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第三話 獅子のギルド

ミレイリア、ギャリック、そして松田レンの三人は、大きな石造りの建物の前で足を止めた。


重厚な木製の扉の上には、立派な木彫りの看板が掲げられている。


――獅子のギルド。


ギャリックは扉の取っ手に手をかけた。


「行こう。」


ミレイリアも笑顔でうなずく。


「はい!」


レンは建物を見上げたまま、しばらく立ち尽くしていた。


「……本当にRPGみたいだな。」


その呟きを聞いて、ミレイリアはくすりと笑う。


「レンって、本当に不思議な言葉ばかり言いますよね。」


「ふふっ。」


扉を開けると、賑やかな空気が一気に流れ込んできた。


レンは思わず辺りを見回す。


ギルドの中は想像以上に広かった。


受付では冒険者たちが依頼の報告を行い、大きな掲示板には無数の依頼書が貼られている。


壁際では数人の戦士たちが談笑し、中央のテーブルでは旅人らしき者たちが食事を取りながら情報交換をしていた。


鎧がぶつかる音。


木製のジョッキが机に置かれる音。


誰かの笑い声。


そのすべてが、この場所が日々冒険者たちで賑わう場所なのだと物語っていた。


レンは感心したように息を漏らす。


「へぇ……。」


「じゃあ、ここで登録するんだよね?」


ギャリックはうなずいた。


「ああ。」


「俺は更新手続きがあるから、二人とは別だ。」


レンは首をかしげる。


「更新?」


「俺は近接専門のハンターだからな。」


「今はゴールドランクだ。」


レンは少し驚いた表情を浮かべた。


「へぇ……。」


「ギャリックって、結構ベテランなんだ。」


ギャリックは照れくさそうに鼻をかいた。


「まあ、それなりにな。」


その間にミレイリアは受付前の列へ並ぶ。


「私も登録は初めてなんです。」


レンの方を向いて笑う。


「一緒に頑張りましょう。」


「うん。」


数分後。


ようやく二人の順番が回ってきた。


ミレイリアは丁寧に頭を下げる。


「こんにちは。」


「ギルドへの登録をお願いします。」


レンも少し緊張しながら手を挙げた。


「ぼ、僕もお願いします。」


受付嬢はにこやかに微笑んだ。


「かしこまりました。」


「まずは登録料をお支払いいただき、規約を読んで署名をお願いします。」


そう言って、彼女は受付の奥に置かれた大きな水晶を指差す。


「その後、マナ測定を行います。」


(またあの水晶か……)


レンは心の中で呟く。


その横でミレイリアが小さな革袋を取り出した。


「レンさん。」


「登録料は私が払います。」


「気にしないでください。」


レンは困ったように笑った。


「ミレイリアちゃん……。」


受付嬢は帳簿を確認しながら言う。


「登録料は一人につき銅貨七十枚です。」


ミレイリアは少しだけ目を丸くした。


「思ったより高いですね……。」


それでも迷わず銀貨を二枚取り出し、カウンターへ置く。


「これでお願いします。」


「お釣りは結構です。」


受付嬢の目が一気に輝いた。


「えっ!」


「本当ですか!?」


彼女は満面の笑みになる。


「これは仲良くなれそうですね!」


レンはその様子を黙って見つめた。


(……この人、結構現金だな。)


受付嬢は二人へ紙を差し出す。


「それではこちらです。」


「規約をよく読んで、署名をお願いします。」


レンは契約書へ目を通し始めた。


数十秒後。


眉をひそめる。


「……あれ?」


「これって、一年間このギルドでしか活動できないってことですか?」


受付嬢はうなずく。


「その通りです。」


「ライセンスは所属ギルドごとに発行されます。」


「他のギルドへ移籍する場合は、新しく登録料を払っていただく必要があります。」


誇らしげに胸を張る。


「ちなみに、うちはこの街で一番登録料が安いですよ。」


(ちゃんと囲い込みしてるんだな……。)


レンは思わず苦笑する。


そして慌ててミレイリアを見る。


「ミレイリアさん、これ――」


しかし。


彼が言い終える前に。


ミレイリアはすでに署名を終えた契約書を受付へ差し出していた。


「お願いします。」


「これで大丈夫です。」


レンは目をぱちぱちさせる。


「え?」


「ちゃんと全部読んだの?」


「読みましたよ。」


彼女は穏やかに答えた。


「しばらくはここで十分ですし。」


「まずはお金を稼がないといけませんから。」


レンは肩を落とす。


「……まあ。」


「チップまで渡した人に今さら言っても遅いか。」


受付嬢は嬉しそうに書類を受け取った。


レンも苦笑しながら署名を済ませる。


「はい。」


受付嬢は二人の書類をまとめると、笑顔で言った。


「ようこそ、獅子のギルドへ。」


「私は受付担当のマリです。」


そう言って、大きな水晶をカウンターの中央へ置いた。


「それでは、マナ測定を始めましょう。」


彼女はミレイリアを見る。


「まずはミレイリアさんから。」



「はい。」


ミレイリアは微笑みながら、水晶の上へそっと手を置いた。


次の瞬間――


眩い光が一気にギルドの中を照らした。


青白い輝きを中心に、白と淡い緑が幾重にも重なり合い、水晶全体が美しく発光する。


「……!」


受付のマリは目を見開いた。


「すごい……!」


思わず両手を叩く。


「かなり優秀な魔導士ですね!」


「こんな逸材が登録してくれるなんて!」


周囲で依頼書を眺めていた冒険者たちも思わず振り向いた。


「おい……見たか?」


「あの魔力量……。」


「プラチナ級じゃないか?」


「若いのにな。」


小さなどよめきが広がる。


ミレイリアは少し照れくさそうに笑った。


「そんなにすごいですか?」


マリは何度もうなずく。


「ええ!」


「かなり将来有望ですよ。」


「努力次第では、もっと上を目指せるかもしれません。」


レンは水晶とミレイリアを交互に見つめていた。


(本当に魔法がある世界なんだな……。)


(こんな光るなんて……。)


マリは今度はレンへ視線を向けた。


「では次はレンさんですね。」


「お願いします。」


レンは静かに前へ出る。


ゆっくりと水晶へ手を置いた。


……


数秒が過ぎる。


しかし。


何も起こらなかった。


水晶は沈黙したまま。


光ひとつ放たない。


マリは首をかしげた。


「……あれ?」


「もう一度お願いします。」


レンは言われるまま、もう一度手を置く。


……


やはり変化はない。


完全な無反応だった。


ギルドの中にも少しだけ静寂が流れる。


マリは頬を指で掻きながら苦笑した。


「うーん……。」


「本当に冒険者になりますか?」


レンは困ったように笑う。


「え?」


マリは水晶を見つめながら続けた。


「見たところ……。」


「ほとんど魔力を感じません。」


「あるとしても、水晶では測定できないほど微量ですね。」


レンは返す言葉が見つからなかった。


すると。


ミレイリアがすぐに口を開く。


「でも、レンさんはとても強いんです。」


マリは顔を上げる。


「え?」


「魔力はなくても、身体能力は熟練した戦士にも負けません。」


「私はこの目で見ました。」


マリはミレイリアを見つめる。


その真剣な表情を確認すると、今度はレンへ視線を戻した。


「そういうことでしたか。」


優しく微笑む。


「分かりました。」


「ギルド証を用意しますね。」


レンは胸をなで下ろした。


「ありがとうございます……。」


それからミレイリアへ向き直る。


「助かったよ。」


「本当にありがとう。」


感謝を込めて微笑んだ。


「登録料まで払ってもらったし……。」


「ちゃんと返すから。」


ミレイリアは首を横に振る。


「気にしなくていいですよ。」


レンは苦笑する。


「いや。」


「それじゃ気が済まない。」


そして水晶を見ながら尋ねた。


「ところで。」


「さっき言ってたランクって、どういう意味なんだ?」


ミレイリアは丁寧に説明し始める。


「この水晶は、魔力量だけではなく、その人が持つ魔力の質も測定しています。」


「光が強ければ強いほど……。」


「一般的には魔法の才能も高いと判断されます。」


彼女は安心させるように笑った。


「でも、お金のことは本当に気にしないでください。」


レンは静かに首を振る。


「いや。」


「最初の依頼で報酬をもらえたら……。」


少し照れくさそうに笑う。


「その時は、ご飯をご馳走させてほしい。」


「好きなものを頼んでいいから。」


その瞬間。


ミレイリアの動きが止まった。


目が大きく開く。


口も少しだけ開いたまま固まっている。


沈黙。


数秒間、誰も何も言わなかった。


その空気を破ったのはギャリックだった。


「レン……。」


後頭部をぽりぽりと掻く。


「そういうことを言うなら……。」


「ちゃんと責任を取る覚悟をしてから言った方がいい。」


レンはきょとんとする。


「責任?」


振り返ると。


ミレイリアは顔を真っ赤にしたまま、小さく身体を左右に揺らしていた。


「れ、レンさん……。」


「少し……。」


「展開が早すぎませんか……?」


レンは完全に固まった。


三秒。


誰も動かない。


そして――


「えぇぇぇっ!?」


思わず大声を上げた。


「ち、違う!」


「そういう意味じゃないから!」


「ただ、お礼がしたかっただけで!」


「変な意味なんて全然ない!」


「そういう意味じゃないから!」


「本当に!」


「ただ、お礼をしたかっただけなんだ!」


レンは必死に両手を振った。


「変な意味なんて全然ない!」


ミレイリアは少しだけ頬を膨らませる。


「でも……。」


「もう誘いましたよね?」


「今さら取り消すんですか?」


「えっ……。」


レンはさらに慌てた。


「い、いや!」


「取り消すっていうか……!」


「その……!」


言葉がうまく出てこない。


ギャリックは腕を組んだまま苦笑する。


「お前の世界ではどうか知らないが……。」


「この世界で女性を二人きりの食事に誘うのは、告白に近い意味として受け取られることが多い。」


レンは思わず一歩後ろへ下がった。


「うそだろ……。」


「そんな文化なのか!?」


「ご、ごめん!」


「そんなつもりじゃなかった!」


「嫌な思いをさせたなら本当にごめん!」


すると。


ミレイリアはついに堪えきれなくなった。


「ふふっ……。」


「ふふふっ……。」


やがて、


「はははっ!」


楽しそうに笑い始めた。


レンはぽかんと口を開ける。


「……え?」


ミレイリアは笑いながら目尻に浮かんだ涙をそっと拭った。


「少しだけ……。」


「からかってみたくなったんです。」


レンは数秒間固まったまま動かなかった。


そしてゆっくりとギャリックを見る。


「……え?」


ギャリックは肩をすくめる。


「まあ。」


「半分は本当だ。」


「食事に誘うことを特別な意味として受け取る人もいる。」


「でも。」


「ミレイリアはお前が悪気で言ったわけじゃないって最初から分かってた。」


レンは大きく息を吐いた。


「……びっくりした。」


ミレイリアはまだ笑顔のまま言う。


「でも。」


「お礼として誘ってくれたなら。」


「一緒に食事へ行くのは嬉しいですよ。」


「もちろん、普通のお食事として。」


レンはようやく肩の力を抜いた。


「……よかった。」


「本気で焦った。」


ミレイリアは首をかしげる。


「そんなに驚きました?」


レンは苦笑する。


「そりゃ驚くよ。」


しかし。


その笑顔は少しずつ真剣な表情へ変わっていった。


ミレイリアを静かに見つめる。


「でも……。」


「そんな冗談を言えるなんて。」


「君のご両親はまだ危険な場所にいるんだろ?」


ミレイリアの笑みは少しだけ柔らかくなった。


それでも消えることはなかった。


「心配してくださってありがとうございます。」


彼女は視線を落とす。


「父も母も……。」


「まだ生きています。」


「ただ……。」


「魔王軍の支配地域で捕虜として働かされているだけです。」


レンは黙って耳を傾ける。


ミレイリアは静かに続けた。


「逃げようとすれば……。」


その声はほとんど囁きになった。


「殺されます。」


その場に沈黙が流れる。


誰も口を開かなかった。


やがて。


ミレイリアは再び顔を上げる。


その瞳には弱さよりも強い意志が宿っていた。


「でも。」


彼女は優しく微笑む。


「レンさんと。」


「ギャリックがいてくれるなら。」


「きっと助けられます。」


レンは小さく笑った。


「君って。」


「本当に前向きなんだな。」


ちょうどその時。


受付のマリが小さな箱を二つ持って戻ってきた。


「お待たせしました!」


彼女はまずミレイリアへ一つのギルドバッジを差し出す。


銀色の土台に、美しい青い装飾が施された徽章だった。


「プラチナランクです。」


ミレイリアは嬉しそうに受け取る。


「ありがとうございます。」


続いてマリはもう一つのバッジをレンへ渡した。


それは落ち着いた銅色の徽章だった。


レンはじっと見つめる。


「……ブロンズ?」


「はい。」


マリは笑顔でうなずいた。


「獅子のギルドでは、初期ランクは基本的に魔力の適性によって決まります。」


「ですが。」


「難しい依頼をこなして実績を積めば、ランクは上がっていきますよ。」


そう言って彼女は依頼掲示板を指差した。


壁一面に貼られた無数の依頼書が目に入る。


「レンさん一人なら。」


「受けられるのはDランク依頼までです。」


「ミレイリアさんと一緒なら。」


「Cランク依頼まで受注できます。」


その時。


ギャリックが金色のギルドバッジを軽く掲げた。


「じゃあ、俺も一緒なら?」


マリは笑みを深める。


「その場合は。」


「パーティーとしてBランク依頼まで受注可能です。」


ミレイリアは思わず拳を握った。


「やりました!」



ミレイリアは嬉しそうに拳を握った。


「やりました!」


マリは再び依頼掲示板を指さした。


「それでは、好きな依頼を選んできてください。」


「決まったら、また私のところへ持ってきていただければ、詳しく説明します。」


レンは壁いっぱいに貼られた依頼書を見上げた。


無数の紙が整然と並び、それぞれに依頼内容や報酬が書かれている。


薬草採取。


魔物討伐。


護衛任務。


配達。


素材収集。


見ているだけで胸が高鳴る。


レンの口元に自然と笑みが浮かんだ。


「……本当に。」


小さく呟く。


「ゲームみたいだ。」


ギャリックは苦笑した。


「またその"ゲーム"って言葉か。」


レンは笑いながら肩をすくめる。


「説明するのは難しいけど……。」


「俺の世界には、こういう冒険を体験する遊びがあったんだ。」


ミレイリアは興味津々といった表情で尋ねる。


「遊びで冒険を?」


「はい。」


「魔物と戦ったり。」


「依頼を受けたり。」


「世界を旅したり。」


「全部、物語の中だけの話だけどね。」


ギャリックは感心したように頷く。


「面白そうな世界だな。」


レンは少しだけ遠くを見るような目をした。


「……そうだね。」


「平和だったよ。」


「少なくとも。」


「魔王軍なんてものはいなかった。」


ミレイリアは静かに微笑んだ。


「それなら。」


「いつか、その世界のお話をもっと聞かせてください。」


レンも微笑み返す。


「ああ。」


「もちろん。」


ギャリックが依頼掲示板へ歩き出す。


「まずは初心者向けの依頼を探そう。」


「いきなり危険なのは避けたい。」


レンもその後に続く。


「賛成。」


ミレイリアも頷いた。


「まずは、この世界に慣れることが大切ですね。」


三人はゆっくりと掲示板の前へ歩いていく。


レンは並んだ依頼書を一枚ずつ見ていった。


この世界へ来てまだ数時間。


それなのに。


気がつけば、自分は自然と未来のことを考えていた。


(少し前まで。)


(俺は……。)


(もう全部終わったと思ってた。)


トラック。


事故。


真っ暗になった視界。


そして。


ミサキの笑顔。


その記憶はまだ胸の奥に残っている。


忘れられたわけではない。


きっと。


これからも簡単には忘れられないだろう。


それでも。


レンはゆっくりと顔を上げた。


目の前には、新しい世界が広がっている。


まだ知らない街。


まだ知らない人々。


まだ知らない景色。


そして。


隣にはミレイリアとギャリックがいた。


二人は依頼書を真剣に見比べながら話し合っている。


その姿を見て、レンは小さく笑う。


(……本当に。)


(第二の人生なのかもしれない。)


大きく息を吸う。


そして。


静かに一歩前へ踏み出した。


彼の新たな旅は、まだ始まったばかりだった。

作者あとがき


第3話を読んでいただき、本当にありがとうございます!


もし作品を楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークやお気に入り登録、そして感想をいただけると嬉しいです。


皆さんからの応援が、この物語を書き続ける何よりの励みになります。


それでは、また次の話でお会いしましょう!

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