第12話 精霊の恩寵
この世界には恩寵と呼ばれる力がある。
──恩寵を授かった者は精霊の力の一端をその身に宿すことになります。例えば、おか……花の大精霊様の恩寵は豊穣をもたらす他に、土と水の微精霊を従えることができるようになりますね。
思い出すのは、魔導宮の書庫でエリシアと読書をしている時にした会話の内容だ。
俺がふと気になり質問し、それに律儀に答えてくれたもの。
──大前提として、この世界の魔力属性は全て炎水風土の4元属性と光と闇の2属性で構成されていると言われています。
派生属性や上位属性、複合属性に該当するものは全てそれらが基になっている。
雷であれば風と水を。
花であれば豊穣として泥が基盤となり、それを成すのは水と土。
万物に精霊は宿る、しかし始まりは6つの色から始まる。
世界を構成する魔力の基本原理と精霊と呼ばれる存在の関係性。
──生まれたばかりの微精霊は、最初はそれら6属性の中から影響を色濃く受けたものに変質します。元々無色。故に、染まりやすくうつろいやすい。
それは環境に合わせて勝手に変わることもあるそうだ。
日差しが強ければ炎に、雨が降れば水に、風が強ければ風に、夜暗ければ闇に。
──そして、恩寵を保有した者は恩寵の強さにもよりますが直接周囲の微精霊に働きかけることが可能です。フレシアからの受け売りですが。
縦社会のようなもので、同系列に位置する場合は基本的に上位の精霊からの指令には従う性質があるらしく、恩寵の保有者は直接周囲の微精霊に働きかけることが可能らしい。
──精霊の代理人と、昔は呼ばれていたそうです。
精霊人であるエリシアのように。
──違いは……そうですね。結果は同じですが、過程が異なります。そこに在るだけで環境を書き換え現象を行使するのが精霊。周囲の微精霊に命令をくだす権利を貸して貰っているのが恩寵。契約した微精霊を経由し周囲の微精霊に働きかけるのが【精霊術師】、です。
精霊術という一点のみで言えば結果は大きくは変わらない。
ただ、その過程が異なっており精霊としての性質が濃い程に扱える現象の規模が大きくなる。
そして、恩寵を付与できるのは総じて高位の精霊だ。
(ユティナ、合わせてくれ)
(ええ)
空気が軋むほどの圧迫感が収まっていく。
(──来るぞ)
次の瞬間、【盗み屋】の周囲から巨大な炎が舞い上がる。
それだけに留まらず大地からはいくつもの土の柱が生え始めた。
まるで木の根っこのようなそれらは意思を持っているかのように暴れ蠢く。
地形が一瞬で書き換わり、周囲の家屋はそれに巻き込まれ既に原型をとどめていない。
いわゆる現象の行使。
(環境依存で出力は変化する、っていうが)
肌を焼き焦がすほどの太陽光。
見渡す限り広がる砂の海。
恩寵の行使において環境によるバフがかかっている状態。
それを証明するかのようにその破壊規模は……
「あー……よくわかってらっしゃることで」
魔力操作に対する有効手段の1つは、至極単純だったりする。
それは、圧倒的な範囲と質量による飽和攻撃だ。
また、周辺環境を満たす芳醇な魔力。
この中から【盗み屋】だけを判別するのは至難の業と言えよう。
(魔力探知への対策もばっちりです、と。ま、この程度で見失うわけないが……)
しかし、【盗み屋】の魔力の流れが空気に溶けて消えていく。
装備品含む肉体全てを気体に変化させる異能。
(そうか。熱流と地形の変化。狙いは空気の流れの煩雑化。紛れる気だな)
身体に浴びる風、周囲の熱量、地形変化によってもたらされる空気の流れの変化。
【盗み屋】が消えた場所を起点としてその全てを読み解けば移動経路を導き出せる、はずだ。
外したら外したで誤差を修正すればいい。
荒れ狂う炎が、暴れだした土が。
束となって襲い掛かってくる。
(肉体を酷使しろ。アドレナリンを捻り出せ。脳をぶん回せ)
奴の考えうる狙い、思考、こちらへの警戒度の変化。
そこから予測される未知なる攻撃手法。
そのすべてを掌握し、ゴールまでの道筋を誘導しろ。
「《呪光》」
道化を、演じ切れ。
☆
【盗み屋】の狙いは3つあった。
1つは周囲一帯を埋め尽くした魔力による魔力探知の抑止。
この領域の魔導師級には効果は薄いと理解していても、一瞬の隙を作り出せれば儲けもの。
その程度の効果を期待し大規模な現象を引き起こした。
2つが逃走の抑止。
これだけの破壊規模を撒き散らせば、旅人は足を止め対処をせざる得なくなる。
なぜなら、各地にある避難所を巻き込む可能性が非常に高いからだ。
恩寵で行使される現象は精霊程の緻密な制御は不可能だ。
伝えることができるのはあくまでもイメージのみ。
そのため【盗み屋】は殺意の感情を意図的に増幅し炎と土の2つの恩寵を敢えて暴走させた。
発生するデメリットは全て、他の加護と異能を用い強引に抑え込む。
それにより、本来であれば不可能な規模の現象の行使を実現するに至った。
これは誰にも真似できない運用法だ。
元の持ち主にすらもできない、【盗み屋】だから出来る、そんな裏技。
複数の異能をその身に宿しても壊れることのない器を保有しているからこそ可能な芸当であった。
(さっきからよぉ、なーんか見えづらい武器があんだよなぁ)
そして最後の目的、それは確認。
飽和攻撃によって旅人を牽制しながら、無から【盗み屋】は姿を現した。
旅人が操作している呪物に対する不信感。
それを確かめるために男は呪物を斬り落とさんと至近距離で振るう。
しかし、想定よりも異様に硬かったため破壊するには至らず。
違和感を明確に言語化する。
(耐久値に反して硬い。やっぱなんか仕込んでやがるな)
【天輪眼】は万能ではない。
能力の系統外であるため<アルカナ>に関連する情報を解析できないという弱点を抱えている。
だが、【盗み屋】の洞察力は決して【天輪眼】に依存するものではない。
(装備の耐久値の上昇。浸食の性質……闇属性の付与か。これ以外にも大事そうに維持していた呪物が5つ)
旅人が一部の呪物を贔屓していたことに男は気づいていた。
周囲一帯を見渡せるように高度を維持していた複数の呪物。
大事そうに運用していた理由を確かめるために作り出したのがこの盤面。
(霊体。闇、対抗属性は……)
一瞬の思考。
そして、答えに辿り着く。
「《光よ》」
光精霊の恩寵を行使し周囲の微精霊に語り掛け短剣に光を纏わせる。
武器への疑似的な光属性のエンチャントを付与。
「答え合わせだ」
鋭く、研ぎ澄まされた一撃が呪物を破壊する。
瞬間、【天輪眼】は確かに捉えた。
呪物に付与されていた魂が浄化され空気に霧散していくのを。
「ひはッ! 弱点みーっけ!」
両者にとって幸か不幸か、【盗み屋】はまともに旅人と戦うのはこれが初めてだった。
<アルカナ>に対する評価も興味も低かったため、情報精査に時間がかかっていた。
だが、それはこれまでの話。
【盗み屋】の思考が加速する。
(霊体、憑依、なんだ。少し考えればわかったことじゃねえか。先入観にとらわれ過ぎてたな)
旅人と<アルカナ>は呪物に対して2つのスキルを併用している。
《反転する天秤》による呪物の性能上昇。
そして、《魂の分割》による武具への属性付与と視界共有効果の獲得。
その概要を暴き出した【盗み屋】の笑みが深くなる。
(どこかに呪物を仕込みやがった、か?)
エル王女の衣服のどこかに呪物を仕込みそれを追跡してきたのだと気づく。
だが、【盗み屋】視点それはあくまでも推測に過ぎなかった。
確証がない以上、<アルカナ>を機能停止に追い込む必要があることには変わりない。
「【光】を当てれば強制解除されると見た」
それであれば、攻撃を当てる必要はない。
取れうる手段はいくつも思いつく。
恩寵を暴走させたことによる圧倒的な飽和攻撃をもってしても旅人は未だ健在。
否、この程度で倒せるのであればそもそもここまで苦労していない。
故に【盗み屋】は眼を閉じ、再度開く。
すると、両目に浮かび上がるは異なる2つの幾何学的な紋様。
【天輪眼】と【未来視の魔眼】、二種類の魔眼の同時行使。
これまで都度都度切り替えていたのは脳への負担を軽減するためでしかなく……
「──削り殺す」
他者から盗み無限に成長を続ける悪意はこの瞬間全ての能力を行使するに至る。
☆
唯一、間違いがあるとするならば。
(クロウ)
(ああ、どうやらちゃんと気づいてくれたらしい)
【盗み屋】は気づいたのではなく、気づかされたという点だろう。
Q:【盗み屋】の制御している現象の規模大きくない?
A:そもそも制御をしていません。精霊の恩寵を暴走させました。第2章の第10話 祝福されし少女にて「恩寵は感情の昂ぶりでコントロールが効かなくなる」とありましたが、それを意図的に引き起こした形です。
本来であれば無意識下での遠慮や加減である程度規模が抑えられるのですが、今回の場合だと感情の発露が殺意な上、全部ぶっ壊せぐらいの感覚でやってるのでそれはもう思いっきり暴れ出します。
発生する肉体的な過剰な負荷や精神的ダメージはその他身体制御系の【加護】や【異能】で強引に抑え込んでるのでぴんぴんしています。
風精霊の恩寵の保有者のラリーも癇癪を起こすと小さな竜巻程度は余裕で引き起こせました。
以上を踏まえ、国家が恩寵の保有者を護衛をつけてまで保護する理由は大きく3つ。
①【盗み屋】に盗まれないため。
②将来的な戦力を確保するため。
③それを危惧した第3勢力による暗殺を防ぐため。
後は精霊信仰の名残りなどになります。
出力の力関係は
大精霊>中位精霊≧精霊人(精霊体解放)>恩寵(暴走)>恩寵≧【高位精霊術師】>【精霊術師】になります。また、環境依存や契約体系で多少変化します。
Q:なんで恩寵は本体しか使えないの?
A:恩寵は一種の契約であり、契約の履行と強制力があるのは原本だけです。【盗み屋】は契約書の原本を盗んで自分名義に強引に書き変えています。契約書をコピー(分身)しても原本は1つしかない扱いです。
詳しくはいずれ「エターナル・チェイン ─Secret Option─」に記載します。




