第21話 【盗み屋】 VS 【炎舞】
【盗み屋】の分身は状況を精査する。
(まさか、ガスラディンを動かすとはな。まぁ、ブランを殺せていれば収支黒字だ。それに、これはこれで都合がいい……にしても、本体はなにやってんだ?)
予定通りであれば既に街から本体は離脱しているはずだ。
目的が果たされたならば、自動的に分身である己は消えるのだから。
【分身】という異能において分身体が有する自我の存在。
アイデンティティの消失となってもおかしくはないそれを明確に切り分ける異常な精神性こそ、【盗み屋】が盗む者たる所以。
「グルード、後は変わろう」
「死ぬかと思ったぜ。気を付けろ、前とは別物だ。俺じゃ時間稼ぎが精一杯だった。下の奴らにも随分と迷惑をかけちまったしな」
ガスラディンが声をかけた男は全身の至る所に傷を負っていた。
対して、【盗み屋】の分身は無傷。
手に持った杖は半ばで折れかけていることから、いかに劣勢であったかが伺える。
「地上に戻ってくれ。あれを使う」
「わかった、が……旦那。ブランは?」
「安心しろ、報酬は貰ってある」
「……そうか、残念だな。金払いの良い依頼主だった」
浮遊魔法を解除し地上へと降りていく男を尻目に、ガスラディンは懐の鞘から二振りの剣を引き抜く。
ククリナイフと呼ばれるその刃は鮮やかな緋色をしていた。
そして何よりも、その双剣が放つ圧倒的なまでの存在感。
「【超越装備】煉骨劉尾……!」
超越装備の完成品を前に【盗み屋】の眼が怪しく光る。
【盗み屋】は超越装備を持っていない。
それは災片を入手する機会に恵まれず、超越種を討伐するリスクも取ってこなかったためだ。
装備を作るツテこそあるものの、結局のところ素材が無ければ始まらない。
では、超越装備を盗むのはどうかとなるがこれも難しい。
超越装備の保有を許されるのは旅人という特例を除けば基本国家において最上位に位置する戦力ばかりだ。
何よりも、【盗み屋】自身が装備できなければ意味がない。
超越装備の装備条件は合計レベルの他、ステータスや特殊な条件が必要なものばかり。
必死に盗んだところで無駄になる可能性も存在していた。
だが、今回は違う。
「さすがに知っているカ」
「当然だろ! 煉獄の炎を纏う双剣! 欲しくて欲しくてたまらなかった! てめえと殺り合ったあの時から、ずっとだ! そして! 何より! そいつらはこの俺が装備できる条件が揃っている!」
ドス黒い欲望が。
「その超越装備さえありゃ、俺はさらに先に行ける……いや、俺にこそ相応しい。そうは思わねえかぁ?」
溢れ出す。
──寄越せ、寄越せ。異能も加護も、何もかも寄越せ。俺ならお前らなんかよりももっとうまく使える。
(どれだけ……)
ガスラディンは数年ぶりに相対する悪意を前に表情を歪めた。
一体どれだけのものを盗んできたのか。
【異能】を、【加護】を、【恩寵】を。
人の尊厳を。
安寧の日々を。
命を。
「……あの日から、後悔しなかった日はねェ。ヴィルガイアさんにも悪い事をした。ガスティンの兄貴にも迷惑をかけた。ラトゥーニルビア商会の嬢ちゃんにも合わせる顔がねえ」
「反省か? 殊勝なこった」
「違う、これはただの感傷サ……分身体だろうと、今ここでテメェのムカつくツラをぶっ殺せることに対する歓喜のなァ!」
ガスラディンから戦意が溢れ出す。
「それはこっちのセリフだ蜥蜴風情が! いつまで国家最高戦力気取りのつもりだあ? 今回は邪魔も入らねえ!」
【盗み屋】の全身から異能が迸る。
(分身だからと言って油断はするな。いや、分身だからこそ最大限に警戒する必要がある)
この【盗み屋】は分身体だ。
つまり、自爆特攻のような本来使わないであろう攻撃手段を使用してくる可能性がある。
ガスラディンはそれが最も警戒すべきだと考え……ならばこそ、最初から全力で潰すのみ。
(こいつはここで確実に潰す)
逃走ルートの制限を為さんと最速で仕留めるために。
「──《煉獄領域》」
次の瞬間、空一面を煉獄が覆い尽くした。
☆
【超越装備】煉骨劉尾。
それは、数十年前に突如出現した超越種<煉獄骨宴バーガディア>と呼ばれるモンスターの【骨】から作成された双剣だ。
その超常の怪物は自らが焼き殺した生物の魂を簒奪し、炎を持って再現する能力を有していた。
そして、出現と共に進軍を開始。
最終的に当時の国家最高戦力の手によって討伐が成されるまでの間に3つの都市を焼き滅ぼし……双剣はその能力の一部を剣身に宿していた。
「ひゃはははは! すげえなあ!」
圧巻の光景を前に、この力が己のモノになった時を夢想し【盗み屋】は歓喜の笑い声をあげる。
【盗み屋】の眼は超常のスキルの解析を開始。
(《煉獄領域》。発動中、常にMPを消費し続けることで周囲一帯に煉獄を展開し、領域圏内にいる対象へ強制的に状態異常【煉獄】を付与する装備スキル)
炎と闇の2属性混合スリップダメージを与える特殊状態の付与。
加えて、煉獄の付与中は各属性の耐性を減少するデバフ効果を与える。
(だが、効かねえなあア!)
それを陽が射す限りありとあらゆる付与系のバッドステータスを無効化する【陽光の加護】が弾き飛ばした。
周囲から感じる物理的な熱量は【炎熱の加護】が無効化。
その他、いくつもの耐性系の加護によって肉体への負荷を軽減。
愚直なまでに突き進む【盗み屋】をガスラディンが迎え撃つ。
「シャアッ!」
「シィッ!」
各々が有する双剣が交わり……加速。
刹那の間に2桁超える剣戟が交わされた。
(やはり、効いていないカ!?)
ガスラディンは【盗み屋】が一切の消耗をしていないことに気がついた。
【煉獄】という特殊状態異常を無効化するには複数の耐性装備が必要だ。
しかし、装備を変えた様子もなければ嬉々として突っ込んで来た事実。
(こいつ、どんだけの加護を盗んで……!)
超越装備への対策として多くの【加護】を盗んできたのだと。
「──《骨葬演舞》。再現」
故に、ガスラディンは更なる手を切る。
双剣の先に開くは巨大な焔の顎。
それは《煉獄領域》で焼き殺した対象を再現する力。
とある上級モンスターが有する最大の一撃。
「<咆哮竜バラザガ>」
『GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
物理的な威力を伴う大咆哮が至近距離で放たれた。
「ちぃっ!?」
【盗み屋】の分身はその圧倒的な範囲攻撃に弾き飛ばされる。
(スキルの再現! いや、それだけに留まらず、出力は超越の領域にまで昇華されている! まさに簒奪! ストック可能な魂の数は……6つか!)
なんとすさまじい効果だろうか。
全てを見通す【天輪眼】によってより詳細に掌握したそれは、まさにズルと呼んでも差し支えないほどの理不尽だった。
(他者から盗み己の物とする力! 俺にこそ相応しい……!)
だが、だからこそ盗む価値がある。
「シッ!」
【盗み屋】が振るうは全てを薙ぎ払う通常攻撃。
その手に持った双剣を高速で振るい焔獄の領域を破壊しながらガスラディンの元へと無数の斬撃が到達する。
蜥蜴人は空を蹴り素早く回避。
(技量だけで言えば既に俺以上! なんて面倒ナ!)
超越装備と通常装備で撃ち合ったにもかかわらず、【盗み屋】が所有している双剣の消耗は微々たるものだった。
それは、純然たる技量という分野において【盗み屋】はガスラディンを超えていることを意味している。
複数の加護や異能を不足無く使いこなす圧倒的なまでの戦闘センス。
ガスラディンは数秒剣を合わせただけでこの存在の厄介さを改めて理解した。
その上でやることは変わらない。
(殺し切ル……!)
そこからの戦いはまさに、余人を寄せ付けぬものとなった。
蜥蜴人は【炎舞】と呼ばれるに至った自らの理不尽を押し付ける。
周囲一帯に展開された煉獄はただそこにあるだけに非ず。
双剣に付き従うように形を変えながら敵対者へと襲い掛かる。
対し【盗み屋】の分身体は的確に対処を続ける。
【未来視の魔眼】だけに止まらず、己が有する戦闘センスによって相手の狙いを看破し、防ぎ、捌いていく。
「ひゃはははははッ!」
「シャアアアッ!」
本来であれば超越装備の有無によってガスラディンへと傾いてもおかしくはない戦況。
しかし、【盗み屋】はその装備を知っていた。
対策し、掌握し、装備で開くはずだった差を強引に埋めることができた。
故にこの戦場も一種の拮抗状態に陥ることとなる……はずだった。
☆
それを動かしたのは第3者によるものだ。
『こちらブランケット商会、会長のブランだ!』
通信の魔道具が起動する音と共に街全体に声が響き渡る。
(ブラン、様?)
それは本来、聞こえないはずの声だった。
なぜなら、その声の持ち主は既に死んでいてもおかしくはなかったからだ。
しかし、ガスラディンの戸惑いを気にした様子もなく言葉は続く。
『つい先ほど、皆の協力により街の東区画にて暴れていた【剛腕】ガラムの捕縛に成功した!』
「はぁッ!?」
【盗み屋】の分身は何が起こっているかを理解しようとする。
(ガラムがやられただと!? ありえねえ! 誰にだ! 街中の戦力であいつを倒せる奴はいなかったはずだ! それに、なぜ生きている! ガスラディンがいない以上、ブランは完全にフリーなはずだ! ダケッドが殺しそびれるはずがね……)
分身である【盗み屋】には街の中で何が起きているかなど知れるはずもない。
既に【剛腕】は捕縛された。
既に【透明射手】は撃退された。
【盗み屋】の本体は未だ目的を果たせていなかった。
それは時間にして一秒にも満たなかった。
「まさか、まさか本当に運の良いことで」
「ま、ず!?」
たった一瞬、意識が逸れた。
逆に言えば、元国家最高戦力からすればその僅かな隙があれば十分だった。
【盗み屋】の左手首が斬り飛ばされ……
「……ッ! クソが!」
その表情が怒りに歪む。
(何が、街の中で一体何が起きてやがる!?)
計画が根本から崩れ去っていく感覚と共に。
「ガスラディいいいいいいンッ!」
「ようやく、良い面になったじゃねえカ」
この瞬間、戦況は大きく傾いた。
(報酬は弾まないとですねぇ、ブラン様)
ガスラディンはブランの言葉を思い出す。
きっと誰かが、繋いでくれたのだ。
街の中にいる誰かが悪意を相手に折れることなく進み繋いでくれたのだ。
運の良いことに。
「もう勝った気か! 片腕が使えない程度で俺を殺せると……!」
ブランからの指示。
「勝つんだよ。いや、勝たなきゃならねえのさ」
それは、西門で暴れている【盗み屋】の分身を討伐し逃走経路の1つを確実に潰すこと。
「それが、俺の仕事だからナ」
元国家最高戦力の矜持の元に、傭兵は自らの役割を完遂すべく剣を構えた。




