第47話 — これから待ち受ける試練
ライセラとレンは、キャンプの設営に必要な木材を集めるため、森の中を歩いていた。
レンが地面に落ちている枝を拾い集めていると、ライセラは両腕に抱えていた三本の太い丸太を見せた。
「レン、これなんかいいんじゃない?」
レンは丸太に目を向けた。
「かなり太いな。あとで必要になりそうだ。それにしても、重くないか?」
レンは彼女に近づき、何本か代わりに持とうと腕を伸ばした。
「レンだって、もうたくさん持ってるでしょ。ありがとう。でも、大丈夫だと思う」
「そっか。じゃあ……もう十分集まったかな。戻ろう」
レンは拾い集めた枝を抱え、森の中を歩き始めた。
すると、背後からライセラの声が聞こえた。
「レン、待って!」
レンは足を止め、肩越しに振り返った。
「どうした?」
ライセラはゆっくりと彼に近づいた。
「あの……自分に何が起きたのか、話してみる気はない?」
レンは眉をひそめた。
「ああ……どうして?」
「例えば、同じことが起きないように、何か対策を考えられるかもしれないでしょ?」
レンは戸惑ったような表情を浮かべた。
「対策? 病気か何かみたいにってことか?」
「そういうことじゃなくて……。レンの力になりたいの」
レンは気まずそうに視線をそらした。
「俺は……あまり思い出したくないんだ。何が起きたのか、自分でもよくわかってない。でも、考えると……苦しいんだ」
そう言って、レンは再び歩き始めた。
ライセラはその場に立ち尽くし、胸元で両手をぎゅっと握りしめた。
「私……レンの力になりたいのに……」
その言葉が届いたのか、レンは再び足を止め、彼女のほうを振り返った。
「俺の力に? どうして? 何が起きたのか、君だって知らないだろ。それに、正直……俺自身、あれが何だったのか、よくわかってないんだ」
ライセラは深く息を吸い込んだ。
まるで、残された勇気をすべて振り絞るかのように。
「それは……」
彼女はうつむいた。
「私……レンのことが好きなんだと思う」
森が静寂に包まれた。
二人はしばらく身動きひとつせず、木々の間を吹き抜ける風の音だけが響いていた。
レンはわずかに口を開き、ライセラを見つめていた。
彼女の体は小さく震え、唇もかすかに震えている。
「ご、ごめん……! 今のは忘れて!」
ライセラが慌てて顔をそらそうとした瞬間、レンが近づき、彼女の目の前で足を止めた。
「……本気で言ってるのか?」
ライセラの顔がさらに赤くなった。
「も、もう一回言わせる気!?」
レンは頭をかきながら、明らかに困惑した様子を見せた。
「わ、悪い……。その……誰かにそんなことを言われたの、何年も前のことだからさ。どう反応すればいいのか、わからなくて……」
ライセラは小さく微笑み、つま先で地面に円を描き始めた。
「そ、その……私たち魔族って、好きだから一緒になるわけじゃないでしょ? だから……自分でも、この気持ちが何なのか、少し戸惑ってるの。でも……」
彼女はそっと顔を上げ、レンの目を見つめた。
「悪い気持ちじゃないってことだけは、わかるの」
レンはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「そうだな……。俺、君のことをそういう目で見たことはなかったんだ。いろんなことが一度に起きすぎて、そんなことを考える余裕もなかったし……。でも、ちゃんと考えてみるよ」
ライセラの口元に、小さな笑みが浮かんだ。
「予言者が言ってたこと、覚えてる? 私たちは、この世界を離れたあと、別々の道を歩むことになるって」
「ああ……そんなことを言ってたな」
レンは目の前に続く道へと視線を向けた。
「それに、偶然なのかもしれないけど、俺たちは今、君のお父さんが俺に行けって言った場所に向かってる。精神を鍛えて、自分の中にいる何かと接触するためにさ」
レンは少し間を置いた。
「そういえば……」
ライセラが首をかしげる。
「どうしたの、レン?」
「数日前、誰かに呼ばれた気がしたんだ」
ライセラの表情が変わった。
「誰かに?」
「ああ。でも、変だったんだよ。声が……自分の中から聞こえてくるような感じでさ」
「ふーん……」
レンはライセラを見た。
「何だよ?」
ライセラは控えめに微笑んだ。
「エラリオンは、レンにとっていい場所になりそうね」
レンはわずかに目を伏せた。
「なあ、ライセラ……。君は、俺と一緒にいるのが好きなのか?」
ライセラは迷うことなく、こくりとうなずいた。
「俺も、君といるのは好きだよ。君は頭もいいし、この世界のことをもっと知ろうとしてるだろ。はは……それに比べて俺は、自分のことすらまともに……」
レンは言葉を詰まらせた。
聞こえてきたのは、荒い呼吸だけだった。
ライセラが一歩近づく。
さらに、もう一歩。
「レン……?」
やがて、レンは途切れかけた言葉を口にした。
「俺は……俺のことを見捨てた人間のことさえ、忘れられないんだ」
彼の視線は、地面に落ちたままだった。
ライセラは、そんなレンの様子をじっと見つめた。
そして、すぐさま彼の前に回り込むと、その顔をのぞき込んだ。
両手をそっとレンの目元に添え、今にもこぼれ落ちそうになっていた涙を拭った。
「レン……。私はあなたのそばにいるよ。私には、まだあなたに伝えたいことがたくさん……」
「俺は……まだ頭の中を整理できてないんだ、ライセラ。自分が何を考えてるのかさえ、わからない。ただ、風に流されるまま進んでるだけなんだ。考えなきゃいけないことも、知りたいことも、たくさんある。でも……」
レンの声がかすかに震えた。
「たぶん、俺は怖いんだ」
ライセラは、半ば伏せられたレンの目を見つめた。
レンは視線をそらすと、彼女の横を通り過ぎ、地面に散らばった枝を拾い始めた。
「とにかく、早く薪を運ぼう。火を起こさないと」
「レン! あなたに何があったのか、私にはわからない。でも……」
「なあ、ライセラ」
レンは彼女を見ないまま、静かに口を開いた。
「この世界に来たばかりの頃は、もうあっちの世界の問題について考えなくていいんだって、少しほっとしてたんだ。でも……結局、何度も思い出しちまう」
二人の間に、短い沈黙が流れた。
レンは拾った枝を抱え直し、再び口を開いた。
「……そろそろ、向き合うべきなのかもしれないな」
ライセラの唇が小さく震えた。
「誰かが自分を好きだって言ってくれた。それだけで……急に、もっといい人間になりたいって思えたんだ」
レンは深く息を吐いた。
「俺は前を向くよ。でも、今までと同じにはならない。たとえそのせいで死ぬことになっても、誰かを助けることはやめない」
彼は抱えている枝を強く握りしめた。
「……妹は今、地球で一人ぼっちなんだ」
レンの脳裏に、一人の少女の姿が浮かんだ。
「トウカ……」
彼はゆっくりと歩き始めた。
キャンプへと戻る道を進みながら、振り返ることなく言った。
「早く戻ろう、ライセラ。アウェレンが、この辺りは危険だって言ってただろ」
ライセラは数秒間その場に立ち尽くし、うつむいていた。
やがて、小さく答えた。
「……うん」
***
一方、エリンドール王国の地下深くにある、大きな小屋では――。
ロイレンが落ち着きなく、部屋の中を行ったり来たりしていた。
ヴァレラは足を組んで座りながら、苛立ちを隠そうともせずに口を開いた。
「説明して。その人間が、私たちにとって何の役に立つっていうの?」
ドラヴィオンは口元をつり上げ、意味ありげな笑みを浮かべた。
それを見たヴァレラは、鋭い目つきで彼をにらみつけた。
「そのニヤついた顔をやめなさい。さもないと、私がその顔を引きつらせてあげるわよ!」
「まあまあ、ヴァレラ。俺がいることを忘れないでくれよ」
ロイレンが間に入る。
しかし、ヴァレラは立ち上がり、ドラヴィオンを真正面から見据えた。
「あなたのことは信頼しているわ。でも、この魔族だけは別よ。絶対に信用しない!」
ドラヴィオンは、そんな彼女の言葉を気にする様子もなく、口を開いた。
「この人間は、俺たちから逃げ切った。だが、一つ聞かせてくれ。お前たちは、いつから地下牢を脱出していた?」
その場にいた全員が、彼に視線を向けた。
アラリックは眉をひそめた。
「……お前、俺たちのことをずいぶん詳しく知っているようだな」
そう言ってから、アラリックはロイレンに目を向けた。
「こいつに何を話した?」
「大したことは話してないよ」とロイレンは答えた。「こいつは、もともとその情報を知っていたんだ。それに、俺たちは仲間同士だろ? そこを忘れないでくれよ」
ヴァレラとアラリックは互いに顔を見合わせた。
そして、納得したようにうなずいた。
一方、ドラヴィオンは表情を変えないまま、心の中で笑っていた。
(父上……俺がお前に代わって王座に就いたとき、この世界は魔族のものになる!
……お前は甘すぎるんだよ)




