第13話 べっこう飴の紹介
□王都ルセス 中央広場 クロウ・ホーク
「クロウさん。本日はよろしくお願いいたします。ユティナさんも先日は失礼いたしました」
「ああ、よろしく」
「私こそお礼を言えずにごめんなさいね」
「いいえ。早とちりして飛び出した私が悪いので気にしないでください。それではこちらへどうぞ」
べっこう飴の誤解はすでに解けている。
彼女から連絡があり、装備の更新について話があると言われたので集合場所に向かったのだが。
「ここは、服屋?」
「はい、私の師匠が経営している店です。裏から入りますのでついてきてください」
大通り沿いにある大きな店だ。
べっこう飴に導かれるままに店の裏に移動し、中に入っていく。
何人かの店員とすれ違うが、気にした様子はない。
「あの後少し調べましたが、【マグガルム】は現在の私では扱えない素材でした」
「そうなのか?」
「はい。装備を作れはしますが、知識と経験が足りないので本来の性能より確実に下がります。スキルで作るにしても、レシピを用いるにしても、上級職にならないと作れません。りんご飴先輩に頼まれた手前、半端なことはしたくないので」
どうやら、マグガルムの素材で作る装備は少し上位に位置しているようだ。
「これから会うのは服屋ネーエライの店主のバーティ。私の師匠です。積極的に弟子を取ることで有名で、私たちのような服飾系や鍛冶系のジョブのプレイヤーはとりあえず彼に弟子入りすることを目標に始まります」
「1人でか? キャパオーバーしそうだな」
「アポを取るには鍛冶ギルド、もしくは服飾系の納品クエストを一定以上達成して、仲介料金も取られますよ。そこから予定が合えば面談して弟子になるか判断されます。ただ、基本的にだれでも弟子に取るみたいですね。ジョブクエストを受けるときには彼に頼むのが一番おいしいと言われているそうです」
クエストという名の雑用をいろいろ持ってきてくれるのだそうな。
経験値も難易度に対して美味しいらしい。
少しお金と時間はかかるが、結果的に近道になるのか。
「あくまで顔合わせの場をセッティングしただけですので、交渉はお願いします」
そのままべっこう飴に導かれるように、俺は店の中を進んでいった。
☆
「べっこう飴! なんだその男は! 弟子は全員等しく俺の娘であり息子だ! 一人前として巣立つまで絶対に結婚など許さんぞ! ましてや、娘というものがありながら他の女性も侍らせているなど! 経済力はいかほどか! 2人を娶っても問題ないんだろうな!」
その男は俺のことをみるや開口一番にらみつけてきた。
どうやらべっこう飴の交際相手と勘違いしているようだ。
父親としての圧を感じる。
……父親?
「違います! 先日相談した【マグガルム】の装備の依頼についてです!」
「私は<アルカナ>のユティナよ」
べっこう飴がかき消されないように声を上げ、ユティナも補足するように否定すると、男は納得したような顔を浮かべた。
「なんだ、依頼人か! ならば早くそう言え! 花嫁姿を見るのが楽しみで夜も眠れなくなるところだっただろ! ユティナもすまない。俺の勘違いだったようだ!」
まだ出会って一分も経っていないが、すでに濃い。
身長は190センチを超えているだろう。
ただ、そのガタイとは裏腹にかわいらしいピンクの店員エプロンを身に纏っている。
「ならば青年よ! 名を名乗れ!」
「はい! クロウ・ホークです親方!」
男と視線と視線が合わさる。
目は逸らさない。
「……」
「……」
「よし、合格だ。お前は今日から俺の弟子だ! 息子を名乗るがいい!」
「ありがとうございます!」
やったぜ。
「弟子取りの面談でもありません! クロウさんもややこしくなるので悪ノリしないでください!」
☆
「【マグガルム】の素材か、俺の元に来るのは久しぶりだな」
「そうなんですか?」
男は舐めるように、毛皮を見ていた。
その目は真剣そのものだ。
「ネビュラにも腕のいい鍛冶師や裁縫師は多くいるからな。わざわざ遠く離れた俺の元へ来る方が少ない。来ても、俺以外の職人が担当して終わりなことも多い。あとクロウ、お前は俺の息子だ。もっと砕けた口調で構わんぞ。パパと呼んでくれてもいい」
「バーティさん」
そう呼ぶと、しゅんと小さくなった。
ごめんて。
「……それで、クロウよ。俺に一体何を望む」
彼の眼がどこか鋭さを帯びる。
ここからが交渉の時間ということか。
「この素材を使って防具の作成を依頼したい」
すると、バーティの視線がさらに鋭くなった。
「俺はこれでも、この王都の激戦区で生き延びてきたプライドというものがある。今でこそ後進の育成に注力しているが、俺の作った装備を求めている連中は山ほどいるんだ。この意味が分かるか?」
王都の中でも大通りにあり、貴族街に近い区画にこの店は構えていた。
店員も多くそれだけの人気店であり、信頼と実績があるということだ。
つまり、俺程度の依頼を受けるような時間はないということか。
ただ、頭ごなしに否定をするわけでもない。
どうやら、ここでもなんらかのクエストを交換材料に達成することになるかも……
「その仕事、承った!」
「いいのかよ!?」
さっきの問答の意味は!?
「当然だ! 俺はやる気で仕事を選ぶ。この素材を見て、俺のやる気は天井知らずだ!」
バーティは熱くこぶしを突き上げた。
「なぜ、というような顔をしているな」
彼は俺の顔を伺うように話を続ける。
「いいかクロウ。旅人のお前には実感が湧きづらいだろうが、死んだら終わりではないのだ。死してなお、残したものには意思が宿る」
「意思?」
「そうだ。どんな生きざまだろうと、どんな死にざまだろうと、死んだらみな同じというのは寂しい考え方だ。俺はそんなの絶対に認めやしない」
職人としての考え方、持論なのだろう。
彼なりの基準があるようだ。
「その点この素材は最高だ。どこまでも生命力に満ち溢れ、死にざますらも満足のいくものだったのだろうと感じさせられる素材だ。この【マグガルム】はお前が倒したものだな!」
嘘をつく理由がない。
「そうだ、俺たちが倒した」
「強かったか?」
「この世界で今まで戦ってきたどんな相手よりも」
【マグガルム】は強敵だった。
少し歯車が狂えば、負けていたのは俺達の方だっただろう。
「そうだ。俺にはわかる。モンスターは確かに人類にとっての宿敵だ。生存競争として殺しあう運命にある。だからこそ、生きとし生けるものとして、敬意をもって殺しあったならば、勝者となったものは敗者の全てを喰らわなければならない。クロウ、お前はこの【マグガルム】を糧としなければならないのだ」
バーティの言葉に熱がこもる。
物理的な熱さすらも感じるような気迫だ。
「俺はこのナイトウルフに敬意を表したからこそ、その勝者であるクロウ・ホークの防具を作ることをゆめゆめ忘れるな!」
「おう!」
「それでは依頼料20万スピルになります」
「20万スピル!?」
べっこう飴が驚愕の声を上げた。
現実準拠で200万円と言っているに等しいからだろう。
まぁ、向こうの常識をこちらの世界に当てはめるものではないのだが。
「それはそれ、これはこれだ。俺は仕事を自分で選ぶ。取るべき料金もきっちり取る! 法外な値段というわけでもない。俺の実力と、この素材にこもった魂。最高の仕事ができると確信している、ゆえに息子と娘の顔に免じて割引し20万スピルぽっきりだ! 他に防具に必要な素材の持ち込みもないのであろう?」
それは嘘ではないのだろう。
そして、防具とは本来命を守るためのものだ。
命の値段といってもいい。
であれば、それにこたえるのも俺の仕事だ。
「クロウ! 今こそ使うときよ」
「ああ、俺たちのほぼ全財産だ持っていけ!」
「その漢気! 潔し! ならば、俺も全力をもってこの仕事にとりかかろう。他の依頼との兼ね合いもありますので2日後以降に改めてお越しください……以上事務対応終わり! よーし、息子のためにパパ頑張っちゃうぞ!」
「はぁ……まぁ交渉が上手くいったのなら良かったです」
べっこう飴はほっと息を吐く。
そして、バーティは一枚の紙を取り出した。
「これは?」
「簡易契約書だ! 俺が不当にアイテムを横に流さないように、また何かしらの負債があった際には補填するといったものだ! ギルドに登録している職人は仕事を受けた際、契約書の発行が義務付けられる。契約の神が施行したものほどの強制力はないが、十分な抑止力になるものだ」
簡単に中身を読んで問題ないことを確認した後サインをする。
このまま俺が持っておけばいいらしい。
「クロウ、最後の確認だ。この素材を使って上下の防具は作れるが、武器は作らないでいいのだな。スピルがなさそうではあるが、ツケでも問題はないぞ」
「ああ。とりあえず牙や爪は残す方針なんだ。毛皮と雷毛で頼む」
「うむ、ならばよし。相当に強い個体だったのだろう。素晴らしい装備ができるぞ、この俺に任せておけ!」
バーティは力こぶしを作りそのまま振りあげた。
頼もしいことである。
☆
店を出る。
これで、俺がルセスでやる予定だったことがほとんど終わった状態だ。
あとは完成するのを待てばいい。
「べっこう飴、助かった」
「私は先輩に頼まれたからであって、別に何かをしたというわけじゃ……」
「それでもだ」
「……」
ほとんど交流がない俺のためにわざわざあの場をセッティングしてくれたのだ。
「この借りはいつか必ず返す。なにか本当にどうしようもないほどに困ったことがあったらりんご飴経由でもいいから相談してくれ。ま、よく知らない相手には頼みづらいだろうけどな」
「なんですか? 口説いてるんですか。私にはりんご飴先輩という心に決めた人がいるので……」
「いや、ゲーム内のプレイヤーに恋愛感情とか口説くとかないだろ」
「……ああ、そういうタイプの人でしたか」
俺は恋愛のトラブルで過去に6回自分の所属していたグループ、クランやギルドが知らない間に崩壊した経験がある。
基本ソロで活動していたのもあるが、いつの間にかチャット欄が修羅場を迎えいつの間にか取り返しのつかない崩壊をしていることがままあった。
VRゲームが世に出るよりも前の頃の話だが、ゲームで恋愛に現を抜かした者の末路は嫌というほど知っている。
俺は硬派な男なんだ。
「今はその言葉を信じましょう。それでは、私は失礼いたします。他のクランメンバーも暫くは思い思いに過ごしているのでクランホームはある程度ならご自由にお使いいただいて構いません。先輩も許可を出していますしね」
クランホームで他のメンバーに合わないと思ったが、やはり気を使ってくれていたようだ。
「りんご飴先輩のこと、よろしくお願いします。たぶん、はじめてこういうゲームで勝ちに行こうとしてるので……」
ん、これは……。
「ちなみに、りんご飴が上位を目指してる理由を知ってたりするか?」
「何を言ってるんですか? クランの名前を広げるために決まってるでしょう。ここで上位に入っておけば今後の活動がしやすくなりますし」
「ああ、うん。そうだな」
「……? では、私はこれで」
それだけ言い残しべっこう飴はそのまま去っていった。
「……なるほどなぁ」
管理AIとの会話の権利だけでりんご飴があそこまで本気になるのかと思ったが、どうやら後輩? にいい所を見せようとしている部分もあったようだ。
他のメンバーを呼び込んだ側としての責任感もあったということだろう。
彼女らなりの信頼関係というべきか、りんご飴もいろいろ考えたうえでイベントに臨んでいたらしい。
「ずっと警戒されていたわね」
「まぁ、同じ立場なら俺でも警戒するだろうな」
プレイヤーネーム、べっこう飴。
ルクレシア王国の商売部門、現在211位。クエスト部門412位。
全体では1500位付近にいるが、りんご飴がまだ6000位あたりをさまよっているのを見れば十分上位に位置していると言えるだろう。
つまり、彼女はりんご飴と異なり生粋のゲーマー気質のプレイヤーだ。
メリナや俺の考え方をりんご飴よりかは理解してしまっているのだろう。
彼女がりんご飴の協力に回っていない理由は……メリナと俺の存在だろうな。
これ以上はりんご飴にとって過剰になってしまう。
「クエスト部門の立ち回りはべっこう飴に任せるつもりか」
おそらく、俺の仕事自体そろそろ終わるはずだ。
結局立ち回りや基礎知識の補強が目的なので、あと2、3日もすれば済むのである。
「とりあえず、2日後だな……お?」
少し考え込んでいたらりんご飴から疑問をまとめたメッセージが来た。
「あー、他に売り出されてないアイテムの値段設定についてね」
俺は返事を書きつつ、装備の完成に期待に胸を膨らませながらポイントを稼ぐためユティナとともにそのまま街へと繰り出した。




