スラットの負傷
水中銛の試運転でビグホエールを仕留めた俺たちは、更に2日ドリックたちと、沿岸からやや離れた海域での曳き網漁をやってみた。
やはり網を入れて漁を始めると、魔石持ちが寄って来やすいらしい。
それでも大体は捕鯨船もどきだけで対処が可能で、俺たちが手出しをしたのは船倉が足りなくなったからだ。
それで今後はもっと陸に近いところの沿岸で、曳き網漁をしつつ漁船の船団を率いてもらう事にした。
あれから数日経ったが、行商のクライストが港の様子を教えてくれる。
彼は毎日のように港まで通って、魚や水棲魔物の肉をルカサルオドシ城塞の、ネックストーン商会支店まで運んでいるのだ。
食糧の件が一旦落ち着きを見せた今、それは貴重な村の収入源となっていた。
そしてメグは何やら魔道具作りに目覚めてしまったらしい。
思えばあのピンク色の杖からこっち、漁船の推進、聖水瓶と蒸留水製造、そして今回の水中銛と物作りが続いている。
クレアのガワもの制作の腕も上がっていて、思うものが作りやすくなったのもあるんだろうが、俺のところに夜昼構わず現れては色々と問い詰めて行くことが増えた。
それは銛撃ち架台の時から始まった事で、今日も夕方になって役場にメグが現れた。
「今ん時間ならここやろ思たで。
ウチ聞きたいことがあるんや」
役場の小部屋のドアを開けて入ってくると、もう定番になりつつあるメグの挨拶があった。
「なあ、ツウワ言うボタンがスマホやらガラケーにあるやろ?
アレなあ、港と役場やら話ができたらええ思わへん?」
通話、ねえ。
今でこそ1人1台の電話携帯時代だが、俺が知ってる最初は黒電話だった。
アレって元はトンツーのモールス信号だったか?
声も波だから電気の波に変換して、遠くなるとどんどん減衰しちまうから増幅があって、ってこれ、メグに通じるのか?
大体は俺もあちこちで聞き齧った話だしなあ。
「魔法だと、どんなことになりそうなんだ?」
「この距離がまずあかんのや。
声届ける言うたら風魔法や。
ウチは出来へんけど見えとる相手の耳元に声を送るんや。
出来る者もそう居らんよって、あんま知られてはない思うで?」
「ふうん?声が声のまま送れるのか。
それは空気の振動を送ってるってことか?
そう言えば落語になんかあったなあ、声を凍らせるってホラ話が」
「なんや、声って凍るん?」
「いや、ただのホラ話だ。
声、音ってのは空気の振動だよ。
んーと、あれはセロファン紙だったか?あ、紙でもいいかな、この辺を触ってるんだぞ?」
そう言って俺は口に紙を当てて声を出す。
メグの指はすぐ下にあって、声で震える振動が分かるはずなんだ。
「なんや?チビッと震えとるなあ!」
「紙の質も良くないからな、そんなもんだろ。
セロファンが良いって、アレはどう説明したらいいやら。
とにかくその振動を別の場所で起こせれば、声になって聞こえるはずだ。
キモは音を送るんじゃなくて、遠くで同じ振動を再現するってところかなあ」
それから俺はスピーカーの構造やら波の性質やら、聞かれるままにうろ覚えの知識を搾り取られて、夜は更けて行く。
・ ・ ・
メアリがこの頃、執務机で眠そうにしている。
聞いたらメグに付き合わされて、魔法の鑑定をしているらしい。
それがいろいろな魔法を魔法紋に起こしているって言うんだが。
銀魔法石を握らされて幾つも鑑定を使うので、もうフラフラなんだと言っていた。
メグには少し言ってやらないとだな。
・ ・ ・
「見てやタケオはん!
出来たで、見てみなはれ!」
そう言って背中の隠しから引っ張り出したのは一見紙コップのようなものと、ちょっとゴツい感じの……
ラッパかなあ?
拡声器の絵は描かされた気がする。
「こっちで喋るとやなあ、この大きいのんから大声になって出るんや。
港やからなあ、皆仕事しとるやろ?
呼ばれたから言うても直ぐは聞きにも行かれへんよってなあ、こっちの話だけ知らせる物を作ってみたんや」
「向こうの返事はどうするんだ?」
「それはこっちの小っこいので受けるんや」
もう一組は、紙コップと板のような物だった。
それぞれ対になっているらしい。
これはどうやら一方通行のトランシーバーのような物のようだ。
「こっちの大きいのは数を作って一斉に鳴らせたり出来るか?」
「んん?
こっちの話す方は1個でええん?」
「町内……村内の一斉放送…っても分からんか。
港と二つの集落、それとこの役場の屋根…かな、同じ物を取り付けて、災害対応で避難しろとか、全員に用があるときに集まれ、とかな。
これで知らせるんだ」
「んー、出来んことないなあ。
それ、作ってみたる。
あ!
それでやけどなあ、これお互いに喋れへんねん!
しかも相手は決まっとるよって他へは繋がらへんのや。
ソーワグチやったか?
こんなん幾つも並べとったら、邪魔くそうてなあ」
俺はメアリを酷使するんじゃないと苦情を入れた後、この間しなかった交換台の話をしてやった。
その昔、電話線の向こうには交換手と言う人が交代で詰めていたんだ。
通話先を電話で聞いて、電話線の繋ぎ換えをしてくれる人が交換手だ。
それが自動化されてダイヤルだけで、どの相手にも繋がるようになった。
と、そんな話。
最初は苦情を聞いてしょぼんとしていたメグだが、また根掘り葉掘りの質問責めが始まった。
俺はちょっと長く生きてるだけで、別に学者でもなんでもない。
そういくつも聞かれても、なんだが。
それでもメアリの件だけは了承して、ニマニマした顔で帰って行った。
アレでどこまで反省しているものやら。
・ ・ ・
「大変やで。スラットが腕一本喰われたそうやで」
役場の小部屋に飛び込んで来たメグの第一声だ。
スラットと言えば短剣を器用に使う男だ。それが腕をか!
「喰われたって、どこでだ?
相手は?」
「湾を出て東の沿岸や!
海からザイダルシャークが跳ねて来たらしいて。
そいつは仕留めた言うとったで!」
海の上でか?
よく港まで帰り着いたな。
ポーションも持たせてあるから、余程の重傷でもなければ、腕一本で死ぬことはないだろうが……
とは言えスラットは、これからどうやって食って行くことになるのか。
何か補償を考えないとだな。
「直ぐに様子を見に行こう。
きっと気落ちしてる筈だ」
「タケオ、何を言うとるん?
今行ったかてまあだ海の上や」
「じゃあなんで分かったんだ?
まさか、連絡が出来るのか?」
「あれ?言うとらんやったか?
船にアレ積んで貰ろてんねん。
むっちゃ便利やでえ!」
アレって電話の試作品か?
もうそんなに使える物になってるのか?
「それでスラットの具合はどうなんだ?」
「血止めが早かったらしいて、今は船室で横になっとる言うとったなあ。
割と元気やって。
ザイダルシャークは3頭居ったよって、今解体中らしいで。
慌てた様子もあらへんやった。
ウチが聞いたんはそこまでや」
俺はそこで若い頃の仕事場を思い出した。
40年も前と言えば俺の国でも命の値段は安かったんだ。
実際にやったとは聞かなかったが、人柱なんて言葉はよく聞いた。
俺も怪我と弁当は自分持ちなどと言われ追い回されたりもしたし、医者代も不注意だからと半分負担なんてのもあった。
一銭五厘の赤紙一枚で命を捧げる文化の名残と言うのだろうか。
ああ言う狂気じみた時代の影響と言うのは、社会の隅に長く残るもののようだ。
ふと見ると机の上に木製のコップが一つ伏せてある。
俺が要らん事を考えているうちに、メグが置いて行ったらしい。
送話口がコップ型なのは糸電話の話をしたからか?
返すと広口に何やら懐かしいダイヤル。
穴に並ぶ数字はイズーラで俺にも読める。
俺が読めるようにとイズーラにしたのか?
こっちの連中に使わせるんならテオドンにする筈だ、おそらく両方作ったんだろう。
だが番号はどうなっているんだか。
電話帳みたいなものも作らないといかんのだろうか?
スラットの件はメグがわざわざ知らせに来たんだ、船が戻ったらまた何か言って来るだろう。
そう思い直し決済書類に目を戻す。
ふと気がつくともう夕方だ。
メアリが夕飯だと言ってドアを叩くまで気が付かなかった。
あ!スラット!
「スラットがどうなったか聞いてないか?」
「宿舎で大人しくしてるって聞きましたよ?」
メアリには慌てた様子がない。
メグも知らせに来ていない。
食堂へ行けばメグが居るだろう。
そう考えて職員食堂へ行くとクレアとメグが穏やかに談笑している。
なんでコイツらこんなに落ち着いてるんだ?
「スラットの怪我はどうなったんだ?」
俺は思わず強い口調で問い糺す。
「なんやタケオ、えらい剣幕やな、スラットやったら大丈夫やで?」
「あたしらさっき見に行ってきたんだ。
ピンピンしてたよ?
両方の腕もあったし」
「他の連中が見えんやってなあ、スラットが部屋でボーッとしとったんや。
けど直ぐシャンとなりよって、あれアックスの冗談やったんちゃうか?」
連絡してきたのはアックスらしい。
だがあのアックスが冗談でそんな事を言うのか?
まあそこまで深い付き合いがあるわけじゃなし、真相は分からんが。
ともかくも二人が無事を確認してきたと言う事で、その場は収まった。




