第45話――不穏なつながり
エドリックは、フードを深く被った男と向かい合っていた。
男は剣をエドリックに向けたまま、微動だにしない。
エドリックの全身に悪寒が走った。
あまり大したことはできない……。俺の魔力も、もうほとんど残っていない。
男は目を細めた。
「お前は何者だ? それに、どうしてそんな怪しい格好をしている?」
エドリックは息を呑んだ。
「俺は……その……新人です」
男は動かず、黙ったままエドリックを見つめている。
エドリックは冷や汗をかき始めた。
信じてくれたのか?
数秒後、男はようやくため息をついた。
「正直、そんな冗談を言ってくるとは思わなかった」
男が剣を振り上げる。
「まあ……死ね」
男の腕がゆっくりと振り下ろされる。
エドリックは目を見開いた。
避ける時間がない!
ガキィン!
森の中に金属音が響き渡った。
エドリックは目を見開いた。
剣が何かによって受け止められていた。
爪だった。
目の前では、ドラヴィオンが片手だけで剣の刃を受け止めていた。
くそ……追いつかれた!
フードの男は驚いたようにドラヴィオンを見つめる。
「魔族……? なぜ人間を庇う?」
ドラヴィオンは答えなかった。
ただ、険しい表情で男を見つめている。
男は目を細めた。
「答えるつもりがないなら……二人まとめて真っ二つにしてやる」
男の周囲にオーラが集まり始める。
そして剣を構えた。
「斬――」
「やめろ、アラリック!」
木々の間にリオレンの声が響いた。
アラリックは動きを止め、その声を聞いてわずかに目を見開いた。
「リオレン?」
そして、リオレンの方を見る。
「これはどういうことだ?」
ドラヴィオンはリオレンを見たあと、アラリックへ視線を移した。
「こいつもお前の仲間なのか?」
アラリックはようやく剣を下ろし、フードに手をかけて脱いだ。
短い白髪が額に落ちる。
極端に白い肌。
そして、その白い肌とは対照的な赤い瞳がリオレンを見つめていた。
「まさか、お前がここまで落ちるとはな、リオレン」
その視線が一瞬だけエドリックへ向かい、続いてドラヴィオンへ移る。
「人間と魔族が手を組むとは……失望したぞ」
リオレンはため息をついた。
「落ち着け、アラリック。俺たちには計画がある」
アラリックは乾いた笑いを漏らした。
「計画? その計画というのは、この悪魔に背後から刺されることか?」
「もちろん違う。まずは隠れ家に戻ろう。そこで落ち着いてすべて説明する」
ドラヴィオンが一歩前に出た。
「初めまして。俺の名前はドラヴィオンだ。この人間には、俺たちの侵攻作戦のために必要なんだ」
アラリックは数秒間、ドラヴィオンを見つめた。
そして目を細める。
「ああ……。お前が魔王本人の息子か」
声がさらに険しくなる。
「すべてが、俺たちを裏切るために仕組まれているようにしか見えない。リオレン、今すぐこいつを始末することを勧める」
「ヴァレラも同じことを言っていた」
リオレンが答える。
「だが、俺は断った。まずは隠れ家に戻ろう。そこで全部説明する」
アラリックは数秒間、黙っていた。
その視線がエドリックとドラヴィオンの間を行き来する。
やがて、ため息をついた。
「もしあの魔女が、お前たち二人を殺さなかったのなら……何か理由があるのだろう」
彼は剣を収めた。
「分かった。俺も行こう」
リオレンはエドリックを指差した。
「その人間を連れて行ってくれるか? 俺は先にドラヴィオンと話したい」
アラリックは頷いた。
「分かった。ただし、ヴァレラの餌になろうとしているこいつを庇うつもりはない」
エドリックは目を見開いた。
そのままアラリックに前へ押し出される。
「ええっ!? 本当に俺を食わせるつもりなのか、魔族さん!? 助けてくれ!」
アラリックは顔すら向けず、剣の柄でエドリックの頭を叩いた。
ゴン!
「うるさい、人間。さっさと歩け」
エドリックは頭を押さえた。
「叩く必要ないだろ……」
しばらく後
他の者たちから離れた場所で、ドラヴィオンとリオレンは並んで歩いていた。
ドラヴィオンは、リオレンが妙に静かなことに気づいた。
「どうした、リオレン?」
リオレンは足を止めた。
その表情は真剣だった。
そしてドラヴィオンを見つめる。
「お前は……あの存在について何を知っている?」
一瞬だけ、ドラヴィオンの目が見開かれた。
しかし、その表情はすぐに元へ戻った。
そして小さく笑う。
「ハッ……。まさか、その話か? 子供向けの怪談のことか?」
リオレンは笑わなかった。
「俺は本気で聞いている」
ドラヴィオンから笑みが消えた。
「本当に……本気で聞いているのか?」
数秒間沈黙したあと、彼は続けた。
「俺が知っていることは、子供の頃に聞いた物語の中にあるものだけだ。濃い霧に包まれ、重く息苦しい感覚をまとった存在……そして、言うことを聞かない子供を追いかけてくると言われている」
ドラヴィオンは肩をすくめた。
「魔族なら誰でも知っている話だ」
リオレンは眉をひそめた。
「俺はほとんど何も聞いたことがない」
「お前たちが俺の民を解放したら、その存在について知りたいことを全部調べればいい」
リオレンは目を細めた。
「つまり……お前の父親が倒されたあと、ということか?」
ドラヴィオンは一瞬、黙った。
「まあ……細かいことだ」
「その細かいことのせいで、お前は十年間も囚われていたんだろう?」
ドラヴィオンは嘲るように笑った。
「だからこそ、今回はお前たちの力を借りるんだ。そうすれば、あの忌々しいルミナリアのお気に入りたちを滅ぼすことができる」
リオレンはドラヴィオンを見つめた。
「だが、お前たちの種族は今も地上で暮らしているんだろう?」
ドラヴィオンの笑みが消えた。
「暮らしている?」
彼は地平線を指差した。
「俺たちは荒れ果て、汚染され、死んだ大地を歩いている」
その視線が鋭くなる。
「父上はいつも、『すべての種族には、それぞれの役割がある』と言っている」
ドラヴィオンはリオレンを見た。
「なら、答えてくれ、リオレン……俺たちの役割は、生命のない土地で生き続けることなのか?」
彼は自分自身を指差した。
「それに、お前たちの民はどうだ? 彼らも一生隠れて暮らし、太陽の光すら見ることができないままでいいのか?」
リオレンは黙っていた。
ドラヴィオンは続ける。
「俺は、そんなものを受け入れる理由なんてないと思っている」
リオレンは数秒間、ドラヴィオンを見つめた。
「なら、お前が本当に望んでいるのは、ただ権力を奪うことじゃない……他の種族を滅ぼすことなのか?」
ドラヴィオンの顔に狂気じみた笑みが浮かんだ。
「もちろんだ」
その瞳は興奮に輝いているようだった。
「魔族も吸血鬼も、ルミナリアに忘れ去られた」
彼は笑う。
「なら、最高の復讐は何だと思う?」
口元を大きく歪める。
「エルフを滅ぼす。人間もだ。そして、あの歪んだ忌々しい種族どもも……」
ドラヴィオンは目を細めた。
「ドラクタール王国もな」
リオレンの表情が険しくなる。
「彼女が怒るぞ」
ドラヴィオンは首を傾げた。
「ほう……お前は彼女が怖いのか?」
リオレンは深く息を吐いた。
「彼女がこの世界に降り立ったのは、ほんの数回だけだ。そのたびに、すべてが変わった。彼女が去ったあとでさえ、世界そのものが別物になったように感じる」
そしてドラヴィオンを見る。
「誰もが彼女を恐れている」
ドラヴィオンは笑った。
「だが、俺には彼女に対する武器がある」
リオレンは目を細めた。
「武器?」
「そうだ」
ドラヴィオンは再び歩き始めた。
「そして、その計画には現在の魔族の指導者を排除する必要がある」
リオレンは数秒間、彼を見つめた。
そして、ただ頷いた。
「分かった。俺は先に行く」
そう言ってドラヴィオンの横を通り過ぎようとする。
「待て」
リオレンが足を止めた。
ドラヴィオンが彼を見る。
「さっきの『存在』の話……なぜ聞いた?」
リオレンは視線を逸らした。
「何でもない。ただ、もう少し詳しく知りたかっただけだ」
ドラヴィオンは数秒間、リオレンを観察した。
そして笑った。
「分かった、分かった。いつかもっと知ることになるさ」
彼も再び歩き始める。
「さあ、行こう」
二人は黙ったまま並んで歩き続けた。
ドラヴィオンはリオレンの隣を歩きながら、横目で密かに彼を観察していた。
数秒後、ゆっくりと目を閉じる。
あの「存在」……
あれはお前に似ていた、リオレン。
だが……まるで歪んだ姿のようだった。
ドラヴィオンの精神世界
ドラヴィオンは、完全に何もない空間に立っていた。
そこは壁の存在しない部屋のようで、無数の物体が虚空に浮かんでいる。
その中には、過去に起きた出来事を表しているようなものもあった。
そして……
まだ起きていない、これから起こる出来事を表しているようなものも。
ドラヴィオンは周囲を見渡し、薄く笑った。
「俺は、こういうものを眺めるのに飽きたことがない」
その目の前に、ひとつの気配が現れた。
ノクティレンだった。
彼は優雅な執事服を身にまとい、あの不気味な笑みを浮かべていた。
「フッ……最近のお前は、ずいぶん簡単に私の周波数へアクセスできるようになったな」
ドラヴィオンは笑った。
「運命が俺たちを結びつけたんだ」
彼は周囲に浮かぶ物体を見つめる。
「お前が、すべてがどうあるべきかを見通すそのやり方……それこそが本当の自由だ」
ノクティレンが小さく笑った。
「フフ……そう思ってくれるなら嬉しいよ」
そして、その笑みが少し消える。
「だが気をつけろ。あの吸血鬼たちは、お前が私と何らかのつながりを持っていることに気づき始めている」
ドラヴィオンは首を傾げた。
「それが何か問題なのか?」
ノクティレンは深い闇のような笑みを浮かべた。
「昔、私はその中の一人……ナッツとかいう男が、私と適合するかもしれないと思っていた。彼が救世主になれるかもしれないとな」
その笑みが消える。
「だが、違うと分かった。彼は狂ってしまった」
ノクティレンはため息をついた。
「吸血鬼たちは今でも私のことを覚えている。何しろ、私は彼らの仲間を自らの手で殺さなければならなかったからな。残念なことだ」
ドラヴィオンは薄く笑った。
「その吸血鬼たちは、自分たちだけがあなたの影響を受けられると思っているみたいだな」
小さく笑う。
「滑稽ですらある」
ノクティレンは首を傾げた。
「それで、お前が玉座を手に入れたあとも……彼らと共に生きていくつもりか?」
ドラヴィオンは数秒間考えた。
「最初は、奴らを従者にするつもりだった」
そして肩をすくめる。
「だが、今は分からない。あいつらのうち二人が俺を斬ろうとしたからな。あまり気分のいいものじゃなかった」
ノクティレンが笑い始めた。
「ハハハハハハ!」
その笑い声が、虚無の空間に不気味に響き渡る。
ドラヴィオンは彼を見つめた。
「そんなふうに笑うのはやめた方がいい」
ノクティレンは一瞬、笑うのを止めた。
「なぜだ?」
「傷ついているように見える」
ドラヴィオンは話題を変えた。
「それで、ルミナリアをどうするつもりだ?」
ノクティレンは笑った。
「この世界に、私を傷つけられるものなど存在しないよ、坊や」
一瞬、間を置く。
「正確には……ただ一つだけ、私を傷つけられるものがある。だが、今の時点では誰にも不可能だ」
ドラヴィオンは黙っていた。
「それで……ルミナリアは?」
ノクティレンの笑みが、徐々に不気味なものへと変わっていく。
ドラヴィオンはそれに気づいた。
そして、彼も笑った。
「何か計画があるみたいだな」
ノクティレンが小さく笑う。
「ああ……彼女のことは私に任せておけ」
その瞳が、深い闇へと沈んでいくように見えた。
「年長者の忠告を無視したことを、彼女には思い知らせる必要がある」
「ハハハ……」
ドラヴィオンは笑った。
「彼女のことが少し気の毒に思えてきたよ」
ノクティレンが彼を見つめる。
「気の毒?」
そして首を横に振った。
「彼女に同情するな」
ノクティレンがゆっくりと近づく。
「彼女はお前とは違う」
その笑みが消えた。
「彼女は檻の中に囚われている」
そして、再び笑う。
「だが、お前は……」
一拍の間。
「自由だ」
ドラヴィオンは少し俯いた。
「お前は、あの牢獄に何年も閉じ込められていた俺の精神を解放してくれた」
彼は微笑んだ。
「ありがとう」
ノクティレンは再び、あの特徴的な笑みを浮かべた。
「私に礼を言うには、まだ早い」
「ハハハ……」
突然、ノクティレンの表情が変わった。
「待て」
ドラヴィオンが顔を上げる。
「何だ?」
ノクティレンは目を細めた。
「あの吸血鬼がお前を疑っている」
ドラヴィオンの表情が険しくなる。
「リオレンか?」
「私にそんな口を利いていいと思っていることを、後悔させてやれ」
そしてノクティレンは再び笑った。
「それから……すべてが終わったあと」
声が低くなる。
「松田レンという男を始末しよう」
ドラヴィオンは動きを止めた。
「松田……レン?」
ノクティレンは笑った。
「彼は我々の足元に刺さる棘になる」
ノクティレンの声が虚空に響き渡る。
「それも……かなり厄介な棘にな」
「ドラヴィオン?」
リオレンの声が、彼の思考を遮った。
ドラヴィオンは目を開いた。
二人はまだ並んで歩いていた。
リオレンが彼を見る。
「もうすぐ、クリムゾン・ヴェイルのメンバー全員が集まる。お前も全員に会うことになる」
ドラヴィオンの顔に冷や汗が一筋流れた。
「ああ……そうだな」
リオレンが続ける。
「そろそろ準備を始めた方がいい。エリンドール王国はかなり厳重に守られている」
ドラヴィオンは笑った。
「なら……奴らには首を長くして待っていてもらおう」




