第17話 寄生怨霊体
□交易都市サンドヴェール 中央区画近辺
「はぁっ!?」
ダケッドは地響きと共に舞い上がった炎と大規模な地形の変化を見て驚きの声を上げる。
遠目に見えたのは恩寵による現象の行使。
(お頭、まだあんなところにいんのかよ!?)
恩寵を行使可能なのは【盗み屋】の本体だけだ。
故に、少年はあの場で戦っているのが誰かをすぐに理解した。
(予定外の戦力でもいたのか。いや、まぁ……)
少年は周囲を一瞬見渡す。
「僕が言えた義理じゃないけどさ!」
襲い掛かる無数の光の線。
四方八方より放たれる光線の雨を潜り抜けていく。
(つくづく予定から外されるなあ!)
苛立ちながらも思考は止めない。
一瞬の判断ミスが命取りの中、情報の精査を同時並行で行う。
周囲に展開された包囲網は着実に狭まっている。
このまま逃げ続けているだけでは、いずれ回避不能な飽和攻撃に晒されることとなるだろう。
機械生命体の数は最低でも数百体。
一機ごとであれば脅威足りえないが、これほどまでに適切な部隊運用をされると数を減らすのも一苦労だ。
(お頭が恩寵を使った以上、どうせすぐに決着がつく)
ダケッドは旅人の妨害によって想定よりも暴れることはできなかった。
だが、それでも十分な程に傭兵や旅人を仕留めてもいた。
撤退予定時刻まであと数分。
数百名以上の死傷者を一方的に作り出した殺し屋は潮時と判断。
(疲れるから、今日は使うつもりなかったんだけど……)
条件は揃っている。
なによりもこのままやられっぱなしは性に合わない。
(──殺るか)
瞬間、少年の意識が切り替わる。
「デスポロイ」
「ギョギョ!?」
<デスポロイ>は肉体を持つ怨霊系のモンスターだ。
他の生物に恩恵を与えることで自らの生存に必要なリソースを確保する種族。
「僕の身体を貸してやる」
そう、このモンスターの生態は剣や弓、棍棒といった武器を通すことで寄生し、宿主の肉体を乗っ取るというものだ。
「……ぎょ!」
「ああ、そうさ」
肯定しながら少年は手元にいる弓を自らの身体に突き刺した。
次の瞬間、肉体からいくつもの肉の芽が生える。
それらは背中から枝分かれする形で急速に成長し肉の触腕と化す。
その先端には少年が手元に持つ<デスポロイ>と似たような形状の弓が備わっていた。
その数、全部で6つ。
【寄生怨霊体】<デスポロイ>。
危険指定種に任命されている凶悪な寄生生物であり……
「殲滅戦といこう」
「ぎょ♪」
それを従える殺し屋は嗜虐的な笑みを浮かべた。
☆
旅人は視界情報に映し出された少年の意識の変化を感じ取る。
その数秒後、殺し屋は異形の姿へと変貌を遂げようとし始めた。
「変身中に攻撃をしてはいけないなんていうチープなお約束を守ると思ってるのかい?」
包囲網は完成しつつある。
既に、数百体近い機械生命体がローテーションを組みながら編隊を組みただ1人を仕留めるために運用されていた。
それらに指示をだし、肉の触腕が生え終わる前に放たれるは数多の光線。
その全てが直撃せんと迫り……周囲に展開された何かに弾き飛ばされた。
「──ほう」
ロボトミーは思わず目を見開く。
何が起こったのかを掌握すべく即座に解析に取り掛かる。
「異形の姿はモンスターに自らの肉体を明け渡すことで変異したもの。スキルを使用した形跡はない。つまり、あの状態でのみオートで行使可能な防御スキル。今もなお全ての攻撃が弾かれる。避ける気も消耗した様子もない。どこからコストを……魂」
おぞましい形状の弓を肉体に突き刺すことで起きた肉体の変化。
憑依や寄生によるものと予想を付け、そこから考えうる発動条件を精査。
演算の怪物は視界内の情報を解析し即座に見抜く。
「死霊術の類か」
怨霊系や死霊系のモンスターの多くは眼や鼻ではなく魂を知覚し襲い掛かる。
そして、主人に魂を知覚するスキルを付与するのは<デスポロイ>の根幹に関わるためだ。
【寄生怨霊体】<デスポロイ>は戦争や争いの後、数多の人の屍が積み重なった死と魂が混在した空間で発生する。
そして、周囲の武器を依代とすることでモンスターとしての核を得るのだ。
「【死霊術師】の《コレクトソウル》に近しいもの。周囲に散らばった魂というリソースを集め消費することで、霊的な電磁バリアを発生させているといったところかな?」
恐ろしいことに、初見にも関わらずその解析結果は全て当たっていた。
だが、それだけであるはずがない。
ダケッドの背中に生えた全ての肉の弓に矢が装填される。
「なるほど」
それを見た瞬間、ロボトミーはこれから何が起こるのかを理解した。
装填された矢は誰が構えるでもなく高速で射出される、と同時に再度矢が装填され息突く暇もなく連続掃射されていく。
周囲の魂のリソースを集め固める《魂矢》というスキルによって作成された矢。
それは、数百人以上もの人々を殺傷せしめた殺し屋の身に集まる怨念さえも糧とする。
「魔法現象に近しいため連射が可能。加えて……」
それらの矢は光線を透過して突き抜けた。
「すべてに【透過の加護】が付与されている。防御不可、高速連射可能、生物のみを穿つ一撃」
周囲にある魂をリソースとすることで作成される《魂矢》すべてに【透過の加護】を付与。
生物以外を透過する性質により光線を貫通し的確に機械生命体を破壊していく。
逃げるように指示を出すも、ありとあらゆる障害物を貫通する性質の前には壁など何の意味もなく的確に潰される。
6つの肉の触腕が躍るように舞い何十発もの矢が連続して放たれる。
弓とは本来取り回しの悪い武器であり、ロボトミーがダケッドを追い詰めることができたのはその弱点を突いていたからだ。
「これは参った。この様子だと30秒もたないね」
次々とロボトミーの視界が潰されていく。
予想通り、1分も経たずに戦場にいた全ての機械生命体が破壊された。
ロボトミーに残された視界情報はほとんど残っていない。
そのうちの1つ、最初にダケッドと接触した個体の元へ少年は姿を現す。
『合計297体。最大で300体かな? 残りはおそらくどっかに潜ませてるんだろうけど……それが、操作可能な個体の数なんだろ』
「数えていたのか」
『当然でしょ。基本中の基本だよ』
ゆっくりと近づきながら6本の触腕の照準は敵対者へと向いていた。
屋上で向かい合うは1人と1機。
「その身体は僕の姿を形取らせただけだよ。倒したければどうぞ好きに……」
『あのさぁ。なんで、お前の居場所をわからないと決めつけてるのかな?』
「既に見当がついていると?」
『そうさ。この身体になるとよく見えるんだよね。魂の位置ってやつが。驚いたよ、この戦闘区域内にわんさかいた生命反応がことごとく消えてるんだもん。僕のことを相手にしながら救助や避難誘導までしていたなんて……』
ロボトミーが包囲網に時間をかけた理由の一つは逃げ遅れた人々を避難させていたからだ。
また、ダケッドを追っていた傭兵たちに避難民の誘導を任せることにより戦線から強制的に離脱させる。
ここら一帯において、既に逃げ遅れたものは存在しない。
ダケッドを追い詰めるのも、避難誘導も、全てを並列的に実行していたのだ。
『だから、残った反応もくっきりとわかるんだ』
ダケッドはその手に持つ<デスポロイ>に矢をつがえる。
『さんざんコケにしてくれやがったんだ。どうせ復活するから意味ないだろうけど、このままだと僕の気がすまないからね』
射線上に建物は多くあるが【透明射手】が放つ矢にはなんの意味もない。
遠方にある小さな宿屋らしき場所。
『ここで一回死ね』
そこにいる一切移動する様子の無かった魂の反応へ照準を合わせた。
「正解だ」
それに対しロボトミーの<アルカナ>、【光機物体】テラ=アルマナクの親機は主人からの命令に従い言葉を紡ぐ。
称えるように拍手を送り、実に見事だと称賛する。
『は?』
「正解だと言ったんだ。君が狙っているのは間違いなく僕であっている、が」
<アルカナ>を経由する形でロボトミーに残された視界は全部で5つ。
そのうちの1つはダケッドと向かい合っており……
「──1つ、間違いを訂正しておこう」
残る4つは、屋上で向かい合う2つの影を異なる方向から捉えていた。




