第20話 旅人の特権
■数分前 交易都市サンドヴェール 西門
交易都市サンドヴェールに存在していた全ての門は外壁ごと崩壊した。
それを為したのは【盗み屋】の分身だ。
そのまま治安維持の任のために控えていた傭兵団と戦闘を開始。
街の外側にある市場が戦地となり多くの人々が戦いに巻き込まれることとなる。
この西門においてもそれは変わらず、加えてサンドヴェールの街中からは街の外へ避難しようと人々が次々と殺到していた。
「団長が時間を稼いでるうちに防衛線を立て直すんだ!」
「避難民追加! 混成結界を準備シロ! すぐにまた……言った傍から来タゾ!」
次の瞬間、空から無数の飛翔する斬撃が地上へと降り注ぐ。
それらは遥か上空で行われている戦いのただの流れ弾だ。
「逸らせ!」
迎え撃つように数百を超える魔法や遠距離攻撃が一斉に放たれた。
多くが斬撃と衝突し空は瞬く間に爆炎に包まれる。
「撃ち漏らした! 結界班、衝撃に構えろ!」
撃ち漏らされた斬撃はそのまま複数人もの【結界術師】が何層にも張った結界に衝突。
圧倒的な威力によって結界を破壊しながらもわずかに軌道が逸れ避難民への直撃は免れた。
しかし、一部の旅人はその斬撃に巻き込まれることとなり……
「明らかに火力がインフレしてるんですけど!? どうなってんだよ!」
その内の1人は激昂と共に立ち上がった。
付与された根性効果によって生存に成功したのだ。
「俺合計レベル300超えてんだぞ! なんで複数人で張った結界が一秒も持たねえんだよ! ワケワカンナイヨ!」
「ふざけてる余裕があるなら口動かしてねえで手動かせ! いや違った! さっさと口動かして結界を張れ! 範囲回復持ちはとにかく全体にばら撒いてくれ! 余波だけで普通に死ねる! ヒーラーのみなさんマジ頼んます!」
「即死防御スキル持ちの<アルカナ>は絶対に死守して!」
「火事場装備100セット持ってきたよ! 火力足りない人は持って行って! お金は要らないけど、私達の名前を憶えて帰ってね! 生産クラン<アトリエ・ボタン>絶賛新規団員募集中!」
「素材提供した狩猟クラン<侍's>もよろしくお願いしまーす! 募集要項は妖刀持ちで村正って名付けを……」
「売名はいいけど、詳細な勧誘は別の時にやってくれないかぁ!?」
「騎乗部隊準備完了! 街の外に逃がすから援護頼む!」
数千人を優に超える避難民を街から離れた場所に急遽設けた避難所へ届けるという大規模防衛戦闘。
多くの旅人は悲鳴と聞き違うほどの怒号を上げながら人々を守るために一丸となって対処にあたっていた。
「今来た産業!」
「修羅場やんけ。なにがどないなっとんねん」
「お、紫陽ちゃんじゃん。あの空で戦ってるところに参戦していいの?」
サンドヴェール撃滅戦というグランドクエストはすぐさま関連のSNSに拡散された。
それを聞きつけた旅人がログイン光と共に姿を現し、その内の1人は近くにいた顔見知りの女性に戦いに行ってもいいか声をかける。
男の傍らには立派な体躯をしたドラゴンが控えていた。
「挑戦したバカは近づくこともできず数秒で全員デスペナくらった。あんたのパーティメンバーも全員ね。あとはわかるよね?」
「お、おお……笑顔が怖いぜ。え、あいつら全員デスペナ中?」
「そ。だから、私が尻拭いしてんの。で、どうすんの? 突っ込む? 別にいいけど、今後の付き合いは考えさせてもらうかもね」
「……私めは何をすればよろしいでしょうか」
「騎乗部隊に合流して子供を乗せて避難誘導! 不満は!」
「ないです! イエスマム!」
数百人以上もの旅人は戦いの余波に巻き込まれ、ポリゴンとなって砕け散った。
そんな絶望的な被害を受けてなお戦線が崩壊しないのは、ひとえに彼らが持つ特権によるものだ。
「やべぇ! HPがなくなる! 死ぬぅ! 回復くれぇ!」
「腕ちぎれたあああああ! い……たくないわ。ちょっとヒリヒリしてる、か? ウケる」
「ちょ、グロいグロい! ポリゴンで隠し切れてねえんだよ! 断面見せんな!?」
彼らに痛みはない。
「MP切れる! バンバン食事アイテム持って来て!」
「クールタイムがあけるのを待つ時間も惜しい! 口に放り込め!」
「うめっ! うめっ! 無料飯最高!」
「回復したなら働けアホ!」
彼らに空腹や満腹という概念はない。
「お、まだやってんじゃん。ラッキー!」
「いきなりイベント始まるのだけはどうにかしてくんねえかな。休日出勤の知り合い泣いてたんだけど。ま、そいつからの恨み言は全部無視したんだが」
「はははっ、酷えな!」
彼らの多くは死への恐怖という概念は存在しない。
なぜなら彼らにとってこれは遊戯だ。
死しても数刻ほどで生き返る。
死を恐れることなく死地に踏み込める不死身の戦力。
己の意思がままに世界を旅する自由人。
それが旅人なのだから……
☆
「……何とか、だな」
サンドヴェール西門の防衛の任を任されていたグルード傭兵団の副団長、ギークルは冷や汗を垂らしながらそう零す。
「ええ、旅人がいなければ防衛線が崩壊して終わってました。本当に助かりましたね」
「うちの被害は確認できたか?」
「団員46人が殉職です。他の傭兵団も合わせれば3桁に届くかと」
「ちっ、あの野郎。好き勝手やりやがって。ここまでの戦力を揃えるのにいくらかけたと思っていやがる」
「この程度で済んだ、と言うべきなんでしょうね……」
【盗み屋】からの奇襲攻撃によりグルード傭兵団は甚大な被害を受けることとなった。
だが、団長であるグルードが【盗み屋】の分身を抑え、発生する二次被害を旅人主導で防ぐ。
そうすることで最低限の避難体制を構築することに成功したのだ。
「とにかく、これ以上奴の好きにさせ……まずい!」
ギークルの視線の先、空から巨大な闇が降り注ぐ。
それは地表を数十メートル単位で消し飛ばす圧倒的な威力を有した攻撃。
「《黒撃落下》です!」
「俺が行く!」
ギークルは黒を止めんと駆けだした。
(間に合うか!)
しかし、運の悪いことに着弾地点はギークルから若干の距離があった。
加えて、そこは多くの避難民が誘導されている最中だった。
旅人や傭兵が迎撃せんとスキルを放つも全てが黒に呑み込まれていく。
(くそ、間に合わな……ッ!)
圧倒的な破壊力を有した一撃が人々へと襲い掛かり……
「よっと」
黒の前に躍り出た1つの影が撃ち払った。
「が、ガスラディンさん! どうしてここに!?」
「話は後。まずはあそこにいる野郎をどうにかしてからダ」
元国家最高戦力、上級傭兵ガスラディンの参戦。
【炎舞】の2つ名で知られる超常の戦力の登場に周囲の傭兵の多くが湧く。
(人命優先、ですからねぇ)
蜥蜴人は内心で諦めたようにそう呟く。
本来であれば【盗み屋】の分身へと不意打ちを仕掛ける予定だった。
しかし、そうも言ってられない事情があるなら話は別。
(気づかれたナ)
ガスラディンは己の身に突き刺さる殺気を全身で感じ取る。
「地上は頼んだ」
「は、はい!」
それだけ言い残し空へと跳躍。
装備スキルによって空気を面として捉え、蹴り、加速し──
「まさかァ、ブランを見捨てたってのか! 薄情者だなあガスラディン!」
「そのブラン様からの指示ですよ。ワカッたら汚ねえ口を閉じろ、クソ野郎」
国際指名手配犯【盗み屋】の分身 VS 元国家最高戦力【炎舞】ガスラディン。
超常の戦力の激突は既に始まっていた。
根性効果とは……
HPが一撃で全損(残存HPに対し100%超過)するほどの大ダメージを受けた時に発動しHPが一定割合残る効果全般を指す。
装備スキルに該当しており効果が発揮された装備は一定確率で損壊する。
また、同等効果の発揮にはゲーム内において8時間のクールタイムが必要。
ただし、<アルカナ>のサポーターの中には同様の即死防止効果を付与するものが存在しており、ものによっては重ね掛けができる。
例:
一定期間の間範囲内にいる対象に特殊効果【不死獣の加護】を付与する陣を構築する(対象につき1回/1日)。
スキルを使用した素材で作成した食事アイテムに【根性】効果が付く。
親睦度で入手した特殊採取素材で生産すると即死防止効果を持つ装備が出来る。
等々
本来の根性装備は固定枠の素材が一部の上級モンスターからしか入手できないため非常に高価であった。
しかし、旅人の大量流入によって命知らずの探索で素材を入手したり、一部<アルカナ>の特殊採取素材が代替素材として少量にはなるが安定供給が可能となったりと、現在は入手経路が増加傾向にある。
また、一部の食事アイテムや付与効果も装備程ではないが高額で取引されており、これだけで生計を立てている旅人も少数ながらいるのだとか……




