第15話 ハイエンドクラフター
セバスの身体は今までの戦いを感じさせないほどに万全なものだった。
それを見たガラムの心中を満たすのは警戒と慢心。
警戒は、まだ詳細を解明できていない回復スキルの存在に対して。
慢心は、だとしても己が負けるはずがないという道理ゆえ。
何が来ようと、もう一度踏み潰せばいいだけだ。
「これから放つのは私にとって最大にして最後の一撃にございます。放ったら最後、抵抗する力は一片たりとも残りません」
執事は粛々と言葉を紡ぐ。
《嘘感知》スキルに反応は……無い。
「渾身ってか?」
ガラムはにやにやと笑いながら、見せつけるように気を解放する。
(ちょうどいい。後ろにいる避難民もろとも消し飛ばしてやる)
ガラムはその渾身の一撃とやらを迎え撃つと共に撤退前の祝砲を上げることを決めた。
そろそろクールタイムも終了する。
先程までとは規模も威力も文字通り桁が違う。
旅人と<アルカナ>を消し飛ばし、背後にいる避難民をついでに粉砕する。
圧倒的な力の前には何をしてこようとも無意味──
「はい。ですので、逃げたければどうぞお好きなように」
「…………はぁ?」
思わず、ガラムはあっけにとられた。
今、なんと言ったのか。
その言葉の意味を理解しようとする。
「逃げるだと、俺がか?」
「おや、違うのですか。貴方様が陽動であることは既に見当がついています。最終的な目的が何かは存じ上げませんが、この後は尻尾を撒いて逃げ帰るのでしょう?」
この一撃を振るった後に残るのは戦闘能力を失ったセバスのみ。
それが嘘ではないことは先程の問答で示している。
だから、躱せばお前の勝ちだと。
逃げれば楽に勝てるぞ、と。
「そのような臆病者に対し、逃げたければ好きにしろ……と言っただけですが」
竜人族の誘拐という目的を達成するための陽動がガラムの仕事だ。
指定の時刻になるまで暴れ続け、戦略的に撤退する。
ガラムは既に数百名以上の傭兵と旅人を殴殺している。
その上で街を破壊しつくし、無事に逃げおおせたのであればそれは勝利以外の何物でもないだろう。
だが、その勝利に対し泥を塗るように。
抉り取るように。
逆撫でするように。
「何か問題でも?」
言葉は振るわれた。
「吠えやがったなッ! ガキが!」
それは間違いなく、ガラムの逆鱗に触れた。
「てめえこそ逃げるんじゃねえぞ! 背後にいる連中諸共、消し飛ばしてやっからよお!」
そしてクールタイムが明けた。
ガラムが振り上げた腕に赤と黒の輝きが灯る。
それこそが【破砕拳士】が有する奥義、《デストロイ・インパクト》。
何の強化もない状態で百メートル近いクレーターを作り出したそれが、今度は身体強化スキルによる強化を得て指向性を持ち放たれることとなる。
圧倒的な破壊をもってして臆病者と宣った愚者を殺すためにガラムは力強く踏み込んだ。
「では……」
殺意を前にセバスは右手に付けていた指輪を1つ外し手品のように一瞬で消す。
代わりに、その腕には1つの腕輪が嵌められていた。
(──ッ!?)
それを見た瞬間、ガラムは異常なまでの寒気に襲われた。
油断、慢心、戦意、歓喜、全てに冷や水を浴びせさせられるかのような感覚。
(な、んだ。あれは……)
いうなれば、死の気配。
(まさか。まさか、まさかまさか! いや! ありえねえ! なぜ、それを! 旅人ごときが! それを保有していやがる!?)
セバスが装備可能なのは主人が作成した装飾品のみ。
ならばこそ、それを作成したのも当然主人であるイザベラ・チャリスカッテだ。
ガラムはなにか特別な眼を持っているわけではない。
だが、そんなものがなくとも明確に感じ取る。
その装備の格というものを。
それはとあるモンスターの素材……いずれ至ったであろう可能性の欠片。
災片を用いて作成された装備。
(超越装備! それも、完成品か!?)
超越種の素材を用いて作成された装備すべてが超越装備になるわけではない。
当然、失敗すれば性能は劣化し見るに耐えない能力に成り下がることも多い。
否、ほとんどの場合において超越装備の作成は失敗が前提である。
それらの装備は結局のところ超越種の素材を使って作られた装備でしかない。
超越装備足りうる格が圧倒的に足りないのだ。
だからこそ、超越装備の完成品というのは非常に希少であり……
「セバス! やっておしまいなさい!」
イザベラ・チャリスカッテは生産職の最高峰の1つ。
【超越装備を作りし者】に到達していた。
(そんな情報聞いたことねえぞ!? 隠してやがったのか!)
知りもしないだろう。
今日、この日、この時のために超越装備を作り出したという功績を秘匿し続けた真意を。
悪事をなした者をボコボコにして勝利する。
そんな妄想を形にするために世界を旅しまわった執念を。
イザベラ・チャリスカッテが求めるは勧善懲悪。
彼女の思い描く理想に、バッドエンドはありえない。
(ま、ずい……)
超越装備の完成品は、いうなれば超常を宿した武具だ。
ものによっては概念にすら干渉するものも存在する。
その腕輪は効果も、発動条件も、何もかもが不明。
しかし、今この場に取り出したということは有用な効果があるのは明白。
何も情報がない状態で正面から撃ち合うのは愚策以外の何物でもない。
幸運なことにまだ距離がある。
今すぐにスキルの発動を止め回避すれば余裕で間に合うだろう。
そう、逃げれば、だ。
(逃げ……)
逃げる。誰が?
(回避を……)
避ける。何を?
(様子を見て……)
様子を見るために、誰が逃げるのだ。
──逃げたければ、どうぞお好きなように。
(俺が、か?)
ガラムの思考に雑音が混じり。
「っふ、ざけんなあああああアアアアアアアアッ!」
その全てを踏み潰す。
(これが俺の最大火力! どんな効果だろうが、どんなスキルだろうが! 正面からブチ破るだけだ!)
【剛腕】たる誇りが逃げの選択を排除する。
先程の煽りに対する怒りが、判断基準を単一化させる。
しかし、そこには己の力に対する確かな自信もあった。
超越装備諸共全てを粉砕すべく、踏み込んだ足を止めることなくさらなる加速。
それを迎え撃つようにセバスも構えた。
【従僕の魔紳士】セバスの奥義の発動条件はただ一つ、《戦う執事》にてモード5に至っていることだ。
その効果は有する全ての執事ポイントを威力に変換するというもの。
使ったが最後、再度執事ポイントを貯めなおさなければ各種スキルの使用すらもままならなくなる。
彼がこれまでこの世界にて主に仕え、溜め続けてきた現在所有する残存執事ポイント……14万1562もの執事ポイントを全て消費して放つ必殺技。
そして、発動時における追加効果が1つ。
それは彼が執事足りうるべき要素。
主人に仕える者として、守るべき対象がいて真に発揮される能力。
「《執事殴打》ですわあああああああああああ!」
主人の声援を受けると威力補正が上昇する。
それは主人が近いほどに倍率が上昇する。
「ふふっ」
ただそれだけの効果である。
☆
今ここに2つの奥義が揃った。
極限によってもたらされる加速した思考が終わりを告げる。
両者共に引かず。
よって、これより迎えるは純粋な破壊力の力比べによる決着。
各々が有する圧倒的なステータスにより瞬く間に距離は無くなり──
「《デストロイ・インパクト》おおオオッ!」
「《衝虎砲》!」
必殺と必殺は激突した。
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