ep.30 振り返る道
ノアが再び目を覚ますと、外はすっかり日が傾き、部屋の中は薄暗くなっていた。
「まだあの龍のことは記事になっちゃいねえようだが、そのうち必ず公になる。
あの力と龍に何の関係があるのか、まったく見当もつかねえが……。
お前ら、気をつけろよ。軍の連中に捕まりでもしたら厄介だ」
「捕まったら……どうなるの?」
少年がおそるおそる疑問を口にする。
「ケツん中まで調べ尽くされて、一生軍に飼い殺されて終わるだろうな」
男のその言葉に、ノアと少年は青ざめた顔で咄嗟に手を取り合った。震える身体を互いに抱き寄せる。
「奴らに嗅ぎつけられる前に、ここから早く離れたほうがいい。明日にでも此処を出るんだ。分かったな?」
ノアは少年を抱きしめたまま、こくこくと頷く。
「…………あー、でも」
そう言い淀んだあと、少し間を置いてノアはローズへ視線を向けた。
「俺はいいとして、ローズは怪我、まだ治ってねぇんじゃねえの」
ノアの言葉を受け、ふたりの視線もローズへ向いた。
ベッドの足元近くにぽつんと立っていたローズは、突如集まった視線にきょとんと目を瞬かせていた。
それから、手に巻かれた包帯をするすると解いていく。
「……大丈夫! もう治った!」
そう言って、ローズは何でもないことのように両手を見せつけたのだった。
手のひらには、傷口こそ塞がっているものの、痛々しく焼け爛れた痕がうっすらと残っていた。
◇
一夜明け、麓は清々しいほどの朝を迎えていた。
ひとまずノアの剣は、収められるような鞘もないため、包帯を幾重にも巻きつけて携えることになった。
包帯でぐるぐる巻きになった剣を、不思議な気持ちで背負う。
結局、この剣がどこから現れたのかは分からないままだった。
あの場の誰かが落としたものだと当初ノアは思っていたのだが、ふたりに尋ねても、剣の存在には心当たりがないという。
一体どこから現れて、なぜ自分の手の中に存在していたのか。いくら頭を捻っても、皆目見当もつかないのだった。
「嬢ちゃんも、ほら」
男がローズの前に剣を差し出した。
ローズは一呼吸置いてから、わずかに躊躇うようにしてその剣を受け取った。
家の裏手に広がる山々を、ノアは静かに見上げる。
山の先を見つめていると、嫌でもあの凄惨な事件を思い起こさせる。
あの日、龍に襲われ、幾人もの命が奪われた。
麓に点在していた彼らの家々は、いまや住む者を失い、ただの空き家と化している。人の気配が消え失せた集落には、どこか割り切れない虚しさが漂っていた。
今も山に残されたままの遺体は、男の傷があと少し癒えたところで、あの場に埋葬するつもりなのだという。
木枯らしが、家々の間を吹き抜けていく。
ほんとうに、これで終わりだろうか。
何か霧に包まれたような、どこか釈然としない感覚が残る。
あの龍は紛れもなく、あの町を襲った龍に違いなかった。
しかし、だからといって、これで完全に脅威が去ったとはどうにも思えない。確たる証拠こそないが、嫌な予感が拭えないのだ。また別の惨劇が起きないという保証はどこにもないのである。
龍の出現。不可思議な力。そして、死んだはずの身体。
ただの偶然で片づけるには、あまりにも重なりすぎている。
この先に、何が待っているというのだろう。
ノアは静かに、遠くそびえる塔の先を振り返った。
胸の奥が、ざわざわと落ち着かない。
ノアは無言のまま、ただじっとその光景の前に立ち尽くしていた。
「お兄ちゃん」
少年の声が耳に届き、ノアは遠くへ向けていた視線をはっと戻した。
すぐ先で、少年が不安そうにノアをじっと見つめている。
ノアは冷え切った空気を肺いっぱいに吸い込み、ゆっくりと息を吐き出すと、少年のもとへ小走りで駆け寄った。
少年の頭を思い切りわしゃわしゃと撫で回す。
「じゃあな、元気でな」
お兄ちゃんも、という声にふっと口元を緩ませながら、塔に引き寄せられるようにして、ノアはローズと共に家をあとにするのだった。




