揺れることのない巡幸用の馬車列の中で、変わらず日々の執務に追われる。

 結局たまに外の空気や風景が楽しめるだけで、帝宮にいるのと何ら変わりのない日々であったのだ。


 その鉱山、ギグスクルは魔法石を産出していた。

 だが長い休止期間があった。


 原因は話に聞くゴーストの出現だった。

 物理攻撃が一切効かないゴーストには、数の少ない聖属性魔法職の聖光(ホーリーライト)を宛てるのが定石だが、他にも数箇所ゴースト対策に追われる鉱山が出てしまった。


 ここも貴重な銀魔法石の鉱山であるのだが次点に周り、優先した鉱山ですら退治もままならない現状に、長く放置される結果となったのだ。


 ここの番人はガンツという男で、ギグスクル高山の資料には放蕩な人物との評が記されていた。


 鉱山門を潜って手入れの悪い運搬路を巡幸馬車列は進んで行く。

 ヒヒンブルルとウマの挨拶があったので出迎えが居たと知れる。


 程なく馬車が停止し、取次の文官(サイオウム)が扉を開けた。


「公王閣下。

 ギグスクル鉱山で御座います」


 儀礼用軽鎧姿の騎士10名が左右に居並び、赤い絨毯が1本道に敷かれている。

 絨毯は宮殿のものより毛足が短いようだが、この短時間にこの対応。

 我が家臣団もやりおるわ、と柄にもなく悦に入った。


 流石に下の地盤まで整地されていようとは思わなかったが、別働の馬車隊が先々でこう言った手配を行っている聞く。


 さて放蕩と評されるガンツ。

 如何様な男であろう。


「ギグスクルへ遠路行幸頂き、このガンツ恐懼の至りで御座います」

 などと片膝突き畏ま(ネコを被)っているのは、背は低いが縦横の判別が難しいほどの、樽のように筋肉鎧を纏った男。


 背後数メルキ(メートル)にここの鉱夫であろうか、粗末な身なりの者が10数名、地に伏せている。


 この男、眼光は鋭く髭面である。

 これも整えられてはいるが、取ってつけた様な印象は免れない。


 いかんな。資料の評で先入観を持ってしまったか?

 放蕩との評にワシとした事が振り回されておる。


 取次文官のサイオウムが囀る様に、巡幸の目的を大仰な宮廷言葉で告げる。


 皇帝の巡幸作法をなぞっているとはいえ、やり過ぎ感は否めない。


 だが代理とはいえ帝国の頂点である。

 威信が掛かる上は仕方あるまい。


 ガンツの案内で建物の中へと進む。

 騎士は入口に2名が残り他は周囲の警戒に散った。


 鉱山の番人の執務室としては広いのであろうか。

 妙に物のない印象なのは急遽片付けられたのであろう。


 資料で読んだ通りの内容をガンツが固い言葉で紡いで行く。


 その中の、

「聖水を作っていなければ、このような鉱山の再開はありませんでした」

 という一節。


 ワシには聞き咎めるものがあった。


「ふむ。

 聖水について詳しく申せ」


「へえ……

 あれは自走馬車の一行がたまたま来ておりまして、鉱山の中をを見たいなどと申しまして……」

「自走馬車の一行?」


 ワシが追求するとガンツはしどろもどろの返事だ。


「へえ!

 中でゴーストを退治したとか言って、クズ魔法石の小瓶に聖水を……

 作って……あの?」


「そう畏まらずとも良い。

 サイオウム、口を出すでないぞ!

 ワシとて元は一介の文官上がり、普段の口調で良い。

 詳らかに致せ」


 そうしたら出るわ出るわ。


 聖水は3千を超える数が商業ギルドへ流れて、将来に備え在庫となって保管されている?


 銀の小瓶も聖水もここの番屋で作った?


 近くの森で起きた山火事の件は知らなかったが、それがロププテラー狩りの余波だと?


 この頃にはすっかり伝法な口調になったガンツの推測だが、銀魔法石の新たな鉱床を見つけたのも彼らではないかと言う。


 他にもいくつか、出たついでもあって巡幸は続いたが、ここの視察が一番の収穫であったのは間違いない。


 ワシはこの時、あのパーティへのますますの監視強化を命じたのであった。


 そのような気の晴れる出来事はすでに過去の思い出に過ぎない。


 帝国領の西側、険しい山地を挟んだナラクサトード皇国には最近使節を送ったばかり。

 と言うのに何やら、帝国を含む近隣諸国から食料の買い付けの動きがあると言う。


 先年より武器類の流通の多い国であったが、不作という話も聞かないところへこの話だ。


 どこぞへ攻め入るための兵糧である可能性が捨てきれず調査を命じている。


 また、スンダルシカ湿地は帝都の虫禍に連動して魔物が増えると言われている。

 そこで4、5百もの大量の魔物を狩ったとの報告がある。

 帝国南部の魔物の活動が活発化しているについては、今後も注視していかねばなるまい。


「公王閣下。

 ストレイン教国からの使者が参るとの早馬がありました。

 到着は4、5日の後とのこと!」

 取次の文官(サイオウム)が扉から入るなり高い声で囀る様に言った。


「む、そうか。

 では諸事確認し、懸案事項があれば3日のうちに取りまとめておく様伝えてくれ。

 歓迎の意を伝える使者の手配も頼む」


 今度はストレインか。

 どうも諸国の動きが慌ただしい。


 広い執務室だが左袖側に5人の秘書官が詰めていて、持ち込まれる案件についての予備処理を行なって、その上で優先順位を付けている。


 広い執務室だが左袖側に5人の秘書官が詰めていて、持ち込まれる案件についての予備処理を行なって、その上で優先順位を付けている。


 右の衝立の向こうは簡易の応接スペースだ。

 応接とは言うが専用の応接室は別にあって、主にワシの仮眠場所である。


 時にこの帝宮を一歩も出られぬ日もあるのだ。


 この様な執務であるから近年体調を崩すことも多くなった。

 小便は近くなったし、その分喉がよく乾く。

 目のかすみも夕方以降は辛いものがある。


 歳はとりたくないものだとつくづく思う。

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