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第19話 レン、捕らわれる

旅を始めてから、もうすぐ一時間が経とうとしていた。


その頃、リセラはレンが自分の腰を少し強く抱きしめていることに気づいた。


「レン……ちょっと、苦しい……」


レンはすぐに気づいた。


「あ、ごめん」


そう言って、腕の力を少し緩める。


リセラはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。


「あの夜、宿屋で……レンとミレリアが部屋にいた時……」


レンは彼女を見る。


「え? み、見てたのか?」


リセラは少しためらった。


「……二人で、何をしてたの?」


レンは瞬きをする。


「え? ああ、ミレリアか……」


そこでレンは、あの夜にミレリアが着ていた透けたパジャマを思い出した。


レンはすぐに口を閉ざした。


その変化をリセラは見逃さなかった。


「どうしたの? 今、何か言おうとしたでしょ……」


レンは視線を逸らす。


「あ、あはは……な、何でもないって。本当に。へへ……」


リセラは少しだけ目を細めた。


「……なんか変」


「本当に何もなかったの?」


レンは慌てて答える。


「な、ない!」


二人の間に、数秒間の沈黙が流れた。


そこでレンは話題を変えることにした。


「ほら、あの日、レオンズギルドで……」


リセラは肩越しにレンを見る。


「どうして、あんなに必死になってゴブリンを討伐したかったの?」


リセラは一瞬、黙り込んだ。


「私は……」


彼女は少しだけ視線を落とした。


「ただ、誰かと一緒にパーティーを組みたかったの」


「何週間かギルドにいたけど……誰も私と一緒にいたがらなかった」


レンは納得した。


「ああ……君のクラスのせい?」


リセラは小さな声で答えた。


「……たぶん」


レンは前方へ視線を向けた。


遠くに、いくつかの明かりが見え始めている。


「前のほうに、いくつか明かりが見える」


リセラは微笑んだ。


「もうすぐだね」


レナの診療所では――。


ミレリアが軽い治癒魔法をかけ続ける中、ガリックはベッドの上で苦しんでいた。


呼吸は荒く、身体も小刻みに震えている。


レナは心配そうに、部屋の中を行ったり来たりしていた。


「もう鎮静用の薬は投与した……」


「でも、全然効いてない……」


「このままじゃ……解毒剤が必要だわ」


ミレリアはレナを見る。


「あと、どれくらい?」


レナはわずかに目を細めた。


「……十時間くらい。たぶん」


彼女は深く息を吸った。


「こ、こんな状態まで進んで、それでも生きている人なんて……私は見たことがない!」


ミレリアは再びガリックを見る。


そして、彼の手を握った。


「……きっと間に合う」


その声は、わずかに震えていた。


「心配しないで……」


「きっと、間に合うから」


その時――。


コン、コン!


二人は同時に扉を見る。


レナが扉まで歩いていき、開ける。


「今、取り込み中――」


そこで言葉が止まった。


「あ……あなたは!」


ミレリアは、廊下の奥から一人の男の影が近づいてくるのを見つめた。


その人物はゆっくりと、ミレリアとガリックがいる部屋へ向かって歩いてくる。


そして、男の声が響いた。


「スザリクと話してきた。ここにいるんだろ?」


ミレリアはわずかに目を見開いた。


(……どこかで聞いたことのある声だ)


一方その頃――。


レンとリセラは、ついにドラクサルにある都市、カルズルへと到着した。


街に入った瞬間、レンは目を見張った。


夜だというのに、通りは人で溢れかえっていた。


荷物を運ぶリザードマン。


何人かで集まって話をしている犬人族。


食べ物や手作りの品を売っている獣人の女性たち。


そして、レンが今まで一度も見たことのない、様々な人型の種族までいる。


通りには建物の壁に吊るされたランタンが並び、店先にも小さな照明がいくつも灯されていた。


通りの両脇には、露店が並んでいる。


ある店では珍しい果物が売られ、別の店では焼いた肉、香辛料、武器、服、魔道具などが売られていた。


食べ物の香りが辺り一帯に漂い、人々が行き交っている。


レンは周囲を見回した。


(……本当に違うな)


(こんなにたくさんの種族がいるのか……)


これだけ多くの人が行き交っているにもかかわらず、この街にはどこか自由な空気があった。


街角ごとに兵士が立っているわけでもない。


人々はただ歩き、商売をし、互いに会話をしている。


レンとリセラは、レナから渡された紙に書かれている場所へ向かった。


そして、何人かに声をかけながら場所を探し始める。


レンは一人の猫人族の男に近づいた。


「すみません。この場所がどこにあるか知りませんか?」


男は、まったく違う言語で答えた。


レンは男を見つめる。


「あ……何を言ってるのか分からない」


リセラもそれを見て気づいた。


「あ……」


彼女は額に手を当てる。


「そうだった。忘れてた……」


レンは彼女を見る。


「何が?」


「彼らには彼らの言葉があるの」


「私たちの言葉を理解できる人を探してるんだと思う」


二人はそのまま探し続けた。


レンは通りの片側にある店を眺めながら情報を集めようとしていた。


その一方で、反対側を歩いていたリセラは、服を売っている露店の前を急いで通り過ぎようとした。


その時だった。


「変わった服に安い服! こっちだよ!」


犬人族の男が声を上げていた。


リセラは足を止め、並べられた服を見る。


その中に、一枚の黒いシャツが目に入った。


彼女は少しためらいながら、その服を手に取った。


「こ、これ……私たちの言葉が話せるの? い、いくら?」


犬人族の男は笑顔を浮かべた。


「いらっしゃい! この服かい? 一着、銅貨五枚だよ」


リセラは黒いシャツを手に取り、目の前に掲げた。


「こ、このシャツ……気に入った」


犬人族の男は首を傾げ、服をじっくりと見る。


「それは……男物みたいだけど?」


「……問題ない」


リセラは露店の上に銅貨を五枚置いた。


「毎度あり!」


リセラはそのまま尋ねた。


「あの……この辺りに診療所はありますか?」


犬人族の男は頭を掻いた。


「あー……俺はこの辺に来たばかりでね。まだこの辺りのことを覚えてる途中なんだ」


そう言って、通りを歩いている一人のリザードマンを指差した。


「でも、あいつに聞いてみるよ」


返事を待っている間、リセラは何人かの女性がレンのほうをちらちらと見ていることに気づいた。


彼女はわずかに眉をひそめる。


そして、あまり深く考えずにシャツを握った。


「わ、私、ちょっと行ってくるね!」


そう言うと、レンのところへ走っていった。


「レン! これ、着て!」


レンは反応する暇もなく、シャツを手渡された。


「え?」


服を広げたレンは、目を見開いた。


「うわ……こっちにもワイシャツってあるんだ……」


リセラは一瞬、視線を逸らした。


「黒……私のと同じ」


レンは彼女を見て、笑った。


「じゃあ、お揃いだな」


「は、はは……」


リセラの頬が少し赤くなった。


仮面の下でも、その赤みは分かるほどだった。


彼女はすぐにシャツを指差す。


「は、早く着てみて!」


レンは困惑したように彼女を見る。


「い、今? 俺たち情報を探してるんじゃなかったっけ?」


リセラはレンの手から紙を奪い取った。


「情報は私が探す! あなたはそのシャツを着て!」


「ええっ!?」


レンが言い返すよりも早く、リセラはすでに情報を聞けそうな相手を探し始めていた。


レンはため息をつく。


「はぁ……分かったよ。俺はあそこの路地に行ってくる。すぐ戻る」


そう言って、シャツを手にその場を離れていった。


リセラは再び犬人族の男の露店へ視線を戻した。


しかし――。


彼女は立ち止まった。


露店が、消えていた。


「……え?」


リセラは困惑しながら周囲を見回す。


「あの人の露店……どこに行ったの?」


彼女は何か手がかりがないかと、数歩前へ進んだ。


「私……おかしくなったわけじゃないよね……? 確かに、ここにあったのに!」


数秒間、リセラは信じられないものを見るように、何もない場所を見つめ続けた。


その時――。


誰かが彼女の肩に触れた。


「リセラ」


リセラは素早く振り返った。


そこにいたのはレンだった。


新しいシャツを着ている。


その服は、軽く上品な生地で作られた、黒い長袖のワイシャツだった。


レンの身体に合うように仕立てられたそのシャツは、折り返された襟と、中央に整然と並んだ黒いボタンが特徴的だった。


袖は手首より少し上で終わっており、シンプルながらも洗練された印象を与えている。


黒い生地は光を柔らかく吸収し、普段レンが着ている質素な服とは対照的な、上品な雰囲気を醸し出していた。


レンは少しだけ両腕を広げた。


「それで……どう? 似合ってる?」


リセラの目が輝いた。


彼女は数秒間、黙ったままレンを見つめた。


「か、かっこいい……」


レンは少し照れくさそうに笑った。


「こ、このシャツ……ありがとう」


リセラはまだ頬を赤くしたまま、視線を逸らした。


「ど、どういたしまして……」


その時、道端の木製のテーブルに、一人の尖った耳を持つ女性が座っていた。


彼女は落ち着いた様子で煙草を吸っている。


レンはその女性を数秒間見つめた。


女性もまた、レンをじっと見ていた。


リセラがそれに気づいた。


「……あの人、エルフみたい」


レンは彼女を見る。


「誰?」


リセラはさりげなく指を向ける。


「あなたが見てる女性」


レンは気まずそうにする。


「い、いや、見てたわけじゃ……」


「わ、私はただ、あの人が私たちを見てるのに気づいただけ」


そう言って、リセラは女性に近づいた。


「こんにちは。私たちの言葉が分かりますか?」


エルフの女性は煙草を一口吸ってから、落ち着いた声で答えた。


「開店まで、あと三十分だけど?」


そして、ゆっくりと煙を吐き出す。


「カップルなら安くするよ」


レンは眉をひそめた。


「……何の話をしてるんだ?」


その時、レンはリセラが看板を見ながら真っ赤になっていることに気づいた。


レンは困惑する。


「どうした?」


エルフは二人を見て尋ねた。


「二人とも、初めて?」


リセラはすぐにレンの腕を引っ張った。


「い、行こう、レン!」


レンは腕を引き戻した。


「あ、ちょっと待って」


レンは紙を取り出し、エルフに渡した。


「この場所がどこか分かりますか?」


「俺たち、ずっと探してたんですけど……現地の言葉が話せなくて」


エルフは紙を受け取り、真剣な表情で見る。


「誰に頼まれたの?」


レンはすぐに答えた。


「あ……レナです」


リセラも続ける。


「レナ先生です」


エルフは頷いた。


「ああ、なるほど」


そして紙を返す。


「ここで待ってな。すぐに行き方を教えるから」


二人は待った。


リセラはしばらくレンを見つめていた。


そして尋ねる。


「レン……」


レンが彼女を見る。


「あなたは別の世界から来たんだよね……」


リセラは少しためらった。


「……元の世界に戻りたい?」


レンは一瞬、眉をひそめた。


「俺は……」


しばらく黙り込む。


「戻れるかどうかも分からない」


そして少し考える。


「……そういえば」


「俺、トラックに轢かれた時の落下で、本当に死んだんだと思う」


リセラは黙っていた。


「家族はいたの?」


レンは頷いた。


「いた……」


その視線は遠くを見るようになった。


「妹の、松田トウカ」


「……妹だけだ」


レンは深く息を吐いた。


「両親は俺が大学にいた頃に亡くなった」


「妹は二十五歳……少なくとも、事故に遭った時までは二十五歳だった」


「それも……つい数日前のことみたいに感じる」


リセラは少し視線を落とした。


「そう……」


「……ご愁傷様、レン」


レンはわずかに笑った。


「ああ、大丈夫」


リセラは気になったように尋ねる。


「大学って何?」


レンは答えようと口を開いた。


「ああ、大学っていうのは――」


しかし、その言葉を最後まで言う前に、医者が戻ってきた。


その手には、丁寧に包まれた小さな瓶がある。


「ああ、これが彼女から頼まれていた薬だ」


レンは瓶を見る。


「解毒剤……」


医者は容器を手渡した。


「シルタラ・エッセンスだ」


レンは瓶を慎重に受け取った。


「ありがとうございます。本当に」


そしてリセラのほうを振り返る。


「行こう、リセラ」


リセラは小さく頭を下げた。


「ありがとうございました! それじゃあ!」


二人は走って外へ出た。


そして、馬を置いていた場所へ急いで戻った。


先にリセラが再び馬に乗る。


そしてレンを見る。


「乗り方は、また今度教えるからね。レン」


レンは頷いた。


「ああ。それと、大学についての説明もまた今度続きから話すよ」


レンも馬に乗る。


「今は急がないと!」


二人は再び馬を走らせ始めた。


レンは解毒剤をリセラに渡し、リセラはそれを自分の小さな鞄の中へしまった。


数分ほど走った、その時――。


突然、道の真ん中にフードを被った人物が現れた。


リセラは目を見開く。


「きゃあっ! どいて!」


しかし、馬はそのまま前へ走り続ける。


その人物を轢きそうになった瞬間――。


フードを被った人物が、馬を飛び越えた。


そして素早い動きでレンのシャツの襟を掴み、そのまま馬から引きずり落とした。


リセラは馬とともに、そのまま走り去っていく。


「レン!」


彼女は一瞬だけ振り返った。


レンは地面に落ちていた。


フードの人物はレンの前に着地する。


そして言った。


「やっと一人になったところを見つけたぞ、勇者!」


レンは目を見開く。


フードの下から、二つの真紅の瞳がレンを見つめていた。


その瞬間、レンは理解した。


目の前にいる人物は、人間ではない。


レンはリセラを見る。


「行け、リセラ!」


リセラは彼を見る。


「レン……」


「ガリックのところへ解毒剤を届けろ!」


レンは歯を食いしばる。


「……あいつが死ぬ!」


ほんの一瞬、リセラの瞳に涙が浮かんだ。


彼女も歯を食いしばる。


「レン……必ず戻ってくるから!」


そう言うと、リセラは馬の向きを変え、そのまま走り去っていった。


フードの人物は再びレンへ視線を戻す。


「俺の名前は、リオレン」


そして、少し間を置く。


「勇者……お前には、俺と一緒に来てもらいたい」


レンは、その輝く瞳を見つめ続けた。


「お前は……誰だ?」


「俺に何の用がある?」


リオレンは落ち着いた声で答えた。


「まずは……俺と来てもらおう」

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