フタハントウ沖
ドリック達6人の強化は一段落した。
ビグホエールの1体と遭遇したってだけで、大海原を諦めるなどあり得ない。
「そこでや。
あの戦力強化の上がりを使て対魔物用の船を用意したったんや。
どや。でかいやろ。
今までのんの3倍や、腹ん中には船と同じくらいの獲物を引き込めるんやで!」
なんてメグが言い出して、カリノの漁港までみんなでお出かけだ。
ここ数日、どこにも連れて行ってないからな、メアリがウキウキと弁当の用意なんかしていて微笑ましい。
行ってみて見えたのは港に浮かぶ30メートルクラスの大型漁船。
これって小さいがまんま捕鯨船だな。
撃ち出し式の銛の話をさせられたと思ったら、こんな物作ってたのか?
あの話をしてから5日?7日は経って無いはずだ。
俺が教えたのは銛に巻き取れるような金属ワイヤーを付ける事と、先は丸太ん棒みたいに平らにしとかないと水面で跳ねられるって事だけだった。
平頭銛の話は、俺の時代は授業で取り上げられたりしてたしな。
その銛撃ち架台は船尾の左右に2門づつ並んで、8の字輪に巻かれたワイヤーが備えられている。
よく金属、それも鉄の細線が手に入ったな?
いや待てよ、これがただの鉄ワイヤーのはずがない。
こいつならやり兼ねない。
「なんやタケオ、おかしな顔しよってからに。
この銛撃ち船も魔石駆動やさかい、ウチらの手間は掛からへんでも動きよるんや。
銛の撃ち出しも、撚り線に流す雷もや」
ほらな、やっぱり銀か銅を素線に混ぜ込んだんだ。
しかし雷魔法も魔石でやれるのか。
「ここ3日の間に漁師組の訓練も済ませとるよって、沖に出てもそう心配はあらへんやろ」
「ほう。もう乗れるのか?」
まあデカいだけで操作はそう難しく無いんだろう。
メグは一つ頷いて続ける。
「けどや。
前回遭うた、ビグホエールみたいな大物が出よったらこれで対抗出来るか分からへんのも事実や。
そこでこれや!」
捕鯨船の裏に隠れるように係留されていたのは、細っそりした、大きなボートのような船だ。
船尾から、4、5人が並んで通れそうな通路が船底に向かって降っている。
船首には、やはり銛撃ち架台が1門据えられいて、操舵室はその後ろにあった。
船縁には周囲にロープを張った手摺りがあるだけのフラットな甲板、窪みの底は広めの甲板になっていた。
全幅で4メートル、全長は20メートルあるか無いか、ノッペリと飾り気のない船体。
「どや、なかなかのもんやろ。
こいつは魔石でも動くやってん、ウチらも後押しするよってな、むっちゃ速う疾るでえ!」
初めて見せられた新造船。
速く走れるってのは分かった。
これで一体何をしようと言うのか、俺にはまだピンとこない。
「あれれ、タケオ、もっと喜ぶと思ったのに。
あたし一生懸命作ったんだからね?」
「頑丈な木造船を、クレアが一見関連無さげな土魔法で作ってしまうのは、俺も承知しているさ。
この大きさが2隻だ、そりゃ大変だったろう」
「あたしの苦労を分かってくれるのって、タケオだけだよー」
悪戯っぽい笑みでクレアが言う。
「それで、これは何なんだ?」
「へっへー!
この場所だとちょっと分からないよね!
メグ、移動するよ!」
クレアの声にアックスが2隻を繋ぐ係留索を解き、大きなボートを移動させ始める。
岸壁に横付けするのかと思いきや、直角に向きを変え、船尾を着けた。
そのままヌストとナンバスが岸壁に係留索で固定してしまう。
「ほら、もう分かったでしょ?」
ほら、と言われても……
見ると船尾側の通路が岸壁よりやや高いくらい。
これはもしかして、この狭い通路をタクシーで通れと言うのか?
そうか!
ビグホエールと遭遇した時、メグの雷の他に逃げるしか手が無かったからか!
しかし狭いな、ドアミラーを畳んでバックで入れたほうが良さそうだ。
今はここの段差はそうでもないが、海だからな、潮の満ち引きがあると……
「メグ、7つも小さな月が巡る世界に潮の干満なんてものがあるのか?」
「何や、カンマンて。
船着場の高さのことかいな、そら変わるやろ。
ウチがリョウシマチの港で見たんは30セロトくらいやろか。
年寄りが80セロトは浮き沈みがある言うとったけど、ナンボなんでもそこまで変わらへんやろなあ」
なんて答えだった。
結構あるんだな、やはりバックで入れておくのが無難そうだ。
通路の溝は上を広く取ってあって、窓から首を出せる程度には広い。
うっかりすると頭を壁に擦りそうだが。
溝の終着点、船底に近い甲板までタクシーを下げたのは、軽い木造船の重心を下げるためだろう。
実際1メートル半は下がったようで、岸壁の地盤はここから見えない。
この場所はドアの開け閉めに支障ない広さがある。
その分船の壁厚は薄いだろうけど。
丸窓が左右にいくつもあって中は明るい。
梯子があって上甲板までそのまま登れそうなので登ってみる。
登った先は操舵室の中だった。
「どないや、イブちゃんボートの乗り心地やら?」
どうもこの船の名は「イブちゃんボート」と言うらしい。
スノコになった蓋を押し上げ登った先は、魔石のスロットと舵輪、作りつけの椅子が2脚があるだけの小部屋で、四方はガラス張り、後ろに上甲板から出入りする扉が付いている。
この2隻で沖へ出ようと言うのか。
「姐さん方!
こっちはいいですぜ!」
ドリックの奴、沖へは渋っていた筈だが、やけに元気が良いな?
「よっしゃ、出港や!
湾の出口を目指して行こうやん!」
途中小さな魚群を見かけたが今日の目的はそれではない。
外海の俺たちを襲ってくるような凶暴な魔物を見つけて、出来れば狩ることだ。
数が狩れればこのあたりでも、安心して漁ができるようになるのではないか。
半島の先端を回って右へ、潮流に流されるまま大海原を進む。
時間が経つに連れ緊張も緩む。
「なんや一個も出えへんやん」
口を尖らせ不満そうなメグが言う。
「それっぽい気配もないよ?」
クレアも首を傾げ、
「索敵にも反応は無いです。
そこそこの魚群は右舷の方にいるみたいですが」
メアリがスマホを覗き込む。
「姐さん、さっきから魚の群れが見えてるんですが、網を下ろしても良いですかい?」
アックスが船縁からこっちに向けて声を張り上げた。
「いつもの漁船とは勝手が違うさかい、気付けや!」
「分かってやす!」
大きな船の甲板で漁師組6人が準備を始めた。
舷側に長く畳んだ網を船尾側へと運ぶ。
曳き網漁では、最初に船尾から下ろさないと上手く網は開かないんだ。
魚群の魚はそう大きな型ではない。
それでもドリック達は嬉々として網を下ろし、船を右へ大きく旋回させ始めた。
実に穏やかな漁の時間が過ぎて行き、網の引き上げも終わる。
俺たちはその間じゅう、周囲をゆっくりと旋回し警戒してたんだ。
さほど高くない窓枠から西陽が舵輪を照らす頃。
「今日はもう終いやなあ。
あのデカいんはたまたまやったんやろか?」
「メグの雷に当たって、懲りちゃったとか?」
「かなり痛い目を見たんは確かやなあ」
「俺はあいつが獲物と狙った群れに、俺たちが目の前で網を掛けたからじゃ無いかと思ってたんだが」
「それもありそうな話や。
今日のんは、たまたまそばに居らんやった、ちゅうことかい」
フタハントウ湾へ帰ろうかと、舳先を回す。
「気をつけて、なんか来る!」
クレアが叫ぶ。
ダダンと何か隣船の船縁に当たって弾ける。
男達は僅かな船垣に隠れるように身を沈める。
その周囲にメグが海面からカーテンを立ち上げた。
カーテンに幾つも衝撃が走って軽く揺れた場所を見ると、サンマのような細長い魚が掛かっていた。
二の腕一本くらいの大きさだ。
「小さいですが、赤い点がいくつも!」
「あれで魔物なんか?
海のんはあんまり詳しい無いからなあ、初めて見る奴や」
魔物名鑑のことを言ってるんだろう。
ここは然程沖というわけでもないが、海は広い。
メグが掛かった魔魚を1匹、ヒョイっと引き寄せる。
銀の細かなウロコはサンマに似ているが、頭の先が異様に鋭く尖っている。
強化した船の外板に刺さるほどでは無いようだが、体に当たればタダでは済まない。
10数匹がカーテンに掛かり、全てこちらの船に回収すると、退屈そうにしていたステス以下が早速解体だ。
この子達は解体要員として仕込まれて来ただけあって、獣型でも魚型でも嫌がらない。
魔魚というからどんな魔石が出るのか、全く出ないのかなどと思って見ていたら、5ミリクラスの、スライムやクイツクシムシから出た懐かしい小粒魔石が出て来た。
「トツゲキウオって索敵に出てますね」
メアリが言うが、名前は当てにならない気がする。
魚自体は干鰯にするには良さそうな大きさだった。
しかしヤイズル湊に来ていた大型船は、こんなのを相手にしてたんだろうか?
あれは船垣が高いから当たっても舷側止まりだろうが、網漁を考えている俺たちの船はそう舷側を高くはできない。




