8.会食にて
いよいよ領主さんとワクワクのお食事タイムだ。
地球を中退(ちなみに天寿を全うしたら卒業)して、異界やらこっちの世界やらでは携帯食しか食べていない。
結果、使っていない味噌はリュックサックの中で待機中である。
またこれがただでさえ重いリュックサックの重量を地味に増しているのだ。
だが日本人の俺というか微妙なお年頃の俺には毎日これが補充出来ると分かっているはいえ、勿体なくて捨てられないのだよ。
ちなみにこのリュックサック、話のネタになると伝えてあるので、俺の足元に置かれている。
俺がグレートホールに着くと、領主さんとご家族の方が見えられた。
ちなみにグレートホールというのは中世で食事をする場所であり、この世界でも同じ名称かわからないが、格好いいからこの名称を使わせて貰った。
ちなみに領主さんにエスコートされて来た奥さんと思われる女性は美女である。
で、お子様である五歳の長女は領主さんに似て愛嬌があり、二歳の長男は将来美男になりそうな顔立である。
よく女の子は父に似て、男の子は母に似るというが、正にそんな感じである。
まあ長女はお母さんに似た方が良かったかもしれんが、安心しなさい。
あなたは薄毛に悩まないから。
で、長男よ。
君は早く結婚するのだ。フサフサな時間は少なさそうだ。
心の中で勝手にエールを送っておく。
で、長男は顔見せだけでメイドさんが奥に連れて行った。
俺なんかに見せても仕方あるまいと思ったが、どうやら暇そうだが実際忙しい領主さんはメシ時にしか時間が取れ無さそうだ。
愛しい我が子を見て……というか、そんな時間に俺を呼ばないで欲しい。
すごい罪悪感がわくじゃないか。
俺は時間の空いた時でも大丈夫だからさ。
▽
「やあ私の家内を紹介するよ。私の隣に居るのが家内のクレゼッタだ。久しぶりに外の話を聞けると聞いて楽しみにしていたとの事だ。宜しく頼む」
「初めまして。私が紹介にあずかりました家内のクレゼッタです。マツシロ様は何でも遠い異世界という所から来られたのだとか。娘のリゼッタもマツシロ様のお話を聞けると聞いてはしゃいでおりましたの。ほらリゼッタ、マツシロ様に挨拶をなさい」
「こんばんわ。私、リゼッタです。あの……マツシロ様の話を聞くの楽しみにしてました。よろしくお願いします」
「よく出来ましたね、リゼッタ。マツシロ様、先ほど少しだけ顔を見せたのが長男のマルガリーニですわ。まだ小さいので旦那さまに顔を見せただけでしたが」
「と、言うことだ、マツシロさん。さっき話たらみんな楽しみにしていたんだ。時間の許す限り話してくれると嬉しい。当然、こちらのことを聞いてくれても構わない。では、立ったまま話すのも何だから席に着いて食事をしながら楽しもう」
「はい。奥様、リゼッタちゃん、こんばんわ。マツシロです。食事をしながら改めて自己紹介と向こうの話をさせて頂きます。本日はお招き下さりありがとうございます」
「うむ。では席に着いてくれ」
和やかなムードのまま食事の席に着く。
おじゃま虫じゃないかと内心というか思いっきり危惧をしていたが、どうも本当に歓待してくれているようで安心する。
席に着くとニコニコ顔の執事さんが飲み物を注いでくれる。
見ると、銀で作ったと思われるグラスだ。
ガラスがないのか疑問に思った。
まあ特になくても……窓ガラスにステンドグラス。
ヨーロッパ感が失われる・る・る。
とはいえ、俺はガラスの作り方などわからない。
もちろんリュックサックに入っている江戸時代の本もサバイバル本にもガラスの作り方など書いていない。
結論:もしガラスが無い場合、一生対面することはなかろう。南無。
領主さんの音頭で乾杯をする。
もう一度こりているので『いただきます』という言葉は言わない。
あとでネタとして使わせてもらおう。
とはいえ、こっちでも食べ物に感謝をなどと言っているので、文化の違いにしか使えないと思うが。
早速、出された飲み物を飲む。
うむ。生温い。そして少しだけ苦い。
あれ……? グレープフルーツジュースだ。
そういえば、子どもにも注いでいたな。
俺がジュースを飲んで不思議そうな顔をしていたのだろうか。
領主さんが話しかけてきた。
「すまんな。私は食事が終わってもまだ仕事が残っているのでワインを出すのを控えさせて頂いた」
「いえ、問題ないです。私はお酒に強くないのでこっちの方がいいです」
「そうか。私的には仕事が終わったら一緒に飲みたかったんだが」
ぬぉおおおお!!
その返しはないじゃろー。
と、見ると奥さんも執事さんも笑っている。
どうやらわざとらしい。
だが……甘い。本当に俺は酒が弱いのだ。
俺のフリに騙されたな。
「いえ、本当に弱いので宜しければ、今飲んでいるジュースで付き合いますよ」
「ふむ。私が反対に引っかかったという訳か。面白い客人だ」
「そうですね。あなたが騙されるのを見るなんて久しぶりですわ。でもこういった騙され方でしたら全然問題ありませんわ。ふふふ。でも本当に面白いお話が聞けそうで楽しみですわ」
俺の切り返しは成功したようである。
リゼッタ嬢が奥さんに「何でお父様もお母さまも笑っているの?」とか不思議そうに聞いているが奥さんが上手くかわしている。
「内緒」というキーワードは子どもたちの心を釘付けにする。
で、それがこっちに降りかかってきそうである。
そしてやっと実食である。
順番に出てくると思いきや、あれである。
あれと言っても誰もわからないと思うが、そう学校給食である。
トレーが目の前に置かれ皿にバターロール? が二つのっている。
で、お椀には卵スープっぽいのがあり。
少しだけ深い椀にはサラダがちんまりと。
メインと思われる鶏肉のステーキ? は結構大きめである。
そしてカットされた果物が約一個である。
で食べる為の道具は見慣れたお箸が・が・が。
そして極めつけにレンゲが。
フランス料理を食べなれていない俺。
マナーにも自信のない俺。
でも食べてみたいじゃない、フランス料理。
食べたことのないカタツムリも頑張って食べるつもりだったのに、学校給食だ。
とりあえず気を取り直して一口。
薄い! 薄すぎる! 領主さんの髪くらい薄い味付けだよ、このスープ。
マズイ口に合わない……。この分だとお残し決定だ。
招待されて、ほとんど残したらよくない気がする。
考えろ……てか答えは出ているよ、明智くん。
「領主さま。そういえば私の世界の調味料を今持っているのですが、せっかくですので試してみませんか?」
「ほお、マツシロさんの世界の調味料か。私は興味があるので食べてみたいが、お前たちはどうする?」
「あら、私も興味ありますわ。食べ物で文化などわかりますし」
「私も食べたいです」
「では、出させていただきますね」
と、味噌を出す。
ギョッとする一同だが幸いなことに誰も騒ぎ出すものがいなかった。
最悪、不敬罪になっちゃたりしないかなーとドキドキものだったが杞憂だった。
「これは何だね?」
「はい。こちらは大豆という穀物を発酵させた調味料で、私の世界では味噌と呼ばれるポピュラーな調味料です」
日本ではね。海外だと珍しいんじゃないかな。
とはいえ、そこまで言うつもりはないが。
ちなみに作り方を教えてくれと言われても知らないが。
「で、こちらですが見た目と違って複雑な味がして大変美味しいです。すみませんが執事さん、こちらの臭いを嗅いでいただけませんか?」
「……はい! わかりました」
何やら気合いを入れた執事さんが味噌の匂いを嗅ぐ。
「旦那さま、何というか悪くございません。大丈夫です」
「執事さんが心配されていたのもわかりますが。そうですね、この味噌を少しだけスープに入れると味が変わって面白いですよ。執事さん」
「わかりました! 僭越ながら私が初めに食させて頂きます」
このニコニコ執事さん。
思ったよりも忠誠心がありそうだ。しかも毒見と言わない。
「……ど、どうだ?」
「大丈夫なの?」
領主さんと奥さんが見守る中、恐る恐る、えーい! まどろっこしい。
「大丈夫ですよ。私が初めに飲んでみますから」
と、レンゲを奪って飲んでみる。
横でその光景をあっけにとられた表情で見る執事さんにレンゲにすくって飲ませる。
「旦那さま……、おいしいです」
「本当か?」
「はい。何と表現をしてわかりませんがとても美味しいです」
「マツシロ様すみません、私にもその味噌を入れていただけませんか?」
奥さんチャレンジャーだなあ。
男らしい。美女だけど。
で、新しいレンゲを用意して貰って奥さんのスープに少し入れる。
「あら、本当に。リゼッタ、一口飲んでみなさい」
「はーい。うん、おいしい!」
「マツシロ様、この味噌って、この他に使えないのかしら?」
「そうですね。例えばこの鶏肉に塗って焼かれても美味しいですよ」
「ヤン、料理長を呼んできて貰えないかしら」
執事の名前判明。ヤンである。セバスではない。
ちなみに領主さん、やっと実食である。
軟弱者めが。まあ私も同レベルだが。
奥さんが男前過ぎるのである
「奥様、何か不手際がありましたでしょうか?」
ヤンさんが慌てて行ったものだから料理長が吹っとんできた。
このヤンさん忠誠心高めだが急な事態に弱そうである。俺もだが。
何かダメダメだなー、俺って奴は。
で、一応俺の出した味噌が原因なので出された鶏肉に味噌を塗って焼いて貰うことにした。
料理長がまた新しく作るだの言い出したから止めようとしたが、一口飲んでもらったスープに天啓を受けたのか、出されたので一度作って、そして完成した新たなものを出したいというので、しばし待つことになったのだが。
領主さん、仕事大丈夫か?
「ヤン、すまないが、今日の仕事は明日に回すことにするから後で少しまとめておいてくれ。そして私にワインを持ってきてくれ。これから飲む」
「畏まりました。旦那さま」
お仕事終了である。
いいのか領主仕事。
見ると、奥さんもワインを頼んでいる。
で、その後俺の調味料について少し話をした。
そして、ここの世界にはが魔法があるのかを聞いてみたら、魔法という単語自体にクエスチョンマークが浮かんでいたくらいだったので、きっとこの世界にはないのだろう。
ちなみに俺は、この館で永久就職を狙っていたので、魔法とスキルの話をしてみた。
グレープフルーツジュースに砂糖を混ぜたり、回復魔法をかけてみたりと色々頑張った。
で、その結果。
「マツシロさん。残念ながらあなたの能力をこの領地だけで使っていては勿体ない。というか反対にバレたら面倒くさい。幸いというか私は学生時代にこの国の王子と縁があって、時折手紙のやり取りをしているから、王都に行ってみないか?」
「そうですね。私共の領地では手に余ります。何かあった時に手助けなど出来ませんから王都に行かれた方がいいですわね。ヤン、マツシロ様を王都に行く準備を手伝いなさい。くれぐれも丁重に。私の予想では直ぐに手の届かない方にお成りになるので」
「畏まりました。旦那さま、奥さま」
……やり過ぎたらしい。
第三弾丸投げである。
俺的には、ここでノンビリしたかったんだが・が・が。
で、混沌の次話に続く訳ですね。
【次話:旅。お楽しみに!】