魔魚狩り
俺たちは今日も、捕鯨船もどきとイブちゃんボートの2艘で沖へ出ている。
半島沿海の範囲だが、外海となると広いので、どの辺りで群れを捕まえられるか分からないが、当たれば魚群が大きい。
とは言え大型漁船2艘分の船倉を一杯にするほどの漁獲は、なかなか難しいようだ。
沖へ出始めて今日で5日目。
お目当ての魔魚とは6回ほどの遭遇に留まっていて、大きさも精々1メートルクラス、メグの水網で対処が可能だがいきなり飛んでくるんだ、それには何か対策が要るだろうな。
あの推定30メートルクラスのビグホエールは、やはりたまたまだったんだろう。
そんな緩んだ船上ではあるが、まだまだこの海域に何が棲むか、分かりはしない。
不幸な出逢いがあるとも限らないが為の、2艘による掃海漁だ。
湾を出て右、西へはサースルカタル城砦の沖まで降ってみた。
今日は南東の海沿いをもう少し先まで行ってみようか。
・ ・ ・
早朝に出港したとは言え、陽はある程度昇っている。
朝凪の時間はとっくに過ぎて風は海風、陸地へ向かってそよと吹く。
海面は穏やかで、映る空の白い雲がはっきりと見て取れる。
半島に密生する木々は初夏の陽射しを浴びて新緑が萌える。
「今日はポカポカ陽気ですね♪」
ステス、ミトアが広い甲板を駆け回るのを横目に、メアリも機嫌良さげだ。
今日はメグが操舵室に詰めていて、クレアは舳先に陣取って海を見ているのが銛撃ち架台越しに見える。
水流を先端で吸い込むように後ろへ流す水魔法推進だから、掻き分けることで起きる波はごく小さいが、それでも穏やかな海面を裂くように進む舳先は、眺めていてもまた趣きが違う。
俺も見たがあの場所の眺めはいい。
特に何があるとも思わないが、なんとなく船首へ行って、
「クレア、どうだ?」
クレアはすぐに返事をしない。
見上げると眉尻を下げて困惑の表情だ。
「どうかしたのか?」
「うん……
水の中の気配って、分かりにくいんだ。
さっきからなんか引っかかる……」
俺は操舵室を振り返ると、
「メグ!
警笛鳴らしてくれ、警戒!」
と叫ぶ。
パアーーァァアンと間の抜けたような音がだだっ広い海原に虚しく響く。
それでもドリック達の乗る捕鯨船もどきの上は、慌ただしい動きがあって舷側に監視が出たり、銛撃ちに人が張り付く様子が見えた。
こちらでもメアリが、ステス以下3人を集めている。
クレアのおかしいは、高確率で何かの前兆だ。
警戒態勢のまま15分程も経ったろうか。
段々と痺れの切れて来た頃、クレアが船首の銛撃ちに取り付く。
「何か来るよ!」
クレアが軽くはない銛撃ち架台を一人で右舷に向ける。
捕鯨船から、
「右だ!
右を警戒!」とアックスの声。
クレアの動きを注視してたらしいが、そこはドリックが言うところじゃないのか?
イブちゃんボートが先行し右舷後方から捕鯨船もどきが続く。
並んでしまうと、こっちの船首の銛が十全に使えないのでこの隊形だ。
逆に向こうも銛撃ち架台は船尾にしか無い。
右舷数10メートル先の海面がざわつきを見せる頃には3門がその辺りに向いていた。
「まだ撃つんじゃねえぞ!
見えてからだ!」
ドリックが怒鳴る。
そりゃそうだ、銛は撃ってしまえば回収から再装填まで、準備に30分以上は掛かる。
だが海面が波打つだけで姿が見えないまま、突然捕鯨船の舳先が跳ね上がる。
大きな水音以外にこれといった前兆は無かった。
下へ潜り込んだんだろう。
操舵室の囲いの中にいたナンバスは転落を免れたが、他の5人は海へ転落してしまった。
配った救命胴衣が役に立って、船が元の姿勢に戻る頃には荒れる波間に5人が浮かぶ。
見えた片端から宙を飛んでこちらのボートの甲板に転がったのは、メグの水魔法だろう。
かろうじてドリックが上体を起こすが、他は転がされたまま。
そして捕鯨船の揺れる船上、操舵室にはグッタリと舵輪に凭れるナンバスが見えていいた。
そこへこちらにも下からの突き上げが襲う。
ダアンと大きな音と共に、小さくはないボートが傾いで宙に浮いた。
そのまま海面に叩きつけられ……
あれ?
俺は甲板に座り込んだ格好、他を見ると寝転んだのやら同じように座った姿勢の者やら。
周囲の景色は上下に揺れているが、妙に静かな船上。
だと言うのに俺は揺れを感じていない。
何が起きている?
改めて見てみると、ボートは白っぽい大きな半球形の泡の中だ。
これは防御結界か?
最近は半径が10メートルと言ってたから、このボートがすっぽり入る?
それを狙ってのボートのサイズだったのか?
しかし、ブルータイラント狩りで結界が発動した時にも、見えるなんてことはなかったんだが。
海面には大きなうねりがあってその上で上下に動く。
外界から隔離されたかのように静かだ。
隣の捕鯨船もどきも同じように見えるが、あちらは泡の外に浮いていて、波を被ったようで舷側から水を撒き散らしている。
ナンバスの腕が1本、舵輪に掛かってグッタリと見えていて、動く様子もない。
襲って来たやつはどうなった?
「酷い突き上げだったよ、海に落ちるかと思った!」
「思った通りや。
イブちゃんの結界は頼りになるでえ!」
「メグの姐さん、ナンバスが動いてやせん!
どうにかなりませんかい?」
アックスが操舵室に縋るようにして捕鯨船を指差す。
ここでなんとかしてくれそうな者はメグしかいない。
だが。
「クレア、どうや?
どこに居る?」
メグは襲って来た相手がどうなったかを気にしている。
その判断は俺も賛成だ。
「今は分からない。
痛い思いはしたんじゃない?
でも別のっぽいのが周りを回ってる」
「なんや、別のって。
大きいんか?」
「さっきのよりは小さいんじゃないかなあ、3つか4つか」
「そないにか!」
「あ、なんか寄って来たかな」
今度はいきなりだった。
隣に浮く捕鯨船の、船尾辺りで海面が噴き上がる。
白い波飛沫の向こうに見えた黒い物、黄色く禍々しい歯列。
クレア特製の船体が美味いとは思えないんだが、そいつは噛みつきに来たようだ。
弾け飛ぶ数枚の薄黄色い歯。
俺の手のひらよりも大きそうな歯板が、虚しく海面に吸い込まれる。
ナンバス一人が乗った捕鯨船は船尾を叩かれ、大きく傾いだ。
「クレア、これ、あかんのとちゃうか!
いっぺん仕切り直しや!」
イブちゃんボートは急加速で走り出した。
「姐さん、ナンバス!」
「連れてくよって心配すな!」
アックスが後ろを振り向く。
そこにはなんの綱もないのに後ろへピッタリと付いて疾る捕鯨船があった。
操舵室の囲いに見えているのは動きのない腕一本。
果たして頬の傷を撫でて笑うナンバスの顔を再び拝めるのか?
そんな想いを振り切るようにイブちゃんボートは疾る。
「追ってくる!」
そう言ってクレアが後ろ振り返る。
「さっきの奴ら!速い!」
クレアが右の腕環を掲げ、ボートは速度を上げる。
これで引き離せる、そう思ったのも束の間だった。
後方に4つの海面の膨らみが、こちらが起こす航跡の波間に見え隠れする。
「姐さん、あれがさっきの奴ですかい?
しつっこい奴で。
何狙ってるんでやしょう?」
「そんなもん分かるかいな!
海面近くに居るんやったらアレ行けるかあ!?」
メグはピンクの杖を、操舵室の中で前方へと突き出した。
前方に黒雲が集まり始め、その下へと船は疾走して行く。
後方には相変わらず4つの海面の瘤が追従している。
「頃合いや!」
前方の海面から細く白い紐状の水が空へと昇る。
午前の陽光の中でもキラキラ光って見える、あの場所がメグの用意した狩場だ。
黒雲は更に広く高くなって行く。
近づいて行くのでそう見えるだけではない、周囲に渦を巻くように成長して行くのが見ていて分かるんだ。
ついにはチラチラと稲光を纏い始める。
その電光がパリパリと危うい光を投げかけてくる中を、俺たちは矢のように通り過ぎた。
次の瞬間。
甲板に影が焼き付くほどの閃光。
ゴウと後ろから爆風が襲う。
メグの雷魔法が発動したんだ!
海面に落ちた雷はその場の表面の水を一瞬に沸騰させ、一瞬に海全体へと電荷を拡散させてしまう。
だがその真下。
水面にごく近いところにいた4頭の魔物は。
強烈な電撃で体液を沸騰させて、パンパンに膨らんだ風船と化した。
「こないに膨らんでもうてはザイダルシャークやら言うたかて、形無しやん!
魔物名鑑には「海のオーガ」やて書いてあったんやけどなあ!」
ボートの上に水網で引き上げられ、水刃魔法で腹を割かれて初めて元の形を取り戻した。
人間3人分もの大きな体躯、重さも3、4百キロはあるだろう。
皮は鮫皮特有の、ヤスリのようなザリザリとした物で、同じような進化が起きる物だなと思ったよ。




