第9話 戦う執事
イザベラ・チャリスカッテの<アルカナ>であるセバスの本質はサポーターに近いものであり、主軸となるのは《執事の心得》、《執事カウンター》、《執事の嗜み》という3つのスキルである。
《執事の心得》は執事に求められる基本動作に補正を乗せるというものだ。
テーブルマナーは当然のこと主を立てるための所作として礼儀作法を。
客人をもてなすために茶菓子の扱いを。
執事足りうるために必要なものをセバスはこの世界に顕現した時から全て兼ね備えていた。
《執事カウンター》はセバスが実行した執事っぽいことに応じてポイントを獲得し蓄積することができるというものだ。
この時、蓄積する値の倍率は周囲の心象に依存する。
例え、主人がいかに満足しようとも周囲の者達から執事っぽいと思われなければその倍率は下がり獲得できるポイントの量も目減りするというもの。
周囲の人が少ない程倍率は下がり、誰もいなければ当然0になる。
逆に、周囲から執事っぽいと思われるほどに倍率は上昇し獲得する執事ポイントの量も増加する。
大衆依存型の蓄積スキル。
最後に《執事の嗜み》は《執事カウンター》で蓄積した執事ポイントを消費することで執事に求められる能力を獲得する。
いうなればスキルを開発するスキルである。
例えば、主人の登場シーンを彩るべく花吹雪を散らすスキル。
《我が主の登場はいつでも派手に》は消費執事ポイント3のアクティブスキルに該当する。
即座に主人の元へと移動する条件指定型移動スキル、《我が身はいつでも主人と共に》は基本消費執事ポイント100のアクティブスキルだ。
客人を退屈させないようにトランプやボードゲームを作りだすスキル《遊戯場へのご案内》。
アイテムボックス機能を獲得し自由に取り出せるようになる《執事の懐は無限の収納箱》。
それらは執事たるべき要素を補うために生み出された。
ただし、このスキルで開発可能なのは非戦闘系スキルのみが対象だ。
また、《執事カウンター》での獲得ポイントの取得倍率が一定以下のものは順次使用不可になる。
あくまでも執事としての役割を遂行するためのものでしかない。
執事っぽいことをすることでポイントを獲得。
蓄積したポイントを消費することでさらにできる執事っぽいことを増やしていく。
イザベラ・チャリスカッテが理想のお嬢様になるために求めた理想の執事の具現こそ、この<アルカナ>の真髄。
しかし、これらはサポーターとしての側面である。
《戦う執事》はその名の通り戦いを主軸としたモードに変異するスキルだ。
効果としては一定時間の間、関連付けられた各種スキルの使用権限が解放されるというもの。
それらの戦闘用スキルで消費されるのも当然執事ポイントであり、消費量は他の非戦闘系スキルに比べると莫大だ。
その代わり受ける恩恵も相応に大きい。
仕える者と戦う者両方の側面を併せ持つ存在。
それこそがサポーターの要素を内包しながらも主を守るガーディアンとしての戦闘能力を持った<アルカナ>。
到達階位Ⅳ。
サーヴァントガーディアン、【従僕の魔紳士】セバス。
しかして、忘れてはならないことがある。
セバスの主であるイザベラ・チャリスカッテは戦いを生業としていない。
彼女は生産職であり戦場は装飾品の数々を商人達に売りさばく交渉の場だ。
セバスは数多の商談にて主人をサポートし執事ポイントを溜め続けてきた。
執事ポイントの貯金は消費の機会に恵まれないが故に増え続ける。
目立ちたがりの主人の傍で行動をすれば必然大衆へ評価もされやすくなる。
そうするとさらにポイントが貯まりやすくなる。
つまるところ重要なのはただ1つ。
セバスは現時点において、これまで蓄積した大量の執事ポイントを保有しているという点である。
☆
ガラムが繰り出すは必殺の一撃。
ただの殴打でありながら地形を変える程の威力を有している。
それを迎え撃つのは1人の執事だ。
「おらあああああああッ!」
「ふっ!」
猛攻を捌きながら懐に潜り込み、そのまま連撃を浴びせた。
「しゃらくせえ! 《嵐拳》!」
ガラムが振りかぶった拳に嵐が纏わりつきそのまま暴風の拳が放たれた。
その余波で周囲にあった瓦礫が舞い上がり四方八方に飛び散っていく。
吹き荒れたそれに巻き込まれたが最後、圧倒的な破壊力によって粉微塵に粉砕されることとなるだろう。
しかし、執事は器用にも飛散した瓦礫の上を飛び移りながら暴風を躱していく。
(さっきの女ほど速くはねえが、その分身体制御がずば抜けてやがるな。それに、あのオーラ。身体強化スキルか)
ガラムは自らの戦闘経験から冷静に相手の分析を続ける。
現在セバスが発動しているスキルの名は《コンバットボディ》Lv1。
全ステータスを1.2倍にし動作補正を向上させる身体強化スキルであり、消費執事ポイントは秒間10に相当する。
これは《戦う執事》使用時において強制的に発動されるものだ。
(眩っ……目くらまし!)
ガラムが敵影を捉えるべく空を見上げればその両目に光が突き刺さる。
セバスが2つの手鏡を取り出し太陽光を反射させガラムの視界を遮ったのだ。
その隙を突き地面に着地。
鋭く懐へと飛び込んだ執事は再度拳撃を放たんとする。
「わかってんだよ!」
その攻撃に合わせ、ガラムは気配を頼りに大地に向けて腕を振り下ろした。
粉塵が舞い上がり地面に巨大な拳跡が刻まれる。
しかし、執事は既に距離を取っており次に備えていた。
「どういたしましたか。どうやら、何もないところを殴っているようですが……お困りごとがあるようでしたら、ご相談に乗りますよ?」
戯れ言をよそに、ガラムは素早く飛びかかり拳を放つ。
ただの風圧によって吹き飛ばされかねないそれをセバスは的確に受け流す。
飛び散る瓦礫は片手間に鋭い手刀で撃ち落とし視界を確保。
風の流れを受け入れ、身体捌きに取り入れ躱していく。
「む!」
ガラムは瓦礫の隙間を縫うように放たれた宝石に気づいた。
赤黒い輝きを放っていたために警戒と共に背後に飛ぶ。
それらは地面に突き刺さると同時に爆発。
(<爆発する宝石>)
爆発系のスキルを宝石に込め作成する投擲武器の一種。
イザベラ・チャリスカッテが作り出したであろう攻撃用アイテム。
「物騒じゃあねえか!」
叫ぶガラムの視線の先にいる執事は鋭く腕を引き上げた。
瞬間、体勢が崩れる。
「お?」
その脚には細い糸が括りつけてあった。
それをセバスが引っ張ったことによってガラムの片足が飛び出た形だ。
(いつの間に……)
先程目を潰された時の一瞬の隙を突き、足元に絡ませていたのだと理解する。
「ふん!」
力比べでは負けるはずもなくすぐさま力を入れ踏み込んだ。
それにより立て直すも一瞬の隙は生まれており……
「失礼」
執事が見逃がすはずもない。
「ごふ!?」
顔面に叩き込まれるは強烈な拳打。
反撃すべく腕を振り回すも捉えることなく空を切る。
「……ぺっ」
ガラムは口の中から血を吐き捨てる。
高いENDによる自己治癒力によって既に口の中の傷は塞がっていた。
全くと言っていいほどにダメージはないが、しかし、流れは明確に相手にあると理解する。
(上手いな。それに、手数も豊富ときた)
ステータスはそこまで高くない。
攻撃は大して痛くなく、早さも先ほどの旅人以下だ。
しかし、それを補ってあまりある上手さ。
厄介。その二文字がガラムの思考に刻まれる。
「……悪かったな。舐めてたぜ」
「ご心配なさらずとも、気にしておりませんので」
執事は表情を崩さない。
ただ、静かな微笑みを送るのみ。
このままでは殺すまでに相当な時間を要することだろう。
それほどまでにこの執事は巧みだ。
力では勝っている。一撃を浴びせれば己の勝利は揺るがない。
だが、その一撃が遠い。
(いいじゃねえか。滾ってくるぜ!)
ガラムはセバスを明確に殺す価値がある相手であると認めた。
「《練気強化》」
故に、次の手を切る判断は早かった。
ガラムは【練闘士】の奥義、《練気強化》を発動。
その効果は自身の全身に気を纏うことで身体能力を向上させ、肉体接触攻撃の倍率を上昇させるというもの。
本来であれば撤退時に使う予定であったスキル。
しかし、この溢れんばかりの闘争本能を抑えることなどできやしない。
通常時ですら異常な破壊力を有したガラムが身体強化スキルを発動すればどうなるか。
答えは単純、圧倒的な暴力による蹂躙だ。
「ぬうん!」
地響きと共に大男の足元が吹き飛んだ。
強烈な踏み込みによるただの愚直な直進を見てセバスは回避行動へと移る。
「ずいいああああああああ!」
射程外に逃れようとするセバスに向けガラムは大きく腕を振るう。
数十メートルもの距離があるというのにセバスはその風圧によって弾き飛ばされた。
瓦礫の山に叩きこまれそうになるも、すぐさま空中で姿勢を立て直し着地。
「全く、骨が折れそうでございますね」
まともに一撃を食らえばそれだけで己の敗北が決定する。
そんな状況でも焦ることなく言葉を紡ぐ。
「モードアップ」
瞬間、全身から迸る輝きがさらに強くなった。
《コンバットボディ》Lv2。
時間経過によって解放された全ステータスが1.4倍になる身体強化スキル。
秒間消費執事ポイントが20になる代わりに更なる強化を得る。
加えて使用可能なスキルが追加解放。
セバスは指輪を取り出し次々と自らの指に嵌めた。
「我が主より賜りし至宝の数々。御覧にいれましょう」
《主人からの贈り物》。
製作者がイザベラ・チャリスカッテの装飾品に限り装備条件を一部無視し装備できるようになる。
《戦う執事》モード2にて自動的に執事ポイントが1000消費され解禁されるパッシブスキル。
本来、<アルカナ>は装備枠が存在しないがために装備の補正を受けることができない。
しかし、対応するスキルがある場合は別だ。
「なんだ、まだ上があるのかよ! それなら、もっと楽しませてくれよ!」
「ご要望とあらば」
ガラムが腕を振るう度に拳圧が放たれる。
身体強化スキルの副次効果によって纏った気を飛ばしていく。
それはまさに人間大の大砲であり、その球数に制限はない。
着弾箇所が次々と吹き飛び、砕け散り、大地に傷跡が刻まれていく。
「セバス! そこよ! いけいけですわ! あ、危ない!? 気を付けてくださいましぃ」
きゃあきゃあと騒ぐ声援を横に、ここに1つの戦場は激化した。




