第14話 剛腕 VS 執事
□交易都市サンドヴェール 東区画
そこは混迷極まる戦場の1つ。
「おらああああああ!」
大男が腕を振るう度に射線上が抉り取られる。
ただの拳圧が衝撃波を伴いながら戦場を駆け巡っていく。
近づくことすらままならない死の領域。
それに巻き込まれれば、例え上級モンスターであろうと瞬時に肉塊に成り果てることだろう。
「どしたどしたッ! 避けてばかりじゃ勝てねえぞ、おい!」
それを躱し続け、時に飛び道具で牽制していた執事は一人思案する。
(ふふ。簡単に言ってくれますね)
避けているのではない。
避けることに集中することでどうにか戦線を維持しているのだ。
(しかし、このまま興を削ぐとお嬢様が狙われる可能性もございますし。はてさて、困りましたね)
《コンバットボディ》Lv3による更なる身体強化を得てもなお、ステータスの差は歴然だ。
現状、セバスはガラムの興味を自身に引き付けることでどうにか戦況を維持していると認識していた。
ガラムの興が削がれ主であるイザベラ・チャリスカッテが集中的に狙われ始めれば戦況は一気に相手優勢になることだろうと理解していた。
しかし、主人をこの場から逃がす選択肢は現状存在しえない。
それは勝利を得るためにも望ましくはない。
いくつかの理由はあれど、何よりも執事は主人の前でこそ真価を発揮するものだからだ。
(近づいてこねえか。どうする、また旅人を狙うか?)
ガラムはセバスの危惧した通り旅人を狙うことも視野に入れていた。
戦いの最中に吹き飛んだ瓦礫が旅人を守る結界に何度も当たっており、その時の反応から強度にはおおよその検討がついていたのだ。
ガラムには直接殴れば破壊できるという確信があった。
(いや、どうせすぐ逃げられるな。ゲリラ戦に切り替えられる方が面倒だ)
しかし、先程見せた高速移動スキルの存在が旅人への攻撃という選択肢に蓋をする。
直接旅人を狙えば、今度こそ安全な場所へと退避させセバスが単身で挑んで来ることとなる。
何故だかは知らないが、旅人がこの場にいる現状の方が御しやすいと判断。
撤退時における障害を取り除く意味もかねて……
(撤退予定時刻までざっと5分、か。こいつは今、ここで殺す)
(ガラム様を楽しませるのも、お嬢様を楽しませるのも、両方しなければならないのが執事の辛いところでございましょう)
各々理由や思惑はあれど、両者共にこの場で相手を倒す意思はここに一致する。
故に執事は自らに迫りくる拳撃を紙一重で躱し、果敢にガラムへと突撃した。
「来るかァッ!」
「行きますとも」
迎え撃つようにガラムが連続して放つ拳圧によって瞬く間に地形が抉り取られていく。
執事はその流れを読み、目にも止まらぬ速さの攻撃を予備動作と勘を頼りに躱し続ける。
「やるじゃねえか!」
「お褒めに預かり光栄です」
そして、その距離を再び0へと縮めてみせた。
しかし、それはただの自殺行為とも言えた。
なぜなら、ガラムの真価はその異常なまでに高い腕力から繰り出される攻撃にあるからだ。
「オらッ!」
懐に潜り込んだ相手に対し、身体強化スキルによって圧倒的なオーラを纏った殴打が放たれる。
回避した所で、その余波によって致命傷に至るのは避けられないであろう一撃。
「モードアップ」
刹那、セバスの速度がさらに一段階上がる。
(こいつ、また早く!?)
至近距離の状態で意図的に身体強化の強度を上げることによる変速。
それは、ガラムの想像していた流れの一歩先を行く。
接触と共にセバスが装備した指輪に込められた装備スキルが順次解放。
衝撃増加、ダメージ増加、威力増加、破壊力増加。
全ての近接系効果が発揮された。
複合的に合わさった一撃がガラムの胴体を捉え……
「……っ!」
重厚なまでのオーラに受け止められた。
「はぁッ!」
「く……ッ!」
ガラムは身体に力を込め身に纏った気を解放する。
その衝撃だけでセバスは大きく弾き飛ばされた。
「はっはあ! ようやく、そのすまし顔が歪んだな」
ガラムはセバスの折れた右腕を見て勝利を確信する。
「気づいたろ。てめえの攻撃は、もう俺には届かねえ。レベルが違う、格が違う、何より……生物としての強度が違えのさ」
《練気強化》による肉体の強化倍率は残存SPとSTRによって変化する。
状態異常に対し高い耐性も獲得するそれにより、ガラムの肉体強度は既に超常の域へと到達していた。
セバスは無事な左腕にて宝石を投擲し、ガラムはそれを無造作に片手で受け止める。
次々と爆発するもダメージは当然、ない。
「気づかなかったのも無理はねえ。そうなるように調整したんだからな」
大男は自らの見た目や言動から己が侮られがちなのを知っている。
だが、見た目で判断するなど愚かとしか言いようがない。
過去に数百人規模の山賊を率いた男が、バカなわけがない。
それ程の規模になるまで犯罪組織が成長を続ける生存戦略の徹底。
忠実なる部下を作りあげる求心力。
最終的には【剛腕の加護】を狙った【盗み屋】に壊滅させられることになったが、結局それをきっかけに【盗み屋】と行動を共にするようになった。
有用だと見初められるにたる理由が存在するのである。
「案外、幕引きってのはあっけねえもんだ。まぁまぁ楽しめたぜ……」
ガラムは腕を振り上げ、スキル特有の輝きが手に宿る。
その照準の先はイザベラ・チャリスカッテだ。
セバスは腕を負傷しており、既に警戒をする必要はなくなった。
ならば、当然旅人を狙うに決まっている。
「《アースブレイカー》!」
勢いよく大地に拳を突き立てた。
【武闘家】が誇る大規模破壊攻撃によって大きく隆起する。
圧倒的なSTRだけでなく、身体強化スキルによって更に火力が増したそれは数百メートル規模の破壊をまき散らしていく。
「……お嬢様!」
「きゃっ!」
セバスは主人を守るべくスキルを発動。
高速移動によって自らの主の元へと駆けつけ……結界諸共、激流に飲み込まれた。
☆
「おーおー。満身創痍ってやつか」
大きく舞い上がった砂ぼこりの中を、ガラムは油断なく進んでいく。
その視線の先には片足を失ったセバスが地面に崩れ落ちていた。
主人を抱きかかえ急ぎ離脱したものの片腕が使えなかったために十全に回避ができなかったのだ。
結果、余波を避けることができずに片足が消し飛ぶに至る。
それだけの被害に抑えることはできたのはひとえに、《コンバットボディ》Lv4による強化倍率によるもの。
しかし、次はない。
「決着だな」
片腕と片足の損傷によってセバスの継戦能力は失われた。
既に敵にはなりえない。
「お、避難民共も固まってんじゃねえか」
先程の一撃の余波により結界が破壊された避難所がいくつか存在していた。
わらわらと悲鳴を上げながら逃げ出す獲物を前にガラムは肩を回し殴殺を繰り広げんとする。
「行かせないに決まっていますわ! セバス! 早く立ち上がりなさいな!」
「……はぁ。嬢ちゃん、戦いってやつをわかってねえな。愚かすぎて、涙が出て来るぜ」
執事の腕の中から飛び出した旅人を見て、ガラムは大きくため息を吐いた。
「何を言っているかわかりませんわ! セバスは強いんですのよ! 今にあなたのことをぎったぎたのボッコボコにしますわ!」
「そいつの強さは俺も認めてやるが、だ。見りゃわかるだろ。俺には一切の損傷がない。切り傷程度、既に回復済み。体力も、気力も、万全だ。それに比べてどうだ! そいつは俺に攻撃した衝撃に耐えきれず腕が折れ、片足も消し飛んだ。もうまともに戦うこともできない!」
面倒ではあった。
殺すに足る厄介さを兼ね備えていた。
だが、それだけだ。
「どうやっても、俺の勝ちは揺らがないのさ」
ガラムからすれば、セバスは判断を間違ったとはっきりと言える。
この<アルカナ>は身の丈に合わない目標を設定してしまった。
勝ちに行くのではなく時間を稼ぐことにのみ集中をしていればこのような醜態を晒すことはなかっただろう。
それもこれも、主人であるイザベラ・チャリスカッテが愚か故に。
勝て、などと指示をだすべきではなかった。
所詮、生産職と嘲り笑う。
「聞き捨てなりませんね。我が主が愚かであると、今、そうおっしゃいましたか?」
セバスは2本の足で立ち上がり、ガラムのことを厳しい目で見る。
「ああん? だからそう言って……」
ガラムは呆れたような表情を浮かべ、気づく。
(足が、再生している)
消し飛んだはずの片足が再生していた。
(腕もだと?)
先程まで折れていた腕も回復している。
そこには五体満足の<アルカナ>がいた。
(何がどうなってやがる。なんだ、何をした。何が起こった。スキル、か? 回復アイテム……いや、骨折はともかく、部位欠損ともなればエリクシルの希釈液相当のアイテムが必要なはずだ。再生治療を施せる環境はねえし、そもそもアイテムを取り出す素振りはなかった。この一瞬でどうやって……)
《戦う執事》は段階的に能力が解放され、消費する執事ポイントも跳ね上がる性質を持つ。
モードアップをするには経過時間が必要であり、最終段階であるモード5になるには合計8分必要だ。
発動中は常に執事ポイントを消費する性質上、モード5で解放される能力を発揮するには長い準備期間と大量の執事ポイントの存在が大前提と言えよう。
「お嬢様、時間稼ぎいただきありがとうございます。おかげ様でどうにか間に合いました」
「……はああ、全く。心配をかけさせないでくださいまし」
《戦う執事》モード5にて解放される能力は2つ存在する。
一つは執事ポイントが許す限りの無限回復効果だ。
骨折の回復に2500執事ポイント。
そして、欠損した脚の回復に10000執事ポイント。
潤沢なる執事ポイントを消費することによって、セバスは万全の状態へと回復をしていた。
「セバス! 遠慮はする必要ありませんわ! 存分にぶちかましなさい!」
そして、もう一つのスキルこそがこの《戦う執事》の終着点。
旅人やイデアがジョブをカンストさせることで奥義を習得するように。
それは到達階位Ⅳ以上の<アルカナ>が一定の条件を満たすことで習得する力。
<アルカナ>が保有する切り札にして主人との絆の証。
「仰せのままに。我が主よ」
連鎖奥義の発動条件は、今、満たされた。




