第38話 ― 許し
セドラン・ヴォルフは目元の涙を拭ってから、まだ明らかに動揺した様子で口を開いた。
「き、君たちは友達だったのか? そんな……まさか……」
セドランは最後まで言葉を続けることができなかった。
レンはしばらく黙ったまま、ぼんやりとした目で立ち尽くしていた。
すると、セドランはそっとレンの肩に手を置いた。
「松田蓮……彼女のことを、もう少し聞かせてもらえないか?」
レンは答えなかった。
ただ、扉を見つめ続けていた。
セドランはレンの視線を追い、その様子から何かを察したようだった。
「そういえば……君はここから出ようとしていたんだったな。どうして自分のことを『脅威』なんて言ったんだ?」
レンは数秒ほど黙り込んだ。
「僕は……自分を見失ってるんです」
セドランはレンの肩を軽く握ると、優しく彼を広間の方へ促した。
「来てくれ。少し話そう」
レンは抵抗せず、セドランについて歩き始めた。
「た、頼みます……」
二人は廊下を進み、やがて宮殿の大広間へとたどり着いた。
中へ入ると、セドランはテーブルに座り、優雅に紅茶を飲んでいるニナ・リヴァーフォールの姿を見つけた。
「おや、ニナ……」
ニナはセドランを見ると、柔らかな笑みを浮かべた。
「あら、セドラン。あなた」
セドランも小さく笑った。
「少しだけレンと二人で話したいんだ。すぐ戻るから、いいかな?」
ニナはゆっくりと立ち上がった。
「気にしないで。二人でゆっくり話してきなさい。私もちょうど裏庭へ行こうと思っていたところだから」
セドランはニナを見つめた。
「……大丈夫か?」
ニナは微笑んだ。
「あなたの目を見れば分かるわ。何か気になっていることがあるんでしょう? 行ってきていいわよ」
セドランは少し気まずそうに笑った。
「わ、悪いな……ありがとう」
ニナが扉へ向かって振り返った、その時だった。
「……?」
窓の横の壁に寄りかかるようにして、ミコネコが立っていた。
ニナは驚いて目を見開く。
「ミ、ミコネコ!? いつからそこにいたの?」
セドランとレンも、同時にミコネコへ視線を向けた。
ミコネコは何でもないことのように答えた。
「あなたがセドランのことを『あなた』って呼んだ時から」
ニナの顔がわずかに赤くなる。
「え、私……そんなこと言った?」
ミコネコは片眉を上げた。
「もう自覚すらないの? 二人の関係、思っていたよりずっと良くなってるじゃん。ふふっ」
その瞬間――
ドンッ!
突然、大広間に何かが倒れる音が響いた。
全員が音のした方へ振り向く。
セドランが目を見開いた。
「松田君?」
ニナは何も言わず、その場を見つめていた。
ミコネコはわずかに目を細め、無表情のままレンを見つめる。
そこには、床に跪き、彼女の方へ頭を向けて深く頭を下げているレンの姿があった。
セドランが慌てて近づく。
「どうした? どこか痛むのか?」
レンは深く息を吐き、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
そして――
「ミコネコ! 本当に……すまない!!」
その声が大広間中に響き渡った。
全員が数秒間、言葉を失った。
レンは目を閉じたまま、額が床につきそうなほど深く頭を下げ、歯を食いしばっていた。
やがて、ミコネコの声が静かに響く。
「……私に謝る? 何について?」
レンは拳を強く握りしめた。
「僕は……自分が君を傷つけたことを、ぼんやりと覚えてる。あんなことをするつもりなんてなかった……なのに、どうして僕は……あんなことをしたんだ?」
ミコネコはしばらく黙っていた。
そして、短く言った。
「……ふーん。顔を上げて」
レンはゆっくりと立ち上がった。
「背筋を伸ばして」
レンはすぐに姿勢を正した。
そして、ミコネコの顔を見る。
「……見られてる」
レンは唾を飲み込んだ。
「いや……本当に怒ってる……」
セドランは心配そうに二人を見つめた。
「ミコネコ、何をするつもりだ?」
ミコネコは拳を握りしめる。
次の瞬間――
彼女は異常なほどの速度でレンへ向かって踏み込んだ。
「――猫掌!」
レンは目を見開いた。
ミコネコが猛烈な勢いで迫ってくる。
「しゃがめば……避けられる」
一瞬、そう考えた。
しかし――
「……いや」
レンは両手を強く握りしめ、目を閉じた。
「僕はこれを受けるべきだ」
「僕はこれを受けるべきだ」
「僕はこれを受けるべきだ」
「……ごめん」
しかし――
数秒が過ぎた。
レンは、あまりにも時間が経ちすぎていることに気づいた。
そして――
額に何かが触れた。
ペチッ!
「……?」
レンはゆっくりと目を開けた。
そこには、ただ額を指で弾いたミコネコが立っていた。
二人の間に沈黙が流れる。
ミコネコはそのままレンの前を通り過ぎた。
レンは額を手で押さえる。
「て、てっきり……」
ミコネコが足を止める。
「……私があなたをどうにかすると思った?」
レンは無言で頷いた。
ミコネコは小さくため息をつく。
「ちょっと試してみたかっただけ。でも……あなたがそこまで罪悪感を抱えていて、避けようとすらしないのを見たら、やめた」
レンは俯いた。
「ミコネコ、僕は……僕……」
ミコネコは振り返った。
「私はあなたを信じてるよ、レン」
レンは何も言わず、彼女を見つめた。
ミコネコは続ける。
「他の人たちを納得させるのは難しいかもしれない。でも、それでも……あなた自身が、あの化け物が一体何なのかをもっと理解しなきゃ――」
ミコネコは言葉を止めた。
「……レン?」
レンは自分の目が潤んでいることに気づいた。
慌てて腕で目元を拭う。
「あ……ごめん」
ミコネコはほんの少しだけ微笑んだ。
そしてニナの腕を掴む。
「行こう、ニナ。さっき裏庭に行くって言ってたでしょ?」
「え? ああ、うん。でも……」
ニナはミコネコに引っ張られるようにして、そのまま大広間を出ていった。
レンとセドランは、向かい合うようにしてソファへ腰を下ろした。
セドランが小さく息を吐いてから口を開く。
「ミコネコは時々、とても恐ろしく見えるが……根はいい子なんだ。彼女がドラクサールの幹部の一人になったのも、単に実力があったからというだけではない」
レンはセドランを見る。
「二人は……ずいぶん昔から知り合いなんですね」
「ああ。ある意味では、私が王子だった頃から彼女を知っている」
セドランは一度言葉を切った。
そして、再びレンを見る。
「だが今は……私の娘のことを、もっと聞かせてくれ」
「もちろんです。でも、僕が知っているあなたのことは本当に少なくて……僕はただ、アオイの父親の……遺体が、崖の下に落ちた車の中から発見されたとしか聞いていませんでした」
セドランは静かにため息をついた。
そして膝の上で指を組む。
「私が家を離れたのは、あの子が六歳の時だった。仕事で別の街へ行かなければならなくてな。毎日、そこから星見まで戻ってアオイとユキコに会おうとしていた。睡眠時間もほとんどなかったよ」
セドランは苦笑する。
「何日もひどい隈を作ったまま帰ることもあった。だが……私にとっては、それでも十分に価値のあることだった」
レンはゆっくり頷いた。
「……そうだったんですね」
セドランは続けた。
「ある日、街と街の間を通る近道を使おうとした。古い道を使って、丘を越えていったんだ。海の近くにある小さな街のそばを通る道だった……」
セドランが言葉を止めた。
レンはその表情の変化に気づく。
「……どうしたんですか?」
セドランは組んだ両手に力を込めた。
「私は……少し速度を出しすぎていたんだ。あの道はかなり古かった。もしかすると、私が通った時より昔の方が、もっと多くの標識が設置されていたのかもしれない」
レンは、セドランの表情が次第に苦しげになっていくのを黙って見ていた。
「そして、前方に急なカーブがあるのが見えた。ブレーキを踏めば間に合っただろう。だが……」
セドランは一度、息を呑んだ。
「藪の中から突然、子供が飛び出してきたんだ。道路の真ん中へ向かって……」
レンの目が見開かれる。
「子供……?」
「ああ。野球ボールを取りに出てきたんだ」
セドランは目を伏せた。
「私には車を止める時間がなかった。だから、避けるしかなかった。子供は道路の真ん中で立ち尽くして、迫ってくる車を見つめたまま……完全に動けなくなっていた」
セドランは苦しそうに息を吐く。
「私は左へハンドルを切った」
その手がわずかに震えた。
「そして横を見た時、道路が急に狭くなっていることに気づいた。私は……そのまま崖の方へ車を向けてしまった」
レンは黙って聞いていた。
「車は崖から落ちた……。その後の記憶は、ほとんどない。ただ……泣いていたことだけは覚えている。身体を動かそうとしても、思うように動かせなかった」
セドランは遠くを見るような目をした。
「視界も……ひどく狭かった。私に見えたのは、一人の女性の顔だけだった」
セドランは静かに続ける。
「私は、その女性の胸に抱かれていた。そして……その女性は私のことを『息子』と呼んでいたんだ」
レンはしばらく言葉を失った。
「……そうだったんですね。なんて言えばいいのか……ご愁傷さまです。すみません……うまく言葉が出てきません」
セドランは小さく笑った。
「まあ……これで、君も私に何が起きたのか分かっただろう」
レンはゆっくり息を吐いた。
「僕も……トラックを運転していました」
セドランがレンを見る。
「考え事をしていて、減速するように書かれていた標識を見落としてしまった。少し上り坂になっていて、その先にカーブがあったんです」
レンは視線を落とす。
「そのまま……トラックを横転させました。あまり……思い出したくないです」
セドランは驚いたように尋ねる。
「君も……事故だったのか?」
「僕の場合は……完全に自分の不注意だったと思います」
レンはしばらく沈黙した後、セドランを見た。
「僕は高校時代、アオイと同じクラスでした。卒業も一緒です。友達でしたし、同じグループでよく一緒にいました。でも……親友というほどではなかったです」
セドランは真剣な目でレンの言葉に耳を傾けていた。
レンは続ける。
「アオイは東邦学園の演劇科へ進学しました。僕たちはそれぞれ違う大学へ進んで、それぞれ別の道を歩くことになったんです」
レンは少しだけ笑った。
「その時、僕たちのグループで約束をしました。少なくとも三か月に一度は、必ず集まろうって」
「……」
「何だかんだで、いつも集まることができました。たまに誰かが来られないこともありましたけど、その分は次の集まりで埋め合わせたりして……」
セドランが突然立ち上がった。
「ア、アオイが東邦学園に!?」
レンは少し驚いた。
「は、はい……」
セドランは再びソファに座った。
今度は明らかに嬉しさを抑えようとしている。
「そ、それで……他には? へへ……い、いやぁ、まさかそんな話が聞けるとは……へへ」
レンは思わず小さく笑った。
「そうだ。僕が彼女を『坂本アオイ』って呼んでいたのを覚えていますか?」
セドランは頷いた。
「彼女は結婚しました。今は『山本アオイ』です」
レンは続けた。
「ソウマとアオイは高校時代から付き合っていて、そのまま結婚しました」
そして、少し間を置く。
「それから……彼女が妊娠したとも聞いていました。僕が……この世を去る数か月前のことです」
セドランの動きが止まった。
次の瞬間――
「私は……おじいちゃんだと!?」
セドランは勢いよく立ち上がった。
「私はおじいちゃんだ!!」
レンは目を瞬かせる。
「えっと……そうみたいです」
「アオイが……私の孫を……!」
セドランは完全に興奮していた。
しかし、突然その表情が変わる。
「あ……いや……すまない。君は今、亡くなったと言ったばかりだったな……」
セドランは再び腰を下ろした。
「だが……君はここへ勇者として召喚されたのか? それで……ユキコはどうしている?」
レンは少し肩の力を抜いた。
「大丈夫ですよ。みんな僕のことを勇者って呼びますけど……ここまで経験してきて、最近は『召喚された人間だから勇者と呼ばれているだけなんじゃないか』って思い始めています」
レンはセドランを見る。
「ああ、そうだ。アオイの母親……ユキコですよね?」
セドランは頷いた。
「最後に会ったのは、一年前のアオイの誕生日です。元気そうでした。笑っていましたよ」
セドランは少しだけ目を伏せた。
「ああ……ユキコ。もう白髪も増えているだろうな……。今の私では、あの子にとってあまりにも若すぎるかもしれない」
レンはしばらく黙っていた。
そして尋ねる。
「……戻る方法を知っていますか?」
セドランは目を細め、数秒間レンを見つめた。
「戻る……か」
彼は小さく息を吐いた。
「私は何年も王宮の図書館に籠もって、その答えを探していた」
レンは身を乗り出した。
「それで……見つかったんですか?」
「結論から言えば……見つかっていない」
セドランは首を横に振った。
「だが、妙なこともいくつか分かった。中には……この国どころか、この世界で書かれたものとは思えない本まであった」
レンは眉をひそめる。
「……どういう意味ですか?」
「いろいろ調べた結果、私は一つの仮説にたどり着いた」
セドランはレンを見つめた。
「君が元の世界へ戻れるとすれば……それは転生者ではなく、召喚者だからなのかもしれない」
レンは目を見開いた。
「どうして? 本当にそうなんですか?」
期待に駆られ、レンは立ち上がった。
セドランは首を横に振る。
「確証はない。だが、二人の勇者が元の世界へ戻ろうとしたことは知っている」
「二人も……?」
「ああ。ただ、彼らが本当に戻れたのかどうかは分からない」
セドランは少し言葉を選んだ。
「だが……彼らの身体は、その場に残ったままだった」
レンの表情が強張る。
「身体が……?」
「まるで……中身のない抜け殻のようにな」
レンの目が大きく見開かれた。
「……抜け殻?」
その瞬間――
バァン!!
大広間の扉が勢いよく開いた。
「……!?」
ミコネコがガリックの服の襟を掴み、そのまま引きずるようにして入ってきた。
レンは二人を見て困惑する。
「お、おい……何が起きてるんだ?」
ミコネコはガリックをレンの前へ軽く押し出した。
「ほら! あなたは、ミレーヤのことを考えていた時に、レンだけが自分のペンダントを覚えていたことを思い出さないと!」
「ちょ、ちょっと待て! 何の話だ!?」
レンが戸惑う。
ミコネコは腕を組んだ。
「いいから、レン。話を聞いて」
ガリックはため息をつき、ゆっくりと頭を下げた。
「れ、レン……すまなかった。俺は起きたことだけを見て判断してしまって……昨日まで、俺たちが一緒に旅してきたことを考えようともしなかった」
ガリックは顔を上げた。
「お前に何が起きたのか、俺たちには分からなかった。それが……怖かったんだ」
拳を握りしめる。
「あの化け物が、お前そのものになってしまったんじゃないかって……。そして、お前が完全に何かに呑み込まれてしまったんじゃないかって……」
その時、ミコネコの後ろからリセラとミレーヤが姿を現した。
リセラが静かに口を開く。
「私は……あんなものを見たことがない。魔族の中でも、あんな存在は知らない」
彼女はレンを見つめた。
「でも……今のあなたを見れば分かる。あなたは、あれじゃない。レン」
続いて、ミレーヤが口を開く。
「私も……あなたに話さなければならないことがたくさんあります」
彼女は少し俯いた。
「私とガリックは、あなたに隠していたことがある。もしよければ……今、話してもいいですか?」
レンは目の前にいる全員を見回した。
しばらく、何も言葉が出てこなかった。
やがて――
レンは小さく笑った。
「……ありがとう、みんな」
全員がレンを見る。
「僕を……信じてくれて、ありがとう」
その言葉に、全員が驚いた。
誰も予想していなかったような表情で、レンを見つめている。
最初に口を開いたのはガリックだった。
「俺は……てっきり、お前が俺たちにすごく怒っていると思っていた」
レンは少しだけ目を伏せた。
「……怒ってましたよ」
そして、静かに続ける。
「でも……セドラン王と話していて、気づいたんです」
レンはゆっくり息を吐いた。
「人生って……本当に短いんだなって」
一瞬、沈黙が流れる。
「でも、後悔は……長く残る。あまりにも、長く」
リセラは思わず口元に手を当てた。
ミレーヤの瞳には、涙が浮かび始めていた。
レンは続ける。
「だから……怒りを溜め込むのは、もうやめようと思います」
「……レン」
リセラが小さく彼の名を呼んだ。
その時、ミコネコは廊下へ消えていく一人の姿に気づいた。
黒いマントの裾が、扉の向こうへ消えていく。
「……ちょっと行ってくる」
ミコネコはそう言って廊下へ出た。
そこには、背を向けたまま歩いていくリセラの姿があった。
「リセラ……」
リセラの足が止まる。
ミコネコが声をかけた。
「あなたも、謝りに来たら?」
リセラは振り返らずに答える。
「私は……レンを怪物扱いしなかった唯一の人間よ」
「そうだね」
ミコネコは静かに返す。
「でも……何も言って慰めてあげなかったじゃん」
リセラが振り返る。
「……何が言いたいのよ、猫」
ミコネコの猫耳が素早くピクッと動いた。
疑うような表情を浮かべる。
「そういえば……あなた、どこから来たって言ってたっけ?」
リセラの表情がわずかに険しくなる。
「あなたには言ってないわ」
「じゃあ、教えて。あなたは……どこから来たの?」
リセラはしばらく黙り込んだ。
ミコネコは続けた。
「ねえ。私がみんなと一緒にあのポータルへ飛び込んだ一番の理由って、別に同情したからじゃないんだよ」
彼女は小さく笑う。
「まあ……楽しかったけどね」
リセラは黙ってミコネコを見つめている。
そして、ミコネコは言った。
「あなたと一緒に来たのは……あなたの生き方が、なんだか変だったから」
「……私の生き方が?」
「そう」
ミコネコは少しだけ目を細めた。
「私たち暗殺者って……完全にどこからともなく生まれるわけじゃない。あなたも知ってるでしょ?」
「……」
「その中には光を見つけられる者もいる。でも……そのまま闇に残り続ける者もいる」
リセラは腰に差した短剣の柄へ手を添えた。
「何が言いたいの?」
その声には、わずかな警戒が混じっていた。
「人が自分の生き方や職業を選ぶのは当然でしょう。もちろん、どの職業に就くかだって自分で決められる」
ミコネコは首を横に振った。
「他のものならね。でも……暗殺者は少し違う」
彼女は自分の胸元に手を当てる。
「私はずっと前に、あいつらから離れた。そして、私が知っていた隠れ家は全部、各国の連中に教えた」
ミコネコはリセラをまっすぐ見つめる。
「それなのに、あなたはどうして勇者と一緒にいるの?」
一拍置いて――
「……いや。レンと一緒にいる本当の理由は、何?」
リセラは数秒間、何も答えなかった。
その時――
二人の間にある扉が開いた。
中から一人の女性が姿を現す。
ミコネコは彼女を見ると、軽く手を上げた。
「あ、治癒師のアウェレン。ありがとう」
アウェレンは二人を見て、首を傾げた。
「……どうして二人とも、今にも戦いそうな雰囲気なの?」
リセラは慌てて短剣から手を離した。
「た、戦う? そんなわけないでしょう! ただ……ミコネコが言っていた、その……訓練の話を聞いていただけよ」
アウェレンは二人を交互に見る。
「まあ、何でもいいけど。もしここで戦ったら、警備兵に無理やり外へ連れ出されるからね」
そう言って、アウェレンは大広間の方へ歩いていった。
リセラはミコネコの背中を見つめる。
「……待って。さっきの訓練の話、本気だったの?」
ミコネコは答えなかった。
ただ、そのままアウェレンの後を追って歩いていく。
リセラはしばらく、その二人の背中を見つめていた。
そして――
ゆっくりと窓の方へ歩いていった。
窓の外には、ドラエンフォールの街並みが広がっている。
いくつもの家々が並び、そのさらに遠くには、王国の景色が広がっていた。
リセラは何気なく視線を遠くへ向ける。
その時――
一軒の家の屋根の上に、何かが見えた。
かなり遠い。
それでも、リセラにははっきりと分かった。
そこに立っているのは――
全身を覆うようなフードを被った人物だった。
その人物は、微動だにせず、こちらを見ているようにも見えた。
リセラは目を細める。
「…………」
何も言わない。
ただ――
窓越しに、その謎の人物をじっと見つめ続けていた。




