第9話 獅子のギルドへの帰還
一行は街道を穏やかに歩いていた。
やがて遠くに、ヴァルセリスの城門前にできた長い列が見えてくる。
ガリックはため息をついた。
「またこの行列に並ばないといけないのか……」
ライセラはしばらく門番たちの様子を見つめたあと、少し遠慮がちに口を開いた。
「わ、私が話してみましょうか……?」
しかし、ミレリアは首を横に振る。
「やめたほうがいいと思う。」
苦笑を浮かべながら続けた。
「この辺りじゃ、暗殺者って職業はあまり好かれてないの、ライセラ……」
ライセラは少しだけうつむいた。
その瞳から、わずかに光が失われる。
「……そう。」
「その通りだな。」
レンは腕を組んだ。
「とにかく、まずは依頼を報告しないと。」
ガリックの腰に下げられた袋へ視線を向ける。
「それと、あの鱗も売るんだよな?」
ガリックは頷いた。
「ああ。」
小さく笑みを浮かべる。
「その金があれば、ドラクタールまでの馬車を雇っても、まだかなり余る。」
しばらくして、四人は列の最後尾へ並んだ。
最初に検査を受けたのはミレリア。
続いてライセラ。
その次がレン。
そして最後に――
ガリックだった。
検査用の魔晶石の前に立つと、一人の門番が眉をひそめる。
「おい……」
もう一度、魔晶石へ目を向けた。
「お前の魔力、少し異常反応が出てるぞ。」
視線を上げる。
「病気か?」
ガリックは眉を寄せた。
「は?」
「それが何か関係あるのか?」
門番は真面目な口調で答える。
「国王陛下の勅命だ。」
「数週間前から、病人は街へ入れないことになっている。」
レンは目を見開いた。
「本気で言ってるのか?」
門番は冷たく言い放つ。
「ああ、本気だ。」
口元に嘲るような笑みを浮かべる。
「気に入らないなら……そこでお前の彼氏と一緒に外にでもいろ。」
もう一人の門番が吹き出した。
「その通り。」
ミレリアとライセラを見ながら笑う。
「その代わり、その娘たちは俺たちに任せろ。」
「ちゃんと面倒見てやるからよ。」
二人は声を上げて笑った。
次の瞬間――
ガリックが一歩踏み出す。
素早い動きで門番の胸当てを掴み上げた。
その表情には一切の感情がない。
「今の言葉を撤回しろ。」
門番は鼻で笑う。
「へぇ?」
少し首を傾けた。
「断ったらどうする?」
ガリックの表情は変わらない。
冷たいまま。
感情は微塵も浮かばない。
「簡単だ。」
低い声で言う。
「お前の交代時間になったら――」
さらに顔を近づけた。
「……そのまま消えるだけだ。」
短く間を置く。
「門番一人消えたところで、誰も気にしない。」
門番の笑みが消えた。
その表情が険しくなる。
そのとき、少し離れた場所にいた別の門番が異変に気づいた。
「おい!」
「何かあったのか!」
掴まれていた門番は後ろを振り返る。
そしてガリックの腕を払いのけた。
「いや。」
姿勢を正す。
「何も問題ない。」
再びガリックを見つめる。
その目は、先ほどまでとは違い真剣だった。
「ぜひやってみろ。」
口元に薄い笑みを浮かべる。
「最近、人を斬ってなくてな。」
ガリックは視線を逸らさなかった。
相手の目を真っ直ぐ見据えながら言う。
「謝ることくらい、そんなに難しいのか?」
重苦しい沈黙が、部屋全体を包み込んでいた。
レオンの視線は、一人ひとりへと向けられる。
その圧倒的な威圧感の中で――
誰一人として口を開くことができなかった。
やがて...
レオンがゆっくりと口を開いた。
「答えられないか。」
その低い声だけで、空気がさらに重くなる。
その瞬間――
ガリックが一歩前へ出た。
「違う。」
レオンは無言のまま彼を見つめる。
ガリックは真っ直ぐ視線を返した。
「俺たちは誰とも手を組んでいない。」
部屋は再び静まり返る。
レオンは何も言わない。
ただ、ガリックの瞳を見つめ続けていた。
数秒後...
彼の体から放たれていた膨大な魔力が、ゆっくりと消えていく。
部屋を覆っていた重圧も、少しずつ薄れていった。
ミレリアはようやく息を吐く。
「はぁ...」
レンも肩の力を抜いた。
「マジで死ぬかと思った...」
マリも胸に手を当て、小さく安堵の息を漏らす。
レオンは静かに目を閉じた。
そして...
「どうやら、本当のことを言っているようだ。」
そう呟いた。
レンが眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
レオンはゆっくりと目を開く。
「私は嘘を見抜くことができる。」
誰も言葉を返さなかった。
レオンは静かに続ける。
「完全ではない。」
「だが、今のお前たちに偽りは感じなかった。」
ミレリアは胸をなで下ろした。
「信じてもらえたんですね...」
レオンは小さく頷く。
「ああ。」
そのままガリックへ視線を向ける。
「だが、一つだけ確認したいことがある。」
ガリックは黙って頷いた。
「ゴロは何をしていた?」
ガリックは少し考え込む。
「ほとんど戦わなかった。」
レオンは眉を動かした。
「ほう。」
「奴はドラゴンを倒したあと...」
「俺たちを試していたようだった。」
レオンは腕を組む。
「試していた...か。」
レンが続ける。
「俺たちを殺す気なら、いつでも殺せた。」
「でも、そうしなかった。」
ミレリアも頷く。
「途中からは、私たちの動きを見ているだけでした。」
ライセラも静かに口を開く。
「最後には...」
少し間を置く。
「私に解毒剤を取りに来いと言いました。」
レオンは深く考え込むように目を閉じた。
「なるほど...」
部屋に静かな空気が流れる。
しばらくして...
レオンが再び口を開いた。
「君たちは幸運だった。」
誰も答えない。
「もし本気で戦われていたなら...」
彼は静かに言う。
「ここへ戻ることはできなかっただろう。」
ガリックたちは誰も反論できなかった。
それが事実だと分かっていたからだ。
レオンは窓の外へ視線を向ける。
「ゴロが動き始めた以上...」
「状況は思っていた以上に深刻だ。」
その声には、隠しきれない重さがあった。
レオンは窓の外へ視線を向けた。
「ゴロが動き始めた以上……」
「事態は、私が想像していた以上に深刻だ。」
その声には、隠しきれない重みがあった。
しばらくの沈黙のあと――
レオンは再び四人へと視線を戻した。
「君たちには礼を言わなければならない。」
レンが目を瞬かせる。
「え?」
レオンは静かに頷いた。
「もし君たちが戻って来なければ……」
「我々は今もなお、ゴロをただの依頼人だと思い続けていただろう。」
ミレリアは小さく息を呑んだ。
「そんな……」
レオンは続ける。
「この情報だけでも十分な価値がある。」
「すぐに王都へ報告しなければならない。」
ライセラが静かに尋ねた。
「でも……」
「もう遅いんじゃないですか?」
レオンは少しだけ目を細めた。
「遅いかもしれない。」
「だが、何もしないよりは遥かにいい。」
そう言ってから、ゆっくりとガリックへ視線を向ける。
「それと……」
「君の毒についてだ。」
ガリックは黙って聞いていた。
「その解毒剤は、本当に手に入るのか?」
ガリックは頷く。
「はい。」
「ライセラが持っています。」
ライセラも静かに頷いた。
「ですが……」
「すぐには完全には治りません。」
レオンは腕を組んだ。
「そうか。」
ガリックは苦笑する。
「まあ、死ぬことはありません。」
「少し動きづらいくらいです。」
レオンは小さくため息をついた。
「それでも油断はするな。」
「毒は、思っている以上に厄介なものだ。」
ガリックは真剣な表情で頷いた。
「分かっています。」
レオンはその返事を聞くと、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。
しばらく考え込んでから、再び口を開く。
「今回の件については……」
「ギルドとして正式に調査を開始する。」
マリも真剣な表情で頷いた。
「すぐに資料をまとめます。」
レオンは彼女へ軽く頷き返す。
「頼む。」
それから再び四人へ視線を向けた。
「君たちはしばらく休むといい。」
「今回の件では十分すぎるほど働いてくれた。」
レンは苦笑した。
「正直……」
「今は寝たいです。」
ミレリアも思わず笑う。
「私もです。」
ガリックも小さく笑った。
「全身が痛い。」
ライセラも小さく微笑んだ。
「私も少し疲れました。」
レオンの口元にも、わずかな笑みが浮かぶ。
「今日はゆっくり休め。」
「報酬については、こちらで準備しておく。」
レンが顔を上げた。
「本当ですか?」
レオンは静かに頷く。
「もちろんだ。」
「君たちは命懸けで戻って来た。」
「それに見合う報酬は支払う。」
四人は顔を見合わせた。
ガリックが一歩前へ出る。
「ありがとうございます。」
レオンは軽く頷いた。
「礼には及ばない。」
「こちらこそ感謝している。」
部屋の空気は、ようやく張り詰めたものではなくなっていた。
先ほどまで漂っていた緊張は消え去り――
代わりに、静かな安堵がその場を包み込んでいた。
誰一人として動かなかった。
返事をする者もいない。
部屋には重苦しい沈黙だけが流れていた。
やがて――
ガリックがゆっくりと一歩前へ出る。
レオンを真っ直ぐ見つめながら、落ち着いた声で答えた。
「いいえ。」
「俺たちは、五人のリーダーの誰とも手を組んでいません。」
レオンは黙ったまま、彼を見つめ続ける。
数秒後――
今度はレンが口を開いた。
「俺も同じです。」
「そんな連中とは何の関係もありません。」
ミレリアも頷く。
「私もです。」
「そんなことをする理由なんてありません。」
最後にライセラが静かに答えた。
「私も違います。」
「私はただ……」
少しだけ視線を落とす。
「依頼を受けていただけです。」
再び静寂が訪れる。
レオンは四人を一人ずつ見つめた。
誰一人として目を逸らさない。
その表情を、呼吸を、わずかな仕草までも観察しているかのようだった。
やがて――
レオンはゆっくりと目を閉じる。
数秒後。
彼は小さく息を吐いた。
すると――
部屋を満たしていた圧倒的な魔力が、ゆっくりと消えていく。
空気が軽くなる。
張り詰めていた圧迫感も、少しずつ消えていった。
レンは思わず大きく息を吐いた。
「はぁ……」
ミレリアも胸を押さえながら深呼吸する。
「すごい威圧感だった……」
ライセラも静かに息を整えていた。
ガリックだけは、最後までレオンから目を逸らさなかった。
レオンは静かに頷く。
「……分かった。」
「少なくとも、今の君たちは嘘をついていない。」
レンが少し驚いたように尋ねる。
「本当に分かるんですか?」
レオンは穏やかに答えた。
「長年、人を見てきた。」
「それくらいは判断できる。」
彼は再び椅子へ腰を下ろした。
「今回の件については、こちらで対応する。」
「君たちはこれ以上関わる必要はない。」
ガリックが口を開く。
「ですが……」
レオンは軽く首を振った。
「いや。」
「ここから先は、ギルドと王国の仕事だ。」
少し間を置いて続ける。
「君たちは十分すぎるほど危険な目に遭った。」
「これ以上巻き込むつもりはない。」
四人は互いに顔を見合わせた。
ミレリアが小さく頷く。
「……分かりました。」
レオンは穏やかな表情に戻った。
「報酬は通常より多めに支払おう。」
「それから、竜の鱗についても適正価格で買い取らせてもらう。」
レンの表情が少し明るくなる。
「それは助かります。」
レオンは微笑んだ。
「今日はゆっくり休むといい。」
「君たちはそれだけの働きをした。」
ガリックは静かに頭を下げる。
「ありがとうございます。」
レンも続いて頭を下げた。
「ありがとうございました。」
ミレリアとライセラも、それぞれ小さく礼をした。
レオンも軽く頷き返す。
「気を付けて帰りなさい。」
四人は静かに部屋を後にした。
扉が閉まる。
部屋に残ったのは、レオンとマリだけだった。
マリは不安そうな表情で尋ねる。
「……ギルドマスター。」
「本当に彼らは関係ないのでしょうか?」
レオンはしばらく黙っていた。
そして窓の外へ視線を向ける。
「分からない。」
静かな声だった。
「だが――」
「少なくとも、あの四人は今、この件の被害者だ。」
マリも静かに頷く。
レオンはゆっくりと目を閉じた。
「ゴロ……」
その名を、小さく呟く。
「ようやく尻尾を見せたな。」
彼の声だけが、静かな執務室に響いた。
ガリックは静かに息を吸った。
そして、一歩前へ踏み出す。
レオンの目をまっすぐ見つめながら、落ち着いた声で言った。
「違います。」
「俺たちは、五人のリーダーの誰とも関わっていません。」
レオンは何も答えなかった。
ただ、じっとガリックを見つめ続ける。
その沈黙は数秒ほど続いた。
やがて、レンも口を開く。
「俺も同じです。」
「そんな連中とは何の関係もありません。」
ミレリアも頷いた。
「私もです。」
「もし知っていたなら、あのダンジョンになんて入りませんでした。」
最後にライセラが静かに答える。
「……私も違います。」
「私は依頼を受けただけです。」
再び静寂が訪れた。
レオンは四人を一人ずつ見つめる。
表情。
視線。
呼吸。
わずかな仕草までも見逃さないように。
数秒後――
レオンはゆっくりと目を閉じた。
深く息を吐く。
その瞬間。
部屋中を覆っていた圧倒的な魔力が、ゆっくりと消えていった。
重苦しかった空気も、少しずつ元へ戻っていく。
レンは思わず大きく息を吐いた。
「はぁ……」
ミレリアも胸に手を当てる。
「すごい……」
「本当に息が詰まりそうだった……」
ライセラも静かに呼吸を整える。
ガリックだけは最後までレオンから視線を逸らさなかった。
レオンはゆっくりと頷く。
「……分かった。」
「少なくとも、君たちは嘘をついていない。」
レンが驚いたように尋ねる。
「本当に分かるんですか?」
レオンは静かに答えた。
「長い間、人を見続けてきた。」
「その程度なら判断できる。」
そう言って、彼は再び椅子へ腰を下ろした。
「今回の件は、こちらで対処しよう。」
「君たちはこれ以上関わる必要はない。」
ガリックが口を開く。
「ですが……」
レオンは首を横に振る。
「いや。」
「ここから先はギルドと王国の問題だ。」
少し間を置き、続ける。
「君たちは十分すぎるほど危険な目に遭った。」
「これ以上巻き込むつもりはない。」
四人は互いに顔を見合わせた。
やがてミレリアが小さく頷く。
「……分かりました。」
レオンは穏やかな表情へ戻った。
「報酬については通常より多めに支払う。」
「それと、竜の鱗も適正な価格で買い取ろう。」
レンの表情が少し明るくなる。
「それは助かります。」
レオンは小さく微笑んだ。
「今日はゆっくり休みなさい。」
「それだけの働きをしたのだから。」
ガリックは静かに頭を下げる。
「ありがとうございます。」
レンも続いて頭を下げた。
「ありがとうございました。」
ミレリアとライセラも、それぞれ軽く礼をする。
レオンも静かに頷き返した。
「気を付けて帰りなさい。」
四人は静かに執務室を後にした。
扉が閉まる。
部屋に残ったのはレオンとマリだけだった。
マリは不安そうな表情で尋ねる。
「……ギルドマスター。」
「本当に、あの子たちは関係ないのでしょうか?」
レオンはしばらく黙っていた。
そして窓の外へ視線を向ける。
「分からない。」
静かな声だった。
「だが……」
少しだけ目を細める。
「少なくとも今の彼らは、この事件の被害者だ。」
マリも静かに頷いた。
レオンは再び目を閉じる。
「ゴロ……」
その名を、小さく呟く。
「ようやく尻尾を見せたか。」
静まり返った執務室に、その低い声だけが静かに響いた。




