第29話 — 消えたペンダント
レンは行ったり来たりを繰り返しながら歩いていた。その様子を、壁にもたれかかっていたリセラがじっと見つめている。
やがてリセラは壁から離れ、一歩前へ踏み出した。
しかし、その瞬間――ライセラがレンの腕に触れながら声をかけているのが目に入った。
「レン、まだあのことを考えてるの?」
リセラは足を止めると、進む方向を変え、ギャリックのほうへ歩いていった。
その様子を見ていたミコネコは、心の中で思った。
*あの子、変わってるな……。それとも、ただ嫉妬してるだけ?*
一方、レンはライセラに答えた。
「いろいろ……全部だ! ミレイアのこと……地球のこと……それに、アウレリアが話していたあの人たちは、一体誰なんだ?」
ライセラは答えた。
「そうよね。私も、彼女が話していた時はよく分からなかったわ……ルメリアン? それに、カエルとかいう人を助けるって話もしてたわよね。私も誰なのか知らないけど」
レンはため息をつき、指導者たちが集まっているテーブルへ視線を向けた。
するとライセラが尋ねた。
「それと……あなたの中に何かがあるって言ってたこと。あれが、あの力の正体なの? 英雄って、みんなそういうものを持っているの?」
レンは少し考え込んだ。
「分からない。でも、ここで待ってる間に、あっちへ行ってもっと聞いてみてもいいかもしれない!」
二人の会話を途中から聞いていたミコネコが口を挟んだ。
「盗み聞きするつもりはなかったんだけど、その予言者ならもう行っちゃったよ」
レンは妙な表情でミコネコを見た。
ライセラが呟く。
「あら……かなり頭が切れる人みたいね」
ミコネコは笑った。
「まあ、口も悪いけどね。でも、自分の仕事はしっかりこなすんだ。へへっ」
レンは再びため息をついた。
「……まあ、そのほうがいいか。今はミレイアに集中しないとな」
その時、ゴロがレンたちに声をかけ、後についてくるよう促した。
一行は、大勢の魔術師たちが座っている広い部屋へと向かった。
ゴロが言う。
「よし、みんな。これからアルセリオン王国へ向かうために転移門を使う。急いでくれ」
魔術師たちは驚いたように顔を見合わせた。
「えっ?」
ミコネコが答える。
「そういうこと。早く始めよう。この作業には時間がかかるからね」
魔術師たちは配置を整え、転移門を開くための準備を始めた。
レンはしばらくその様子を眺めてから尋ねた。
「この作業って、時間かかるのか?」
ミコネコが答える。
「アルセリオンみたいに遠い場所だと、転移門が完成するまで数時間はかかるよ」
ゴロも続けた。
「高位の魔術師なら一人か二人で済むんだが、それでも時間そのものは変わらない可能性がある。俺たちの魔術師は中級程度だからな。何人も必要になる」
ギャリックは頷いた。
「なるほど。それなら、その間に休んでおこう」
ミコネコは真剣な表情で彼らを見る。
「もし最悪の事態になったら、アルセリオンの王には気をつけて。あいつは強すぎる」
レンは少し目を見開いた。
「強いって……あんたたちくらい?」
ゴロは首を横に振った。
「いや。あの王の力は、女神ルミナリアから授かった『恩寵』によるものだと言われている」
ライセラが口を挟む。
「私も聞いたことがあるわ。それってただの伝説だと思ってたけど……」
ミコネコが答える。
「ただの嘘とは思えないね。何しろ、あの国と争うことを避けているのは、他の人間の王国でさえ同じなんだから」
レンはごくりと唾を飲み込んだ。
「女神の……恩寵……」
ライセラはレンに近づき、その耳元で囁いた。
「心配しないで。私の父によれば、あなたもそれと同じくらいの力を持っているらしいわ。覚えてる?」
すると今度はミコネコがレンの反対側に現れ、もう片方の耳元で囁いた。
「なんで君、そんなに強いの?」
レンは二人から離れ、顔を真っ赤にした。
「あ、あの! やめてくれ! 二人とも……!」
レンは二人を見た後、背を向けた。
「俺は集中しないといけないんだ。いいな?」
ライセラは頭を掻いた。
「集中? 分かったわ、レン」
ミコネコは意地の悪そうな笑みを浮かべながら、心の中で呟いた。
*魔族の少女が人間に惹かれている……。これは実に興味深いね*
その頃、リセラはギャリックに尋ねた。
「ギャリック、あなたは戦える?」
「ああ。ただ、素早く中へ入って、素早く出る必要がある」
リセラが尋ねる。
「どうやって衛兵から逃げるの?」
ギャリックはレンを見る。
「レン、ミレイアを助け出したら、宮殿に向かって全力で力を放ってくれ。かなりの部分を破壊する必要がある」
レンは眉をひそめた。
「どうして?」
「宮殿には女神ルミナリアの像がいくつもある。その中には、宮殿そのものより価値のあるものまである。王はミレイアよりも、そっちのほうを気にするはずだ」
レンは少し考えた。
「分かった……」
ライセラが笑う。
「それなら、私は宮殿中に炎をばら撒くわ!」
ギャリックは頷いた。
「それも助けになる。脱出したら、どこかで馬車を見つけて王国を出る。友好的な国ならドレイヴンホールドが一番だ。そこで数日過ごそう」
リセラが微笑んだ。
「ああ、あの穏やかな国ね」
「ああ」
一行は魔術師たちへ視線を向けた。
魔術師たちはすでに詠唱を始め、床には巨大な魔法陣が描かれていた。
その中心には、ミレイアのハンカチが置かれている。
ミコネコが言った。
「よし。あと二時間くらい待って。そうすれば、君たちは転移できる」
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### アルセリオン王宮
シルヴァラとダルガンは、謁見の間へと続く巨大な扉をくぐった。
ダルガンはミレイアを前へ突き飛ばす。
「さっさと歩け! 王がお待ちだ!」
長い赤い絨毯の上を進み、二人はミレイアを玉座の前に跪かせた。
そしてシルヴァラとダルガンも王の前で頭を下げる。
驚いた様子で、秘書官が声を上げた。
「へ、陛下……! 逃亡者です! ミレイアです!」
その瞬間、玉座の後ろにある扉が開いた。
アルセリオン・ドレンが玉座の後ろから姿を現した。
ゆっくりと歩きながら、彼は手を叩く。
「パチ、パチ、パチ……。おやおや。これはこれは……我らが逃亡者ではないか」
ミレイアは床を見つめたままだった。
片方の目だけが開いている。
長い髪は完全に乱れ、服は汚れ、戦闘による傷跡があちこちに残っていた。
彼女は何も言わなかった。
ダルガンが命じる。
「王に答えろ!」
ドレンはシルヴァラとダルガンを見る。
「シルヴァラ、ダルガン。もう下がっていい。ただし、報酬は半分だ」
シルヴァラは目を見開いた。
「な、なぜですか?」
王は答えた。
「私は彼女を無傷で連れてこいと言ったはずだ。お前たちは彼女を滅茶苦茶にした。それが気に入らん」
ダルガンは歯を食いしばった。
「申し訳ございません、陛下」
ドレンは手を振った。
「もういい。下がれ。報酬は外で受け取れ」
秘書官が戸惑う。
「へ、陛下?」
ドレンは答えた。
「お前も一緒に行け。彼女と二人きりになりたい。心配するな。彼女への処罰は午後に行う。それと、民衆にも知らせておけ」
「は、はい!」
シルヴァラ、ダルガン、そして秘書官は部屋から出ていった。
扉が閉まると、ドレンは再び玉座へ腰を下ろした。
片手で顎を支えながら、失望したような目でミレイアを見つめる。
「ミレイア。お前は欲しいものを何でも手に入れられる立場だった。王国の魔術師として生きていけた。望むなら、私の側室になることだってできたのだぞ」
ミレイアは跪いたまま、黙って床を見つめていた。
ドレンは苛立ったように足を床へ打ちつけ始める。
そして立ち上がると、ミレイアの前まで歩いていき、しゃがみ込んだ。
「なぜ逃げた? 何か気に入らないことがあるなら、言えばよかっただけだ。すでに秘書官には、お前の処刑を民衆へ知らせるよう命じてある。だが、お前が望むなら、まだ変更することはできる」
ミレイアは何も答えない。
ただ黙って床を見つめ続けていた。
ドレンはミレイアの顎を掴み、顔を無理やり持ち上げる。
二人の視線がぶつかった。
「答えろ。……おや、その青あざはお前には似合わんな。本当なら罰を与えたいところだが……その姿を見ると、もしかすると――」
**プッ!**
ミレイアはドレンの顔へ唾を吐きかけた。
「あなたみたいな化け物と関係を持つくらいなら、死んだほうがマシよ!」
ドレンは数秒間、完全に動きを止めた。
そして立ち上がると、顔を拭い、ミレイアの顔面を蹴り飛ばした。
「せっかく機会を与えてやったのに……本当に残念だ」
そして怒鳴った。
「衛兵! こいつを連れていけ!」
衛兵たちが扉を開け、ミレイアを掴んで連れ去っていく。
ドレンは彼女の姿が見えなくなるまで眺めていた。
「なんという度胸だ……。それとも、ただの馬鹿なのか?」
衛兵たちはミレイアを暗い牢獄へ連れていき、中へ放り込んだ。
そのうちの一人が、彼女の両腕を拘束している鎖を見ながら言った。
「その鎖を外そうなんて考えるなよ。自分の腕を引きちぎるほうが、まだ簡単だからな。ハハハ!」
そう言って、衛兵たちは扉を閉めた。
ミレイアはしばらく牢獄の中を見回した。
「も、もしシルヴァラとダルガンとの戦いで、あれほど魔力を消耗していなかったら……」
彼女はため息をつき、心の中で考える。
*ここを出る唯一のチャンスは、誰かがこの牢を開けた時……。その時なら、一人か二人くらいは倒せるかもしれない……。今は魔力の回復に集中しないと*
ミレイアはゆっくりと息を吸い、そして吐き出した。
肺へ空気を送り込みながら、避けられない運命に備える。
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シルヴァラとダルガンは報酬を受け取った。
ダルガンは手元の硬貨を見つめる。
「フン……金貨十五枚か」
シルヴァラは肩をすくめた。
「それでも結構な金額じゃない」
ダルガンは不満そうに呟く。
「お前があそこまで痛めつけなければ、三十枚もらえたんだぞ! クソッ!」
シルヴァラは答えた。
「分かったわよ。次の大きな仕事で埋め合わせるわ!」
「本当に頼むぞ……」
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それから、ほぼ二時間が経過した。
ギャリックは魔術師たちが魔法陣を完成させるのを待っていた。
ミコネコが告げる。
「魔法陣はもうすぐ完成する。そろそろ準備したほうがいいよ」
ギャリックはシャツの内側へ手を入れ、首元を探り始めた。
レンは彼の顔に浮かんだ焦りに気づいた。
「どうした、ギャリック?」
ギャリックは床を見回しながら、身体中を手で探っている。
リセラが尋ねた。
「何を探してるの?」
ギャリックは答えた。
「お前たち……俺のペンダントを見なかったか?」
レンは思い出した。
「ペンダント? ああ……母親の形見だって言ってたやつか?」
「そ、そうだ! クソッ、失くすはずがない。首にしっかりつけていたんだ!」
リセラが尋ねる。
「今になって、なくなったことに気づいたの?」
ギャリックは首を横に振った。
「そんなはずはない。ゼラティスへ向かっていた時、少なくとも少し前までは確かに首についていた。覚えてる」
レンは記憶を辿るように言った。
「自分たちの行動を思い返してみろ、ギャリック。ここへ来て、あの衛兵……ブキって奴と話して……」
ギャリックは目を閉じ、しばらく考えた。
「ペンダントを持っていたのは覚えている。その後、俺たちは走って……あのエルフの女の子とぶつかって……ここに着いた時には……」
レンはギャリックを見る。
「その驚いた顔、どうしたんだ?」
ギャリックは目を見開いた。
「地面に落ちていたなら、俺が気づかないはずがない。あのエルフ……俺から盗んだのか?」
その時、ミコネコが割って入った。
「準備完了! 飛ぶ準備をして!」
ギャリックは歯を食いしばった。
「クソ……。なんでよりによってエルフなんだよ……」
そして深く息を吸った。
「ミレイアを助けるぞ」
レンがギャリックを見る。
「俺たちが先に行こうか?」
ギャリックは首を横に振った。
「いや、レン。全員で行く。ミレイアのほうが優先だ……」
レンは言った。
「全部終わったら、お前のペンダントを探そう、ギャリック。お前にとって、母親との唯一の思い出なんだろ?」
ギャリックは微笑んだ。
「ああ……ありがとう、レン」
その瞬間――
一人の魔術師が突然、床へ倒れた。
魔法陣の輝きがわずかに弱まる。
ミコネコは眉をひそめた。
「ちょっと、何があったの?」
別の魔術師が汗だくになりながら、苦しそうに答える。
「彼は……はぁ……魔力を使い果たして……」
ギャリックはミコネコを見る。
「それでも魔法陣は使えるのか?」
ミコネコは言葉を詰まらせた。
「分からない。こういう魔法を使ったのは数回しかないけど、その時は全部、国内の人間を転移させるためだったから……」
レンが尋ねる。
「じゃあ、どうする?」
ギャリックは目を閉じ、拳を強く握りしめた。
「ミレイア……」
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その頃、別の場所では――
尖った耳を持つ美しい少女が、木々に囲まれた道を歩いていた。
長い金色の髪がそよ風に優しく揺れ、緑色の瞳が穏やかに前方の道を見つめている。
周囲の木々さえも、まるで少女の存在と調和しているかのようだった。
少女はポケットに手を入れ、銀色のペンダントを取り出した。
それを眺めると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「さっきの男、本当に間抜けだったわ。私があいつの目の前でペンダントを引ったくったのに、ぼーっと見てるんだもの……。なんて馬鹿なの! アハハハ!」
少女は再びペンダントをポケットへしまった。
そして、身体を撫でるように吹き抜ける風を感じながら、前方へ視線を向ける。
「……ああ、もうすぐエラリオンね。エルフたちの暮らす土地――エラリオンへ」




