第25話 55秒
自身が放った高密度の魔法が光を纏った斬撃によって瞬時に両断された。
それを視認した瞬間に旅人は気づく。
(研ぎ澄まされている)
刹那にも満たない思考。
【盗み屋】の中の何かが切り替わったのを直感で感じ取る。
同時に自身の肉体構造の把握が終わる。
超越装備によって向上したINTによる魔法への威力補正。
均衡をもたらすことによって得た4桁後半相当のAGI。
これまでの肉体との感覚のズレを即座に修正し……
(足りないな)
眼前の脅威を上方修正。
《戦士の極意》の動作置換として残る一枠に《防具切替》を指定。
「《呪物操作》」
複数取り出した呪物を四肢だけではなく身体の至るところに装着していく。
《呪物操作》を利用した空中機動をさらに細やかに、加えて上昇したINTとAGIを最大限生かすための準備。
「殺し合いだァ! 【旅人】ッ!」
光を纏った斬撃を躱すと同時に聞こえた【盗み屋】からの宣戦布告。
それに対する返答として旅人は魔法を周囲に展開。
そのまま死地へと踏み込んだ。
──1秒が経過した。
「シャアッ!」
【盗み屋】の肉体が一瞬ぶれる。
剣の一振りで複数の斬撃を放つ荒業。
否、肉体と加護の最適化。
己の命を対価とし数年ぶりに死地へと踏み込んだことによる進化。
これまで盗み奪い取ってきた全ての解釈を広げ、より深く洗練させていく。
旅人は正しく状況を認識。
(強くなっている)
先程よりも多くのMPを注ぎ込みINTによる補正を用い密度を練り上げ、ただただ貫通力を高めた魔法を複数放つ。
それは光を纏った斬撃全てを的確に迎撃しながら【盗み屋】の元へ。
「ひゃはッ!」
着弾の軌道を描いた魔法に対し【未来視の魔眼】から逆算。
自身の肉体を気体へ変異させる異能を部分発動。
肉体の穴を潜り抜けていく魔法には目もくれず狂気の笑みを浮かべながら男は臆することなく前へと踏み込む。
制御を失敗した瞬間に自滅するこれもまた荒業であり……
(部分発動、できたのか。いや、今できるようになったのか)
絶対的な危機管理能力によって鈍ってしまった死地での生存本能。
それを強引に叩き起こしたことにより、1秒経過するごとに【盗み屋】は加速的に強くなっていた。
逆境を糧に成長するのは誰かの特権などでは断じてない。
それは死地へと踏み込み狂気と共に前進する者に与えられる平等な権利である。
──5秒が経過した。
そこはコンマミリ秒の判断ミスが敗北となる戦場となった。
数えられないほどの選択の連続。
相手の裏をかき、火力を押し付け、選択肢を押し付け間違いを迫る。
魔法が、斬撃が、互いにとっての即死攻撃だけが戦場を埋め尽くす。
そして……その瞬間は不意に訪れた。
「──」
「──」
剣と剣の接触。
両者が最適解を選び続けた結果いつのまにかそれほどまでの至近距離へと至っていた。
お互いに相手の命に手がかかった状態。
剣の技巧においては【盗み屋】が何歩も先を行く。
しかし、瞬間的な火力という一点において有利なのは旅人だった。
それは純然たる装備の差によるもの。
またとない機会を前に、旅人は超越装備を握りしめその装備スキルである《災厄星》を……
「──ケヒッ」
放たない。
(そうだよなアッ! 放たねえよなあ! 放てねえよなあ!?)
旅人の周囲に展開されていた高出力の魔法を躱し、仕切り直しと言わんばかりに距離を取りながら男は1つの確信を得る。
超越装備が有する必殺は吸収した光量に依存した一撃を放つというもの。
すべてを一度に放つということは、だ。
(どんだけ街が吹き飛ぶかわかってんだろ!? そこらの結界なんて秒も持たねえさ! この俺の眼が保証してやる! 今のそいつは数百……いや、指向性をもたせれば下手すりゃキロは余波で吹き飛ぶ超特大の爆弾だ! 巻き込まれた奴らは全員死ぬぜえええええ!)
だから【盗み屋】はわざと光を吸収させていた。
光精霊の恩寵をありとあらゆる自身の動作に乗せ相手を牽制しながら、ひたすらに魔力を補給してやったのだ。
並の属性魔法ならいざ知らず、今この場にあるのは恩寵によってもたらされるもっとも原始的な光。
最高級の餌をその剣はひたすらに吸収し続けた。
狙いはただ一つ、過剰なまでの威力に到達したそれを街中で放つことができないようにするために。
(小出しの制御ができねえのがその剣の強みにして弱点! 0か100! 対怪物特化の一撃! 街中で気軽にぶっ放していいようなもんじゃねえだろうがよぉッ!)
【未来視の魔眼】と【天輪眼】によって発動するまでのラグ、肉体の動き含めて既に予備動作は掌握していた。
放たれたとしても肉体を気体に変異させればそれだけで即死を免れることは可能だという確信があった。
【盗み屋】からすればどちらでもよかった。
ただ、相手の切り札を1つ封じることができたという事実だけを認識した。
──30秒が経過した。
既にそこは街としての風景は見る影もなかった。
ただでさえ暴走した恩寵によって地形が変わり家屋は焼き尽くされたというのに、そこをさらに塗りつぶすほどの2つの暴力の顕現。
周囲一帯は完全に更地となり……今もなお暴走した恩寵が猛威を振るう。
しかし、戦場で舞う2体の獣は暴走した現象など歯牙にもかけない。
業火の濁流の中どちらかが死ぬまで踊り続けるのみ。
だが、【盗み屋】の進化は止まらない。
いくつもの加護を掛け合わせ放たれる通常攻撃は既にただの飛ぶ斬撃にあらず。
【盗み屋】の思い通りに曲がり、うねり、対象の死角から襲い掛かる絶死の刃と化していた。
ならばこそ、それは必然だった。
──50秒が経過した。
無数にある加護と異能を進化させ成長し続ける【盗み屋】。
対し、潤沢な魔力こそあるものの必殺の一撃が制限された旅人。
相手の進化に対応できなくなった方が負けの戦場において、どちらが先に限界が訪れるかは想像に易い。
それを証明するかのように旅人は複数に枝分かれし曲がりながら迫る斬撃に対応しきることができずに地面に叩きつけられる。
魔法で防ぎ、勢いも殺した。
だが、そこには明確な隙が生まれた。
「シャアアアッ!」
好機と言わんばかりに【盗み屋】は空から襲い掛かる。
地面に接してしまった旅人の逃げ場は空にいる時と比べて格段に少ない。
3次元的な回避ができないうえ態勢も崩れている。
ただし、逃げ場が少ないということは攻撃が来る方向も制限されているということ。
【盗み屋】からの迫撃を捌かんと旅人は魔法を展開する。
(苦し紛れだ!)
そう、それはある種の苦し紛れだった。
自分の身を守るようにその全身を覆い尽くさんと発動した魔法。
それはまるで相手の視界を遮るようで……
「──ッ!」
ぞわりと【盗み屋】の全身が悲鳴を上げる。
理性で抑え込めないほどの生存本能が頭からつま先までを刺激する。
枝分かれした刃が展開された防御用の魔法を撃ち払う。
そして、そこには剣を構えた旅人の姿が……
(これ、は……ッ!)
街の中で放てないのであれば。
「──《災厄星》」
空へ向けて放てばいい。
(き、た……ッ!)
姿を隠されたことにより一瞬反応が遅れた。
このまま放たれれば全身を気体に変化させる前にその一撃は自身に到達する。
回避は到底間に合わない。
その絶対の一撃を前に。
大地を二本の脚で踏みしめ立つ旅人を前に。
【盗み屋】は勝利の笑みを浮かべた。
──55秒が経過した。




