第24話 踏み越える
(誘われていた!)
【盗み屋】は自らが誘われていたことに気がついた。
最初からあの剣が使われていれば、先程のような大規模な現象による攻撃などするはずがなかった。
そうなればああも効率的に大量のMPを回復させることもなかった。
一番効果的に使用するタイミングまで温存されていたのだと。
(いつからだ、いつから狙ってやがった!)
【盗み屋】は旅人の弱点を見つけ出した。
対策装備を用意しているだろうと推察していた。
その上で本来であれば吸収可能な量を超過するほどの大規模攻撃を放った。
否、放たされた。
ならば当然決まっている。
(最初からか!?)
<災厄星の光剣>は装備することでSTRとINTが50%上昇し、MPの上限を50000解放する攻撃特化の超越装備である。
それは、向上したINTによって魔法の威力が上昇するだけではない。
【盗み屋】の眼には旅人の20000を超える残存MPが見えていた。
ここにきて振り出しに戻るだけにとどまらず、戦闘開始時点よりも増えているという理不尽。
(あの剣、炎光も対象か!?)
加えてありとあらゆる光を対象とした自動MP回復効果。
それは太陽光だけにとどまらず、この場にある炎の光すらも糧にしていた。
(魔力の圧縮、だが、これまでとは密度の桁が違いやがる!)
そこには周囲から迫りくる大規模な炎を闇の魔法が瞬時に引き裂く光景があった。
超越装備によって獲得した高いINTと莫大な MP を潤沢に使用し放たれる魔法だ。
先程までとは有する威力の桁が違うのは道理。
「《戦士の極意》」
重ねて【戦士】の奥義を発動。
《武具切替》を対象に動作置換を用いた無詠唱処理によって、旅人の周囲に呪物が次々と装填されていく。
なにより、その眼が有する意思の方向性が先ほどまでとは違った。
(こい、つ。まさか……!)
旅人がここに至って終始時間稼ぎに徹していた理由はいくつか存在する。
1つは援軍の到着を期待して。
時間を稼げば稼ぐほどに街中の騒ぎは収束する可能性が上がるはずだと。
2つ目は情報を集めるため。
初見殺しを大量に保有する【盗み屋】相手に無策で突っ込むのは下策である。
取り逃がした場合も考慮し、今後を見据え情報を集めることに集中していた。
そして、最後にして最大の理由。
不用意に仕掛けた結果、倒しきれずにリソースが枯渇し返り討ちになるのを最も避ける必要があったため。
しかし、ここからは条件が変わると旅人は考える。
(時間は十分稼いだが、互いに援軍は来ず。こちらの魔力が大幅に回復した以上、【盗み屋】はなりふり構わなくなる。最悪、追跡されないことに期待してエル王女を強引に連れ去る可能性も存在する、と考えればこれ以上の時間稼ぎは逆に悪手)
旅人は【盗み屋】が己を倒しにきた最大の理由が敵にならない雑魚だと思われていたからだと理解していた。
(情報は十分に集まった。魔力も潤沢だ)
不用意に仕掛けてもある程度の情報は確認済みであるため即死する可能性は低い。
倒しきれずにリソースが枯渇する可能性も彼方に消えた。
炎光や太陽光で回復する魔力は微々たるものだが、最低限の継戦能力は維持してくれる。
故に。
(条件は、揃った)
旅人の意識が。
(【盗み屋】は、今、ここで)
時間稼ぎから。
(──倒す)
討伐へ。
(俺に勝つ気か!?)
この日初めて、旅人の方から大きく仕掛けた。
大量の魔法が現象を押し返しながら【盗み屋】の元へと殺到する。
(な、んだ!?)
迎撃せんと構えた瞬間、男の身体が一瞬ブレた。
今、自分の身に何らかの異常が起きていることに気づき、即座に回避行動に移る。
(デバフを受けたつもりはない。奴のジョブや装備から考えられる攻撃でもねえ!)
自分の身はありとあらゆる加護によって一切のステータス的なデバフを受けることはない。
なら、なんだというのか。
考えうる可能性を列挙し……
(奴のAGIが上がって……違う、俺のステータスと並んでいる!? つまりこれはステータスの平均化! なんらかの条件を達成させられたことで起きたスキル効果によるもの! デバフでは、ない……!)
【盗み屋】は呪いの効果を一切受け付けないがためにその爆風を何度も浴びた。
その呪いの爆発が肉体に与えられたダメージはそこまで多くはない……が、確かに存在している。
「ふふ──……」
盗み屋は銀の悪魔を睨みつけた。
「てめえかああアアッ! 女ああああああああ!」
「あら、失礼ね。私にもちゃんと名前があるのよ」
くすくすと銀の少女は笑う。
実に愉快であるとせせら笑う。
「ま、あなたに呼ばせるつもりなんて微塵もないのだけれど」
悪魔は実に蠱惑的な表情を浮かべた。
「舐めるなあああ!」
ステータス減少によって落ちた速度を【逃げ足の加護】と【速足の加護】で強引に補正。
ステータスやスキルによる強化ではないために、《拮抗する天秤》からの条件を潜り抜け【盗み屋】は加速する。
(追い詰められている!? この俺が! 旅人ごときに!)
【盗み屋】において一番厄介とされるのは異能を盗む能力ではない。
その高い合計レベルと戦闘技能でもなければ、圧倒的な戦闘センスでもない。
勝てる相手に勝つべくして勝ち、勝てないと判断した時にはすぐに逃げに徹する合理的判断能力。
恥も外聞も関係なく、己の命を優先する徹底的なまでの危機管理能力こそが最も厄介な点だ。
それは今回も変わらない。
事前にサンドヴェールの情報を調べ上げ、現国家最高戦力が獣人都市にいることを確認し、短時間での襲撃であれば問題なく離脱できると判断したために実行し……そのすべてが崩れ去った。
【天輪眼】によって解析した結果わかったのは、<災厄星の光剣>が有する装備スキルは一つではないということ。
吸収した光量に依存して威力を増す性質をもった必殺技こそ、この剣が秘めた最大にして最高の一撃。
《災厄星》という攻撃スキルの存在。
(こいつらの、牙は)
【盗み屋】は数年ぶりに感じ取った。
(──俺の命に届く)
己の命の危機を。
☆
国際指名手配犯【盗み屋】。
彼が最も大きなリスクを冒したのは、活動を本格的に開始した最初の数か月だ。
10大商人の一員である少女から【未来視の魔眼】を盗み、青年から【炎精霊の恩寵】を盗みとった悪意。
その危険性に気づいた商業連盟アーレは有していた戦力を、ただ一人の賊を殺すためだけに全て投じた。
【炎舞】ガスラディンをはじめとした元国家最高戦力数名。
上級傭兵多数、10大都市の有する私兵数万人。
そして、【老獪】の二つ名で知られた当時の国家最高戦力ヴィルガイア。
たった一人で国を相手に戦争を仕掛けたようなものだ。
男は何度死んだと思ったことだろう。
だが、盗み取った異能と加護を駆使し、初見殺しによって翻弄し、情報戦を仕掛け、逃走ルートを選別し……男はその全てから逃げ切った。
その日から男は【盗み屋】になった。
すぐに潰される矮小な存在から世界と敵対した悪意になった。
【盗み屋】の徹底した危機管理能力はその経験で身に着けたものだ
それ以降男は危険を冒すことなく、何よりも自らの命を最優先し活動を続けてきた。
今日もそのはずだった。
(逃げればいい)
このまま竜人国の王女は諦め離脱する。
ガラムを失ったのは痛いが、己さえ無事であればまだやり直せる。
そう考え……気づく。
(今日だけであるはずがない、か)
旅人は止まらない。
ひたすらに無限の命のままに成長をし続けるために。
今日に限れば逃げられる、が逃げたら次はない。
なんとなく男はそう悟った。
(ああ、そうか)
暴走した恩寵による現象を吹き飛ばすほどに高威力な魔法が迫る。
(そういうことか)
超越装備が迫ってくる。
(この俺が、死ぬのか)
今日か、明日か、未来か。
だが、いずれ遠くないうちに自分は死ぬ。
今日逃げるというのはそういうことであると。
そんな未来を幻視した。
つまり。
(ひぃっっっさしぶりだなああああああアアアアアッ!!)
極限だ。
「ひゃはははははははははッ!」
死線を前に、自らの命の危機を前に、【盗み屋】は獰猛な笑みを浮かべる。
(光を吸収する!? そぅれがどうしたア! 完全に対策したつもりか!? 直接肉体に叩きこめば関係ねえだろうが! それによおオオオッ!)
【盗み屋】は剣を振るいそこに【光精霊の恩寵】を強引に行使し光を乗せる。
【加護】に【恩寵】を乗せるという荒業により飛翔する斬撃が光の性質を持ち放たれた。
圧倒的なまでに込められた光が、旅人が放った闇魔法の威力を減衰させ撃ち払う。
そして、迫った光の剣撃を旅人は回避した。
(そうだよなあああああ! そいつが吸収するのは光だけ! 物理的な威力を伴った斬撃を防ぐにはてめえのステータスに依存しているぅ! 圧倒的に数値が足りてねえんだよ!)
思考に生まれるは無数の選択肢。
【盗み屋】の最も厄介な点はその危機管理能力の高さだ。
だが、国にとって一番の脅威はその潜在能力の高さ。
なによりも手数の豊富さ。
(認めてやるよ! ああ、俺の考えが甘かった! 理解が浅かった! てめえらは強い! 俺の命に届きうる強者だ! 俺の計画を破綻させるほどに厄介な存在だ! 対等な存在であると!)
あの、死線を潜り抜けた日々を思い出す。
自らの全ての感覚を鍛え上げたあの刹那の時を。
死という概念を殴りつけ、隣人として嘲笑った日々を。
世界を敵に回した悪意は己の命を数年ぶりに天秤に乗せ……
「殺し合いだァ! 【旅人】ッ!」
国際指名手配犯【盗み屋】は闘争本能を爆ぜさせた。
☆
これより、なによりも濃密な60秒が始まる。




