第26話 賭け
【盗み屋】が有する天職は【大盗賊】や特殊上級職である【韋駄天】のようにAGIに特化したものでまとまっているが、それ以外にもいくつかのジョブを保有していた。
それが【高位結界術師】と【罠術師】だ。
【高位結界術師】は結界の使用を中心にした魔法職だ。
【盗み屋】は異能を盗む際に用いる消音結界などに利用しており、現在では竜人国の王女を閉じ込めている《強制境界》もこれに該当する。
【罠術師】はその名の通り罠を張ることに特化したジョブであり、罠関連のスキルの口頭詠唱を省略する奥義《罠張りの極意》というスキルを習得可能だ。
この2つのジョブを組み合わせると【特定条件によって発動する術式結界の罠を無詠唱で張る】といった運用をすることが可能になる。
例えば、陣の中に第3者が踏み入った際に自動で消音結界を発動するといったように。
【盗み屋】はこれらのジョブを戦闘では基本的に使用しない。
この2つは高速戦闘を得意する男と嚙み合わせが悪いのもあるが、何よりも【罠術師】という切り札をおいそれと露見させないためだ。
だが、この場では違う。
対等な相手に対して加減や出し惜しみなどするはずもない。
☆
旅人が剣を振るい放とうとした《災厄星》は……
「──!」
発動しなかった。
「クロ……ッ!」
その背後、銀の悪魔は旅人の肉体から弾かれ僅かに体勢を崩す形で地面に着地していた。
それは憑依状態の強制解除。
<アルカナ>のステータス補正を失った旅人は【超越装備】を装備する権利を有していない。
それは当然、装備スキルの発動ができないことを意味している。
旅人のジョブと合計レベルと装備、全てを掌握している【盗み屋】にはわかっていた。
元のステータスでは超越装備が装備できないということを。
<アルカナ>の憑依状態を解除すれば超越装備を無力化できるということを。
──57秒が経過した。
それは【盗み屋】が仕掛けた布石の1つだった。
結界術の運用法の1つである【略式起動】と呼ばれるものには結界の起点が必要であり、そのための媒体はこの場にいくらでも存在していた。
なぜなら、この場には【光精霊の恩寵】によって満たされた物体が大量にあるからだ。
今回は複雑な効果は必要としていない。
ただ、「陣の範囲内にいる対象へ光属性の属性付加を行う」という効果さえ発揮できればいい。
それさえ発動すれば旅人の憑依状態を強制的に解除できる。
だが、ここで問題になるのが旅人が魔導師級魔法使いという点だ。
故に、罠を仕掛けた。
条件起動、陣の範囲内に第三者が足を踏み入れること。
発動効果、陣の範囲内にいる対象へ光属性を付与。
言ってしまえば、ただの属性付加である。
ただ、結界として成立していない以上魔導師級魔法使いでも感知することはできない。
加えて、これは範囲内への術式効果であるため超越装備による吸収もできない。
街中で放てないなら、空へ目掛け放つのは道理。
暴発しても衝撃を受け止められるように地面に足をつけて放つのが理想。
ならば、わざと攻撃を受けた振りをして地面に着地しこちらの位置を誘導したうえで《災厄星》を放ってくるのではないか?
呪物による空中機動をしている旅人をどうやって結界の起動条件に組み込むか。
それに対する答えは相手の選択に委ねるというもの。
仕込んでいた罠に旅人がハマった。
ここら周囲一帯の地面には、そこら中に罠が仕込んであった。
そのための労力もほとんどなかった。
暴走した恩寵によって変動する地形を対象にスキルを発動させておけば仕込みは終わるのだから。
そして、【盗み屋】は賭けに勝った。
──58秒が経過した。
旅人と視線が交錯する。
そこにあったのは強靭な意思。
ただでは死なぬという気迫を受けながら【盗み屋】は加速した。
デメリット効果を知らない【盗み屋】にとって、この場の最善は<アルカナ>に止めを刺すことだ。
旅人を攻撃すれば防がれる可能性が存在しており、その隙に再度憑依状態へと移行されれば振り出しに戻ることになる。
(ああ、お前なら絶対に防ぐだろうよ)
否、この旅人であれば必ず生き残るという確信……いうなれば信頼があった。
そうならないために、それを確実に為すために。
(だが、その女は、違う……!)
【盗み屋】は旅人と<アルカナ>の空いた隙間に身体を強引にねじ込ませる形で着地。
旅人と背中合わせになることで<アルカナ>を物理的に遮った。
──59秒が経過した。
僅かな逡巡すらもなく【盗み屋】は<アルカナ>目掛け剣を振るう。
「あっ……」
それだけで圧倒的なまでのステータス差によって斬り伏せられた【天秤の魔嬢】ユティナはHPを全損。
(俺の、勝ちだ)
銀の悪魔はポリゴンとなって砕け散っていった。
☆
何よりも濃密な60秒が終わりを告げる。
──ユティナ。
──何かしら?
これにより。
──死んでくれ。
旅人の勝利条件が揃った。
「……………………は?」
【盗み屋】は動かない。
否、動けない。
なぜなら……
(な、にが……どうなって)
その眼には、動こうとした瞬間に心臓を撃ち抜かれる未来が見えていたからだ。
背後から魔法は一切迫ってこず、それどころか殺気すらも感じない。
ただ、男の背中には剣が添えられていた。
肉体に刺さるか、刺さらないか。
攻撃するでもなく、スキルを発動するでもない。
ただ、添えられているだけ。
それだけで、動けなくされていた。
「どういう、理屈だ」
背中合わせとなった旅人へ疑問を投げかける。
「……《災厄星》はたった一節の詠唱だがどれだけ盤面や状況を整えようと、必ず躱される。当たるタイミングで撃てた時点で撃たされた攻撃だとわかってた」
それは。
「その眼、未来視の魔眼以外にもなんかあるんだろ? 最初から俺のジョブ構成や装備のスキルをわかっていたような立ち回りから察するに、対象物に付加された情報を見破るものだな」
対人・対物質に特化した解析系の魔眼を用いることによる勝利条件の組み立て方。
「大規模な魔法攻撃は躱される。装備を用いても狙いは看破され、対応策を練られることになる。お前は自分が死なない未来を選び取れるからだ」
そこから考えうる相手の思考論理を計算したもの。
「なにか仕込まれているのはすぐにわかった、がそれが何かまではわからなかった。それはきっと俺にバレる可能性を徹底的に排除した小規模なもの。俺では感知することができないものだ。お前にはそれができる。俺を罠に嵌める方法を確立し誘導することができる」
ある種の信頼と共に。
「装備も追跡スキルも、そのどちらも<アルカナ>を潰せば使えなくなることがお前にはわかっていた。それを狙ってくるだろうとも……だから、あえて乗った」
旅人は自らの勝利条件が判明した時から決めていた。
「ずっと備えていたんだ」
そのために己という存在を警戒させた。
いざその時が来た時に囮にするために。
そちらを確実に狙わせるために。
「お前が、強制解除され無防備になった<アルカナ>を狙う時をな」
<災厄星の光剣>を。
《災厄星》を。
自らの<アルカナ>である【天秤の魔嬢】ユティナを。
【盗み屋】の勝利を演出するために旅人は全てを囮にした。
「身体を気体に変える異能は発動の意思を見せてから発動するまでに僅かな誤差がある。攻撃を躱すなら未来視の魔眼で予め補足するのが大前提」
未来視の魔眼で悟られないように背後を取り。
攻撃はせず魔法発動の準備だけを終わらせ。
完全な0距離の状態を数秒維持する。
その条件であれば死なない未来だと誤認した【盗み屋】の動きを誘導できる。
「全てを掻い潜るなら至近距離で背中を取る必要があった」
剣先を肉体に突き刺すだけ。
ただそれだけ。
その条件を達成することのなんと難しいことか。
この状況にまで持ち込めたことそのものが奇跡のようなものだった。
だからこそ、この距離であれば外さない。
「悪いが、早撃ちには自信があるもんで」
とある魔法の世界で遊ばれていたルールの1つに【先一】と呼ばれるものがある。
それは威力大きさに問わず先に魔法を当てた方が問答無用の勝ちというものだ。
王道にして基本的な対戦ルール。
その必勝法の1つは相手が攻撃するよりも先に魔法を発現させ当てるというもの。
「耐久がそこまで高くないことは最初に俺の魔法を避けた時からわかってた。幸いなことに、魔力だけは残ってたんでな」
装備は使えなくなったとしても回復した魔力までは失われない。
未来視の魔眼を搔い潜り。
十全に魔力が残った状態で準備を終わらせ。
回避を許さない近距離かつ確実に攻撃を当てられる状態。
それが、旅人が見出した唯一の勝利条件。
「俺の全てを込めたこの攻撃なら通る……だろ?」
つまり、今だ。
「随分とおしゃべりじゃねえか。俺が今この瞬間に反撃するとは思わねえのかよ」
「だから、これは賭けだった。この状況を打破できるような、まだ見せていない力があるなら使えばいい。それなら、素直に負けを認めてやるよ」
全ては。
「ま、数秒後の俺はうまくやってるみたいだけどな」
【盗み屋】が話しかけた時点で決まっており。
「──────ッ!」
刹那、【盗み屋】の身体を一筋の光が撃ち抜いた。




