第2話 逃走と追跡
■数分前 交易都市サンドヴェール クロウ・ホーク
【盗み屋】は次の瞬間には屋根の上から消えていた。
視認するのも難しいほどの速さでの移動。
そして、街の各所から連続して鳴り響く爆発音。
結界の魔道具が無効化されている。
つまり、この街は今襲撃されているということ。
(何が狙いだ)
呆けている場合ではない。
今すぐに戦線に加わるかイデアの救助に向かうべきだ。
だが、それでは駄目だと頭のどこかが警鐘を鳴らす。
優先度を間違えてはならない。
(なんでこんな大々的に動いた)
【盗み屋】は慎重なことで有名だ。
もし、欲しい異能や加護があったとしても街を襲撃する必要はない。
いつも通り隠れ潜み盗むだけでいい。
ならば、ここで動かなければならない理由があると考えられる。
(本命がある)
そう仮定すればこの大規模な襲撃は陽動でしかない。
【盗み屋】は分身する異能を盗んだ、となれば先程見たあれは分身だ。
今、このサンドヴェールで【盗み屋】が動くであろう理由は……
(1つしかない)
そう。
「──ヴァルドラーテからの使節団」
竜人国は近隣諸国との関係修復に重い腰を上げたばかり。
そのために派遣した使節団が現地で何かあれば国交の回復に大きな罅が入るのは間違いない。
(違和感はある)
【盗み屋】の動機が分からない。
これまでの法則から逸脱した動き。
何者かの依頼を受けていると考えた方がよっぽど自然だ。
(あながち間違いではない可能性があるな)
現状、サンドヴェールという都市にとっての最悪は竜人国からの使者に何かがあること。
それを期待した勢力からの依頼。
もしくは竜人族そのものが目的か。
(ユティナ! 馬鹿王子のところにいくぞ!)
(……っ! そういうことなの!?)
(わからない、が。現状それ以外の目的が思い浮かばない!)
イデアの避難を誘導するにしてもこういった時の避難場所がわからない上、他国所属の旅人である俺は何らかの要因で疑われてしまう可能性もある。
説明する時間もなければ、信用を得る方法もない。
商人の私兵や傭兵、商業連盟に所属する旅人に任せた方が結果的に混乱は少なく済むはずだ。
既に事態は動き出している。
──私を助けて欲しいです。
(まさか、こんなに早く遭遇することになるとはな)
俺は街での防衛戦に加わらないという選択をした。
ならば、迷ってはならない。
今、この時、この瞬間が分水嶺。
(気合い入れろよ)
もし俺の予想が当たっているならば、そこにいる【盗み屋】はきっと分身などではなく……
☆
□現在 サンライズホテル クロウ・ホーク
「よく、気づいたな。理由を聞いてもいいか?」
「……」
「答えず、と。あらら、無視されちまったよ。寂しいねぇ」
そう言いながら眼前にいる男は残念そうに首を振った。
(本体、か……)
なんとなく確信があった。
今目の前にいる【盗み屋】が本体という確信が。
(狙いは竜人族。ただ、殺傷ではなく誘拐と来たか。【盗み屋】の行動原理から外れた襲撃。誰かからの依頼の線が濃厚だな)
男が腰に抱えている少女は雪解けのような薄い青色の髪を肩ほどまで伸ばしていた。
そして、その側頭部からは金色の角が生えている。
彼女がもう1人の王族であるエル王女だろう。
周囲を見るも増援の気配はなし。
(俺達が最初か。サンドヴェールの上層部もすでに戦力をこちらに派遣しているはず……だろうけど、足止めされてると考えた方がいいな)
これは計画的かつ計算された大規模な襲撃作戦だ。
ならば、まずは時間を稼ぐ。
「……消去法だよ」
「お、答えてくれるのか! そうかそうか消去法か……」
会話の意思はあり。
ただ、増援がないことは状況から気づかれたか。
さっさと俺を処理して離脱する気だろうな。
(馬鹿王子が吹き飛ばされてから戻ってこない。気絶、いや強制睡眠だな)
(ええ。触れた対象を眠らせる異能でしょうね)
俺が呪物を通して中を伺った時にはグランが【盗み屋】に弾き飛ばされていた。
その前に何があったのかはわからないが、他の竜人族が外傷を負った様子もなく無力化されていることから見て眠らされたと考えるのが妥当。
(あいつのおかげで最低限は仕込めたが……)
あの時、【盗み屋】の意識は完全にグランの方へと向いていた。
そのおかげで最低限の仕込みをする余裕ができた。
相手の狙いは竜人族の誘拐だ。
故に、最優先事項は竜人族の使節団の安全。
努力目標として【盗み屋】の討伐。
(なんて圧だよ)
目の前に無造作に立っている男から感じる人を、人と思っていないような残虐性。
「よっこいせっと」
【盗み屋】はエル王女を床にゆっくり下ろし……刹那、その場から消えた。
(来る)
声がした。
「──死ね」
それは、酷く渇いた声だった。
☆
(お?)
【盗み屋】の視線の先には背後に振り向こうとする旅人の姿があった。
つまり、この速さに反応してみせたということだ。
(はっ。スキル頼りの雑魚じゃねえみてえだな)
スキルは所詮、スキルだ。
《気配感知》スキルがなくても気配を探ることはできる。
《魔法感知》スキルがなくても魔法の圧から認識することはできる。
あくまでもそれらのスキルは補助機構に過ぎない。
それを理解していない雑魚のなんと多いことか。
(だが、そんだけだ。恐れる必要もねえ。これで殺せる)
合計レベル314。
ジョブ構成は全て掌握済み。
<アルカナ>なるものの力によるものかINTとMPは大したものだ。
まともに魔法を被弾すればダメージを負うことだろう。
だが、この程度であれば速度で潰せると思考の狭間で結論を出す。
緩やかに動く旅人へ向け短剣を振るう。
空気を裂き、ただの一振りで人一人を容易に破壊しつくす一撃。
確かにこの雑魚は反応してみせたのだろう。
己の一撃に対し、体を動かし、防ごうとしている。
しかし、間に合わない。
そこにあるのはステータスの差であり、速さの差であり、意識の差だ。
それこそ、数秒先を読み予め迎撃態勢を整えてなければ到底間に合うはずもなく……
(……は?)
旅人の間に割り込んだ剣が己の一撃を受けた。
攻撃が流され軌道が僅かにずらされる。
直撃が直撃ではなくなり、周囲から同じような黒い剣が高速で迫ってくる。
(なんだ、これは……どこから湧いて来やがった)
視界がぶれる。未来がずれていく。
加速した思考、緩やかになる時間の中で【盗み屋】は見た。
目の前にいる雑魚が……旅人が冷徹な瞳で己を視界に捉えていたのを。
そこにあったのは殺意ではない。
ただ淡々と、呼吸をするように、食事をとるように、害虫を処理するような。
無機質な瞳。
(ってめぇ……)
剣が迫る。
魔法が迫ってくる。
異常なまでの発現速度と操作精度。
魔力操作、魔法師級。
否、それを即座に看破して理解した。
「魔導師級かあッ!」
【盗み屋】は吠え、旅人は魔法で応えた。
剣の形を象った魔法による剣撃を瞬時に捌く。
手甲で逸らし、短剣で弾き……弾こうとした剣が爆発。
体勢が崩れるもののしかしながら的確に流しダメージを抑える。
それこそ、この男がステータスだけではないことの証左。
高い戦闘技能によって最小の被害に抑えてみせた。
「ちぃッ!」
しかし、【盗み屋】は着地と共に忌々しげに睨みつけた。
防御行動を取らされた事実そのものが不快だったからだ。
「なんだ、随分と温いんだな」
闇の剣を周囲に展開した旅人は零す。
想像よりも温い攻撃だと。
失望と嘲笑を重ね合わせた見下すような視線。
しかし、【盗み屋】には響かない。
その煽りの狙いを理解しているからだ。
(時間を稼ぐことで自分が有利になることを理解してるな。面倒だ……)
決して魔導師級という存在を侮ることはない。
ここから先は生存重視の動きをしてくる可能性が高い上、生き残ることだけに集中し守りを固められると仕留めるのに更なる時間を有することとなる。
(あの王子様といい、つくづくこっちの予定を狂わしてくれやがる)
わざわざ付き合う必要はない。
故に、見切りは早かった。
「温くて結構」
「……っ!?」
【盗み屋】は手元に抱えた短剣を無造作に振るった。
【一振の加護】によって強化され放たれた斬撃は一直線に周囲に崩れ落ちている竜人族へ向かう。
睡眠状態であり、まともに防御もできない以上直撃すれば死ぬだろう。
当然、彼らを守るために旅人は動かざるを得ない。
「大変だな、守るものが多いのは」
防げないと判断された時点で、それらを見捨てこちらの動きをけん制してくる可能性は高かった。
そのため、敢えて威力を抑えることにより守る意義を与える。
魔法を即座に展開し守りを固めてみせたのは見事なものだ。
だが、そのわずかな隙があれば王女を回収し窓から離脱する程度、男からすれば造作もなかった。
「待て!」
「じゃあな」
【盗み屋】は戦利品を抱え崩れ落ちた窓から離脱した。
☆
外へ飛び出した男は一目散に街の方へと向かう。
ホテルの周囲は広い庭になっているため非常に目立つからだ。
「お、いたいた」
「どういうことだよ、俺。たった一匹か?」
ホテルから離脱した【盗み屋】と合流した1人の男。
それは【盗み屋】と全く同じ姿かたちを有していた。
ブランケット商会の結界の起点を破壊した後、即座に離脱してきた分身の1人。
「想定外が重なった。追手が1人、魔導師級だ。ただ、予定に変更はない。代わりに少し目立つように移動してくれ」
「わーったよ」
分身は【盗み屋】が抱えたエル王女に触れる。
「《偽の盗品》」
発動するは【大盗賊】が有する偽造スキルだ。
手で触れた対象の偽物を作り出すそれにより、等身大のエル王女の偽人形を作り出す。
「あとは手筈通りに」
「任せろ」
そのまま2人の【盗み屋】は全く別の方向へと駆けだした。
一方は若干目立つように、一方は建物の影を駆ける。
なぜなら、旅人には<アルカナ>がいる。
追跡に特化したスキルを持つ者がいれば逃走先を特定される可能性が高い。
同様に、未確認の異能や加護も警戒していた。
つまり、若干時間がかかろうとも人目につかないように死角を潜り抜けることこそが最善手なのだ。
(魔導師級だろうとここまで離れれば知覚範囲外だろ)
襲撃から5分ほどが経過した。
【盗み屋】は周囲の音を頼りに逃走経路の選別を行いするすると建物の影を進む。
【未来視の魔眼】を用いながら的確に人との遭遇を避け街を駆け抜けていく。
『ぼくちんが許可する! 【盗み屋】を! 討てえい!』
(耳障りな騒音だ)
街全体に響き渡る声を切り捨てる。
【盗み屋】の目標は既に達成された。
後はこのまま離脱するだけだ。
門の方にも己の分身が暴れているはずで陽動は十分。
見つかることなく街の外へ抜け砂漠に身を隠せば追跡は不可能。
(撒いたな)
唯一の懸念事項となっていた魔導師級の追手を撒いたという確信。
そのまま裏通りを抜けようとし……未来視の魔眼は危険を知らせる。
「な……っ!」
正面から迫る闇の剣という攻撃を。
「にいっ!」
いち早く気付けたことにより回避行動に移る。
眼前から迫る多くの闇剣に当たらぬよう急制動を掛け、壁を蹴り屋根へと飛ぶ。
しかし、それを読んでいたかのように今度は呪いの武器が空から殺到する。
(バカな! なぜこうも的確に俺の位置を!)
囮を用意し居場所を悟られないように空から見えないようにも警戒していた。
一度撒いた以上追いつかれるというのはありえないはずであり……どうやってか旅人は一直線に迫ってきていた。
「《呪爆》」
「くっ、そが!」
その爆発は牽制であり爆風による行動の制限を狙ってのもの。
背後から迫る魔法こそが本命だ。
そうはさせまいと【盗み屋】は足場に空気の壁を作り出しそれを蹴り方向を急転換。
身体を気体に変化させる異能の応用によって空中での三次元的回避に成功する。
そのまま地面に着地。
通りの中央で空を睨み上げた。
「おいてめぇ! お姫様が見えねえのかよ! 傷物にする気かあッ!」
「加減はしてるさ。当然だろ」
そこにいたのは予想通り、先程妨害してきた旅人だった。
周囲に浮かぶは10を超える魔法と10を超える呪物。
そして、全身から僅かに迸る雷。
(呪物操作による空中機動か。【死神】の真似事かよ)
【未来視の魔眼】は数秒先の未来が重なるように表示される。
当然表示されるのは数秒先までを含む視界内の情報のみ。
つまり、死角からの攻撃そのものを完璧に知覚することはできない。
また、未来を見たところでその数秒で対応できる速度がなければ無用の長物だ。
男からすればそれだけの猶予があれば次なる手を打ちだせる。
だからこそ【未来視の魔眼】は有用であり……
(だが、それを前提に動きを組み込まれているとするならば……)
【盗み屋】は気づいていた。
「さっさと置いていったらどうだ? 動きづらいだろ」
先程の追跡からの奇襲は《宝感知》で対応できる範囲を超えており、明らかに位置を認識し攻撃を放ってきていたことに。
(よりにもよって、こいつらが追跡スキル持ちかよ。運がねえなぁ……)
ジョブも、装備も、装備スキルも、全ての情報は天輪眼によって掌握している。
この旅人が持ちうる手段では例え魔導師級であろうとも一度見失った己の居場所を特定するような方法はなかった。
故に、障害となっているのは<アルカナ>だと答えを導き出した。
追跡可能距離、不明。
追跡条件、不明。
この瞬間、【盗み屋】の中での優先順位が切り替わる。
何らかの方法によって追跡される以上、逃走という手は存在しえない。
少なくとも、背後に浮かんだ銀髪の女は殺しておかなければならないのだと。
(めんどくせぇ……)
つくづくうまくいかないものだ。
竜人国の王子には妨害され。
即座に駆けつけてきた旅人は魔導師級で。
加えて、その<アルカナ>は追跡スキル持ちと来た。
「が、しょうがねえか」
【盗み屋】は王女を地面に置いた後短剣を4本取り出し囲うように地面に突き刺した。
「《強制境界》」
即席の簡易陣により結界を張る。
それは強制的に世界との境界を引く高位結界の一種であり、その結界の外郭に触れる。
「《証拠隠滅》」
そして【大盗賊】の奥義により結界は隠蔽された。
その場にはあるがしかし、世界から存在が偽装されたのだ。
この偽装スキルを解除しなければ結界を認識することも触れることすらも叶わない。
「これで満足かぁ?」
「……案外聞き分けがいいじゃないか。なにか心境の変化でもあったのか?」
アイテムボックスより取り出すは二振りの短剣。
それは先ほどの使い捨ての武器とは明確に格が異なっており……
「気にすんな。どうせお前には関係なくなるからよぉ」
【盗み屋】はこの日初めて純粋な殺意をもって双刃を構えた。
《強制境界》とは……
【高位結界術師】で習得するスキル。
強制的に世界との境界を引く高位結界の一種であり物理的な耐性にも優れている。
《証拠隠滅》とは……
上級職【大盗賊】の奥義。
証拠を隠滅するスキル。
効果は世界に対する認識阻害効果であり、付与された対象は誰にも認識されることができなくなる。
《看破》やその他高度な解析系スキルであれば見破ることが可能。
生物に効果を付与することはできないが【盗み屋】は結界を外郭とすることで疑似適用した。
効果時間及び偽装効果の強度は使用者の合計レベル並びに【盗賊】系の合計スキルレベルに依存。




