第43話 エリンドールの地下に眠る遺跡
エリンドール王国を治めているのは、アールドリッチ・ヴェイルソーン国王だった。
その頃、国王は自室にいた。
アールドリッチは物思いにふけっていた。
リナラが適齢期を迎えたら……私はどうすればいい?
そこへ、一人の騎士が慌ただしく入ってきた。
「陛下、ご報告いたします。先ほどまで王国内に滞在していた兵士たちが、エリンドールを去ったようです」
アールドリッチは顎に手を当てた。
「それ以外に何かわかったことは? なぜ、彼らは本当に去った?」
騎士は答えた。
「我々の密偵が、離れた場所から彼らを監視していました。報告によれば、彼らは何日もの間、何かを探していたようです」
「何かを……探していた、か」
アールドリッチは考え込むようにつぶやいた。
「アルテリオン王国内でも彼らを監視する者を送れ。それで、今いる密偵はどうした?」
騎士は一瞬ためらってから答えた。
「……その者は、現在まで消息が確認できておりません」
アールドリッチは眉をひそめた。
「消息が確認できないだと? どういうことだ?」
「私にもわかりません。私はただ、報告をお伝えしているだけです」
アールドリッチはため息をつき、顔を手で覆った。
「……くそっ」
騎士は再び言葉を選ぶようにためらった。
「もしかすると……彼らは何かを見つけたのでしょうか?」
アールドリッチは数秒間、黙り込んだ。
そして、静かに尋ねた。
「お前は、この国の歴史を知っているな?」
「陛下……?」
アールドリッチはわずかに笑った。
「そう身構えるな。お前が何を考えているのかは、もうわかっている」
そう言うと、彼は立ち上がり、両手を背中で組みながら部屋の中を歩き始めた。
「千年以上も昔……この土地に住んでいたのは、人間ではなかった」
騎士は眉をひそめる。
「この地に暮らしていた魔物たちは、とうの昔に滅ぼされたのでは?」
「おそらくな」
「なぜ、そう思われるのですか?」
国王は足を止めた。
「奴らはゴキブリのようなものだからだ。完全に消え去ることなど、まずない」
そう言って、アールドリッチは騎士へ振り返った。
「ルシアン・アルケイル……もし、その魔物が目の前に現れたら、お前は戦えるか?」
ルシアンは即座に答えた。
「陛下と王妃様、そして王女殿下をお守りするためなら、この命など惜しくはありません!」
アールドリッチはため息をついた。
「私は、お前には死ぬより生きていてほしいがな。だが、その覚悟はありがたく受け取っておこう」
ルシアンは頭を下げた。
「はっ」
その瞬間――
ドォォォン!!
外から、耳をつんざくような轟音が響き渡った。
ルシアンは目を見開く。
「陛下、ここでお待ちください。私が何が起きたのか確認してまいります!」
返事を待つことなく、ルシアンは部屋を飛び出した。
音のした場所へ駆けつけると、ルシアンは足を止めた。
巨大な岩が何かに吹き飛ばされたのか、その周囲には大量の煙が立ち込めていた。
そして、その前には両手を後ろにつき、地面に座り込んでいる少女がいた。
王女、リナラだった。
彼女は怯えた表情で煙を見つめている。
ルシアンは目を見開いた。
「王女殿下……?」
リナラが振り返る。
「ル、ルシアン!?」
彼女は慌てて立ち上がった。
「お、お父様には言わないで!」
ルシアンはため息をついた。
「また一人で魔法の練習をしていたのですか?」
リナラは気まずそうに視線を逸らした。
「う、うん……順調に上達してたんだけど……」
ルシアンは煙を上げる巨大な岩へ目を向ける。
「……そうですね」
そして周囲を見回した。
「ところで、指導役の方はどこに?」
リナラはさらに気まずそうな顔をする。
「……や、辞めちゃった」
ルシアンは目を見開いた。
「またですか? これで四人目ですよ……」
腕を組み、ルシアンはリナラを見つめた。
「王女殿下。本当の問題は何なのですか?」
リナラは俯いた。
「そ、それが……一人には、私がせっかちすぎるって言われて……。もう一人には、魔法を使いこなす才能がないって……」
ルシアンは考え込んだ。
「……それは、なかなか難しい問題ですね」
リナラはため息をついた。
「私、どうしても集中できないの……。体の中にある魔力を感じることもできなくて……。自分でも、うまく説明できないんだけど……」
ルシアンは数秒間黙ってから答えた。
「もし、もっと根気強く教えてくれる指導者を見つけたら、国王陛下にお伝えします。それまでは……このことは私から誰にも言いません。よろしいですね?」
リナラは顔を上げた。
「あ、ありがとう、ルシアン」
ルシアンはそのまま国王の自室へ戻った。
しかし、部屋に入った彼は気づいた。
そこにアールドリッチの姿はなかった。
残っていたのは、王妃だけだった。
ルシアンはすぐに頭を下げる。
「王妃様。先ほどの轟音について、ご報告に参りました」
王妃は落ち着いた声で答えた。
「そのことなら心配しなくていいわ、ルシアン。今の私たちには、それ以上に気にしなければならないことがあります」
ルシアンは顔を上げた。
「あ……また、予知をご覧になったのですか?」
王妃は数秒間、黙っていた。
「昨夜、夢を見たの」
「夢……ですか?」
「ええ。この城が……瓦礫と化している夢を」
ルシアンの目が大きく見開かれた。
「な……」
顔から血の気が引いていく。
「そ、そんな……! 絶対に、そんなことはさせません!」
王妃はわずかに微笑んだ。
「ふふ……ルシアン。あなたは本当に、お父上とよく似ているわね」
ルシアンは拳を握りしめた。
「私は父の意思を受け継ぎます」
王妃は微笑んだまま続ける。
「そう……。ところで、あなたも知っているでしょう? この国は、かつて別の国が存在していた場所に築かれたものだということを」
「はい……」
「あなたの父、ジュリアスは常に警戒を怠らなかった。ほとんど眠ることもなく、いつもこの国の安全を案じていたわ。それでも、最後まで自分の使命を果たした」
ルシアンは片膝をついたまま、拳を強く握りしめた。
王妃はそんな彼に尋ねる。
「あなたは、本当にただ使命を果たすだけでいいの?」
ルシアンは黙り込み、考えた。
王妃は続ける。
「私の知る限り、ジュリアスは当時の王子……ヴェミル・ヴェイルソーンを守るために、その命を捧げた」
ルシアンの表情が変わった。
「卑怯な吸血鬼どもが王子を取り囲んだんです! その間に、アールドリッチ陛下は逃げるしかなかった!」
怒りのこもった声だった。
「父は正しいことをした……。だが、あの吸血鬼どもは……」
ルシアンは歯を食いしばる。
「俺は……奴らを一匹残らず殺したい」
王妃はわずかに微笑んだ。
「ええ……知っているわ」
ルシアンは顔を上げた。
「昔見た夢の中で、あなたが吸血鬼と戦っている姿を見たことがあるわ。でも、その時のあなたは……一人ではなかった」
ルシアンは王妃の目を見つめた。
「王妃様、セルミラ……。奴らがどこに潜んでいるのか、ご存じなのですか?」
そして、少しだけ頭を下げる。
「皆は、吸血鬼は滅びたと言っています……。ですが、私は信じていません」
セルミラはしばらく黙っていた。
やがて、静かに尋ねる。
「なぜ私が王妃に選ばれたのか……あなたは知っている?」
ルシアンは困惑した。
「えっと……いいえ」
「私は幼い頃から、眠っている時に未来を見ることがあったの。すべてではないけれど、その中には現実になったものもあるわ」
セルミラは少し間を置いた。
「先代の国王は、それを非常に珍しい能力だと考えていた。魔法でさえ再現できない、特別な力だとね」
「では……その力があったから、王妃に選ばれたのですか?」
セルミラは微笑んだ。
「そういうことね……」
彼女の視線が遠くへ向けられる。
「でも、年月を重ね、何度も未来の光景を見るうちに……私は一つの結論にたどり着いた」
ルシアンは黙ったまま、彼女の言葉に耳を傾けていた。
セルミラは続ける。
「これは……珍しい能力なんかじゃない」
ルシアンは目を見開いた。
「ど、どういう意味ですか?」
「人間なら、誰にでもできることなのよ」
「誰にでも……?」
セルミラは頷いた。
「私があなたにこんな話をしているのは……」
そして、ルシアンをまっすぐ見つめる。
「私が見たあの城の夢が……それほど遠い未来の出来事には思えないからよ」
ルシアンは勢いよく立ち上がった。
「待ってください……」
彼は顔に手を当て、頭の中を整理しようとする。
「い、一度にいろいろありすぎます……。人間なら誰でも未来を見られる? それに……この城が破壊されるというんですか?」
セルミラはゆっくりと首を横に振った。
「時間は決められたものではないわ。私たちには想像もできない形で、いくつもの可能性へ分岐していくの」
その時、正面の扉が開いた。
一人の兵士が入ってきて、すぐに頭を下げる。
「王妃様、リナラ王女殿下について――」
セルミラは兵士の言葉を遮った。
「その件は、ルシアンに任せなさい」
そして、騎士へ視線を向ける。
「ルシアン。あなたはこれからも、彼女を守ってくれるのでしょう?」
ルシアンは即座に答えた。
「はい。もちろんです。それと、城の警備については――」
「リナラを優先してちょうだい」
セルミラは小さく微笑んだ。
「この話は、また別の機会にしましょう」
ルシアンは頷いた。
それから兵士へ視線を向ける。
「わかった。王妃様……。兵士、王女殿下のところへ案内してくれ」
「はい!」
兵士はルシアンを連れて歩き始めた。
ルシアンは城を後にした。
しかし、王妃から聞いた言葉が頭から離れなかった。
あの城が瓦礫になるという話……
彼は拳を握りしめる。
もう一度、王妃様と話をしなければ……
一方、その頃――
王宮から遠く離れた部屋。
その中でも特に暗い場所に身を隠すようにして、エドリックは静かに座っていた。
彼の視線の先には、窓の外を眺めているロリエンとドラヴィオンの姿があった。
エドリックはしばらく身動き一つせず、二人を見つめていた。
そして、心の中で呟く。
殺されると思っていた……。
チャンスさえあれば……ここから逃げ出してやる。




