第7話 大商人の品格
□交易都市サンドヴェール ブランケット商会本館
「ガスラディン。状況はどうなってる」
険しい表情でブランが問いかける。
「現在、街の各地で戦いが始まっています。集まった情報を整理しますと……」
傭兵は遠話の魔導具を通して街の情報を集めていた。
ブランはあくまでも商人であり、この街の防衛体制を一任されているのはガスラディンを始めとした傭兵連合だ。
「まず、商業ギルド、冒険者ギルド、傭兵ギルド全てが壊滅的な被害を受けています。ギルド長も、護衛や結界の起点諸共消し飛ばされたそうで」
「ぐっ……まぁ、いい。それは既に覚悟していたことだ」
本来であれば街の防衛を主導するはずの面々は既に【盗み屋】の手によって潰されていた。
「東西南北、4カ所の門は崩壊。外壁街を中心に大規模な戦闘が発生。多くの被害を出しながらも各地に配置していた傭兵団の団長が駆けつけ戦闘が開始。明らかに足止めされていますね」
大規模傭兵団を率いる歴戦の傭兵達。
ガスラディンと同格の上級傭兵に分類される面々は【盗み屋】の分身と接敵状態になり足止めをされていた。
「街の各地では緊急用の結界の魔導具が多数展開。最低限の避難体制は維持されていますが、戦線に巻き込まれたら一瞬で崩壊するかと。事実【盗み屋】の分身らしき存在達が結界を潰して回っているのが確認されています」
【盗み屋】の分身達は避難所として機能している各地の結界の魔道具に対し攻撃を仕掛けていた。
これも明らかに陽動であり足止めのためのパフォーマンスだ。
しかし、罠だと分かったうえで防衛のための戦力を回さなければならない。
「東区画では【剛腕】ガラムが。中央区画付近ではご存じの通り、ダケッドの手によって多くの傭兵が潰されてますねぇ。ついでに、ブラン様は俺が離れたらすぐに殺される危険な状態です。……この通り」
ガスラディンは再度ブラン目掛け放たれた矢をその手に掴み止めてみせる。
もう何度目にもなるその攻撃を受け止めた蜥蜴人は変な笑いがこみあげてくるのを抑えることができなかった。
こちらの戦力を分散させ、局所的に戦線を展開し、各個撃破。
瞬く間に都市機能を壊滅させられたのだ。
実に鮮やかだと言えるだろう。
「……竜人国の方々はどうだ」
竜人国からの使節団は少数ながらも確かな戦力を有した者達だ。
王族が2名と言えど1人は歴戦の戦士長。
加えて、【竜化】をしたヴァルドラーテの兵士は1人で9大国の小隊に匹敵する強さを持つ。
【盗み屋】相手だろうとそう簡単にやられるはずがない。
そういった期待であり……
「部下が発見したのは気絶したグラン王子と縛られた竜人国の精兵10名とのことです。エル王女の姿はどこにも見えなかったと報告が……」
その希望はやすやすと打ち砕かれた。
「ぎにゃあああああああああああ! 終わったああああああああああああああああ!」
さらば、栄光の道。
最低でもブランケット商会会長の辞任はほぼ確定であり、それだけで済めば運がいいだろう。
まず、責任問題で首が飛ぶ。物理的に。
ブランケット商会会長の席はどこぞの馬の骨ともしらないものに乗っ取られるか、はたまた商会そのものが解体されるか。
このまま行けば少なくともサンドヴェールという街の在り方が変わることは避けられない。
「その他に」
「なに!? まだあるの!? ぼくちんの心臓はもう……」
「賊らしきものが数十名ほど倒れていた、と。全員が呪いによって昏睡状態になっているそうです」
しかし、その情報を聞きまだ希望はあると思いとどまる。
グラン王子と竜人国の精兵は全員が意識を失っている状態だ。
おそらく、【盗み屋】の奇襲によって無力化されたと考えられる。
その場に盗賊達がいたのであればそれこそ全員攫わられていてもおかしくはなかった。
少なくとも【盗み屋】の狙いは竜人族の身柄であり、そのための状況は揃っていたのだから。
「誰か、いるのか?」
しかし、盗賊達は何故か意識の無い状態だという。
そうなると浮き上がるのだ。
それを防いだ存在が。
「ええ。おそらく我々が管理、把握していない戦力の誰かが【盗み屋】の狙いを看破して防いだのでしょう。状況から察するに、今は攫われたエル王女を取り返しに行っているものと考えられます」
状況は確かに最悪に近い。
だが、最悪ではない。
「【盗み屋】の分身は全員で何人いると思う」
「最低でも8人ですね」
9つある街の結界の起点を同時に潰された時点で【盗み屋】の分身は最低でも8体がいることは確定しており、その内の4名が上級傭兵と戦闘をしている形だ。
「街の各地から聞こえて来る音からして……10人前後が妥当でしょうね。逆に、そうでなければこの街はとっくに陥落してますわ」
推定、上級傭兵に相当する戦力が数十人単位で攻めてきていたらそれこそとっくに街は落ちている。
【盗み屋】の分身の異能にはなんらかの制限や限界値があるがために戦力の均衡を保つことが出来ていると考えるのが自然。
事実、それは当たっていた。
「つまり、だ。現在、街の中で起きている戦いのどこかにエル王女を攫った【盗み屋】とそれを追撃している誰かがいると考えてよさそうだな」
ブランの脳の回転が加速する。
この戦況で商館に貴重な分身の一つを遊ばせているようなことはないはずだ。
不要な警戒をさせておきつつ、ダケッドの攻撃によって実害を与える盤面を整えただけ。
既に、ブランケット商会の結界の起点を破壊した分身はこの館から離脱していると考えていいだろう。
こうなれば、街の門を封鎖したうえで厳戒態勢を取るのが理想だ。
しかし、既に外壁は一部崩壊し東西南北全ての門の付近で戦闘が起きている。
つまり、【盗み屋】の分身たちによって逃走経路は常に確保されている状態だ。
「ガスラディン。街中の戦闘には加わらずまっすぐ西門に向かえ。そこにいる【盗み屋】の分身をどうにか討伐しろ」
「それ、どういう意味かわかって言ってます?」
ブランは現在ダケッドに命を握られている状態だ。
かの狙撃手を前にありとあらゆる障害物や防御機構は無意味になる。
例え地中深くに潜ろうとも非生物を貫通する透過の矢はブランの命を的確に穿つことだろう。
ガスラディンという盾が存在しない場合、射程範囲外に逃げる以外にそれを防ぐ方法はない。
「こんな時に言うのもあれですが、ただ働きはごめんですよ。俺も、あいつらも」
この商業連盟アーレにおいて傭兵の価値は裏切らないことだ。
では商人の価値とは何か。
それは嘘偽りなく働きに見合った報酬を支払うことだ。
10大都市を治める大商人には求められる品格というものがある。
正当な働きには正当な報酬を。
不当な働きには適切な対処を。
その信頼の果てに彼らはいる。
現在、サンドヴェールの街にいる多くの傭兵はその信頼を担保に契約を交わしているのだ。
これまで積み重ねてきた数多の功績が。
大商人としての実績がブランが報酬を正当に支払う雇い主だと証明しているのだから。
「今、あんたに死なれると困るのはこっちなんすわ」
確かに、ブランは今この場においては戦力にならない。
ガスラディンという最高戦力の1つを護衛として使っている以上足手まといとまで言えるだろう。
だが、今ブランが死ねばそれこそ各地の戦線が崩壊することになる。
ブランが亡き後のブランケット商会がちゃんと契約に則り適切な報酬を支払うことができるのかといった懸念が刃を鈍らせることになるからだ。
故に、ブランこそが現在のサンドヴェールにおける最重要防衛対象である。
「ガスラディン。商売は基本、事前準備ですべては決まるんだ。備えて備えて、これでもかと言われるぐらいに備えて、最も備えた者が勝つ。最悪を想定して準備すれば、それはありとあらゆる不利な局面を想定できているってことだからにー」
「……何の話ですかい?」
「まあ聞け」
しかし、そうではない。
「だが、人生そう簡単にいかない時もある。事前準備が全くの無駄になるような、そんなちゃぶ台返しを食らったときとかさ」
例えば、現在のように。
「そういった場合はね。逆のことを考えるんだ。すべてがうまくいったらどうなるかってね?」
それこそが最悪に近い現状における最善を手繰り寄せる手法。
「街の各地で戦闘が起きているが、運のいいことに【盗み屋】の分身に対抗できる戦力が大量にいて、被害が最小限に食い止められる」
各地の結界を破壊して回っている【盗み屋】の分身には手が回っていないのが実情だ。
しかし、運のいいことにそれらに対抗できる戦力が戦線を張ってくれた。
「エル王女は攫われたが、運のいいことにそれを追撃し取り返そうと時間を稼いでくれる者がいる」
エル王女の居場所はわからない。
しかし、運のいいことにそれを把握し足止めをしてくれている戦力がいる。
「ならば、やるべきは決まっている。彼らが身を挺して時間を稼いでくれている間に逃走経路を1つでも多く封じる事」
ガスラディンという駒を効果的に使えるのは一回だ。
相手も確実に足止めをするために戦力を投入していることから、相当重く見ていることだろう。
現状の拮抗状態から戦力比が傾いた時点で全力で逃走をすることは想像に易い。
そうなった時に逃走経路が4つあるという状況こそ最も避けなければならない。
「逃走先を3つに絞ることができれば索敵範囲も、警戒網も、厚みをもたせることができる。逃走そのものを防げる可能性は上がる」
この時、街の中のどこかにいるエル王女を一発で見つけるような理想論は期待しない。
確実に盤面に有益な最善手を打つことが重要なのだ。
「確かに、西門が戦力配置的に一番可能性が高そうではありますが……いいんですかい? ブラン様、あんた死にますよ」
「さっきも言っただろ」
ブランは飄々とした表情のまま。
「運のいいことに、ダケッドはぼくちんに矢を放てないような状況に追い込まれている……ってね?」
死ぬ覚悟を決めた。
「報酬に関しては安心しろ。ガスラディンに今出せる限界にはなるが10億スピルやる。傭兵たちと好きに山分けしろ。この情報があれば、混乱はすぐに治るだろ。足りないってんならぼくちんの後釜と好きに交渉すればいい」
どうせ、後継が誰になろうと旅人に対して無碍にはできない。
ならばこそ、ここで補償すべきは傭兵たちだ。
街の修繕費用や被害規模から考える復興予算を考慮して出せる限度額。
ブランはすらすらとペンを滑らせた後、ぽんと小切手をガスラディンに渡した。
「これはブランケット商会会長のブランと傭兵ギルド所属のガスラディンとの間で交わされた密約だ。つまらない真似はするなよ?」
「……するわけないでしょうに」
ガスラディンはその紙きれを大事に懐にしまう。
「ぼくちんの商人としての勘が言ってるんだ。動くなら今だってね。だから、頼んだぞ。元国家最高戦力」
「20年以上も前の話ですがねぇ……」
そうして、歴戦の蜥蜴人は今の雇い主との決別の意思を固め……
「しゃあなし、任されました」
次の瞬間にはその場から姿が消えていた。
窓が開き、カーテンが揺れている。
目にも止まらぬ速さで西門へと向かったのだ。
それを見届けたブランは一つ息を吐いた。
そして、最後になるであろう景色を目に焼き付けようと街を見下ろせる窓際に立つ。
しかし、5秒、10秒、15秒。
「……ほらな、ガスラディン」
待てども待てども矢は飛んでこない。
先程までひっきりなしに飛んできていた死の一撃の気配は全くと言っていいほどに感じられず。
「ぼくちんは商運が強いんだ」
10大都市を治める大商人は自らの悪運の強さに笑った。




