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「あぁー、もう本当に最悪」
出立して雨がぽつぽつと降り始め、ついには土砂降りになった。まるで、ロアの心情を表したかのように。
空の具合を見る限りでは、多分通り雨だ。早く止んで欲しい。そうでもなけりゃ、心が荒んでしまいそうだ。
びちゃびちゃになった服を握りしめ、震える身体を抑える。
洞窟を出てからも、森をでることはしなかった。目につきやすくなってしまうし、キサラギに見つかったら彼は留めようとするだろう。キサラギは人のいいやつだから。そうしたら、ロアの決意が鈍る。だから、遭遇を避けなければならなかった。
そのために、森を村側からではなく、反対側からぬけることにした。
歩き始めて、はや二時間。脳内を過るのは、今までの思い出ばかりだ。三人で笑いあったり、喧嘩したり、楽しいことだけがこういうときに限って思い出す。これからは三人の思い出ではなく、二人の思い出になるのだろう。
辛くない、といったら、嘘になる。けれど、諦めなければならない。自分は咎人で、彼らは違うのだから。
「あー……、なんでこんなことになっちゃったんだろ」
平和な日常を破ったのは、二人の憲兵。強盗の事件の重要参考人という名の容疑者になったあの日。戻れるならば、あの日より前の過去に。三人でいた楽しい日々に。
「……ロッ、……ちゃ」
キサラギと結ばれたいなんて思わないから、平穏な日々を返して欲しい。おねがいだから。
「……ロアちゃんッ!!」
突如として呼ばれた名前に振り返ると、息を切らして同じようにべちゃべちゃに濡れたアナシスの姿があった。
「なんっ、で、アナシスが……」
「なんで、って、ロアちゃんが心配だから、大切だからでしょ!!」
言われて、我慢していた涙腺が決壊した。私も大切だ、大好きだ。だから、ここにいるわけにいかなかった。
「大丈夫だからっ! ロアちゃんがここにいられるように頑張るから、行かないで……」
言われて、涙が一気に溢れた。大人しくて優しいアナシス。これからキサラギと幸せになるアナシス。キサラギとは違う、けれど大切な幼馴染み。
「アナシス」
だから、会いたくなかった、誰とも。決意が鈍る。ここにいたいと思ってしまう。
「アナッ、シス!!」
思わず駆け寄った。大好きな幼馴染みに向かって。
アナシスはそんなロアを見て、昔と変わらない笑みをうかべた。
「ロアちゃん」
間一髪だった。ロアは上半身を大きく反らして“それ”を避けた。
「さすがロアちゃん。反射神経がいいね」
アナシスの笑顔は変わらない。だからこそ、怖かった。昔と変わらないから。それがとても信じられなくて。
彼女が握る“それ”は銀の輝きを放ち、雨粒で煌めいて見えた。この場では相応しくないようなサバイバルナイフを持って彼女は笑っていたのだ。
「ロアちゃんが早く行ってくれなかったから、キサラギ君が気づいちゃったじゃない。そうじゃなきゃ、こんな面倒くさいことしなかったのに」
「アナ、シス。なんで……」
彼女がナイフをロアに向ける意味も、彼女がロアに向ける言葉の意味も分からなかった。だって、私達はいつも一緒だったじゃない。溢れる疑念はありふれた言葉にしかならなかった。
「なんで、って? 私がロアちゃんのことを嫌いだからに決まってるじゃない」
にこりといとおしく思えるくらいに笑ったアナシスが、紡いだ言葉は確かにロアを刺した。
あと3話で終わります。
終わらせるつもりです。