第11話 誤算
「走れ! 早く街の外へ!」
避難所の結界が解除されると同時に多くの人々が飛び出し駆けて行く。
市民や商人を中心に置き、旅人や傭兵が護衛に回り避難ルートを確保すべく尽力する。
「止まるな! 急げ急げ急げ!」
傭兵の1人が叫ぶと同時に、彼らの遥か上空で大爆発が起こった。
「きゃあああああああ!?」
「な、んだあ!?」
姿勢を低くし空を見上げれば天を覆い尽くす無数の影。
それはまるでかぼちゃのような形状をしていた。
「──あひゃっひゃっひゃっひゃ……!」
どこからともなく少女の甲高い笑い声が周囲一帯に響き渡る。
すると、かぼちゃのような影が次々と爆発していく。
その威力は凄まじく、地上にいる何人かは衝撃にあおられ体勢を崩してしまうほどだ。
爆発は止まるどころかさらに密度と威力を増すばかり。
彼らが理解できるのは遥か上空が戦場となり何かと何かが戦っていることだけで……
「まずっ……全員伏せろおおおおおおおお!」
瞬間、一際巨大な爆発が上空を覆い尽くした。
建物が軋みを上げ空は煙に覆われるも……しかし、戦いは止まらない。
そして、その何か達は別の方向へと飛び立っていった。
「な、なんだったんだ……なっ!?」
まるで嵐に遭遇したかのような疲労感が彼らの心中を満たす。
だが、息つく暇もなく遠方でおぞましいほどの轟音と共に街全体が揺れる。
音のした方を見れば建物の隙間から数十メートル以上もの粉塵が空へと舞い上がるのが見えた。
ついでと言わんばかりに空へとまき散らされた無数の瓦礫が街の各地へと降り注ぎ、その内の一部が彼らの元へと落下してきた。
「撃ち落とせ!」
「ゼブル!」
「うっひょ、やっばすぎぃ!?」
傭兵や旅人は避難民を守るべく瓦礫の雨を弾き飛ばしていく。
「何が起こって……」
屋根の上に登った者達の眼に映るのは異様な光景の数々だ。
街の一角を深い霧が完全に覆い隠す。
巨大な水流と炎流が渦巻きながら空へと舞い上がり水蒸気をまき散らす。
いくつもの竜巻が瓦礫諸共全てを粉砕していく。
魔法現象、それも明らかに精密かつ緻密に操作されたであろうそれらによって街が次々と崩壊していく。
しかして、戦いが止まる気配はなく今もなお刻一刻と戦況は変化し続けている。
「おい、足を止めるな!」
「で、でもよぉ。結界の中に戻った方がいいんじゃ……」
「馬鹿言ってんじゃねえ!」
傭兵は血相を変えながら叫ぶ。
あれは所詮一時避難に過ぎない。
そして、既に結界の中に閉じこもり助けを待っていいような状況ではなくなっているのだと。
「いつ巻き込まれてもおかしくねえんだ! つべこべ言ってねえで足動かせ!」
天職に恵まれた男もそこらの家屋であれば容易に半壊させることが可能だ。
それほどまでにジョブとステータスの恩恵は大きい。
だが、建造物が一瞬で崩壊するような火力が飛び交っているとなると話は別だ。
本来、あれほどの威力の技が放たれたならば早期に決着するものだ。
決着がつかないということはつまり、それほどの火力を有している者達同士の戦いが成立しているということを示している。
街のいたるところで次々と鳴り響く崩壊音はその異常な戦いが成立している戦場がいくつもあるということで……
「バケモノ共がやりあってるうちにさっさと避難すんだよ!」
「ひ、ひいいいいいいいいいい!」
震える足を動かし一刻も早く戦地から抜け出すために人々は走り出した。
サンドヴェールは襲撃によって既に数百名以上の死傷者を出していた。
冒険者ギルドを始めとした国営機関は各ギルド長と共に潰され指揮系統が崩壊。
職務を全うしようとした傭兵が、戦果を求めた旅人が、戦いに巻き込まれた多くの市民が命を散らした。
時間にして30分も経たずにこれだけの被害。
劣勢に追いやられた、という言葉では表せないほどの損害だと言えるだろう。
しかし、いくつもの幸運が積み重なった結果、襲撃犯の思惑とは裏腹に状況は一種の拮抗状態に陥っていた。
それはサンドヴェールにとってこの襲撃が予測できないものであったのと同じように、襲撃者達にも誤算があったからだ。
その一つが被害の少なさ。
本来であればもっと被害の規模は大きくなっているはずだった。
しかし、各地で暴れている【盗み屋】の分身とその一味に対抗しうる戦力の緊急参戦により混乱は想定よりも少ないものとなっている。
そして……
☆
そこは多くの建物が立ち並ぶ商業区画。
この場所も戦場と化しており、どこからか破壊音が断続的に鳴り響く。
次の瞬間、中心に建つ大きな商館が内側から吹き飛んだ。
砕け散る壁やガラスと共に外に躍り出るは3つの人影。
一方は空を駆け、一方は1つの影を背負い空を飛ぶ。
「《暗黒弾》」
空を飛ぶ影が魔法詠唱と共に杖を振るい魔法を発動する。
それはただの下級魔法だ。
だが、その密度は凝縮されきっており、弾丸1つ1つが容易に家屋の壁を貫き破壊する程の威力を秘めていた。
遅延発動の応用により同時発動数の制約を潜り抜け操作可能な最大数を常時展開。
魔法と連動するように多くの呪物が空を旋回。
魔法と呪物による飽和攻撃が敵対者を取り囲む。
「《呪炸裂》」
刹那、呪物に込められた呪いが解放された。
炸裂した呪いの爆風に煽られながら、高速で駆ける影は魔法を的確に捌き強引に最短距離を詰めていく。
条件を満たしたことにより呪物に込められていた数々の呪いの効果が発揮されるも、陽光が射す限りありとあらゆる付与系のバッドステータスを無効化する【陽光の加護】により全てがレジストされた。
スキル発動の動作で隙を見せた相手に対し加速せんと空を蹴った影は、すぐさま減速し方向転換する。
なぜなら、踏み込んだ先に極薄の魔法が展開されていたからだ。
高速回転する切断能力に優れたそれは視認性が非常に悪く、気づかずに踏み込めば真っ二つになっていたことだろう。
剣の形を印象づけることでそれ以外の形状の魔法への警戒を緩めさせ、仕込まれた罠。
男が躱した瞬間、周囲に展開されていた魔法の形がすぐさま崩れ去った。
これ以上それができることを伏せる必要がなくなったため、数多の魔法が変則的な形状へと変化していく。
(旅人風情が)
影は迫りくる魔法を躱しながら二振りの剣を高速で振るう。
そこに、鉄を斬るという概念補正の副次効果として刃物の切れ味を数倍までに跳ね上げる【斬鉄の加護】と攻撃の射程を広げる【遠撃の加護】を乗せる。
すると、ただの剣の一振りがまるで《暴風剣》のような数十メートル規模の長射程の斬撃攻撃になり、それを連続で振るうと無数に入り乱れた飛翔する斬撃と化す。
射程無視、防御不可、クールタイム0秒の通常攻撃。
(この俺に)
無数の斬撃と魔法は正面から衝突。
その余波を受けた周囲の建物のことごとくが一瞬で細切れになった。
商業区画はその戦いに巻き込まれた結果、瞬く間に瓦礫の山と化す。
(異能狩りに……ッ!)
予定では竜人族を攫いサンドヴェールをとうに離脱していたはずの【盗み屋】の本体は。
「──追いすがろうってのかァアッ!」
最大の誤算へ向けて苛立ちのままに叫んだ。
その殺意を意にも介さず、旅人は杖を持っていない片方の手の指を鳴らす。
動作置換によって魔法を装填し高速回転する魔弾が周囲に散開していく。
「《防具切替》」
取り出されるは紐でひとくくりに纏められた大量の呪物。
先ほど発動された魔法の1つが器用に紐を引き裂き呪物が落下し始める。
「《呪物操作》」
そして、接続。
たった1秒で立て直した旅人は迎撃へと移る。
(どんだけ貯め込んでんだよ……ちっ、落ち着け。冷静になれ。今ので、奴の魔力は半分を切った)
魔法職は火力が高く、格上相手に対しても攻撃を通しやすい傾向にある。
魔導師級ともなれば密度を練り上げることにより少ない魔力消費で高威力の魔法を放つことも可能だ。
代わりにMPが切れれば何もできなくなる。
それに引き換え前衛職はリソース切れになる心配が基本的にはない。
武器を相手に当てれば物理ステータスの恩恵の元、殺傷に足りうるダメージを与えられるからだ。
(このまま行けば、あと10分もかからず削り切れる)
そこにあるのは継戦能力の差だ。
いかに魔導師級として魔力の消費効率が最適化されていようと、猛攻を捌くために過剰なまでの魔力消費を旅人は強制させられている。
このまま戦い続ければ己の勝利は揺らぐことは無く……
(……待て。俺は今、何を考えた)
既に10分近く足止めをされている。
その上で、相手の魔力が切れるまでの耐久戦を選ぶということは、時間稼ぎを最大限達成されたことを意味する。
消極的勝利。魔力が切れるまでの粘り勝ち。
(ふ、ざけんな)
つまり、実質的な敗北に他ならない。
旅人ごときに時間稼ぎをされている。
取るに足らないと思っていた相手に思惑を崩される。
これほどまでに不愉快なことが──
「認めよう」
【盗み屋】は地面に降り立ち空を見上げた。
地上に立ち尽くしているというのに旅人は迫撃をしてこない。
仕掛けるリスクを取ることなく、時間を稼ぐ利を取りに来ている。
表情に焦りはなく、どこまでも冷静に最善手を打ち続けている。
「ああ、ナめてたよ」
誤算があった。
この旅人の奇襲によって手足として使う予定であった盗賊達が無力化された。
それにより、竜人族を全員攫うのが出来なくなった。
「旅人なんて取るに足らねえ雑魚だと」
誤算があった。
この旅人の<アルカナ>が追跡系のスキルを保有していた。
それにより、無視をして逃走することができなくなった。
少なくとも、追跡スキルを所有している<アルカナ>だけは必ず殺さなければならなくなった。
「だから、もういい」
誤算があった。
多くの異能と加護を行使した。
合計レベルが高い程度の相手であれば殺し切れているはずが、今もなお殺し切れず立ち塞がってくる。
よって。
「炎精霊、土精霊、光精霊。我らが契約のもとにそのお力添えをいただきたく」
自らの判断ミスの反省と共にその手札を切ると決めた。
【盗み屋】の身体に熱が走り、額、手のひら、腹部の3か所に紋様が浮かび上がる。
恩寵とは上位者から加護者へ与えられる祝福である。
それは悪人・善人・モンスターなどという属性では選ばれない。
必ずなんらかの意図があるものだ。
そして、精霊の恩寵も当然明確に与える意図があり、使命があり、意思がある。
花の大精霊が豊穣をもたらすように。
風の精霊が自由を尊ぶように。
その契約は決して第3者が介在してよいものではなく。
「俺に力を貸せ。拒否権は、ねえ」
【盗み屋】はそれを容易く土足で踏みにじる。
☆
□交易都市サンドヴェール 西商業区画 クロウ・ホーク
未来を見る相手との戦いという題材は様々な創作物において扱われてきた。
そして、それらの能力は基本的に2つの種類に分類されている。
それは、確定した未来を見るか。
もしくは一番あり得る未来の可能性を見るかだ。
では、目の前の相手はどうか。
(【未来視の魔眼】。数秒先の未来を見る眼。それじゃあ、その未来は絶対なのか)
答えは、否。
【未来視の魔眼】で見れる未来は流動的なものだ。
変更可能な未来予知と言えばいいか。
それまでの道筋を進めば最も可能性の高いものを映し出す。
その情報アドバンテージは確かに絶対の優位をもたらすものだろう。
だが、対策が思いつかないわけでもない。
(1つ。未来を見ても反応できないほどの速さによるゴり押し)
この【盗み屋】の速さを上回ること自体が困難だという点を除けば、理論上は一番シンプルな攻略法。
(2つ。死角からの攻撃)
それらは所詮視覚内の情報に過ぎない。
未来の映像には音はない。
匂いもなければ、魔力を感じ取ることができるわけでもない。
受け取れるのは視覚情報という単一的な指標のみ。
死角からの不意打ちを始め、結局のところそれらに対処するのは持ち主の技量に依存している。
(3つ。視界情報に負荷がかかる程の飽和攻撃)
未来を見る。
ああ、なんと魅力的な響きだろうか。
お前が一番最初にフィリスを狙ったのも頷けるよ。
それがあれば一瞬の判断が生死を分ける戦場において生き残れる可能性が上がるからな。
確かに、強い。
ただ強いだけでなく、その戦闘技術も目を見張るものがある。
数多の異能と加護を組み合わせたそれは到底読み切れるものではない。
形式ばった型がない変幻自在の戦闘スタイル。
それは認めよう。
だが残念なことに、これでは盛り上がれない。
盛り上がることなどできやしない。
なぜなら、この男にはなにもないからだ。
かつて戦った機械帝国レギスタの工作部隊のような大義もなければ、命を繋ぐために大自然に生きるモンスターのような力強さもない。
あるのは他者からモノを奪うことで満たされる醜悪なる自尊心。
そして、盗み続けるための生存本能のみ。
故にどこまでも合理的に、淡々と、無機質に。
熱などなく必要なのはただ一つ、攻略する意思だけでいい。
(正念場、だな)
眼下にいる【盗み屋】の気配が変わる。
周囲を満たし始めるは濃密な魔力。
それは、エリシアが精霊人としての力を解放した時と非常に似ていた。
僅かには違う、だが同一のもの。
【盗み屋】が盗んだとされる恩寵は3つ存在する。
炎精霊、土精霊。
そして。
(光精霊)
今まで使わなかったのを見るに使いたくない理由があったと考えるのが自然。
推察になるが、恩寵を行使できるのは本体だけなのだろう。
(ユティナ、1つ頼みたいことがある)
(何かしら?)
国際指名手配犯【盗み屋】。
数多の異能と加護を行使する悪意。
明確な勝ち筋は存在せず、現状の勝率は1%あればいい方か。
だから、俺は……
(──────……)
ユティナに、最低な頼み事をした。
とてもか細く、賭けの要素も多分に存在する、そんな勝ち筋を通すための頼み事。
(……ふふ、ええ。任せなさい。それが勝つために必要とあらばね)
ユティナは顔色一つ変えず、不敵に笑って見せた。




