履歴の中の記憶の欠片
放課後になって、あたしは麻友と一緒に定例会に出た。
今日の定例会では一言もしゃべらなくて大丈夫と、麻友に言われている。
とりあえず、定例会の様子を見て雰囲気を知って欲しいらしい。
「本日の会議を始めます」
教室が見渡せる黒板の前にふたつ机を並べて、片方に座るように麻友に促された。
視聴覚室は3クラス合同授業を行える程度の大所帯が入るつくりになっている。
広さのある視聴覚室には、人がびっしりと集まっている。
教室の後ろの壁に立ち見の人までいるようだ。
「すごい人だね」とコソッと、隣の麻友に耳打ちすると「これでも隊員の一部ですよ」と驚くような答えが返ってきた。
「まず、議題に上がっている〝葛葉様への不正コンタクトについて〟。3年 特攻隊長の本多結衣さん、お願いします」
今日話に出たあたしのライバル的存在で、現腹心の部下の本多結衣さんだ!
――――――腹心の部下がいるって、なんか、あたし本当に何様なんだか。
「最近、再び葛葉様に親衛隊を通さずにコンタクトを取ろうというものが増えています。次にコンタクトを取ろうとしてくるものが居たら、捕まえて見せしめにすべきかと思っています」
愛くるしい姿の本多先輩は、少しも可愛くないことをサラリと言った。
「み、見せしめって?」
怖い単語を聞いてしまい、流そうかと思ったが、犯罪に繋がっても怖いと思って、麻友にコソッと聞いた。
「うん、除隊処分と半年間、情報提供やポスターやブロマイドなどのグッズの販売なし、かな?」
――――――犯罪まがいのことでないなら、まぁ、いいか。
こんなのが罰になるのだろうかと周囲を見回すと、見せしめと聞いた隊員たちは息を呑んで、厳しい表情をしているから、どうも効果は絶大らしい。
「また、ほかの学校生徒たちの中に行儀の悪いものがいます。そのあたりを今後、どうしていくつもりなのか教えて欲しいです」
本田先輩の質問に対して、間髪いれずに、麻友が答えた。
「他校との親衛隊会議の開催を検討しています。他校からは賛成の意見が多く聞かれていて、今月中に調整がつくものと考えています」
「わかりました。その会議には当校での取り締まりの内容などを紹介して、他校の参考にして欲しいので私も参加を希望します」
本多先輩の言葉に、麻友が大きく頷いた。
――――――えぇと、これって高校生が開いている会議だよね?
マジでやっている?
あたしは気合の入った空気に抑えて、圧倒されたまま、固まっていた。
「今回は風邪気味の隊長に変わって、最後に私が締めさせていただきます」
閉会の言葉でようやく、あたしが喋らなくても良かった理由がわかった。
いまさらだけど、くしゃみの一つでもしたほうが良いのだろうか。
先に言ってくれたら、鼻をかむ振りぐらいしたのに。
「大村葛葉親衛隊は、現在100名を超える規模になり、他校の生徒も多く在籍しています。葛葉様の周囲の治安を維持していくためには、各自おのおのの自覚と強い意志が大切になります。各自、改めて自身を振り返り、葛葉様の生活を守りましょう。それでは、本日は解散!」
はいっ、と元気な返事と共に、ガタンッと一斉に席を立ち、頭を下げる隊員たち。
若い女子学生が集まって、まるで綺麗な軍隊のような挨拶だ。
あたしがあっけに取られているうちに、定例会は終わってしまった。
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会議が終わったあとに、麻友に聞いて見ると、定例会の骨組みを作ったのはあたしらしい。
議題を募り、討議する時間を作る。
意見は誰でもが自由に発言してよく、決して他者の意見を否定してはいけない。
自分の考えを発言する際には、他者を否定するのではなく、別の見方として発言することが絶対とされた会議らしい。
―――7ヶ月間のあたしは一体、どこを目指していたんだろう。
7ヶ月間の自分を探したくて、あたしは部屋に戻ると、日記やブログなどの類を探した。
だけど、記憶にあるあたしは、一年生のときから日記やブログを書くことはなかったし、マメな性格はしていなかった。
当然のごとく、日記やらブログやらの類は見つけることができなかった。
――――――それなら、ケータイのメールは?
もしかしたら、ケータイのメールのやり取りで最近の状況がわかるんじゃないか。
〝明日、定例会ですね。視聴覚室を予約してあります。参加者は会員全体の3分2程度になりそうです〟
麻友からのメール
〝了解しました〟
短い返事を返しているのが、昨日の最後のメールだった。
このメールを見る限り、昨日、大事があって記憶を失ったようには見えない。
振り返ってケータイメールを見ていても、メールの中に、7ヶ月の記憶のヒントは見当たらなかった。
だけど、着信履歴と発信履歴には親や麻友以外の名前があった。
「大村葛葉」
7カ月前のあたしは彼の連絡先なんて知らなかったはずだ。
履歴を見ると、頻繁とは言わないものの、定期的に連絡を取っていたようだ。
親衛隊長として関わっていたのだろうか。
それにしては今日の葛葉の態度は、親衛隊としての態度だけとは思えなかった。
〝杏〟と呼びなれたように、あたしを呼んだ彼は、あたしを真っ直ぐに視界に入れていた。
彼の目に映ったあたしは、どこか4月までの見慣れた自分と違って見えた。
あたしは7ヶ月間で、大村葛葉と何があったのだろうか。
―――――――もしかして、隠れた恋人だったり。
かすかに浮かんだ考えは、すぐに捨てた。
大村葛葉と向き合ったとき、あたしの心はかすかにも動かなかった。
たとえ記憶を失ったとしても、かすかにも心が動かないなんてことあるのだろうか。
今だって、履歴の名前を見つめても、少しもあたしの記憶は刺激されない。
下までスクロールしていくと、ポツンッと見知らぬ名前があった。
「橘 慎之介――――――」
口から洩れた音は、知らない名前のはずなのに、なぜか胸がキュッと締め付けられるような気がした。