§ 第二十二章:反逆の芽と猜疑の眼 1 §
国主となったハーヴィスは旧ローヴァス帝国領をマサムネの望む” ラスコーのいつでも帰れる平和な国 ”としてまとめようと奮闘していた。そんな中、虎視眈々と機会を狙っていた教会側の勢力はハーヴィスが不在なのをいいことに提案権をハーヴィスから奪い、かつてのローヴァス領を十分割してしまった。
各領地には教会の息のかかった者たちが国を治め、そして、重税を課して搾取を開始したのだった。エルベリアからの国司、守護職の横暴な態度に旧ローヴァスの民は泣き寝入りをし、不満を募らせた。
” そして、事件は起きる ”
§第二十二章:反逆の芽と猜疑の眼 1 §
「ええい! いい加減にしろ! 」
「た、頼みます! こ、これだけは……」
「うるさい! 隠していた隠匿物は没収だ! 」
とある旧ローヴァス帝国の最南端の山脈地帯。小さな村にて、一人のエルベリアの役人と兵士。そして、村の人々が言い争っていた。村人たちはやせ衰え、膝をガタガタ言わせながら抗議していた。一方兵士達はニヤニヤと不敵に笑い、彼らを見下すような表情で彼らを見つめていた。
「や、やめてください。これがなければ私たち、来年の作物を作ることすら……」
村人の中の若い村娘が前にでて跪いた。その姿を役人は舐めまわすように見つめる。そして、彼は思いついたように言った。
「フム、ソナタの言う通りかもしれん…………そうだな、その隠匿物は見なかったことにしてやろう」
「……で、では! 」
村娘は目を輝かせて役人を見つめた。しかし現実はそう甘くない。役人は不敵に笑うといやらしい目つきで村娘を見つめた。一瞬の背筋に悪寒が走った。
「隠匿物を見なかった代わりに、ソナタを見つけた……ということにする」
「!! 」
村娘が感じた悪寒。それは予想通りだった。役人は隠匿物を見逃す代わりに自分を人質に出せと要求してきたのだ。だが、村人たちはそんな要求をのめるはずがない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! この娘は……この娘は、わしの大事な一人娘なんだ! そ、それにもう婚約をして……」
「黙らっしゃい! 」
役人の怒鳴り声で周りが静かになる。彼は顔を真っ赤にして村娘の父親を見つめた。その顔を見て彼は悟った。確実にこの男は娘を連れて行くと。
「ま、待ってください」
村娘の父親が硬直していると、横から一人の青年が声を張り上げた。
この地域は山岳地帯であり、資源が豊富な鉱山村だった。この村に住むほとんどが鉱山に従事する者たちだ。彼も例外ではない。バンダナを頭に巻き、上半身ほぼ裸で軽く上着を羽織った成りだった。体ががっちりしており、威圧感がある。その姿に役人は一瞬たじろいだ。
「……ん? 貴様は何者だ? 」
「お、俺は、彼女の婚約者だ。た、頼むから彼女を連れて行かないでくれ! 」
男は土下座をするように、膝を付き、そして額を地面にこすり付けた。大きな体を小さく小さく折りたたみ、必死の形相で懇願を続けた。その姿を見て役人は一瞬怯んだ自分を押し隠すことができた。
「ほう、貴様が婚約者か……」
「は、はい! 」
男は地面に額を付けながら答える。その姿は誇りも何もなく、ただただ、彼女を守りたい。彼の強い意志が見える。役人は目を細めて彼をしばし見つめた後、兵士に一言言った。
「やれ」
「ハッ! 」
その一言で終わった。土下座をしていた男はその姿のまま息絶えた。
役人は兵士に彼を殺すことを指示し、そして兵士は彼の首を躊躇なく刎ねたのだった。その一瞬村人たちは声を失う。村娘も何が起きたのか分かっていない。ただ、一つの事実この村の男がエルベリアの兵士により惨殺されたということだった。
「あ、あああ……な、何ということを……」
村娘の父親がかろうじて発した言葉により、凍った時間が動き出した。そして、村人たちは村娘の婚約者が息絶えたことをやっと理解した。それと同時に村娘の悲痛な叫びが野山を揺るがした。それと同時に村人たちの心に怒りと憎悪の念が芽生えた。
「き、貴様ら! 何の権利があって我らを傷つける! 」
村人の一人の言葉に役人は淡々と答えた。
「権利? はて、お前たちに権利はあるのか? 貢物もろくに出せぬ者たちが……片腹痛いわ! 」
「貢物!? そんなものがこの村に残っていると思うのか!? 全部お前たちが持って行った! き、貴様らは……」
” 貴様達は我らをなんだと思っている!! ”
怒りに打ち震える村人たちはこの言葉を皮切りに口々に役人たちの対応に不満の声を上げた。それに対して役人は人を馬鹿にしたようにフッと笑った。
” 貴様らは、植民地に巣食う奴隷だ。貴様らは我々に搾取されるだけの存在だよ ”
その言葉は旧ローヴァス帝国の領地。十等分された領地のほぼ八割に及ぶ地域の全ての役人達が思っている言葉だった。ローヴァスの民に人権はない。
「…………」
村人たちは言葉を失った。” ローヴァスは植民地 ”” ローヴァスの民は奴隷 ”この言葉だけが彼らの脳裏にこびりついた。それと同時に湧き上がる支配者への憎悪。それが大きく膨らんだ。その言葉を受け、そして、彼らは役人の人を見下した顔を見つめる。
「もう、もう……我慢の限界だ……」
「ん……何か言ったかね? 」
” もう我慢の限界だ! ”
村人の一人が雄たけびを上げた。それと同時に村人全員は役人に対し、敵意をむき出しにした。そして襲いかかった。
「ハ、ハーヴィス! 大変だよ! 」
ハーヴィスが執務室でこれから起こる事柄に対しての対策を練っていた最中、マサムネが顔を青くして声を出した。それを見てハーヴィスは視線を落とす。
「ついに……来たか」
ハーヴィスの言葉を聞いて、マサムネは何も言えなかった。やはり、この男は想定していたのだろう。マサムネが言葉を失っていると、ハーヴィスは真剣な顔をして詳細を尋ねた。マサムネは我に返り、詳細を伝える。
「あ、うん。三週間前なんだけど、旧ローヴァス帝国の領地最南端にある山岳地帯のモンターニャ地方で村人と役人が衝突したらしいんだ。んで、役人が殺されて……その後、その地方の国司が軍隊を派遣して。その村を絶滅させたらしいんだ」
「…………」
ハーヴィスは目を瞑った。大体ハーヴィスはこうなることが分かっていた。だが対策できなかった。いや、対策できるほどの力がなかった。悔しさで唇をかみしめる。
「……マサムネ……少し早いな……時間が足らない」
「……そう、だね……最悪だよ」
この三か月で、情勢が変わった。ハーヴィス達は半年を目途に行動を開始していたのだが、予想以上にエルベリアの統治が酷過ぎた。それにより、加速度的に情勢が急変した。予定の倍の速さで状況が変わってしまったのだった。まだ準備が整っていない。そのことも考えてハーヴィスは動いていたが、やはり限界がある。
「さて、この後どうなるかな。マサムネはどう思う? 」
「あ、うん。そうだね……僕が考えるに、この反乱は” キッカケ ”になると思う。ハーヴィスが言うようにこの火種が周囲の国を巻き込むかな」
「うん、そうだね」
ハーヴィスは頷く。マサムネの言うとおり、この情報が各地に流れ、それが渦となり、この領地の中心地にあるシウダー・デ・フエルテは否応なくその戦禍に巻き込まれるだろう。
「あ、それとね……」
「ん? 」
マサムネがもう一つ思い当たることがあったようで、眉間にしわを寄せながら言った。
「あくまで僕の予想だけど。エルベリアはこの件を機に、ハーヴィスを追い落とす計画もしていると思う。その為の旧ローヴァス領地分割かなと思ってる。前に僕に言ったよね……旧ローヴァス領はエルベリアにとって植民地だって」
マサムネは悲しそうな表情を浮かべて答えた。ハーヴィスは軽く頷いた。そして、マサムネの意見を基に考えた。
「つまり、マサムネの考えだと、各地で反エルベリアの勢力が乱立し、その責任を俺、ハーヴィスに擦り付け、失脚を狙っているということだな」
「うん」
マサムネの意見は完璧だった。オズワルドからの手紙。それを照合すると確実にそうなるだろう。彼らにとって旧ローヴァス帝国領はどうでもいい土地なのだ。散々税金を搾り取り、蜂起すれば、その件を基にハーヴィスを失脚させ、厄介払いをする。一石二鳥の内容なのだ。手に負えない程の反乱になれば旧ローヴァス領を手離せばいいだけなのだ。
「マサムネの意見、俺の考えとほぼ同じだ。これを見てくれ」
ハーヴィスはそう言うと、マサムネにオズワルドから届いた手紙を渡す。それを読むマサムネ。段々と表情が険しくなっていく。しばらくして、読み終えた手紙をハーヴィスに返す。
「……なんという体たらくだ」
「……そうきつく当たるな。普通の人間ではこなせないような重大事だ。下手に動けないよ」
ハーヴィスは苦笑いをしつつ、マサムネを諌める。まだ納得が行っていない表情のマサムネに話を続ける。
「取りあえず、俺からはオズワルドに簡単な指示を与えておいた。表面上は彼らの意見に賛同するように。そして、その内容を逐一伝えるようにとね」
「…………」
マサムネは頬を膨らませて不満の意を表す。緊急事態でなければ可愛らしい表情なのだが……
「ま、まぁ……俺の権限は奪われているんだからどうしようもないだろう」
「そう……だけどさぁ」
「詳細な情報が来るだけでも十分な成果だよ。それよりもこれから俺たちの都市が孤立するのを防ぐ算段をしなければならないだろう。そっちに集中しよう」
ハーヴィスはそう言うとマサムネに細かい指示を出した。だが、あくまで外征的な内容ではなく内向的な内容だった。まだ、表立って動けない。
しばらくして、オズワルドからハーヴィスの指示を了解した旨と、次の議会の内容が届いた。マサムネの予想通り、旧ローヴァス領の不穏な動きはハーヴィスの監督不行き届きであると司祭達から囁かれているという。予想通りとは言え、ハーヴィスとしては居たたまれない内容だった。
(オスカー教皇は一体何を考えている? このままではエルベリアは崩壊に向かうぞ……)
ハーヴィスがそう思うものの、司祭達の意見が通っているということは、すでにオスカーの心にハーヴィスは居ないということになる。つまりは絶望的な状況にあるということだ。
(このままではジリ貧になってしまう……いっその事……)
ハーヴィスは思い通りにならないこの状況に、自分たちも反エルベリア体制に組するべきではなかろうか……と考えてしまう。だが、エルベリアにはエリーシャやセリスタの皆、ギルトの家族、そして何より最愛の恋人アリアがいる。そう思うとその決断はできなかった。
そうこうしているうちに状況は悪化の一途をたどる。そして、とうとう旧ローヴァス領において続々と小規模な反乱が起き始めた。
「ハーヴィス……新しい情報が来たよ。旧ローヴァス領各地で小規模な反乱が起きてたけど。その反乱分子が連絡を取り合って統合の方向に向かっているらしいよ」
「そうか……そう、だよな」
ハーヴィスは憔悴しきった表情を見せた。普段見ないハーヴィス表情にマサムネは戸惑いを見せる。まさか、ハーヴィスが反乱分子と結託するべきか、それとも仲間や家族を守るべきか、ずっと悩み続けていたなどとは思ってはいない。
(もう、遅いか? いや、まだ大丈夫……交渉のイニシアチブはとられているが、今後の戦闘次第で先手を取ることが……だが、エルベリアを裏切ることになる……どうすれば……)
「ねぇ、ハーヴィス……どうするの? 」
マサムネは不安そうにハーヴィスを見つめる。この時、ラスコーなら彼女を元気づけ、そして、エルベリアに反抗するだろう。だが、ハーヴィスにはしがらみがある。それを振り切るには問題がありすぎた。
「うん……まずは今の状況を整理しようか。今、俺たちは微妙な立場にいる。本来は俺がこの地を全域統治をして安定した平和な世界を築かねばならなかった。しかし、俺が動くことを良しとしない教会の勢力が出張ってきた……」
「そうだね。それで僕たちは周りの地域が荒れることを考慮して防衛力の強化と食料確保を最優先として動いてきたね」
ハーヴィスの言葉にマサムネは答える。全く持って彼女は頭の回転がいい。
「そうだ。半年を目途に動くことを考えていたが、予想以上にエルベリアからの迫害が酷く、周りの領民たちも泣き寝入りだけではどうしようもなくなった。三か月程度でここまで治安が悪化するとは俺も予想できなかった。人の欲望は限りがない……それが良く分かった」
「正直、僕たちはまだ完全に動くことができない……」
ハーヴィスの言葉に肩を落として嘆くマサムネ。彼女の言うとおり、動けない。だが、水面下では動ける。つまりは政治的な” 駆け引き ”ということになる。
「それで俺は今までずっと考えている。いや、今でも悩んでいる」
「え? 何を悩んでいるの? 」
ハーヴィスはため息をつきつつそう答えるとマサムネはさらに不安そうに尋ねる。
「今考えていることを全部話そう」
そういうとハーヴィスは今フエルテの政府が置かれている状況を伝えた。そして、この状況におかれたとき、ハーヴィスはエルベリア。そして、ラスコーなら反抗勢力に組するだろうと伝える。その言葉をマサムネは苦悩の表情で聞く。しかし、この政府を守ることを念頭に置く場合は” 中立 ”を取るべきであることも伝えた。更にマサムネの表情が渋くなった。
「中立……そんなことして大丈夫なの? 」
「できないことは……ない」
ハーヴィスは表情を暗くして答えた。だが、それはハーヴィスとマサムネ二人の袂を分かつことになる。
「何となくハーヴィスの言いたいことは分かった。でも、僕は中立なんて卑怯なことはしたくない」
「そうか……」
全ての状況を知った上でマサムネはそう答えた。ここにラスコーがいれば、ハーヴィスは全てのしがらみを捨てていたかもしれない。それが残念だった。
「俺は、エルベリアの将官だ。マサムネ、どうするかお前に任せる。俺の身柄を拘束するもよし、エルベリアに返還するもよし。処刑も受けよう」
「…………」
マサムネは頭を抱えた。すぐに決断できる内容ではない。マサムネは一日考えさせてほしいと答え、部屋を後にした。マサムネの小さな背中。それを見てハーヴィスは心苦しくなる。こんな状況において自分で判断を下せない自分を悔いている。しかし、何もできない。
「つらい決断をさせる……」
ハーヴィスは一人そう呟いた。
今、旧ローヴァス帝国領内は不穏な空気に包まれている。エルベリア側対反エルベリア連合の機運が高まっている。そんな中、今のフエルテの独立政府はどっちつかずだった。エルベリアからは協力して当然。反エルベリア連合は彼らを仲間として引き入れようとしている。だが、今の今まで中立を貫いてきた。ハーヴィスは今回の戦いでも楔の役割を果たしている。それにより彼らから次第に一目置かれるようになる。
” 反逆の芽と猜疑の眼 ”
お互いの勢力から向けられることとなる。
時間がたつにつれ、ハーヴィス達の立場は良くなることはなく、悪くなる一方だった。
次の日、マサムネは予定通り今後の独立政府の行方を示した。それにより、旧ローヴァス帝国領内は再び戦火にまみれることとなったのだった。
以降2




