ビグホエール
水中銛。
あの魔魚風船を量産する魚雷もどきの名前が、なんとなくそう決まった。
あれの試運転はザイダルシャークを処理した後、モリウチセンを単独先行させての誘き出しへと移行した。
陸からの距離を変えないように東へ舵を取って航行させる。
俺たちはその後ろから、殿ってやつだが、予備兵力みたいな位置で困るまで手を出すつもりはない。
ドリック達には警告をくれるクレアや索敵はないからな、水棲魔物との遭遇ってのは、航行中や曳き網漁の作業中突然の衝撃から始まるはずなんだ。
メグの水カーテは準備中らしいが、トツゲキウオの攻撃に反応するように、舷側に付けるらしい。
それれで絡め取ってしまえば短剣で充分だ。
大きなやつ相手ではまず1番の水中銛を撃つ。
船に当たったんだから至近距離に居るって事、水中銛は魔石ホーミングで勝手に追い回して魔魚風船にしてくれる。
近くにろくに動けない状態で浮き上がったやつへは、急所へワイヤー付きの銛を撃ち込む。
あとは解体甲板へ引き込んで、ご馳走様。
とまあこんな流れだ。
襲って来るのは魔石持ちって設定なのが、もしかしたら穴かもと思わんでもない。
皆は納得してるみたいだがな。
「来るよ!」
クレアの警告にモリウチセンで皆が構える。
最初だからな、慣れるまで警告は必要だろう。
陸では見境のない魔物だが、水棲魔物はいくらか慎重なようで襲う前に、獲物を観察しているような間がある。
次いで予定の衝撃、ナンバスが水中銛を一本発射、航行停止、そして手待ちだ。
複数いるのか単独なのか。水中銛の無駄撃ちは避けたい。その見極めだ。
要は水柱が上がるまで次は早々打てない。
だが衝撃は続いている。
「続く様なら次撃たんかい!
1頭でこないに連続で打ち当たれる訳あらへんやろ!」
メグの叱咤が飛ぶ。
途端に舷側で水柱、その後、断続して4本の水柱が上がった。
「タケオ、こっちも1本!
後ろから別のが来てる!」
うほ!
のんびり眺めてる場合じゃねえか!
水中銛のレバーをって、1番は戻ってねえな。再装填されてない?
2番発射っと。
クレアは後ろって言ってたから船首の銛撃ちからは死角になる。
取り舵一杯と行こう!
航跡を追うように、海面の盛り上がりが迫るのが左後方に見える。
その大きな動く瘤から水柱が上がる。
命中したな?
だが上がった水柱を越えて、海面の盛り上がりは航跡から左へ、こちらへ迫る。
どうする?
もう一本撃つか?
ええい!
俺は3番のレバーを引いた。
発射は軽い振動を伴う、皆にも2本目を撃ったことは伝わったろう。
迫る瘤、距離は10メートルを切った。
上がる2本目の水柱、それでも迫って……
波を分けて巨大な鼻面が海面から現れた。
泳ぐ速度が落ちている。
俺も推進レバーのノッチを一つ落とす。
離れ過ぎてもクレアの銛撃ちに負担が行く。
見えているのは頭付近だけ。
む、あれが目か?
銛の発射音があって、波間と言うのに揺れもしない魔物のその目の辺りへ突き刺さる、ドスッと鈍い音。
一瞬遅れて長く伸びたワイヤーが海面を叩く。
ゴボッと、船縁からそう離れていない場所で、海面を気泡が埋め尽くす。
潮とは違う臭いが押し寄せて、泡の海が割れた。
現れたのは巨大な口。
奥歯に似た形の平たい歯がズラッと並ぶ、高い操舵室を超える高さまで開いた口だ。
でかい口だな、このボートが飲み込まれそうだ。
その向こうに上がる水飛沫は、見えるクジラの尾鰭様のものはコイツのものか?
かなり遠く見える、とすれば体もデカい!
その口から押し寄せる異臭!
さっきの臭いの元はこれか!
思わぬ異臭攻撃にたじろぐ俺たちだったが、その臭い息が断末魔だったらしい。
バクンと口が閉じて、身体が海面に長く浮き上がる。
見たところ30メートルは超えていそうだ。
それがゆっくりと腹を上にする。
胸鰭が海面を叩く水飛沫が派手に上がる。
あまりの大きさに俺は開いた口がそのままだ。
「これ、ビグホエールって出てます!
あの時のでしょうか?」
スマホで確認していたメアリが言う。
「それならそうかもね」
「あっちはまあだかかるみたいや。
これどないする?」
「こんなデカ物、このボートじゃ余すぞ?
あっちへ引いて行くか?」
「そうしましょう!
ザイダルシャークの解体もできますし!」
メグ、クレア、俺の3人はメアリの顔を見てしまった。
満面の笑みがそこにあったので、思わずため息が漏れる。
何というか、解体って量じゃないと思うんだが……
・ ・ ・
モリウチセンではお祭り状態だった。
スクトはそうでもないが、元猟師の5人は獲物が嬉しくて仕方ないらしい。
この船にも冷凍の魔道具がある様で、切り分けた肉、厚い皮下脂肪は刮げて木箱に詰めて小扉の向こうへと消えて行く。
皮は上甲板の箱へ、港に戻ってから舐めし処理するらしい。
血や内臓はまだ捨てていない。
ここを立ち去る時までそのまま溜めておく。
こんなものを下手に流すと、何が寄って来るかわからないからだ。
「大物集めの撒き餌にええんやないか、思たんやけどなあ。
反対されてしもたで」
荒くれらしい元猟師組が、メグほどの戦闘狂ではないと分かって安心したよ。
解体にメアリ達が加わると一気にペースが上がる。
男達は箱出し、荷運びに追い回される。
俺?俺は当然荷運びさ。
箱を抱えて冷凍庫へ行くと、デカいヌストが防寒着で倍に膨れて、中の整理をしていた。
壁際から崩れない様に階段状に箱を積み上げているらしい。
間仕切りを足しながら高く天井まで積む。
おっと、凍えないうちに退散しないと。
ドリックが船倉奥のウインチワイヤーを引いて船尾の階段を登って行く。
最後のザイダルシャークを引き込む準備だ。
上の銛撃ち架台から外したワイヤーと、ウインチワイヤーを結んで巻き取るんだ。
「いいぞ、巻いてくれ!」
ドリックの声にスクトがウインチを操作する。
ワイヤーがどこかに絡んだ時に備えて、解体甲板に獲物が上がるまで、ドリックは監視を続ける。
スクトもそれは同じ。
解体できる場所まで引き込むまでは動けない。
メアリ達が船倉奥に集められたのはそんな事故対策だ。
ワイヤーが跳ねると、当たれば手足の切断くらいは起きかねない。
そこに誰もいないなら壁の傷が一つ増えるだけだ。
それはほんの数分、束の間の休憩時間だだった。
「うお、止めろ!」
ドリックの声だ。
すぐにスクトがウインチを止めたが、ワイヤーはギンギンに張って止まる。
「繋ぎのとこが床に引っかかった。緩めてくれ」
緩み切るのを待ってドリックが床に屈む。
「いいぞ、巻いてくれ!」
解体甲板をザイダルシャークが移動して行く。
スラットとナンバスが手を上げ、緩んだウインチワイヤーを外す。
ドリックが銛撃ちのワイヤーを外し、腕に巻き取ると上甲板へと立ち去った。
解体の続きが始まった。
解体はあっという間だ。
尤もこの大きさだ、30分と言えば相当な速さだと思うんだが。
床の血脂が流されて次はビグホエールだ。
こちらはウインチは使えない。
海上を足場もなくワイヤーの受け渡しなど、今日の様な波の穏やかな日でも手間がかかりすぎる。
だからメグの水魔法、水網だ。
モリウチセンの広い船倉が一気に狭くなる。
それほどのビグホエールの巨体だが、腹を上にしたままの頂点にメグが水刃を飛ばす。
切れ目が入るとハシゴで登った男どもって、俺もやるの?
腹の上で30cmほどの捲り口を両側に剥がす。
それが終わると全員退避。
船倉奥に集まるとメグの洗車魔法だ。
てか、いつまで洗車言ってるんだ?
高圧水で30メートルの長さで切れ目からまず左側。
吹き付ける水圧で皮が捲れて行く。
厚い脂肪層は残したまま、皮だけがそのまま両側へと捲れて垂れ下がって行く。
ブルータイラントの腹皮もそうだった。
ステスが捲り口をつけて、腹の上から捲り上げるのをこの洗車魔法で剥がして行く。
そのままステスが引きながら後退すると、ペロリと腹皮が剥がせたものだった。
ここでは引き役は皮の自重だ。
床に付いた背中部分を残し皮は剥がれた。
次は手のひら幅程もある厚い脂肪層。
これも水刃魔法で切り分け、冷凍庫の入り口へ流れる様に飛んでいく。
中に水分が多いのでこのくらいはなあと笑うメグ。
だがそれを受ける方は大変だ、箱詰めもままならずバケツリレーならぬ脂肪塊リレーで冷凍庫に積み上げる。
触ってみるとその脂肪塊はひどく冷たい。
メグがすでに凍らせているんだ。
だから潰れることもなく、崩れる心配だけすれば高く積み上げられる。
肉も同じだ。脂肪層に比べれば脂が多いと言っても知れたもの、こちらも木箱サイズに切り分けられ、冷えた物が飛んで来る。
さっき見た時はまだスカスカだった冷凍庫だが、この肉の量が収まるんだろうかと今更ながら心配になって来る。
だが、僅かな余り、と言っても3、40キロはあるだろうか、端材となった一山を残しほとんどが収まった。
「これ、どないする?
イブちゃんボートの冷凍庫は未だ入るよって向こうに入れたろか?」
「それもいいんだけどさあ、ここでみんなで食べるってどうよ!」
かくてモリウチセン船上で早めのお昼兼夕食会が始まった。
ビグホエールの肉は、しっとりと甘みのある脂を纏っていて、煮ても焼いても美味い。
煮込み過ぎると固くなる様だが、味が落ちるわけでもないのでそこは好みだろう。
まだ帰りの航海があるので酒は出せないが、夕食会は大いに盛り上がったよ。




