第19話 【殺し屋】
ロボトミーは部屋の扉を蹴破った人物を気前よく迎え入れる。
対してその手に弓を持ちながらずかずかと近づいた少年……ダケッドは旅人の向かいにある椅子を乱暴に蹴り飛ばした。
そのまま正面に立ちロボトミーの顔を見る。
「何か用かな? さっさと殺すものかと思ったけど」
「気が変わった。僕のことを苦しめてくれやがった敵の顔をじかに見てみたくなった。あと、あの距離じゃどうせ生き残られる気がしたし」
「避ける気はなかったけどね。僕は十分満足したし色々改善点も見えてきた。やっぱ火力が足りないのがネックだね。君はどう思う?」
「それ、僕に聞く?」
「いいじゃないか。減るもんじゃないし」
「……」
「……」
数秒程の沈黙が場を満たす。
それを先に破ったのはロボトミーだった。
「退くのかい?」
「まあね。そろそろ時間だし、仕事は十分に果たした。ガスラディンを抑えられなかったのはどやされるだろうけど、そんだけだ」
「……おや、本当に僕のことを殺す気がないのか。驚いたね」
旅人はここに来てようやく、目の前にいる殺し屋が己を殺す気がないことに気がついた。
「僕の撤退を邪魔する気もないんだろ。だったらわざわざ殺す必要もない……それに、今回は僕の負けだ。本来なら、死んでたのは僕だった」
最後に放たれた2回の狙撃。
結果だけ見ればダケッドは五体満足、ダメージこそあれど致死にはほど遠い。
だが、それは結果論ありきだ。
故に今日はもう何もせずに撤退すると告げる。
「いいね、拳を交えたことでわかり合えたってやつか。青春だ」
「死ね」
殺意を受けてなお飄々と旅人は笑う。
「……お前は」
「ロボトミーと呼んでくれ。僕と君の仲じゃないか」
「ちっ……お前は何とも思わないの?」
「親密度が足りなかったか。それで、何がだい?」
「こういう時って罪を償えーとか、正義感に溢れたやつが説教したりとか、よくあるでしょ」
「そうだね、確かにそんな書物はごまんとある」
「だろ。ただ、僕にはお前が義憤に駆られたようには到底思えなくてさ」
ダケッドは多くの人を殺した。
傭兵を殺し、旅人を殺し、罪なき人々をまきこんでみせた。
そんな大罪人を前にロボトミーは一瞬逡巡し、小さく頷く。
「確かにそういう旅人もいるとは思うけど、僕は違う。なぜかと言えば、異分子はプレイヤーの方だ。君にそれを言っていいのはそれこそ、この世界に住まうNPCだけだろうね」
「えぬぴーしー?」
「ああ、気にしないでくれ。言葉のあやだ。だから、僕は何も思うことは無いよ。君が誰を殺そうが、何をしようが、究極的に言えばただのゲームのイベントでしかない」
「冷めてるね」
「リアリストと言って欲しい。先ほどの質問に答えるなら、依頼が発行されたから。それ以上でもそれ以下でもない」
「あっそ」
少年は旅人に背を向け出口へと向かう。
既に疑問は解消された。
もうこの場にいる理由は無い。
「送ろうか?」
「きもい」
「ああ、気を悪くしたならすまない、そうだね、迎えもいるみたいだしここでお別れにしておこうか」
「は、迎えって……」
少年は訝しげに振り返り。
「──いるだろう。そこに」
旅人は少年の影を指さした。
『本当に驚かされる』
ソレはいつの間にかダケッドの背後に立っていた。
「うげ、なんでいるんだよ……」
『立ち寄ったついでに迎えに来たのだ。我らが同胞よ』
「あ、やっぱ知り合いだったんだ」
ソレはちらりと旅人のことを見る。
『なぜ、気づいた』
「勘、かな? 違和感と言ってもいいかもしれない。明確に何か理由があったわけじゃない。ただ、変だと思ったんだ。せっかくだし、名前を聞かせていただいてもいいかな? ああ、失礼。僕の名前はロボトミーだ。よろしく」
ロボトミーはものおじすることなく自己紹介をする。
彼からすれば、驚くことでもない。
そういう能力があるという前提さえわかっていれば、後は観察し既知にしていくだけだからだ。
『我々は、【殺し屋】だ』
そして、ソレは律儀に返答した。
「我々、殺し屋……ああ、そういう」
それを聞いたロボトミーは納得したように頷いた。
「国際指名手配犯【殺し屋】。なるほど、君たちが」
『然り。ダケッドは我らが末席に在している』
「うへー、やめてくんない。僕を辛気臭い連中の仲間として紹介すんの。殺し屋ダケッドは休業中でーす」
国際指名手配犯【殺し屋】。
それはある一つの組織を作り出した者へ与えられた忌み名である。
「となるとだ、君が元締めってことかい?」
『肯定しよう』
数百年前からいつの間にか存在していた名も無き殺し屋組織。
殺しの依頼を受け、殺し、報酬を受け取る。
その規模も、中身も、何もかもが不明。
ただ、その組織が存在するということだけが知られている。
そして、それを作ったとされるのが【殺し屋】と呼ばれる存在。
今もなお活動が確認されていることからなんらかの長命種と噂されているが、実態全てが謎に包まれている悪意の1つ。
「こいつはびっくり、この都市に有名な国際指名手配犯が2人も集まってるのか。運がいいね」
「僕も一応指名手配されてるんだけど?」
「【盗み屋】の金魚の糞だろ? わかってるわかってる」
「やっぱ殺そうかな!? うん、そうだそうしよう! ……ってか、迎えに来たって言われても今は戻る気ないんだけど。それに、この街から逃げ出す程度、そんな大変じゃないし」
ノイズを纏ったソレは無言でダケッドに一枚の紙を手渡した。
「うわ、懐かしい暗号符。解読しろって?」
『確認だ』
「へーへー、忘れるわけないじゃん……」
ダケッドは雑に受け取り紙に書かれた内容を流し見する。
「は?」
その中身を読み終わった少年は表情を歪めた。
「……………………これ、マジ?」
『嘘をつく理由がどこにある』
「お頭には?」
『当然、他言は禁ずる。禁を破るというのであれば、死をもって我らの末席から消えてもらおう』
「……はぁぁぁ、わかったわかった。わかりましたよ。ただ、こっちにも付き合いってもんがあるんでね」
ダケッドは心底くだらさそうな表情を浮かべる。
「戻るかどうかは、全部終わってから決める。これが妥協点」
『いいだろう』
「……ちっ。じゃあな、旅人。次会ったときは有無も言わさず殺すから、首洗って待っとけ。行くぞ、<デスポロイ>」
「ぎぎょぎょ!」
不機嫌そうにダケッドはソレの影に足を踏み入れる。
瞬間、少年の身体は従魔と共に闇に溶けその場から跡形もなく消失した。
「影への収納。はたまた転移系のスキル……いや、異能かな? なんともまぁ便利なものだね」
【殺し屋】はロボトミーを視界に収める。
『興味があるのか』
「少しね」
『我らに加わるのであれば説明しよう』
「……えーと、勧誘か何かかい?」
ロボトミーの<アルカナ>は高いステルス性能と支援能力を有している。
単体での火力不足についても相手が悪かったに過ぎない。
合計レベルに劣るそこらのイデアが相手であれば容易に殺傷せしめることが可能だ。
『実に暗殺に適した能力。そして、その精神性。殺しの才がある。誘わぬ理由は無い。無論、契約は交わすがな』
何より、ロボトミーはダケッドに対し一切の恨み言を吐くことはなかった。
それどころか親し気に話しかける卓越した精神性とある種の割り切りの良さを【殺し屋】は評価した。
なにより商売敵を知るためには直接話を聞くのが手っ取り早い。
「お尋ね者になるのも面白そうだけど、さすがにもう少し自由を謳歌したいんでね。見てみたいものも色々あるし、大変光栄だけど、今回は断らせてもらうよ」
『そうか……残念だ。では、いいモノを見せてもらった礼だ。受け取るがいい』
断られたことを気にも留めず、どこからか一枚の黒い便箋を取り出し投げ渡す。
器用に机の上で停止したそれをロボトミーは臆さず摘まみ上げる。
「これは?」
『我らへの依頼書だ。依頼相手を思い浮かべ、それに念じてみよ』
「思念を読み取って、本当に殺しの依頼があるかを識別してるのか。ハイテクだね」
罠に嵌めたりとかできないように当然対策済みかと、旅人は小さく零した。
【殺し屋】にも当然その声は届いているが気にした様子はない。
『我らはどこにでもいる。求められれば殺す。ただ、殺す。それだけの存在だ』
「なにこれ、今もしかして営業を受けてる感じ?」
ロボトミーは気づいた。
今自分は営業を受けていると。
『然り』
「然りなんだ。そうだね……それなら、指名依頼とかもできるのかな?」
『可能だ』
「へぇ」
【殺し屋】と恐れられる存在から律儀に回答が返ってくる。
旅人はその事実が面白いと感じた。
「じゃ、最後に1ついいかい」
『……』
沈黙を肯定と受け取った旅人は己の興味のままに口を開く。
「君にとって、殺しとはなにかな?」
『商売』
【殺し屋】は質問に対し短く答えその場から姿を消した。
「いいね、すごくクールだ」
旅人は手元の依頼書を破り捨てながら、小さく笑った。
☆
「それにしても、驚いたよ」
国際指名手配犯【殺し屋】。
全身が影に覆われているためその姿も、性別も、何もかもが謎に包まれた世界に存在する悪意の1つ。
ロボトミーはそれと不意に遭遇したことに驚いた……わけではない。
思い出すは変声機を通したかのようなノイズ交じりの声。
青年の脳内では先ほどの音声を波形データとして入力し意味のある音として解釈・分析していた。
無数のメカニズムやアルゴリズムを逆算し特徴として抽出可能な波形データを識別。
人の道理を外れた演算能力によって考えうる数多の解析パターンから情報を処理。
実際に復元できたのは1文字2文字程度、加えてそれらはあくまでもロボトミーの脳内で完結しているものだ。
だが、その解析結果から1つの確信と共に──
「まさか、【殺し屋】の声があんな可愛いらしいなんて」
忘れてはならない。
「声色は読めなかったけど、会話のリズム、視線のブレを加味すると……年齢は、10代半ばから後半ほど。高くても20には届いてなさそうだ。おそらく、年下だね。数百年も前からある組織を率いるにしてはいささか幼すぎる。長命種にしても該当する種族はほとんどいない、となるとだ」
この場にいる男は。
「【殺し屋】は代替わり制ってところかな?」
人の道理を。
「なかなかどうして、陳腐な設定じゃないか」
外れているということを……
〇国際指名手配犯【殺し屋】とは……
とある名もなき殺し屋組織の元締め。
数多くの殺し屋を抱えておりその組織規模と影響力は世界各地に広がっている。
護衛依頼なども一部請け負っており、いわゆる闇クラン(国家承認の無い組織)に分類される。
依頼方法は世界各地に潜んでいる依頼の仲介人もしくは【殺し屋】発行の黒の便箋経由。
特殊な装備によるものか、何らかの異能によるものか、全身には不規則に揺れ動くノイズのような影がかかっており、その声は変声機を通したかのような不快音となっている。
旅人の台頭によって自分達の領分が侵される可能性が高いと判断し【荒らし屋】の誘いに乗ると決めた。
その素性、性別、年齢、経歴すべてが謎に包まれている。
商売敵を詳しく知るために有用そうな旅人をスカウトしようとするも断られた。
営業の一環で殺しの依頼書を渡してみたがそれもすぐに破り捨てられた。
〇殺し屋ダケッドとは……
国際指名手配犯【殺し屋】が管理する組織に所属している殺し屋の1人。
個人でも好きなように活動を続けていたため【透明射手】として名が知られるようになる。
【盗み屋】と共に行動するようになってからは組織を半脱退状態になっていた。
暗殺依頼の成功率は90%を超えている。




