10
虫の知らせ、というものがある。
その日は何だか無性に不安になっていて心がひどく落ち着かなかった。時折ロアのことが頭を過って、煩悩を振り払っていた。
いよいよ仕事に集中ができなくなって、洞窟に向かった。心を騒がすのは、あのロアが捕まった日と同じ焦燥と喪失感。その理由がわからないけれど、わからないから不安だった。
すると、思った通りというべきか、ロアがいなかった。洞窟のなかには石でおさえられた紙が一枚。手の震えを無理やり抑えたようなそんな字で『いままでありがとう。しあわせになってね』と書いてあった。
思わず唇を噛んだ。これじゃあ、あの日と同じじゃないか。自分の気持ちを抑えて強がって笑った、憲兵に連行された日と。
これで、終わりなんて御免だ。キサラギはロアからの手紙をくしゃりと握り潰した。
「え! ロアちゃんが!?」
最初に向かったのはアナシスのところだ。もし、彼女がロアと会っていたのなら、ロアの動向を知っているかもしれないと思ったからだ。
いなくなったロアを思ってショックを受けるアナシスは、ぽつりぽつりと話始めた。
「お昼時を過ぎたあたりにロアちゃんに会いにいったの。すごくうれしそうにしてくれて。でも、最後の方は何だか寂しげで……。もしかして、私と会って別れる決意をしててたのかも……」
それを聞いてロアの意思を尊重していかせるべきなのかと悩んだ。そもそもかくまってほしいと頼んだのはロアだ。なら、彼女がいつ出ていっても彼女の自由だ。だけど……、
「まだ、駄目だ……」
「え……?」
「俺はまだ、あいつに話したいことがある」
だから、まだ別れるわけにはいかない。そう言うと、アナシスは「そう言うと思った」と笑った。
「さがしにいこう? ロアちゃんのこと。私もまだロアちゃんと別れたくない」
「でも、お前仕事……」
「唯一無二の友達のほうが大切に決まってるじゃない。キサラギ君だって、午後の仕事投げ出すんでしょ?」
グッと言葉を詰まらせた。アナシスはその僅かな表情の変化を見逃さなかった。
「なら決まり。手分けして探そう? 二人で探したほうが早いにきまってるんだから」
そう言って、エプロンを外し、アナシスは時計を見た。
「多分、まだ村は出てない。今なら間に合うよ?」
「……分かった」
アナシスと別れ、森を一瞥する。今も昔も二人の居場所。
まだ別れるわけにはいかない。キサラギは小さく呟いた。




