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糸崎親衛隊長

「糸崎隊長……どうかされましたか?」


 あまりにも様子のおかしいあたしを見て、はっぴ少女もようやく異変に気づいたらしい。


「えっと……ちょっと話したいことがあるんだけど」


「わかりました」


 一限くらいなら、まあ、休んでもどうにかなるだろう。


 そう判断して、あたしははっぴ少女に連れられ、クズハリストの控え室へ移動した。


――っていうか。


 部活動でもないのに、控え室って何!?


 思ったけれど。


 口には出さなかった。


 というか、出せる雰囲気ではなかった。


 案内されたのは、校舎の一番隅にある、日当たりの悪い小さな教室だった。


 ただし。


 中は普通ではない。


「…………」


 壁には。


 大村葛葉の写真。


 写真。


 ポスター。


 ブロマイド。


 さらには、何に使うのかよくわからないグッズの数々。


「…………」


――すごい。


 いろんな意味で。


「それで」


 はっぴ少女が、真剣な顔であたしを見る。


「糸崎隊長は、どうされたんですか?」


「…………」


 あたしは少し考えた。


 そして。


「今日、目が覚めたら七か月経ってました」


「……はあ」


「…………」


「…………」


 反応、薄っ。


「つまり」


 少女が首を傾げる。


「どういうことでしょうか?」


「いや、あたしもよくわかってないんだけど」


 自分でも整理できていない現状を、できるだけ簡単に説明することにした。


「あたしの記憶では、今日は二年生一学期の始業式なの」


「はい」


「でも、朝起きたら十一月三日になってて」


「はい」


「部屋には大村葛葉の写真やポスターがいっぱい貼ってあって」


「…………」


「学校に来たら、みんなから隊長って呼ばれて」


「…………」


「正直、意味がわからない」


 少女の表情が。


 少しずつ。


 固まっていく。


「それって……」


 恐る恐る。


「七か月間の記憶がない、ということですか?」


「たぶん」


「…………」


「そういうことになると思う」


「――うそっ!?」


 突然。


 少女が大声を上げた。


「糸崎隊長!」


「な、何!?」


「四月末に起こした『バラ革命』も覚えていないんですか!?」


「…………」


「葛葉様新鋭隊において、あれほど異例の事件はありませんでした! 隊長の伝説の一つですよ!」


「で……」


 一拍。


「伝説って、マジで?」


――四月のバラ革命って何!?


 何、その妙に臭い名前。


 しかも。


 この子。


 ものすごく真剣な顔で言ってる。


 怖い。


 詳細を訊くのが怖い。


 なんだろう。


 聞いてはいけない香りが。


 ぷんぷんする。


「当時、次期新鋭隊長になるだろうといわれていた三年生の本多結衣さんと対決して」


「対決?」


「はい」


「何で?」


「その結果、糸崎隊長が隊長に就任されました」


「そこ飛ばした!?」


「糸崎隊長の勇姿を見たことで、クズハリストの人数は一気に増えました」


「…………」


「現在では、それ以前のほぼ二倍です」


「…………」


「糸崎隊長に憧れて入隊した者も多いんですよ」


「…………」


――七か月。


 たった。


 七か月。


「…………」


――七か月って。


 意外と重っ!!


 透明人間だったあたしが。


 七か月後には。


 革命を起こして。


 親衛隊長になって。


 信奉者まで増やしている。


「…………」


――どうした、あたし!?


「ちなみに」


 怖い。


 でも。


 聞かずにはいられない。


「その……本多先輩は、今どこに?」


「ああ」


 少女は何でもないことのように答えた。


「本多結衣さんなら現在、葛葉様新鋭隊の特攻隊長です」


「…………」


「バラ革命後、糸崎隊長を支える側へ回ると宣言されました」


「…………」


「今では、糸崎隊長の腹心の一人です」


「…………」


 血の気が引く。


 という言葉を。


 あたしは初めて実感した。


 目の前が、ふっと暗くなる。


「だ、大丈夫ですか!?」


「…………」


――透明人間だったあたしに。


 本当に。


 何があったの。


「糸崎隊長」


「……うん」


「本当に、何も覚えていないんですか?」


「そうみたい……」


「…………」


 少女はあたしの顔をじっと見つめる。


 しばらく。


 沈黙。


「…………」


 その無言の時間が。


 妙に重い。


 やがて。


 少女は姿勢を正した。


「申し遅れました」


「?」


「私は、葛葉様親衛隊副隊長を務めています」


 一拍。


「前川麻友です」


「…………」


「糸崎隊長とは同じクラスです」


「同じクラス!?」


「はい」


「…………」


「そして」


 麻友は、少し誇らしげに胸を張った。


「腹心の部下の一人であることを、自負しています」


「…………」


――腹心。


 また。


 普通の高校生活では。


 あまり聞かない言葉が出てきた。


「私のことは、麻友で構いません」


「え?」


「昨日までの糸崎隊長は、そう呼んでいましたから」


「あ……うん」


 頷きながらも。


 違和感しかない。


 あたしにとっては。


 ほぼ初対面の相手だ。


 いきなり呼び捨てにしろと言われても。


 難易度が高い。


「昨日」


 麻友が続ける。


「糸崎隊長に何か起きたという話は聞いていません」


「うん」


「ですから、なぜ突然記憶を失われたのか」


「…………」


「私にも、まったくわかりません」


「そうだよね」


「ですが」


 麻友の表情が。


 急に険しくなる。


「今、はっきりわかっていることが一つあります」


「何?」


「糸崎隊長の記憶喪失が知れ渡れば」


 一拍。


「葛葉様新鋭隊は、大打撃を受けます」


「だ、大打撃!?」


――何だろう。


 本当に。


 今日。


 普通の高校生活では聞かない単語ばかり出てくる。


「昨年までは」


 麻友が身を乗り出す。


「葛葉様新鋭隊は、かなり荒れていたんです」


「荒れてた?」


「はい。掟を破る隊員も多く、勝手に葛葉様へ近づく者もいました」


「…………」


「そのため、葛葉様から親衛隊そのものを疎まれることも多かったんです」


「なるほど……」


「ですが」


 一拍。


「バラ革命後」


 また出た。


 バラ革命。


「糸崎隊長が隊長に就任してから、隊員は隊長を中心にまとまりました」


「…………」


「規律も守られるようになり」


「…………」


「葛葉様も、以前ほど親衛隊を疎まれなくなりました」


「…………」


「むしろ、最近では」


 麻友は。


 ほんの少し。


 嬉しそうに笑った。


「葛葉様のほうから声をかけてくださることも増えました」


「…………」


 今朝。


 葛葉が普通にあたしへ声をかけてきたことを思い出す。


『おはよう。今日も朝から、大変だね』


「…………」


――あれ。


 七か月前のあたしからしたら。


 かなりありえないことなんだ。


「ですから」


 麻友は再び真剣な顔になる。


「今、糸崎隊長が欠ければ」


「…………」


「新鋭隊の均衡が崩れる可能性があります」


「均衡……」


「はい」


「…………」


「そして、それは葛葉様にもご迷惑をおかけすることになります」


「…………」


「それだけは避けたいんです」


「つまり」


 あたしは。


 恐る恐る。


 結論を口にした。


「あたしが記憶喪失になったことは」


「はい」


「内緒にしないといけない?」


「その通りです」


「…………」


――面倒なことになった。


「とりあえず」


 麻友が言う。


「まず、私に敬語を使うのはやめてください」


「え?」


「昨日までの糸崎隊長は」


 一拍。


「もう少し高圧的でした」


「高圧的!?」


「悪い意味ではありません」


「今のところ悪い意味にしか聞こえないんだけど」


「人を引っ張る力があった、ということです」


「…………」


「カリスマ性がありました」


「…………」


「ですから、以前のように振る舞っていただく必要があります」


「いや」


 一拍。


「それを言われても」


「…………」


「あたしには、その記憶が一つもないわけでして」


「敬語になっています」


「……ないわけで」


「はい」


「…………」


 あたしの記憶では。


 昨日まで。


 教室の隅で。


 誰にも気づかれないように。


 透明人間をやっていたはずだ。


 それが。


 今日から。


 カリスマ親衛隊長。


「…………」


――格上げとかじゃない。


 完全に。


 クラスチェンジだ。


「大丈夫です」


「何が?」


「他人を演じろと言っているわけではありません」


 麻友が。


 力強く言う。


「糸崎隊長は、糸崎隊長です」


「…………」


「本人なんですから」


 一拍。


「できます!」


「…………」


――いや。


 できるかなあ。


 麻友の言葉は。


 一瞬。


 ものすごく説得力があるように聞こえた。


 けれど。


 よく考えると。


 まったく簡単な話ではない。


「でも――」


「大丈夫です!」


「いや――」


「私がサポートします!」


「あの――」


「必ず何とかなります!」


「…………」


 反論したい。


 ものすごく。


 反論したい。


 けれど。


 麻友の勢いに押され。


「…………」


 あたしは。


 結局。


「はい」


 と。


 とても。


 カリスマ親衛隊長とは思えない。


 従順な返事をしてしまった。

■女王様のお茶会■

https://cookiequeen.chu.jp/2010.queen/top.html


■NOTEにてエッセイ、制作秘話など

https://note.com/nagiho_uosawa

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