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30/33

ep.30 振り返る道



 ノアが再び目を覚ますと、外はすっかり日が傾き、部屋の中は薄暗くなっていた。


「まだあの龍のことは記事になっちゃいねえようだが、そのうち必ず公になる。

 あの力と龍に何の関係があるのか、まったく見当もつかねえが……。

 お前ら、気をつけろよ。軍の連中に捕まりでもしたら厄介だ」


「捕まったら……どうなるの?」


 少年がおそるおそる疑問を口にする。


「ケツん中まで調べ尽くされて、一生軍に飼い殺されて終わるだろうな」


 男のその言葉に、ノアと少年は青ざめた顔で咄嗟に手を取り合った。震える身体を互いに抱き寄せる。


「奴らに嗅ぎつけられる前に、ここから早く離れたほうがいい。明日にでも此処を出るんだ。分かったな?」


 ノアは少年を抱きしめたまま、こくこくと頷く。


「…………あー、でも」


 そう言い淀んだあと、少し間を置いてノアはローズへ視線を向けた。


「俺はいいとして、ローズは怪我、まだ治ってねぇんじゃねえの」


 ノアの言葉を受け、ふたりの視線もローズへ向いた。


 ベッドの足元近くにぽつんと立っていたローズは、突如集まった視線にきょとんと目を瞬かせていた。

 それから、手に巻かれた包帯をするすると解いていく。


「……大丈夫! もう治った!」


 そう言って、ローズは何でもないことのように両手を見せつけたのだった。


 手のひらには、傷口こそ塞がっているものの、痛々しく焼け爛れた痕がうっすらと残っていた。





 ◇





 一夜明け、麓は清々しいほどの朝を迎えていた。


 ひとまずノアの剣は、収められるような鞘もないため、包帯を幾重にも巻きつけて携えることになった。


 包帯でぐるぐる巻きになった剣を、不思議な気持ちで背負う。


 結局、この剣がどこから現れたのかは分からないままだった。

 あの場の誰かが落としたものだと当初ノアは思っていたのだが、ふたりに尋ねても、剣の存在には心当たりがないという。


 一体どこから現れて、なぜ自分の手の中に存在していたのか。いくら頭を捻っても、皆目見当もつかないのだった。


「嬢ちゃんも、ほら」


 男がローズの前に剣を差し出した。


 ローズは一呼吸置いてから、わずかに躊躇うようにしてその剣を受け取った。



 家の裏手に広がる山々を、ノアは静かに見上げる。

 山の先を見つめていると、嫌でもあの凄惨な事件を思い起こさせる。


 あの日、龍に襲われ、幾人もの命が奪われた。

 麓に点在していた彼らの家々は、いまや住む者を失い、ただの空き家と化している。人の気配が消え失せた集落には、どこか割り切れない虚しさが漂っていた。

 今も山に残されたままの遺体は、男の傷があと少し癒えたところで、あの場に埋葬するつもりなのだという。


 木枯らしが、家々の間を吹き抜けていく。


 ほんとうに、これで終わりだろうか。

 何か霧に包まれたような、どこか釈然としない感覚が残る。


 あの龍は紛れもなく、あの町を襲った龍に違いなかった。

 しかし、だからといって、これで完全に脅威が去ったとはどうにも思えない。確たる証拠こそないが、嫌な予感が拭えないのだ。また別の惨劇が起きないという保証はどこにもないのである。


 龍の出現。不可思議な力。そして、死んだはずの身体。

 ただの偶然で片づけるには、あまりにも重なりすぎている。


 この先に、何が待っているというのだろう。


 ノアは静かに、遠くそびえる塔の先を振り返った。

 胸の奥が、ざわざわと落ち着かない。


 ノアは無言のまま、ただじっとその光景の前に立ち尽くしていた。


「お兄ちゃん」


 少年の声が耳に届き、ノアは遠くへ向けていた視線をはっと戻した。

 すぐ先で、少年が不安そうにノアをじっと見つめている。


 ノアは冷え切った空気を肺いっぱいに吸い込み、ゆっくりと息を吐き出すと、少年のもとへ小走りで駆け寄った。

 少年の頭を思い切りわしゃわしゃと撫で回す。


「じゃあな、元気でな」


 お兄ちゃんも、という声にふっと口元を緩ませながら、塔に引き寄せられるようにして、ノアはローズと共に家をあとにするのだった。





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