ep.28 心染む
「んだこれ人参とじゃがいもにしか見えねえ…」
ノアは地面に描かれた雑な絵を見つめながら、呆れたように呟いた。
先ほどからローズによる熱心な説明を受けているのだが、内容がまったく頭に入ってこない。
「だから、こうやって周りがぜんぶ真っ暗になって、それで塔がすぐ目の前に現れて、塔から手がたくさん出てきたんだって…!!!」
ノアの隣では、同じように屈んだローズが木の棒で何度も地面の絵を小突いている。
その抽象的な絵もさることながら、ローズの口から語られる内容があまりに支離滅裂なので、それらはノアの頭を経由することなく耳から耳へとすり抜けていくのだった。
「……ごめん、何を言ってんのかまったく分からん」
「それで、手がノアのほうに伸びてって………」
ローズはそのときの光景を思い浮かべるように声を落とした。
「……………ノアって、塔のひとなの?」
「んだよそれ! そもそも俺は塔どころか、中央にすら行ったことねえよ!」
ノアの反応なぞ意に介さず、ローズは腕をさすって顔を青ざめさせた。
「あの手がノアにあの剣を置いてったんだ……」
「やめろよ。気持ちの悪いこと言うなよ」
ノアはローズの横顔へ向け、心底嫌そうに吐き捨てた。
ローズから視線を外そうとしたその時、ふと、視界の端に塔が映りこんだ。
導かれるようにして、ノアはおもむろに顔を上げる。
ローズの姿越しに、塔が天高く聳え立っていた。
今日のようによく晴れた日には、その姿をひときわ鮮明に見ることができる。
それにしても、これほど遠く離れた地からでもはっきりと目にする事できるというのは、改めて不思議なものである。
澄みきった空に伸びゆく塔を、ノアはまじまじと仰ぎ見ていた。
あまりに日常に馴染んだ景色なので、普段は別段疑問に思うこともない。しかし今日は、やけにその姿が目についた。
というのも、五日ぶりに目が覚めてからずっと、心が塔に惹かれているような、そんな気がしてならないのだ。
崖の上から深淵を覗き込んだとき、得体の知れぬ何かに体ごと引っ張られ、そのまま闇の底へと引きずり込まれてしまいそうな───そんな引力にも似た感覚に襲われるのである。
「おーい、こんなとこ呼び出して、なんだってんだよ」
と、ノアがぼうっと塔を眺めていると、よく通る太い声が空に響いた。その声に、ノアははっと我に返る。
振り返ると、男と少年がこちらへ向かってきていた。
男はノアのすぐ近くまで歩み寄ると、一振りの白銀の剣を目の前に差し出した。
ずっと見つめていると、底知れぬ美しさに魂ごと奪われてしまうになる。そんな不思議な魅力を秘めた剣。
まるで吸い寄せられるように、ノアはそっとそれを受け取った。
「……一度、試したいことがあるんだ」
ノアは白銀の剣に目を落としたまま、そう口にしていた。




