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履歴の中の記憶の欠片

放課後。


 あたしは麻友と一緒に、親衛隊の定例会へ出席した。


「今日は一言も喋らなくて大丈夫です」


 事前に麻友からそう言われている。


 とりあえず今日は、定例会がどんなものなのか見て、雰囲気を覚えてほしいらしい。


「本日の定例会を始めます」


 視聴覚室の黒板前。


 机が二つ並べられ、そのうちの一つへ座るよう麻友に促された。


「…………」


 視聴覚室は、三クラス合同の授業にも使えるほど広い。


 なのに。


 その広い室内が。


 人でびっしり埋まっていた。


 後ろの壁際には、立っている人までいる。


「……すごい人数だね」


 思わず、隣に座る麻友へ小声で耳打ちする。


「これでも隊員の一部ですよ」


「…………」


――一部?


 あたしは改めて室内を見回した。


 これで一部。


 一体、全部で何人いるんだ。


「では、最初の議題です」


 麻友が前を向いたまま進行を始める。


「『葛葉様への不正コンタクトについて』。三年、特攻隊長の本多結衣さん。お願いします」


「はい」


「――!」


 本多結衣。


 今日、麻友から聞いたばかりの名前だ。


 元・次期隊長候補。


 バラ革命であたしと対決し。


 現在は特攻隊長として、あたしを支えているという。


 つまり。


 元ライバルにして。


 現・腹心の部下。


――腹心の部下って。


 改めて考えると。


 あたし、本当に何様なんだろう。


 本多先輩が席を立った。


 愛くるしい顔立ちの、可愛らしい女の子だ。


 けれど。


 口から出てきた言葉は。


 少しも可愛らしくなかった。


「最近、再び親衛隊を通さず、葛葉様へ直接コンタクトを取ろうとする者が増えています」


「…………」


「次に同様の行為をした者が出た場合」


 一拍。


「見せしめにすべきだと思います」


「…………」


――見せしめ!?


「み、見せしめって……」


 さすがに聞き流すのが怖い。


 犯罪につながるようなことだったらどうしよう。


 あたしは麻友へ顔を寄せた。


「具体的に何するの?」


「除隊処分ですね」


「…………」


「それに加えて、半年間の情報提供停止」


「情報提供?」


「葛葉様に関する情報です」


「…………」


「あと、ポスターやブロマイドなどのグッズ購入も禁止です」


「…………」


――ああ。


 犯罪ではない。


 それなら。


 まあ。


 いい……のか?


 しかし。


 そんなものが本当に罰になるのだろうか。


 そう思って周囲を見回してみる。


「…………」


 隊員たちは。


 全員。


 息を呑んでいた。


 中には。


 青ざめている子までいる。


――効果。


 絶大らしい。


「それから」


 本多先輩が続ける。


「他校のクズハリストの中にも、最近、行儀の悪い者が増えています」


「…………」


「その点について、今後どのように対応していく予定なのか教えてください」


 本多先輩の問いに。


 麻友は間髪入れず答えた。


「現在、他校との親衛隊合同会議の開催を検討しています」


「…………」


「各校からは賛成の意見が多く、今月中には日程の調整がつく見込みです」


「わかりました」


 本多先輩が頷く。


「その会議には、私も参加を希望します」


「理由をお願いします」


「当校で行っている隊員管理や違反者への処分について紹介し、他校でも参考にしていただきたいと考えています」


「承知しました」


 麻友も大きく頷いた。


「…………」


――ええと。


 これ。


 本当に。


 高校生がやってる会議だよね?


 会話が本格的すぎる。


 全員。


 真剣すぎる。


「…………」


 あたしは。


 その場の圧に押され。


 ただ。


 固まっていた。


◇ ◇ ◇


「それでは」


 いくつかの議題が終わり。


 麻友が立ち上がった。


「本日は、風邪気味の隊長に代わりまして、私が締めさせていただきます」


「…………」


――風邪気味。


 そこで初めて。


 今日あたしが一言も話さなくていい理由を理解した。


――なるほど。


 そういう設定だったのか。


 今さらだけど。


 くしゃみの一つくらい。


 しておいたほうがよかっただろうか。


 先に言ってくれれば。


 鼻をかむふりくらいしたのに。


「大村葛葉親衛隊は、現在百名を超える規模となり、他校の生徒も多数在籍しています」


 麻友の声が。


 広い視聴覚室へ響く。


「葛葉様の周囲の秩序を守るためには、隊員一人一人の自覚と強い意志が必要です」


「…………」


「各自、改めて自身の行動を振り返り、葛葉様の平穏な学校生活を守りましょう」


 一拍。


「それでは、本日は解散!」


「「「はいっ!!」」」


 ガタンッ!


「――!」


 一斉に。


 椅子を引く音。


 全員が同時に立ち上がり。


 頭を下げる。


「…………」


 若い女子高生が百人近く。


 同じ動きで。


 礼。


――綺麗な軍隊みたい。


 あたしが。


 ぽかんとその光景を眺めているうちに。


 初めての定例会は。


 終わった。


***********************


 会議が終わったあと。


「ねえ、麻友」


「はい」


「この定例会って、昔からこうだったの?」


「いいえ」


「え?」


「今の形を作ったのは、糸崎隊長ですよ」


「…………」


――またあたしか。


「具体的には?」


「まず、隊員から議題を募集する仕組みを作られました」


「うん」


「それについて、全員で討議する時間を設けました」


「…………」


「発言は誰でも自由です」


「へえ」


「ただし」


 麻友が人差し指を立てる。


「他人の意見を頭ごなしに否定することは禁止されています」


「……それも、あたしが?」


「はい」


「…………」


「違う意見を述べる場合は、『それは違う』ではなく、『別の見方として』発言すること」


「…………」


「それも、隊長が決められました」


「…………」


――七か月のあたし。


 一体。


 どこを目指していたんだろう。


 親衛隊なのに。


 妙に民主的だ。


 しかも。


 それなりに。


 ちゃんとした組織になっている。


「…………」


 ますます。


 わからなくなった。


 四月までのあたしと。


 七か月後のあたし。


 どうして。


 こんなにも。


 違うんだろう。


◇ ◇ ◇


 寮へ戻ると。


 あたしはすぐに部屋の中を探し始めた。


「日記……ない」


 机の引き出し。


 本棚。


 バッグの中。


 日記でも。


 手帳でも。


 ブログでも。


 何でもいい。


 七か月間の自分が。


 何をして。


 何を考えていたのか。


 知りたかった。


「…………」


 けれど。


 考えてみれば。


 四月までのあたしは。


 日記なんて書いていなかった。


 ブログもしていない。


 そもそも。


 毎日何かを書き残すほど。


 マメな性格でもない。


「……ないよねぇ」


 当然。


 何も見つからなかった。


「じゃあ……」


 一拍。


「携帯」


 メールなら。


 何か残っているかもしれない。


 ベッドへ腰掛け。


 携帯電話を開く。


 まず。


 一番新しいメール。


『明日、定例会ですね。視聴覚室を予約してあります。参加者は会員全体の三分の二程度になりそうです』


 送信者。


 麻友。


 そして。


 七か月後のあたしが返したメール。


『了解しました』


「…………」


 短い。


 驚くほど。


 普通だ。


 しかも。


 送られてきたのは。


 昨日。


「…………」


――少なくとも。


 昨日。


 何か大事件があったようには。


 見えない。


 そこから。


 古いメールを遡ってみる。


 麻友。


 親。


 知らない隊員たち。


 学校関係。


「…………」


 でも。


 七か月の記憶が戻るような。


 決定的なものは。


 何もない。


「ダメか……」


 メール画面を閉じようとして。


 ふと。


 思いついた。


「着信履歴……」


 メールがなくても。


 電話なら。


 誰と連絡を取っていたのか。


 わかる。


「…………」


 履歴を開く。


 親。


 麻友。


 何人かの知らない名前。


 そして。


「…………」


 指が。


 止まった。


「大村……葛葉」


 そこに。


 見慣れた名前があった。


「…………」


 七か月前。


 あたしは。


 大村葛葉の電話番号なんて。


 知らなかった。


 それどころか。


 話したことすら。


 なかった。


 なのに。


 履歴を見ると。


 頻繁というほどではないけれど。


 定期的に。


 電話をしている。


 掛けた日も。


 掛かってきた日も。


 両方ある。


「…………」


――親衛隊長だから?


 そう考えれば。


 おかしくはない。


 でも。


 今日の葛葉の態度を思い出す。


『待ってよ、杏』


『相変わらず、こんなところに逃げてきてるんだね』


『また明日ね』


「…………」


 あれは。


 ただの。


 親衛隊長に対する態度だったんだろうか。


 葛葉は。


『杏』


 と。


 ひどく自然に。


 あたしの名前を呼んだ。


 まるで。


 何度も。


 そう呼んできたみたいに。


「…………」


 そして。


 あの目。


 真っ直ぐ。


 あたしだけを見ていた。


「…………」


 七か月前まで。


 あたしは。


 あんなふうに誰かから見つめられたことなんて。


 なかった気がする。


「もしかして……」


 一瞬。


 馬鹿みたいな考えが。


 頭をよぎった。


――実は。


 隠れて付き合ってたとか?


「…………」


 すぐに。


 首を横に振る。


「ないない」


 だって。


 今日。


 葛葉と向き合ったとき。


 あたしの心は。


 何も。


 動かなかった。


 こんなに。


 格好いい人なのに。


 近くで見つめられても。


 触れられても。


 名前を呼ばれても。


 少しも。


 胸は高鳴らなかった。


「…………」


 記憶を失ったからって。


 好きだった人を目の前にして。


 何も感じないなんて。


 あるんだろうか。


「…………」


 今だって。


 履歴にある。


『大村葛葉』


 という名前を見ても。


 何も。


 思い出さない。


「…………」


 あたしは。


 さらに。


 履歴を下へスクロールした。


 親。


 麻友。


 知らない名前。


 知らない名前。


 そして。


「…………」


 指が。


 また。


 止まった。


「橘……慎之介」


「――」


 知らない。


 名前。


 少なくとも。


 四月までのあたしは。


 そんな人を。


 知らない。


「…………」


 なのに。


 口に出した。


 その瞬間。


「――っ」


 胸の奥が。


 きゅっと。


 締めつけられた。


「…………」


 痛い。


 というほどではない。


 でも。


 確かに。


 何かが。


 反応した。


「……誰?」


 画面に映る。


『橘慎之介』


 という文字。


 知らない。


 知らないはずなのに。


「…………」


 どうして。


 この名前だけ。


 こんなにも。


 胸が。


 苦しくなるんだろう。

■女王様のお茶会■

https://cookiequeen.chu.jp/2010.queen/top.html


■NOTEにてエッセイ、制作秘話など

https://note.com/nagiho_uosawa

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