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第八章 レンの選択

ガリック、リセラ、ミレリア、そしてレンは、老人ゴロを前に戦闘態勢を取ったまま動かなかった。


レンは小さく唾を飲み込む。


(学校ですら一度も喧嘩なんてしたことないのに……今はこんな場所にいる。)


(この構えで、本当に合ってるのか……?)


静寂は、ほんの一瞬だけだった。


次の瞬間――


ゴロの姿が、全員の目の前から消えた。


残されたのは、空気を切り裂く残像だけ。


そして気づいた時には、彼はすでにガリックの目の前にいた。


一切の迷いもなく、短剣をガリックの顔面めがけて振り下ろす。


ガリックは寸前で反応した。


体を横へ投げ出し、そのまま地面を転がる。


紙一重で攻撃をかわした。


片膝をついたまま、自分の頬へ手を当てる。


その手を離すと、指先には細い血の筋がついていた。


「くそっ……。


かすったか。」


その瞬間だった。


ミレリアが杖を掲げる。


「――焼却(インシネレート)!」


ゴロの足元に、たちまち炎の魔法陣が浮かび上がる。


しかし老人は、ただ薄く笑った。


「同じ手には二度とかからん。」


リセラの目が大きく見開かれる。


「ミレリア、避けて!」


魔法の集中を切らないまま、ミレリアは戸惑ったように振り向く。


「え? 何を避け――」


最後まで言い終えることはできなかった。


リセラが勢いよく彼女へ飛び込んできたのだ。


自らの体でミレリアを突き飛ばし、その直後――


上空から落下してきた小さな岩が、二人のいた場所をかすめていく。


二人はそのまま地面へ転がった。


「な、何だったの……?」


事情が飲み込めず、ミレリアは呆然と呟く。


「リセラ!!」


レンの叫びが森に響いた。


ミレリアがリセラへ目を向けた瞬間――


その顔から血の気が引いた。


一本の短剣が、


リセラの腹部を深々と貫いていた。


ミレリアは目を見開く。


「そ……そんな……。」


レンもまた、凍りついたようにその光景を見つめていた。


そして、ようやく理解する。


「魔法陣を出す前に……


あいつ、短剣を空へ投げてたんだ。」


「落ちてきた岩を囮にして……


短剣を、お前の方へ落としたんだ。」


ミレリアは言葉を失う。


(でも……


あの人、風魔法まで使えるの……?)


一方、ガリックの傍らでは、


ゴロが軽蔑するような笑みを浮かべていた。


「なんとも弱い連中だ。」


ガリックは片手を地面につき、


苦しそうに立ち上がる。


体はふらついていた。


それでも剣を握り締め、


老人を真っ直ぐ睨みつける。


「俺は……」


息を荒く吐く。


「……お前を殺す。」


その時だった。


視界が急にぼやけ始める。


足に力が入らない。


「な……


何だ、これ……?」


剣が手から滑り落ちた。


そのまま膝をつく。


ゴロは静かにその様子を眺めていた。


「ああ……。」


小さく笑う。


「言い忘れていたな。」


一本の短剣を指先で器用に回しながら続ける。


「この刃には、


我が国で精製された毒が塗ってある。」


笑みがさらに深くなる。


「たった一度でも傷がつけば、


毒は血流へ流れ込む。」


ガリックは震える両手を見下ろいた。


(ど……


毒……?)


それでも歯を食いしばる。


再び地面に手をつき、


無理やり体を起こした。


足は激しく震えている。


それでも、


ゴロへ向かって走り出した。


――いや。


走ろうとした。


数歩進んだところで、


足が石につまずく。


そのまま地面へ激しく倒れ込んだ。


ゴロは小さく笑う。


「その毒に逆らうのは無駄だ。」


倒れたガリックを見下ろす。


「お前は、かすり傷程度だった。」


少し間を置いて、


淡々と言った。


「長くても四日。


それがお前の命だ。」


そして視線をリセラへ向ける。


「あの暗殺者の娘は……」


残酷な笑みを浮かべる。


「一日も持たんだろう。」


「……フッ。」


リセラは苦しそうに息を整えながらも、杖をゴローへ向けた。


「レン!」


その声は力強かった。


「私が援護する!」


「行って!」


レンは深く息を吸い込んだ。


唾を飲み込み、静かにうなずく。


「リセラを助ける。」


安心させるように微笑んだ。


「心配するな!」


そう言うと、迷うことなくゴローへ向かって駆け出した。


右拳を振り上げる。


そして、全力で拳を振り抜いた。


ゴローはそれを、いとも簡単にかわした。


拳はそのまま背後の大木へと直撃する。


ドゴォォォォン!!


耳をつんざくような轟音が森中に響き渡った。


大木の幹は粉々に砕け散る。


土や木片が四方八方へ吹き飛び、濃い土煙が辺りを包み込んだ。


全員が思わず腕で顔を覆う。


土煙の中から、ゴローの笑い声が聞こえた。


「……フフ。」


砕けた木を見つめながら、口元を緩める。


「もう少しだけ力を込めていたら……」


笑みがさらに深くなる。


「この辺りの景色そのものを変えていたかもしれないな。」


土煙はゆっくりと晴れていった。


レンは数歩後ろへ下がり、ギャリックの近くまで戻る。


肩で荒く息をしながらも、その視線は一瞬たりともゴローから離れない。


対するゴローは、終始落ち着き払った様子だった。


やがて小さく笑う。


「実に興味深い英雄だ。」


「お前には魔力がない。」


少し間を置き、レンの全身を観察するように視線を走らせた。


「……それにもかかわらず、並の英雄を上回るほどの怪力を持っている。」


少し離れた場所では、ミレイリアが苦しそうに立ち上がっていた。


戦闘で衣服のあちこちが裂けている。


それでも彼女は杖を構えた。


「レン!」


「こいつの話を聞いちゃダメ!」


ゴローが反応するより早く、杖の先を彼へ向ける。


「アク――」


ドンッ!!


魔法は最後まで唱えられなかった。


目で追うことすら難しい速度で、ゴローが目の前へ現れる。


その拳が容赦なくミレイリアの腹部へめり込んだ。


「がはっ……!」


肺の中の空気が一気に押し出される。


ミレイリアは目を見開いた。


そのまま腹を押さえながら膝をつく。


(は、速すぎる……)


息を整えようとしながら、そう思った。


「ミレイリアァァ!!」


レンはすぐさま彼女のもとへ駆け寄る。


拳を振り上げる。


今にも殴りかかろうとした――


だが。


その瞬間。


レンの思考が止まった。


一瞬だけ。


脳裏に次々と光景が浮かぶ。


ドラゴンを吹き飛ばした時のこと。


巨大な岩を粉々に砕いた時のこと。


拳の衝撃で木々が吹き飛んだ時のこと。


振り上げた腕が止まる。


そしてゆっくりと拳を下ろした。


レンはまっすぐゴローを見据える。


「……何が目的なんだ?」


張り詰めた声だった。


「どうして俺たちを殺そうとする?」


レンはリセラのもとへ駆け寄った。


彼女は苦しそうにうめき声を漏らしながら、浅い呼吸を繰り返していた。


必死になって短剣へ手を伸ばし、引き抜こうとする。


しかし、リセラは彼の腕をつかんだ。


「だ、だめぇっ!」


歯を食いしばる。


「抜か……ないで……」


苦しげに息をつきながら続けた。


「血が……一気に……流れ出る……」


「うっ……」


レンの手が震え始める。


彼はリセラを見た。


そして数メートル先で倒れているギャリックへ視線を移す。


震える声でつぶやいた。


「お、俺は……どうすれば……?」


ミレリアはようやく立ち上がった。


苦しそうに呼吸をしながらも、杖をゴロへ向ける。


「レン!」


彼女は力強く叫んだ。


「私が援護する!」


「行って!」


レンは大きく息を吸い込み、


唾を飲み込んだ。


そして力強くうなずく。


「リセラを助ける!」


安心させるように微笑み、


迷うことなくゴロへ向かって駆け出した。


右拳を振り上げ、


全力で殴りかかる。


しかし――


ゴロはあまりにも容易く身をかわした。


拳はそのまま背後の一本の大木へ直撃する。


ドゴォォォォォン!!


耳をつんざく轟音が森中へ響き渡った。


幹は粉々に砕け散り、


土や木片が四方八方へ吹き飛ぶ。


あたり一面が土煙に包まれ、


誰もが思わず顔を腕で覆った。


その土煙の中から、


ゴロの笑い声が聞こえる。


「……フフ。」


砕けた木を眺めながら笑う。


「その一撃に、もう少し力を込めていたら……」


笑みを深めた。


「この森の景色そのものが変わっていたかもしれんな。」


やがて、


土煙がゆっくりと晴れていく。


レンは数歩後ろへ下がり、


ギャリックのそばまで戻った。


胸が激しく上下している。


それでも視線だけは、


ゴロから決して離さなかった。


一方のゴロは、


相変わらず余裕の笑みを浮かべていた。


そして口を開く。


「実に興味深い勇者だ。」


「お前には魔力がない。」


そこで一度言葉を切り、


レンの全身を見渡す。


「……それにもかかわらず、


並の勇者をも凌ぐ、常軌を逸した腕力を持っている。」


後方では、


ミレリアが苦しげに立っていた。


戦闘のせいで服のあちこちが裂けている。


それでも彼女は杖を構える。


「レン!」


叫ぶ。


「あんな男の言葉なんて聞いちゃだめ!」


ゴロが反応するより早く、


彼女は杖の先を向けた。


「アクア――」


ドンッ!!


魔法は完成しなかった。


誰の目にも追えないほどの速度で、


ゴロが彼女の目前へ現れる。


そして、


拳を容赦なくミレリアの腹へ叩き込んだ。


「ぐっ……!」


肺の中の空気が一瞬で押し出される。


ミレリアの瞳が大きく見開かれた。


そのまま膝から崩れ落ち、


腹を押さえる。


(は、速すぎる……)


息を整えようとしながら、


心の中でそうつぶやく。


「ミレリアァァ!!」


レンはすぐさま彼女のもとへ駆け寄った。


拳を振り上げる。


今にも殴りかかろうとした――


しかし。


その瞬間、


彼の思考が止まる。


ほんの一瞬の間に、


いくつもの光景が脳裏を駆け巡った。


ドラゴンを倒した時。


巨大な岩を粉砕した時。


自分の拳で木々が吹き飛んだ時。


レンの腕は、


空中で止まる。


そして、


ゆっくりと拳を下ろした。


まっすぐゴロを見据える。


「……あんたは何が目的なんだ?」


張り詰めた声だった。


「どうして俺たちを殺そうとする?」


ゴロはわずかに眉を上げ、


すぐに笑みを浮かべた。


「勇者、お前を殺す必要はない。」


ゆっくりと仲間たちへ目を向ける。


「だが……」


その笑みが深くなる。


「お前の仲間たちは別だ。」



ライセラは苦しそうに息を吐いた。


「……レ、レン……」


その瞳がレンを見つめる。


「逃げ……て……」


「……っ、あぁ……」


ゴロは腕を組んだ。


「お前の仲間たちに、もう時間は残されていない。」


薄く笑う。


「……本当に仲間だと言うのなら、な。」


レンはゆっくりと息を吸った。


その眼差しは鋭くなる。


「……何を言ってる?」


ゴロはすぐには答えなかった。


ただ静かに笑みを浮かべる。


そして懐へ手を入れた。


小さなガラス瓶を取り出す。


何も言わず、それをライセラの方へ放り投げた。


瓶は草の上に落ち、数センチ転がる。


「あの暗殺者は……」


ライセラを指差す。


「あと数時間の命だ。」


笑みが消えた。


「そこにある。」


「解毒薬だ。」


「一度きりしか使えない。」


レンは素早く小瓶へ視線を向けた。


そして再びゴロを見る。


混乱したまま口を開く。


「で、でも……」


「……どういうことだ?」


ゴロは今度はガリックへ視線を向けた。


「あいつの傷は浅い。」


穏やかな口調のまま続ける。


「だが、それで十分だ。」


「毒は四日以内にあいつを殺す。」


ガリックは歯を食いしばった。


「そ……そんな……」


苦しそうに息を吐く。


「そんなの……」


「狂ってる……」


レンは一歩前へ踏み出した。


もう我慢の限界だった。


「結局、何が目的なんだよ!!」


ゴロは再び笑みを浮かべる。


「ドラクタール王国までは、馬で二日の距離だ。」


静かな声で言った。


「あの解毒薬はそこで作られている。」


少し間を置く。


そして真っ直ぐレンを見つめた。


その表情が真剣なものへ変わる。


「それに……」


「お前を気絶させて引きずっていく手間も省ける。」


「その方が、お互い都合がいいだろう?」


レンは動かなかった。


ゴロは続ける。


「お前は特別な存在だ。」


「魔法を持たない勇者。」


レンの全身をじっと見渡す。


「……それでいて、常識外れの力を持っている。」


レンは拳を握り締めた。


唾を飲み込む。


そして静かに言う。


「……俺を殺したいなら。」


深く息を吸う。


「今ここで殺せ。」


その視線は揺るがなかった。


「でも……」


「みんなは助けてくれ。」


ガリックは目を見開いた。


「レン……」


ライセラもゆっくりと顔を上げる。


その瞳には驚きが浮かんでいた。


ゴロは数秒間、何も言わなかった。


やがて落ち着いた声で答える。


「私がお前の命を奪うつもりなら……」


かすかに笑う。


「とっくにそうしている。」


片方の短剣を鞘へ戻した。


「お前を気絶させて、そのままドラクタールへ連れて行くこともできる。」


数歩後ろへ下がる。


「あるいは、自分の足で来るか。」


「戦士の解毒薬を取りに。」


その視線が仲間全員を順に見渡す。


「……もう答えは決まったようだな。」


そう言ってから、ゴロはミレイラへ目を向けた。


穏やかに微笑む。


「では、また。」


再びレンを見る。


「ドラクタールで待っている。」


その瞬間――


ゴロの姿が消えた。


まるで最初からそこにいなかったかのように。


その場には、かすかな風だけが吹き抜けた。



レンは歯を食いしばった。


怒りで拳が震えている。


「……あの卑怯者!!」


その叫びは森中に響き渡った。


しかし――


返事はなかった。


ミレイラは再びゆっくりと立ち上がる。


まだ苦しそうに呼吸をしていた。


両手を前へ向ける。


そこに浮かんでいた小さな炎のルーンが、ゆっくりと消えていく。


彼女は悔しそうにため息をついた。


「今度こそ……」


ゴロが消えた場所を見つめる。


「本気で焼き尽くしてやるつもりだったのに。」


ゆっくりと両手を下ろした。


「……でも、気づかれてたみたいね。」


レンは深く息を吸う。


そして草の上に転がる小さな瓶へ視線を落とした。


その表情が曇る。


「……解毒薬は一つしかない。」


仲間たちを見回す。


「俺たち……どうすればいい?」


その場を沈黙が包んだ。


最初に口を開いたのはガリックだった。


膝をつき、身体を震わせながらも、その声は力強かった。


「その解毒薬は……」


「ライセラに使え。」


全員が一斉に彼を見た。


ライセラは驚きで瞬きをする。


「ガ、ガリック……?」


戦士は深く息を吐いて続けた。


「ライセラは……」


「あの一撃を受けてまでミレイラを守った。」


一瞬だけミレイラを見る。


「だったら……」


「彼女が解毒薬を使うのが当然だ。」


ミレイラはしばらく黙っていた。


やがて小さく微笑む。


「ガリック……」


静かに首を振った。


「時々、本当に驚かされるわ。」


ライセラは視線を落とした。


かすれた声で呟く。


「わ、私は……」


苦しそうに息を吐く。


「……あなたに嫌われてると思ってた。」


ガリックは長く息を吐いた。


「俺が嫌っているのは……」


ライセラを真っ直ぐ見つめる。


「お前の職業だ。」


そして視線を逸らした。


「……だけど。」


「お前は……少し違うみたいだ。」


レンは眉をひそめる。


「でも、お前は?」


ガリックの頬についた小さな傷を指差す。


「お前も毒を受けてるじゃないか。」


ガリックは静かに笑った。


「お前のおかげで……」


腰の荷袋へ目を向ける。


そこにはドラゴンの鱗が入っている。


「あのドラゴンの鱗がある。」


「かなりの金になるはずだ。」


深く息を吸う。


「全部売って……」


「馬車を借りる。」


「そうすれば、ドラクタールへもっと早く着ける。」


その目には迷いがなかった。


「そこで俺は治療を受ける。」


それでもミレイラは納得していなかった。


「でも……」


眉を寄せる。


「本当にあの老人を信じるの?」


ゴロが消えた場所を見る。


「あの人、すごく信用できない。」


ガリックは数秒間黙っていた。


やがて静かに答える。


「もし本当に俺たちを殺すつもりだったなら……」


仲間全員を見渡す。


「もう、とっくに殺されていた。」


深く息を吐く。


「あいつはレンに選択肢を与えた。」


そしてライセラを見る。


「そして……ある意味では。」


「俺たちにも選択肢を残した。」


少しだけ間を置く。


「……この賭けに乗る価値はあると思う。」


レンはゆっくり息を吸った。


そして頷く。


「……分かった。」


迷うことなくライセラの隣へ膝をつく。


短剣の柄を慎重に握る。


彼女を見る。


「痛いぞ。」


ライセラは静かに目を閉じた。


次の瞬間。


レンは一気に刃を引き抜く。


「――――あああああぁぁっ!!」


ライセラの悲鳴が森中に響き渡った。


ほとんど同時に。


ミレイラは杖を傷口へ向ける。


柔らかな光がライセラの腹部を包み込んだ。


魔法が傷を癒やしている間に。


レンは自分の服を二か所引き裂く。


慎重に傷口へ巻きつけ、止血のため即席の包帯を作った。


終えると。


草の上に落ちていた小瓶を拾い上げる。


ライセラの頭を優しく支える。


安心させるように微笑んだ。


「ライセラ。」


「口を開けて。」


彼女は素直に従う。


レンはゆっくりと解毒薬を飲ませた。


全部飲み終えると。


ミレイラは再び杖を掲げる。


「今は横になって。」


小さく微笑む。


「傷の治療を続けるわ。」


「軽い治癒魔法だけど……少しは楽になるはず。」



ミレイラがライセラの傷を治療している間――


レンは立ち上がり、ガリックのもとへ歩み寄った。


その隣で足を止める。


「ガリック……」


戦士はゆっくりと顔を上げた。


毒で身体は弱っていたが、それでも気丈に振る舞おうとしていた。


「俺なら……」


深く息を吸う。


「普通に歩ける。」


額に片手を当てる。


「少し視界がぼやけてるだけだ。」


しばらくして――


ライセラもゆっくりと立ち上がった。


片手はまだ腹部を押さえている。


ミレイラが支えながら、ゆっくりと歩いていた。


レンは二人の方へ近づく。


「ライセラ。」


「ちゃんと歩けそう?」


ライセラは深く息を吸った。


表情にはまだ痛みが色濃く残っている。


「少しなら……」


短く間を置く。


「……っ、あぁ。」


ミレイラは興味深そうに彼女を見つめた。


どうしても気になっていたことがある。


「一つ聞いてもいい?」


ライセラは小さく頷いた。


「もちろん。」


ミレイラは少し声を落とした。


「どうして……」


「私の代わりに、あの攻撃を受けたの?」


ライセラはしばらく黙っていた。


やがて視線を少し伏せる。


「私は……」


わずかに眉を寄せた。


「分からない。」


ゆっくり息を吐く。


「体が……」


自分の両手を見つめる。


「勝手に動いてた。」


ミレイラは数秒間黙っていた。


そして優しく微笑む。


「……そっか。」


軽く頭を下げる。


「ありがとう。」


ライセラは照れくさそうに微笑んだ。


「気にしないで。」


二人が話していると――


ミレイラの視線が、ゴロの残していった短剣へ向いた。


彼女は武器の方へ歩いていく。


しゃがみ込み、刃を注意深く観察した。


「これ……」


「持っていった方がいいかな?」


ライセラは短剣をちらりと見る。


そして何気なく答えた。


「欲しいなら。」


肩をすくめる。


「売ればいい。」


「かなり質のいい武器だと思う。」


ミレイラは頷いた。


慎重に短剣を腰のポーチへしまう。


それから皆のところへ戻った。


ガリックは大きく息を吸った。


片手を剣に添える。


身体は弱っていても、その声には力があった。


「よし。」


全員を見渡す。


「まずはギルドへ戻る。」


「あんな依頼がどうして依頼掲示板に貼られていたのか、説明してもらわないとな。」


少し間を置く。


「それからドラクタールへ向かう。」


四本の指を立てる。


「俺に残された時間は四日。」


深く息を吐く。


「馬が一頭あれば十分だ。」


その言葉を聞いた瞬間――


レンとミレイラはほぼ同時に声を上げた。


「えっ!?」


ガリックは眉をひそめる。


「……何だ?」


二人を見た。


「俺は急がなきゃならない。」


ミレイラは腕を組む。


「一人で行くなんて絶対ダメ。」


レンもすぐ頷く。


「そうだ。」


笑顔を見せる。


「俺たちも一緒に行く。」


ライセラだけは何も言わなかった。


自由な方の拳を静かに握り締める。


その視線は数秒間、地面へ落ちていた。


ガリックは首を横に振る。


「お前たち……正気か?」


ミレイラを見つめる。


「ミレイラ。」


「お前は魔族の国にいる家族を助けに行かなきゃならないんだろ。」


彼女は迷うことなく答えた。


「分かってる。」


穏やかに微笑む。


「でも、その前にドラクタールへ寄ればいい。」


そして旅は続ければいいだけ。


ガリックを見る。


「それに……」


彼の荷袋を指差した。


「あのドラゴンの鱗なら、かなりのお金になるはずだし。」


レンも一歩前へ出た。


「俺もガリックを置いていくつもりはない。」


一瞬だけ言葉を止める。


何かを言いかけたように。


「それに……俺は……」


途中で言葉を飲み込んだ。


照れ隠しのように後頭部を軽くかく。


ぎこちなく笑った。


「あー……」


「だから、一緒に行かせてくれ。」


ガリックはわずかに眉をひそめた。


「……俺は?」


心の中で繰り返す。


「何を言おうとしたんだ?」


問いかけようとした、その時――


ライセラが口を開いた。


「もし、許してもらえるなら……」


全員の視線が彼女へ向く。


暗殺者の少女は静かに息を吸った。


「私も……みんなと一緒に行きたい。」


ミレイラは少し驚いたように目を瞬かせた。


「ライセラ?」


微笑む。


「でも、もうほとんど回復したでしょう?」


「解毒剤も飲んだし。」


ライセラは小さく頷いた。


「分かってる。」


苦しそうに息を吐く。


まだ痛みは残っていた。


「はぁ……」


ゴロが消えていった方角へ視線を向ける。


「あの男……」


彼女の表情が険しくなる。


「槍を使っていた。」


「短剣を二本。」


「そして……今まで見た誰よりも速かった。」


その場は静まり返った。


ライセラはもう一度深く息を吸う。


そして続けた。


「あれは……」


拳を強く握る。


「屈辱だった。」


ゆっくりと顔を上げる。


「私は……あいつに復讐したい。」


その声は再び穏やかになる。


一人ひとりを見つめた。


「それに……」


控えめに微笑む。


「私を本当に優しく扱ってくれたのは……みんなだけだった。」


全員がライセラを見つめていた。


彼女は少し肩をすぼめている。


そんなことを口にしたのが恥ずかしいようだった。


数秒後――


ガリックは長く息を吐いた。


小さく笑う。


「分かった。」


全員を見渡した。


「それじゃあ……みんなで行こう。」


レンは笑顔を浮かべた。


「よし!」


ミレイラも頷く。


「ええ。」


ライセラも静かに頷いた。


「ありがとう。」


それ以上立ち止まることなく――


四人は再び街道を歩き始めた。


再び静寂が彼らを包む。


森に響くのは足音だけだった。


その遥か遠く――


巨大な岩山の頂上。


長いマントをまとった一つの人影が、静かに彼らを見下ろしていた。


その顔は完全に隠されている。


ただ一つ見えていたのは――


その瞳だけ。


透き通るような翠緑の瞳。


レンたち一人ひとりの動きを見つめながら、ゆっくりと脈打つように輝いていた。


その人物は一言も発さなかった。


ただ静かに立ち尽くし――


木々の向こうへ消えていく彼らの背中を見送り続けていた。


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