第8話 従僕なる者
□交易都市サンドヴェール 東区画
オアシスの近くに設けられた巨大な砂漠都市。
多くの爆発音が連鎖的に鳴り響き、街の至る所からは炎が舞い上がる。
数秒たてば建物がいくつも崩れ去っていく。
そんな戦場の1つ、巨大なクレーターの中で向かい合う者達。
(イザベラ・チャリスカッテ、ねぇ)
ガラムは聞き出した名前に関連する情報を思い出す。
【盗み屋】の一味は事前の調査によって街中にいる戦力をおおよそ把握していた。
その戦力の中で旅人は彼らからすれば取るに足らない雑魚という評価でしかなかった。
なぜなら数の多さや不死性、契約の神からそれぞれに与えられた<アルカナ>という不確定要素はあるものの、最大でも合計レベル400という器しか有していないからだ。
合計レベル500を優に超えた者達からすればイデアの中では上澄みに位置する400というレベルすらも凡百に成り下がる。
事実、ガラムはこれまでの戦闘において何十人もの旅人を手こずることなく殴殺していた。
(確か、生産に特化した旅人だったっけか)
イザベラ・チャリスカッテ。
彼女の生み出した作品の数々は商業連盟に属する諸外国の貴族や王族、商人に人気が高い。
それは見た目だけに留まらず性能の面でも非常に高い評価を得ていた。
サンドヴェールにて名を上げた宝石や貴金属の加工に特化した旅人。
この街でトップクラスの経歴を持っているが故に、ガラムはその名前を覚えていた。
「悪いが、そいつはできねえ相談だなぁ」
「交渉決裂、ということですわね……仕方ありませんわ! セバス、やっておしまいなさい!」
言葉とは裏腹に嬉々とした表情でイザベラは自らの従僕に命を下す。
生産職であるこの旅人は戦うための能力を有していない。
ならばこそ、戦う力を有しているのは彼女の<アルカナ>だというのは想像に難くなかった。
「それではお嬢様、あちらにてお待ちください。観戦の準備は済ませております」
「あら、さすがですわね」
「とんでもございません。本来であれば私がご案内すべきところですが……」
「構いませんわ! お嬢様たるもの自らの足で大地を踏みしめてこそですもの!」
セバスはガラムから視線を外すことなく申し訳なさそうな顔をしながらクレーターの外縁部を手で示した。
そこにはいつ置かれたのか、高級感溢れる1人用の丸テーブルと椅子が鎮座していた。
パラソルも備え付けられた観戦用のスペースを見てイザベラはご機嫌な様子で歩き出す。
「ご挨拶が遅れました。私はお嬢様の身の回りの世話を仰せつかっております、しがない執事……名はセバスと申します」
そして前に出たのは燕尾服を身に纏った1人の執事だ。
胸の前に手を添え軽く礼をする。
その動きはどこまでも洗練されていた。
「我が主の命により、貴方様の討伐に参上いたしました。最後の忠告です、どうかご降伏を」
(なんともまぁ、ふざけた連中だな)
ガラムは内心で呆れかえる。
「同じことを言わせんな」
「……左様でございますか」
不意に、大男は踏み込み圧倒的な肉体から殴打を繰り出した。
鈍重そうな見た目とは裏腹に、どこまでも無駄のない素早い一撃。
(あん?)
しかし、その暴力は直撃することなく地面を捉えた。
大地は大きくひび割れるものの仕留めるには至らず。
(今の感覚は……流されたか)
少し離れた位置にいる執事を見てガラムは相手の用いた技術に気づいた。
「なんと恐ろしい攻撃なのでしょうか。まともに直撃を食らえば、一撃で戦闘不能ですね」
「柔術か」
「おや、ご存知でいらっしゃいましたか。ご明察の通り、とある流派の師範代にご指導を賜っておりまして。おかげさまで、免許皆伝を拝領しております」
それは海洋国家オーシェルドの一部の島国から伝わった格上のステータスを有する相手に対して発揮する受けと流しの技術の名だ。
ステータスという絶対の指標を覆すべく考案され実践にて磨かれてきた守りの力。
セバスはその技術を習得しており殴打の一撃を地面へと受け流し的確に距離を取ったのだ。
「ああ、知ってるぜ。なんせ、過去に何人もぶち殺してきたからな」
ガラムは過去、何人もの使い手をその圧倒的な力によって捻り潰してきた。
受けそびれれば即死であることは変わりなく、いかに完璧に受け流そうとも接触した時に発生する重みはそのまま手に残る。
いずれ消耗し、まともに受け流すことができなくなり死に至る。
ガラムからすれば時間稼ぎの小細工でしかない。
「確かに、貴方様からすればこの程度の小細工は容易に粉砕してきたことでしょう。さすればこそ、まともに付き合うつもりはございません」
ふと、ガラムは違和感を感じ取った。
「なんでも執事はトランプで戦うものだそうで」
セバスは指の間に挟んだトランプを見せつける。
それと全く同じものがガラムの腕に突き刺さっていた。
(──こいつ、今の一瞬で)
刺さっているといってもそれは薄皮一枚程度でありダメージとしては一桁程度の微々たるものだ。
だが、ガラムは今日初めて明確に他者の攻撃によってダメージを受けた。
若干の驚愕の後、それらのトランプは時間経過と共にどこかへと消えていく。
「さてさて。どのようにいたしましょうか。サイコロでもよいですよ? それとも鞭? ここは無難にレイピアでしょうか。悩んでしまいますね」
腕を一振りするたびに、まるでマジックのように手元の武器が入れ替わる。
執事たるもの、複数の武芸を治めるのは嗜みである。
「……へぇ。少しは楽しめそうじゃねえか」
ここに至ってガラムは旅人……否、<アルカナ>の評価を上方に修正した。
(が、付きあう義理はねえわな)
その上で、取るに足らないという評価は変わらない。
いかに強力な<アルカナ>だろうとも主人を殺せばそれで終わりだからだ。
顕現条件を満たせなくなった<アルカナ>はそのまま消えるのみ。
「頑張れですわー! やれやれですわー! しゅっしゅ!」
イザベラは椅子に座りシャドーボクシングをしながら応援していた。
ガラムはちらりと彼女を見やり腕を振りかぶる。
その手の中には先ほど軽く握りこんでいた瓦礫があった。
「おらよ!」
それは投石というどこまでも原始的な攻撃手段だ。
しかし、それを扱うのが【剛腕】ともなれば話は変わる。
ただの礫の1つ1つがそこらの兵士の全力の一振りと同等の威力を有しているともなればその脅威度は計り知れない。
加えて、SPの消費もなく武器を予め用意しておく必要もない。
ガラムからすればどこでも手軽に手に入る遠距離かつ広範囲の攻撃手段なのだ。
手一杯に握りこんだそれらは散弾銃のように飛翔し旅人の元へと殺到した。
「あら?」
<アルカナ>は到底間に合うはずもなく……いつの間にかイザベラの傍に控えていたセバスがそれらの礫を手刀にて打ち払った。
(転移魔法だと!? いや、違う。そういうスキルか)
そう、それは転移魔法などという高次元のものではない。
ただ、主人の元へと高速で駆け付けるだけのスキル。
「ふふ。過保護が過ぎますわよ。それに、あの程度の攻撃。セバスの用意したこの守りは打ち崩せませんでしょう?」
「だとしてもです。執事たるもの。いついかなる時であろうとも、主の元へと馳せ参じることができなければなりませんからね」
手を叩き、ついた砂埃を払う。
そのまま主人を背にセバスはゆっくりと歩きガラムへと近づいていく。
「さすがに、先程の狼藉。見逃すわけにはまいりません。私を前にしておきながらお嬢様に手を挙げたその不敬。その身体をもって償っていただきます」
「ほう、ぜひとも償わせて欲しいもんだぜ」
ガラムはセバスが打ち払った石礫の一部がパラソルの周囲に展開されていた何かに阻まれたのを見逃さなかった。
(結界。それも、かなり高位のものだな。高位結界の魔道具よりも強度は上と見てよさそうだ)
イザベラの周囲に張り巡らされた設置型の結界。
戦う術を持たない旅人がなぜ悠長に観戦をしているのか疑問だったが、防御手段を準備しているともなれば納得だ。
戦闘の余波程度軽く受け流すほどに自信があるものだと理解する。
(《デストロイ・インパクト》はさっき使っちまったしなぁ。それに、今の移動スキルを見るに旅人を狙っても防がれる……となれば、仕切り直すのも面倒だ)
ガラムは仕方がないと旅人を狙うのは一旦諦め、直接排除することを決める。
「まずは前言を撤回いたします。少しばかり、貴方様に合わせて差し上げます。その方がお嬢様もお喜びになることでしょう」
セバスは軽くネクタイを緩める。
そのまま白手袋を嵌め直し……
「《戦う執事》スタート」
呟きと同時に黄色いオーラを身に纏った。
(なんだ、威圧感が跳ね上がりやがった……)
空間が歪むほどの存在感を放ちながらセバスは半身に構える。
「それでは、殴り合いと参りましょうか」
従僕なる者は主人に勝利と栄光を届けるべく戦意を漲らせた。




