第10話 【演算】の怪物
□交易都市サンドヴェール 中央区画
(なんなんだ)
屋根の上を疾走する少年の心の内を満たすのは疑問と焦燥。
手に持った弓を構えることもせずにひたすら駆け続ける。
その速さはそこらの者では到底追いつくことなど不可能なはずで……
(なんなんだよ……!)
瞬間、周囲から光線が少年目掛け放たれた。
光学迷彩によって姿を消し待ち構えていた鳥が、虫が、獣が。
壁に張り付き、空で待機していたそれらが一斉に牙を剥く。
「なんなんだよ! こいつらは!?」
「ギギョギョギギョ!?」
少年は素早く切り返し光の包囲網を躱すべく屋上から建物の隙間へと飛び込む。
落下の途中、突起を掴み眼に入った窓を蹴破り部屋の中へと侵入。
その1秒後、本来少年の身体があったはずの落下先を複数の光が貫いた。
間一髪、回避をしなければ光に撃ち抜かれていたことだろう。
(数が多い! 3桁はいるぞ! しかも、僕の移動経路を的確に潰してきやがる!)
ロボトミーと名乗った旅人との戦闘……否、一方的なまでの猛攻。
(クソ、商館から離されすぎた! 戻ってガスラディンを牽制して……)
ダケッドが視線を上げれば部屋の天井の一部が光輝きだし、人の頭ほどの大きさの透明な蜘蛛が姿を現した。
それはそのまま膨張する。
「ふっざ、け……」
次の瞬間、蜘蛛は破裂し室内が閃光と破裂音で満たされた。
光と音によるスタン攻撃。
「ふっ!」
眼を瞑り、耳抜きの要領で五感を守った少年は素早く部屋から飛び出した。
手元に複数本の矢を取り出しながら目についた窓を破壊し再度外に飛び出る。
そこには当然とでもいうように、多くの機械生命体が光線を放つ準備を終わらせ待ち構えていた。
「きっしょすぎ……!」
事前に取り出した矢を放つ。
刹那の早撃ちにより、包囲網の一部を強引に破壊。
複数の光線が放たれるもその包囲網は既に完璧なものではなく、少年はわずかに生まれた隙間を抜けた。
(一撃程度じゃ死にやしないが、被弾して動きが止まれば一気に焼かれる!)
光線1つ1つの威力はそこまでではない。
光線が建物に当たっても貫通には至らず、表面を軽く焼き焦がす程度の影響しかないのがその証拠。
ダケッドの見立て通り、直撃しても軽く皮膚を焼く程度で収まるだろう。
だが、それが大量ともなればバカにはできない。
状態異常、火傷の疾患。
手をやられれば精密な射撃ができなくなり、脚をやられれば機動力が削がれる。
全身火傷ともなれば瞬く間にスリップダメージが襲い掛かってくることになるだろう。
それは少年にとって致命になりえた。
合計レベルの高さによってある程度はカバーされているが、彼が有する天職は基本DEXやAGI、CRTが高くENDが低い傾向にあるからだ。
「《煙幕》!」
それは【弓術士】が習得する退避用スキル。
認識阻害効果を持つ特殊な煙を放ち相手を錯乱し距離を取るためのもの。
しかし、それは通常運用する場合だ。
ダケッドは懐から薬品が入った小瓶を取りだし蓋を開け煙に混ざるように風に乗せる。
周囲に展開されていた機械生命体はその煙に覆われた。
(とりあえず、迫撃はこれで防いだ)
煙が光を分散させることを少年は経験則から知っていた。
その推測は正しく、この光線は物理法則を原則無視しない。
加えて、先程散布した特殊なアイテムの効果が適用された。
マーキング用の特殊なペイント効果により位置を把握できるようになる。
気配遮断効果を有し、魂の知覚をすり抜けるこれらの追跡を把握するための手段。
(とにかく、まずは数を減らして……あーあ、ガスラディンを止めるのもブランを殺すのももう無理かなー。お頭にどやされるやつじゃんこれー)
心の中で声を上げながら、情報を精査する。
(さっき僕を囲んでた奴らが迫撃してこない。なんで止まってるんだ?)
ダケッドはこれまでを思い出す。
この操作端末は既に街中に張り巡らされているのはわかっている。
適切に配置されているが、しかし無限にあるわけではない。
逃げられたのであればすぐに別の位置へと移動させることだろう。
(動き出した)
先程マーキングを施した一団はまるで突然電池が切れてしまったかのように停止していた。
動き出すまでには数秒ほど必要であり……
(……あー、はいはい。そういうことね)
これまで多くの殺しを成し遂げてきた経験が。
そして何よりも彼らの頭領が持つ特異な性質が。
初見の能力を事細やかに分析し答えを導いた。
(太陽光か)
☆
「おっと、気づかれたかな?」
ロボトミーはダケッドの小さな反応を見逃がさず、自らの<アルカナ>の能力の一部を悟られたことを理解した。
「その通り。子機は稼働するための原動力を一部外部に依存している。今ぐらい細かく分裂させると光線を放てるのも一端末あたり2回が限度。光学迷彩の使用量を加味すれば1回だけ。放った後には再度エネルギーを充填する必要がある」
旅人は賞賛の拍手を送る。
稼働エネルギーを外部環境に依存することによって<アルカナ>の拡張性を底上げしているのだと。
「代わりに、エネルギー変換効率はなんと驚異の95%。自立起動型のため設置場所も選ばず、邪魔になったら取り外しも簡単。もし、これがリアルで実用化されればエネルギー問題もかなり解消されること請け合いだ」
周囲に誰もいない暗がりの中、青年は1人。
今この瞬間、彼の視界情報は無数に分裂していた。
その数は3桁を超える。
「さすがに速い。単純な速度じゃ到底追いつけないね」
だからこそ、先回りし、待ち伏せ、予め射線を置いておく。
ダケッドの逃走経路を、行動パターンを、思考論理形成を読み解き続ける。
「その先は行き止まりだけど、軽く飛び越えるぐらいはするよね」
火力は低いが、代わりに数と密度を押し付ける。
「おお、壁を蹴りながら屋上に。素晴らしい機動力だ。だけど、それはもうわかっているよ。ほら、Uターンだ」
子機から手に入る視界の情報によって相手の逃走経路を常時分析。
「そろそろ迎撃に移りたいだろうし、お望み通り撃ち落とさせてあげるよ……おめでとう」
表情や動きの微細な変化から相手の気づきや思考を予測。
「もっと喜んでもいいだろうに。撃たされたことがわかっているんだね。そう、さっき君が小細工をしたそれらは既に捨て石だ。破壊されたところで苦でもない」
心理状態の推移を観察し、望み通りの餌を与え罠にかかるのを待つ。
「ただ、そうだね。次はもっと巧妙に隠すとしよう」
それはまるで盤上遊戯。
サンドヴェールという街に適切に駒を配置し逃げ続ける敵を追い詰めていく。
「それにしても、NPCの中でも最上位の強さの個体と戦うのは今回が初めてだが学ぶことも多いね。僕の弱点もよくわかる」
椅子に寄りかかった青年は顎に手をあて思考を巡らせる。
「僕のようなギミック偏重の<アルカナ>は初見時における奇襲性能に優れる一方、対策を取られたりネタが割れると途端に効きが悪くなる。出力が低いからだろうね。ジョブや装備のように戦況に介入可能な変数を用意しておくのが重要だ」
<アルカナ>という唯一に合う装備を、自らにあったジョブ構成を、星の数ほどある組み合わせから最適なものを探し出す。
「なかなかどうして、存外奥が深い」
この間にもダケッドを迫撃する手を緩めることはせず……
「さて、チェックだ」
包囲網の完成を告げた。
「君はどうやって潜り抜けるのかな?」
青年は自らの知識欲を満たすべく。
「僕の予測を超えて来るのか。それとも、そのまま何も魅せずに消えゆくのか」
期待の眼差しを持ち。
「いや、君のことだ。きっと僕の想像の埒外にある方法をもってして打破してみせるんだろう。例えば……その、生きた弓とかね?」
人の道理を外れた演算能力をもってして。
「答え合わせといこうか」
己の興味のままに淡々と観察を続けた。




