第40話 ― エドリック vs クリムゾン・ヴェイル
一方、松田蓮たちがセドラン・ヴォルフの王宮に滞在している頃――。
エリンドール王国の別の場所では、別の出来事が起きていた。
「最後の一杯2」の店員テッサの兄、エドリックは、冒険者に変装していた。
服装を変え、正体を隠すためにカツラまで身につけた彼は、エリンドール王国内へ潜入していたアルセリオン王国の兵士三人を注意深く観察していた。
三人は、とある酒場の中で席に座っていた。
険しい表情を浮かべながら、酒をゆっくりと飲み、互いに何かを話している。
エドリックは少し離れた場所から彼らを見つめていた。
一体、何のためにこんな形で潜入してきたんだ?
そのうちの一人が立ち上がり、カウンターへ向かって歩き始めた。
エドリックはわずかに目を細める。
来たか……。
彼も立ち上がり、兵士の隣まで歩いていった。
そして、何気ない様子でカウンターに立つ。
「エールをもう一杯。それと何か食べるものを。ここの料理、かなり美味いんだよな」
エドリックは隣にいる兵士へ視線を向ける。
「美味いエールには、焼いた肉とジャガイモがよく合うよな?」
男は数秒間、エドリックを見つめた。
「……ああ」
それだけ答えると、再び黙り込んだ。
エドリックは気にする様子もなく、自然な口調で話を続ける。
「ああ、それと……ここの女の子たちもなかなかいいぜ。近くに女の子がたくさんいる店があるんだ。好きな子を選べる。俺、この街が大好きなんだよ」
兵士はちらりとエドリックを見る。
「……お前、この街に詳しいんだな」
「時間があればいつも来てるからな。へへ」
「じゃあ、お前はここから遠い場所に住んでいるのか?」
エドリックは首を横に振った。
「いや。仕事場はここから遠いけど、時間があればいつもこっちに来るんだ」
兵士はしばらく黙っていたが、やがて尋ねた。
「さっき言っていた店……ここから遠いのか?」
エドリックは笑った。
「いや、すぐ近くだ。路地裏の近くにある。保証するぜ、女の子たちはみんな最高だ。へへへ」
少し間を置いてから、エドリックは店の名前を口にした。
「店の名前は『溶けるキス』だ」
「……ああ。分かった。情報ありがとう」
その瞬間――。
テーブルに残っていた二人の兵士が立ち上がった。
エドリックは正面を向いたままだったが、目がわずかに見開かれる。
くそ……。もうここを出ようとしてたんだが……。まさか正体に気づかれたか?
二人はこちらへ向かって歩いてくる。
一歩。
二歩。
三歩。
エドリックはさりげなく腰に手を添えながら、酒場の店主へ笑顔を向けた。
そのうちの一人がエドリックの肩に手を置く。
その瞬間、エドリックの身体が固まった。
ここから逃げるルートは二つ……。
しかし、何かをするより先に兵士が口を開いた。
「こいつ、お前に迷惑をかけてるんじゃないか?」
すると、エドリックと話していた兵士が慌てて首を横に振った。
「いやいや、大丈夫だ。面白そうな店を教えてもらっただけだ。……楽しめる場所をな」
もう一人の男は目を細める。
「ふーん……」
「本当に大丈夫だって」
数秒間、二人はエドリックを見つめていた。
やがて肩をすくめ、警戒を解いた。
「そうか」
そして二人はエドリックの横を通り過ぎていく。
「ここのエール、今まで飲んだ中で一番美味いな」
「俺もそう思う。じゃあ、酒をありがとう」
二人は店主に礼を言った。
エドリックはしばらく無言のまま立っていた。
……。
先ほどまで話していた兵士も、店を出る準備を始める。
「話せてよかった。それじゃ、俺も行く」
男はエドリックに手を差し出した。
「俺の名前はミツオ。お前は?」
エドリックは一瞬だけためらった。
「俺の名前は……ウラーだ」
「そうか、ウラー。話せてよかった」
エドリックは遠ざかっていく男の背中を見つめた。
……こいつ、俺の名前を聞く前から帰ろうとしてたじゃないか……。
やがて、変装した三人の兵士は酒場を出ていった。
エドリックは数秒待ってから酒を飲み干し、彼らの後を追い始めた。
それから約十分。
いくつもの通りを歩いたところで、一人の兵士が口を開いた。
「よし。今日はこれで終わりだな」
すると、別の兵士が仲間を見る。
「せっかくここまで来たんだ。あの店に行かないか? ほら、女の子がいるところ」
一人が眉をひそめた。
「気を散らすのはやめたほうがいい」
「ちょっとくらいいいだろ。俺は行くぞ。嫌なら二人はここで待ってろ」
「ミツオ!」
ミツオは呼び止める声を無視した。
そして、家の壁にもたれかかっている男へ近づいていく。
「すみません……あの、なんて店だったっけ?」
彼は数秒間、名前を思い出そうと黙り込む。
「あっ! そうだ! 『溶けるキス』だ!」
男はミツオを頭から足まで見た。
そして少し離れた場所にいる二人の男へ、一瞬だけ視線を向ける。
それから答えた。
「もちろん知ってる。この通りを最後まで進んで、左に曲がれ。そこで路地を示す小さな看板が見える。そこだ」
ミツオは頷いた。
「ありがとう、親切な人よ」
男はわずかに笑う。
「それと、金は多めに持っていけよ」
「忠告ありがとう」
ミツオはそれ以上何も言わず、教えられた道を進んでいった。
やがて路地へ入り、数秒後には一枚の扉を見つける。
ためらうことなく、中へ入った。
扉がゆっくりと閉じていく。
エドリックは少し離れた場所からその様子を見ていた。
すると、残った二人の兵士が互いに何かを囁き合っていることに気づく。
よし。一人はもう入った。完全に釣れたな。へへ。
やがて、一人がため息をついた。
「……少しくらいなら、いいか」
もう一人は目を閉じる。
「分かった……。でも、本当に少しだけだぞ」
二人も店の中へ入っていった。
エドリックは店内から漏れてくる色鮮やかな光を見つめながら、ゆっくりと扉へ近づいた。
扉の近くまで来ると、中からいくつもの声が聞こえてくる。
声が少なくなるまで待つか……。
数秒が経過する。
エドリックは目を細めた。
よし……今だ。
彼はゆっくりと扉を開けた。
中へ入ると、入口の近くに一人の女性が立っており、こちらを見ていた。
エドリックは彼女へ近づく。
「さっき入っていった三人なんだが……」
茶色い髪の少女は、すぐに答えた。
「料金は同じよ」
エドリックは銀貨を数枚取り出し、彼女へ渡す。
そしてルミへ近づき、声を潜めて告げた。
「もし何かあったら、俺は外にいる。あいつらはアルセリオンの兵士だ」
ルミは眉を上げ、エドリックをしばらく見つめた。
「……なるほど。分かったわ。任せて」
ルミは頷くと、隣の部屋へ向かって歩き出した。
そこでは、三人の兵士が店の女性たちと話しながら座っていた。
ルミはそのうちの一人へ近づき、そっと彼の脚に触れる。
「あなた、すごく格好いいわ。ここでは見たことない顔ね」
男は少し顔を赤くする。
「ああ……ちょっと観光してるだけさ」
ルミは微笑み、少し身体を傾ける。
「ふーん……それで、こんな場所を選んだの? あなたたち、こういう場所には慣れてるみたいね。ふふっ」
さらに距離を縮め、兵士の腕に抱きつく。
「もっと静かな場所に行かない? 今日はサービスしてあげる」
残りの二人がすぐに彼を見る。
「おい、それはズルいだろ!」
兵士はルミと一緒に立ち上がった。
「じゃあ、またなー!」
ルミは彼を連れて部屋へ向かった。
部屋に入ると、彼女は男をベッドへ押し倒す。
「う、うわ……積極的だな……」
ルミは目隠しを取り出した。
「目を閉じて。私はこういうところから始めるのが好きなの」
兵士は言われた通り目を閉じる。
ルミは彼の目に目隠しをつけた。
やっぱりあの男の言った通りだ……。ここ、最高じゃないか……。
しかし――。
突然、男の表情が変わった。
待て……なんで身体が動かない?
そのとき、ルミの声が響いた。
「まんまと引っかかったわね、カモさん」
男の笑みが消える。
「この部屋にどれだけ魔力が満ちているかも気づかなかったの? あなたは完全に身動きを封じられているわ」
「ま、待て……魔法まで使わなくてもいいだろ。はは……」
ルミはしばらく沈黙した。
「……まだ分からないの?」
彼女の声が低くなる。
「これは尋問よ」
兵士の身体が強張る。
「まず聞くわ。アルセリオン王国の兵士であるあなたたちは、何のためにここへ来たの?」
男は目を見開いた。
やばい……。
ルミは魔法によって完全に拘束された兵士を見つめ、腕を組む。
「何をしに、この王国へ来たの?」
「助けてくれ!」
ルミは眉をひそめた。
「ここで叫んでも誰にも聞こえないわ。さあ、質問に答えて!」
男は歯を食いしばる。
「くそったれが!」
ルミの額に青筋が浮かんだ。
彼女はしばらく黙った後、ゆっくりと手を上げる。
「――雷の怒り」
その瞬間、幾筋もの雷が兵士の身体を包み込んだ。
「うあああああああっ!」
ルミは冷たい目で彼を見つめる。
「答えるのを拒むたびに、次はもっと強い電撃を浴びせるわ」
男は歯を食いしばり、痛みに耐える。
「地獄に――」
「――雷の怒り」
ルミは言葉を最後まで言わせなかった。
再び強烈な電撃が身体を駆け抜ける。
「ぎゃあああああっ!」
その頃――。
残った二人の兵士は、部屋の中から聞こえてくる叫び声を耳にしていた。
女性たちの隣に座りながら、一人が廊下のほうへ目を向ける。
「……今の叫び声は何だ?」
一人の女性が穏やかに微笑む。
「楽しんでるだけよ。気にしないで」
二人はごくりと唾を飲み込む。
「お、俺も……」
隣に座っていた別の女性が答える。
「ルミがあの人を気に入ったのよ。でも、あなたたち二人も何かしたいなら、お金を払ってね」
兵士の一人がため息をつく。
「ミツオのやつ……羨ましいな」
もう一人は腕を組んだ。
「あの女、ミツオのどこが気に入ったんだ?」
「さあな。まあ、ここの酒は安いし、それでいいだろ」
一方、部屋では――。
ルミがミツオを見つめていた。
彼はすでに電撃を何度も受け、身体のあちこちから血を流している。
「ほら……もう三回も強い電撃を浴びてるわ。次の四回目に耐えられると思う?」
ミツオは苦しそうに息をする。
「分かった……」
ルミは目を細めた。
「じゃあ、話して」
「俺たちは……この王国を調査しに来た」
「調査?」
「アルセリオン王から情報が入ったんだ……クリムゾン・ヴェイルが、この王国に潜伏していると」
ルミの表情が一変する。
「暗殺者集団? そんな噂があるの?」
「情報源は信頼できる。それでも俺たちも疑っていた。だから、少なくとも事実かどうかを確認するためにここまで来たんだ」
ルミは考え込む。
「内陸部の村々で、今も無事に残っている場所の多くは、この王国にある……」
そして再びミツオへ視線を向ける。
「でも、アルセリオン・ドレンはクリムゾン・ヴェイルに何の用があるの?」
ミツオはルミを見つめた。
「……あんた、ずいぶん詳しいな」
ルミはゆっくりと手を上げる。
「……もう一度、電撃を浴びたい?」
「分かった! 悪かった! 本当にそれだけだ!」
ルミは数秒間、沈黙した。
そしてミツオを真剣な表情で見つめる。
「暴君アルセリオン・ドレンも、相当おかしくなっているみたいね……。諜報任務で送り込んだ部下が、こんな簡単に任務から脱線するなんて」
小さくため息をつく。
「呆れるわ」
そう言って、ルミは部屋を出ていった。
メインの部屋へ戻ると、残りの二人の兵士が床に倒れていた。
完全に酔い潰れ、眠り込んでいる。
ルミは小さく笑う。
「本当に全部飲んじゃったのね……。ふふ」
すると、一人の女性が近づいてきた。
「この二人、どうするの?」
「記憶を消すわ。もし彼らが王国へ戻らなかったら、あの暴君がここへ侵攻して戦争を始める可能性があるから」
少女の一人がルミを見る。
「ええ……そこまでしなくてもいいんじゃない?」
ルミは彼女へ顔を向ける。
「私、あの国にしばらくいたでしょう? あのクズは、いつだって誰かに報復する理由を探しているのよ。どんな些細なことでもね」
少女は数秒間、黙り込んだ。
「……そう。ルミが言うなら」
そのとき、エドリックが姿を現した。
「昔みたいに、君と一緒に仕事をしたいよ、ルミ」
彼女は振り返る。
「何してるの? まだ入っていいなんて言ってないわよ」
エドリックは軽く後頭部を掻く。
「ああ、悪い。ただ、久しぶりに君の仕事ぶりを見たくなってな……昔みたいにさ」
一人の少女が、もう一人の少女を軽く押す。
「はいはい、ルミさん。終わったらまた呼んでくださいね」
押されている少女はエドリックを見つめる。
「ちょ、ちょっと待って! この人と話したい! 格好いいじゃん!」
最初の少女は彼女を押しながら、小声で言う。
「ルミさんにゲンコツされたくなかったら、ほら。二人きりにしてあげよう」
「でも……」
「いいから!」
二人は部屋を出ていき、最後に一人が扉をそっと閉めた。
「バタン」
エドリックは閉じられた扉を見ながら笑う。
「……彼女たち、本当に君のことが好きなんだな、ルミさん」
ルミはしばらくエドリックを見つめてから口を開く。
「これ以上、私の店が調査対象にならないことを願うわ」
エドリックは穏やかに笑う。
「俺は目立たないように動くって知ってるだろ?」
ルミはため息をついた。
「まあ、いいわ。それで、テッサは元気?」
「ああ。元気だよ。前よりずっと明るくなった。でも、相変わらず気が強いけどな」
エドリックは笑った。
「まあ、それは今話すことじゃないだろ?」
ルミの表情が真剣になる。
「あの兵士たちはクリムゾン・ヴェイルを探している。この王国に奴らが潜伏しているという噂があるみたい」
エドリックは眉を上げた。
「人間の王国に潜伏してるって……? 面白い話だな」
ルミは彼の顔を見つめる。
「王があなたを送り込んだの?」
「ただの使者だよ」
ルミは眉をひそめる。
「あら……そういうことを簡単に話しちゃ駄目でしょう」
エドリックは彼女の目をまっすぐ見た。
「君になら問題ない。俺は君を信頼してるからな」
ルミは少し目を見開いた。
予想外の言葉だった。
そして、再び真剣な表情になる。
「エドリック……この世界は、単純に白か黒かで分けられるものじゃないわ」
「分かってるよ、ルミ」
エドリックは微笑んだ。
「それに、もし君が俺に何かしたら……テッサが黙ってないだろ?」
「ははは……」
ルミはすぐに真顔になる。
「ああ……テッサを敵に回すのだけは絶対に嫌ね!」
エドリックは笑った。
「じゃあ、そろそろ戻って状況を報告しないとな」
彼は倒れている兵士たちを見る。
「こいつら、殺さないよな?」
ルミは眉を上げる。
「私を馬鹿だと思ってる? 記憶を消すだけよ」
「ああ、そうか」
エドリックは出口へ向かって歩き始める。
「じゃあな、ルミ。またいつか一緒に飲もうぜ」
ルミも微笑む。
「ええ。昔のことでも思い出しながら飲みましょう」
そして付け加える。
「テッサも連れてきてね」
「分かった。へへ」
エドリックは店を出て、路地へと戻っていった。
街中を歩きながら、彼の思考が整理されていく。
この王国にクリムゾン・ヴェイル……? とんでもない話だな……。
歩き続ける。
だが、暴君アルセリオン・ドレンが、ただの噂だけで兵士をここまで送り込むとは思えない……。
そのとき、エドリックは道端で立ち話をしている二人の男の横を通り過ぎた。
「知ってるか? アルセリオンの王都がめちゃくちゃになったらしいぞ!」
もう一人が頷く。
「ああ、聞いた! 最初は嘘だと思ったよ」
「それに、あれをやった奴はドレイヴンホールドへ逃げたって噂だ」
「どうやったら、あの暴君をあそこまでコケにして逃げられるんだ?」
エドリックはその会話を聞いた瞬間、歩みを止めていた。
目が大きく見開かれる。
……何だって?
一人の男がエドリックの反応に気づく。
「おい、何か落としたのか?」
エドリックは驚きを隠しながら振り返る。
「あ……いや。話が聞こえてきて、ちょっと気になっただけだ」
男は少し声を張る。
「話じゃない、本当のことだ! ある男が、あの暴君ドレンの王宮を滅茶苦茶にしたんだ!」
もう一人の男が首を横に振る。
「まあ、誰がやったにせよ、そいつはもう死んだも同然だ。あの暴君なら、地の果てまで追いかけてでもそいつの命を奪うだろうよ」
エドリックは平静を装う。
「……本当に、とんでもない話だな」
しかし、心の中では完全に動揺していた。
どうして俺はそんなことを知らなかったんだ!?
男の一人がため息をつく。
「そろそろ仕事に戻るか」
「俺もだ」
二人は別れ、それぞれの道へ歩いていった。
エドリックは再び歩き始める。
片手を口元に当てながら、先ほど聞いた話が未だに信じられなかった。
しばらくして、エドリックは近くに停まっている一台の馬車へ近づいた。
御者は客を待っていた。
「ドレイヴンホールドまで頼む」
男は頷く。
「もちろん。銀貨二枚だ」
エドリックは一瞬驚いた。
「今日はツイてるな……。客からぼったくらない御者なんて初めてだ。ははは」
エドリックは馬車へ乗り込んだ。
数分後。
馬車は街道を進んでいた。
エドリックは座ったまま、窓の外を眺めている。
やがて、彼の目が細くなった。
街の中でこいつを刺したら、面倒なことになる……。
窓の外を見る。
そこには、風に揺れる木々があるだけだった。
……さて、どこまでやるつもりなのか見てみるか。
エドリックは警戒を続けた。
あの辺りの御者にしては、客から余計な金を取ろうともしない……。むしろ怪しいな。
数秒後――。
馬車が突然止まった。
エドリックは目を閉じる。
召喚魔法……。
次の瞬間。
外から強烈な咆哮が響き渡った。
エドリックは目を開く。
獣人か? いや……誰だ?
その瞬間――。
ドゴォォォン!!
巨大な木が馬車を突き破った。
同時に、無数の斬撃が周囲を切り裂く。
木材、馬車の破片、地面の一部までもがあらゆる方向へ吹き飛ばされていく。
巨大な土煙が辺り一帯を覆い尽くした。
御者は瓦礫の中で立っていた。
「余計なことに首を突っ込んだ報いだ」
そのとき――。
彼の背後から声が聞こえた。
「疑われたくないなら、次からはもう少し高い料金を請求したほうがいいぞ」
御者の目が細くなる。
すぐに振り返る。
同時に、強烈な斬撃を放った。
その一撃が空気を切り裂く。
エドリックは間一髪で身をかわした。
「この斬撃……」
男は牙を剥き出しにする。
「いいから、さっさと死ね!」
男の手から伸びた爪が、みるみるうちに長くなっていく。
その長さは、約十五センチにも達していた。
エドリックはようやく笑みを浮かべる。
「なるほど……これで全部つながった」
伸びた爪を見つめる。
「お前、クリムゾン・ヴェイルの一員だな。お前たちの斬撃は有名だからな」
「黙れ!」
男は片手を地面につける。
「――大地崩壊!」
大地が激しく揺れ始めた。
巨大な土塊が地面からせり上がり、そのままエドリックへ向かって突進していく。
同時に、男はもう片方の手を伸ばした。
「――彼方斬り!」
男が凄まじい一撃を放つ。
斬撃が、周囲約十メートルに存在するものすべてを切り裂いていく。
大量の砂煙が辺りを完全に覆い尽くした。
クリムゾン・ヴェイルの男は笑い始める。
「俺に一撃も入れられないまま、バラバラになったな! はははは!」
そのとき――。
上空から声が響いた。
「……さっきも言っただろ」
男がゆっくりと顔を上げる。
空から、エドリックがこちらへ向かって落下してきていた。
「――召喚魔法:ワイバーン」
彼の目の前に、巨大な魔法陣を伴ったポータルが出現する。
その開いた空間の中から――。
一頭の小型ワイバーンが飛び出した。
エドリックはその背中へ飛び乗る。
そして、ワイバーンと共にクリムゾン・ヴェイルの男へ向かって猛スピードで降下していく。
エドリックは笑みを浮かべた。
「さあ……どっちの爪が鋭いか、確かめようぜ」
「俺のワイバーンか――それとも、お前か!」




