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Majestic Floraison -マジェスティック・フロレゾン-  作者: 飴山
3章 le camélia sasanqua
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32/33

ep.32 ない




 金がない。金がないのである。


 麓をあとにした二人は、山から遠く離れた町までたどり着いていた。

 このあたりでは最も栄えている町のようで、大通りには多くの人が行き交い、軒を連ねる店々も活気に満ちていた。


 しかしそんな賑わいを楽しむ余裕など、いまのノアには微塵も残されていなかった。

 町の活気とは裏腹に、その顔には隠しきれない疲労の色が浮かんでいる。


 なにしろ、金がないのである。


 いくら龍との死線をくぐり抜けたからといって、それで懐が暖まるわけでもない。

 だんだんと軽くなっていく財布に、足取りはますます重くなるばかり。


 そもそも村を出た時、ひとり分の資金しか受け取っていないのである。往復分とはいえ、贅沢出来るほどの額でもない。ローズの分の宿代やら何やらまで払っていては、底をつくのも時間の問題だった。というか尽きかけている。


 そのうえ、ローズは馬鹿みたいによく食べる。

 おかげで手元の金はみるみるうちに減っていく。

 このままでは野垂れ死ぬか、どうにかして金を稼ぐしかない。

 少なくとも今の手持ちでは、帰ることも先へ進むこともできないのは確かだった。


 二人は町へ着いて早々、まず宿にあの剣と荷物を置くと、身軽な格好で町へと繰り出していた。あの剣を背負いながらうろつくのは流石に気が引けたからだ。


 しかしながら身体が妙に重い。

 本来しなくて良いはずの苦労が、肩にずしりと重く伸しかかっている。


 気もそぞろに通りを歩いていたノアは、ふと、店先の壁へ目を向けた。


 ノアの目に、一枚の貼り紙が留まった。


 ノアは思わず立ち止まり、ずいずいと先をゆくローズの服を掴んでいた。

 不意に服を引っ張られたローズは、ぴたりと足を止めて振り返る。


「……おい」


 ノアはその紙に向かっておずおずと指をさした。


「………ここで働くぞ」


 指の先を追うように、ローズも自然と目を向ける。


 そこには、『急募! 店内スタッフ募集!!』と書かれた紙が貼り出されていた。






 ◇






 店内は、外から見るよりもいくらか華やかな雰囲気に包まれていた。


 壁はくすんだ黄緑色で彩られ、淡い黄色や白の小花と葉をあしらった模様が一面に広がっている。

 天井から吊り下がった丸みを帯びた照明が、壁や床を柔らかく照らしていた。


 内装に特別派手な装飾が施されているわけではない。だが、古びた鏡や飾り額、曲線を描く家具などが控えめに配され、どこか古めかしく、それでいて洒落た空気を醸し出していた。


 そして何より目を引くのは、壁際を埋めている色彩豊かな服の数々。

 ブラウスやスカート、コートにドレスなど大小様々な衣服がハンガーに掛けられ、所狭しと並んでいる。

 さまざまな色や柄の布地が隣り合っており、それらは店内を幾分にも華やかに見せていた。


 加えて中央の台にも、帽子や装飾品といった小物がずらりと並んでいる。

 あれこれと品が置かれているのに不思議と雑然さはなく、色や形の違いさえもひとつのまとまりとして店内に馴染んでいた。


 客たちはまるで宝ものでも探すように、気になった品を手に取っては、一緒に来た相手と顔を寄せ、楽しげに言葉を交わしている。鏡の前では服を身体に当てながら、あれこれと思い悩んでいる人の姿もあった。


 店員も忙しそうにあちこちを行き交っている。穏やかな話し声に混じって、ハンガーの当たる音や慌ただしい足音が絶えず響いていた。


 田舎町の服飾店としてはなかなかの広さで、一階だけでも相当な数の品が揃っている。さらに奥には上階へ続く螺旋階段があり、その先にも売り場が続いていた。

 三階まである店内には、普段着から少し洒落た外出着まで、町で暮らす人々が求めるものがひと通り揃っているようだった。


 この近辺で服を買おうと思えば、まず名前が挙がる店なのだろう。

 客の出入りが途切れる様子はなく、店の中は常にほどよい賑わいを見せていた。






 そして今。


 通りに面した店先で求人の貼り紙を見つけた二人は、早速店を訪れると、店長と名乗る女に連れられて店の奥へと案内されていた。


 女の唇には、ひときわ目を引く真っ赤な口紅が引かれている。その鮮やかな色が、彼女の気の強そうな雰囲気をいっそう際立たせていた。


 女は一枚の紙を手に、二人の姿と見比べながらひとしきり悩んでいたようだったが、やがてその赤い唇を開くと、


 ローズの顔を指して「合格」

 ノアを指して「……………ギリ合格」と告げた。


「なにをもって!?!!」


 狼狽えるノアをよそに、女は続けて口を開く。


「明日、開店の一時間前───午前九時に来て頂戴。遅刻は問答無用でクビよ。わかった?」


「……は、はあ……」


 なんだか強気で、有無を言わさず話を押し進める強引な女に、ノアは不安げに返答するのだった。











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